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一章18話『エルルシャの雲行き』

久々に話に進展があります。


「ボサっとするな!もっと動きを見ろ!!」

「なんか!今日はいつもより厳しくないですか!?!?」


 午前八の刻、天候は快晴。中庭には木刀同士がぶつかる乾いた音が木霊する。雀のような謎の鳥の鳴き声は、日課とも言える模擬戦が始まってからは止み、今やむさ苦しい男達の叫び声で満ちていた。

 

 サモンの下で訓練をするようになって一ヶ月が経った。

 あれから毎日、エリエーテとサモンの訓練を一日ずつ交代しながら行っている。


「その話は!!飯の時にする!!余計な事考えずに戦闘に集中しろ!!」

「は、はい!!」


 一月の期間を経て、悠真と対峙するサモンの力のリミッターが変化した。初日には全力の3%で模擬戦を行っていたサモンも、悠真が追い付きそうになったと同時にリミッターが跳ね上がり、今では8%まで強化されている。

 とはいえ、8%のサモンに手も足も出ないのが現状であり、この一ヶ月のうち半分はこの8%に手こずっているままなのである。


「何も厳しいのは俺だけじゃない。多分、エリエーテも今日は念入りに搾ってると思うぜ?」

「なんですかそれ、厄日ですか??」


 サモンは「違ぇねぇや」と言いながら豪快に笑う。今あんたにも皮肉ぶつけてるんですけどね。

 何も気にする素振りのないサモンが癪に障るので、少し力みながら木刀を振るうも、結局サモンにカウンターを決められ、結局してやられてしまう。


「それにしても、よくもまあ一ヶ月でここまで強くなったもんだな。こんなに早く8%に在り付くとは思わなんだ」

「でも、シェアラ相手には15%って聞きましたよ」

「まぁな。嬢ちゃんは、まあちと特殊というかだな……」


 修行を始めて分かったことが大きく2つある。

 1つ目は、一ヶ月前と比較したら今の悠真は圧倒的に強くなっているという事だ。

 

 流石に、かの《マスターゴブリン》と対等に戦えるには至らないが、サモンの全力の一割程度とは多少互角に戦えるようになった。

 それだけでは無い。対人戦の経験ばかりではなく、稀にフィールドワークとして樹海の探索に入り、魔物や魔獣との戦い方のレクチャーもしてくれた。

 

 とはいえ大体の戦闘を実践するのはサモンであり、腕力でひねり潰したり物理法則を筋肉で捻じ曲げたり、挙句の果てにはジャンプで100メートル近く飛んで鳥系の魔獣を撃ち落としたりするなど、さも当然のように人に許された力を軽々と凌駕したりするため、例の如く全くこれっぽっちも参考にはならなかった。

 

 訓練を進めることで身に付けた他の物として、継続的に体を酷使しているからか、悠真の体には人並み以上の筋肉も得られるようになった。これによって、今まで以上に身体が動くようになり、体の可動域や力の使い方など、自分の身体についての造詣が深まったのも大きな成果と言える。


 当然、肉体だけではなく、魔術に関しても大きく進歩している。エリエーテは、固有魔力を持たない悠真の為にかなり細かく魔術の解釈を広げながら講義を行っていた。

 なんでも、「汎用魔術でも解釈の広げ方によっては、固有魔術(オリジナル)に昇華させることが出来る」、との事だ。

 

 彼女の講義は本人が研究者なだけあって、かなり専門的な内容を多分に含んでいる。しかし、魔術に馴染みが無かった悠真に対しても分かりやすい説明を施してくれたため、魔術理論に関してはシェアラと同等かそれ以上の知識は持てるようになった。とはいえ、あくまでもまだ知識を持っただけなので、それをどう活用出来るかはこれからの悠真次第である。


 吸魔晶の訓練も順調である。初日は1分32秒だった持続時間も、今では6分程度までキープする事が出来るようになった。また、(ゲート)の精度が上がった事で、魔力の扱いに慣れてきた事もあり、精密射撃・遠距離狙撃と言った細かい指示が必要な魔術や、魔術のイメージの構築という面では大きな成長を遂げたと言える。


 一ヶ月という月日は、想像以上に悠真を強化するに足る時間だったのだ。悠真自身が一番、自分の成長に驚いている。


 そして2つ目の気付きは、シェアラの伸び幅が異常ということである。シェアラは、訓練が始まって一ヶ月であるにも関わらず、サモンの本気の15%を既に引き出してしまったらしい。


 サモンは悠真達を、「二年間で王国一線級の冒険者と遜色ない程の実力を身につけさせる」と宣言したが、15%に到達するのが余りにも早すぎる。お陰様と言うべきか、悠真の中では、焦燥と劣等感が生まれてきているのだった。


 当然サモンとの訓練においてだけではない。魔術に関しても、エリエーテが言うには「あと少しで固有魔術が完成しそう」な所まで来ているというのだ。

 一方悠真は、精々魔術理論を多少嗜んで身に付けた程度の成長しか果たしていない。

 シェアラを守れるように強くなりたいと決めていたのに、守る対象が自分よりも遥か上に立っているのだ。考えるだけでも奥歯が軋んで砕けそうなほど悔しい。


「ま、嬢ちゃんはあと半年は2割の壁を抜けられねえだろうけどな」

「え?」


 サモンは慰めるかのように鍔迫り合いの中でボソリと呟く。

 一月で15%に到達した人間が、半年その壁を超えることができないなんて、そんな事があるわけが無いのに。


「そもそも、だ。悠真とシェアラは、最初の基礎の段階でドラゴンとゴブリンくらい差があったんだ。勿論悠真がゴブリンな」

「いや、それは言われなくても分かりますよ」

「俺達は悠真に基礎から教えてるんだ。0から1にするのと、1を10にするのとでは伸び方に差が出るのは普通だろ?」


 実際その通りである。悠真には戦闘のノウハウも魔術の原理も何も無かったのだから、当然スタートダッシュが遅れるのは自明の理である。

 1を覚えて10まで自分で辿り着く事と、無から1を生み出すのとでは、必要な労力も手引きも何もかもが異なる。


 基礎がしっかりしていたシェアラに一朝一夕で追い付けるはずが無いのは至極当然だ。

 ましてや、シェアラは悠真が初めて師と仰ぐ程の実力を持っていたのだから。


「そして、今やってるシェアラの訓練は10%から15%と少し大きめに引き上げた。これは、10を1000にするのと一緒だ。あとは言いたいことは分かるだろ?」

「10を1000にするにも時間がかかる、って事ですよね」


 サモンは「そういう事だ」と言いながら木刀を振るい、悠真の二の腕に打ち付ける。相変わらずの素の馬鹿力に、思わず顔を顰める。


「まあ、置いて行かれたら見返してやればいい。お前達は、お互いがお互いの為に高め合おうとしているからな。お似合いだぜ?」

「な、な、何言ってるんですか!?」

「あ?パーティの話だが?」


 早とちりしてしまった。恥ずかしい、穴があったら入ってそのまま埋めて土葬して欲しい。

 確かに半永続的に競い合える友情があるということは、成長し続けるいいパーティにはなるかも知れない。サモンの言うことにも一理ある。だが普通その言い方は男女の仲を指すだろ。


「ガッハッハッ!!恋仲でもお似合いだろうけどな!!!」

「うっさいっ!!!」


 やっぱこのおっさん、茶化したいだけらしい。

 苛立ちと羞恥心と殺意を胸に、木刀を改めて強く握り締める。あの喧しい口を塞ぐためにも、今の悠真を全て出し切らないと。


「ガハハハハッ!!ナヨナヨしてっと女に振られるぞ!!」

「ある事ないこと言いやがって……!あぁ!!もうやってやりますよ!!!【氷槍(アイシクルランス)】!!!」


────────────────────────


「…地下まで衝撃来てたんだけど、何かあったの……?」


 午前九の刻、サモン邸の食堂。先に着いていたシェアラが、傷だらけでボロボロの悠真に問い掛ける。

 今日は少しやんちゃをしてしまったのだが、まさか地下にまで衝撃が行くほどだったとは。


「ま、まぁ、確実に仕留めたくて……」

「…………何を?」


 結局、怒りと羞恥によるリミッターの解除によって、悠真は魔術を連発しすぎたため、中庭が荒れ果てるまで暴れてしまった。

 しかし、その成果としてサモンの10%の実力と相見える事になった。なんとか一割を引き出す事に成功はしたが、その結果は言う間でもなく、当然普段通りボコボコにされて終わってしまった。

 

 因みに現在サモンは、文句を言いながら荒れ果ててクレーター塗れになった中庭を整えてくれている。

 

「その話は後でするとして。…悠真、今日の訓練いつもより厳しくなかった?」

「あぁ、なんか理由があるらしくて、ご飯の時に話すってサモンさんが言ってたよ」

「それじゃ座って待ちますか」


 シェアラはエリエーテによって搾りに搾られたにも関わらず、ケロッとした何食わぬ顔で悠真の隣の席に座った。

 恐らく今日も吸魔晶の訓練を行っている筈であり、つまりは倒れるまで魔力を放出し続けていた訳なのだが、顔色が悪いわけでもなく、何事も無かったかのような顔でピンピンしている。


「なんか付いてる?」

「綺麗な目と鼻と口が付いてる」

「……それ、言われる側より言う側の方が恥ずかしくない?」


 余りにもいつもと変わらない顔色が気になって見ていたが、どうやら視線でバレていたらしい。

 誤魔化すつもりではなかったが、少し揶揄いたくなってしまったがために、つい変な事を口走ってしまった。


 シェアラは少しだけ頬を赤くしながら照れていたのだが、悠真は自分の失言に動揺して周りが見えていなかったため、シェアラの異変に気付く由もなかった。


「おぅ、遅れてすまねぇな」

「もう食べてしまったかしらぁ?」


 なんとも言えない気まずい空間を引き裂くように、サモンとエリエーテが到着した。


「いえ、2人を待ってたのでまだ食べてないです」

「あぁ、話があるって言ったもんな。助かるぜ悠真」


 そう言うと、エリエーテとサモンは席に着く。

 それと同時に、サモン邸のメイド達が卓上に料理を運んでくれた。流石にもう見慣れた光景ではある筈なのだが、給仕たちの手際の良さと配慮には毎度驚かされる。


「「「「頂きます」」」」


 今日のメニューは、焼き立ての自家製パンに海藻サラダ、目玉焼きと謎肉のベーコンに、コーンスープのような甘いスープであり、まるでヨーロッパの朝食のように感じる。


 この世界では食用の鶏がいるわけでは無いので、鶏卵では無く魔物の卵を使う事が多いらしい。魔物の卵ということで、初めは多少なりと抵抗感があったのだが、1ヶ月も経てば日本で食べていた卵よりも美味なのではないか、とも感じてしまう。

 最も、前世の食事でちゃんと味を感じたことはほぼ無かったのだが。


「ところで、結局今日の訓練はなんで厳しかったんですか?」


 食事が2割ほど進んだ時に、悠真が問い掛ける。

 サモンが態々食事の時間に言うと宣言したのだ、それなりの理由があるのだろう。

 サモンはエリエーテとアイコンタクトを取ると、ゆっくりと話し始める。


「ああ、簡潔に言うとだな、俺とエリエーテが1週間ほど家を空けるんだ。王都に用事があってな」

「結婚記念日ですか?」

「違ぇよ。それに結婚記念日は半年先だ」

「半年先なんだ……」


 サモンは照れる事なく毅然とした態度で即答した。

 てっきり二人でランデブーを堪能するのかと思っていたが、そういう訳でも無いらしい。

 冗談はさておき、態々王都に用事があるとなるとかなりの大事なイメージがある。悠真にとって王都については見聞しかないが、確かハイベルが腕の治療で向かい、ギルドマスターのリレーヌが同伴して行ったことは覚えていた。


 バルモンド王国王都バルモンドは、この大陸の中で最も大きく、最も繁栄し、最も人の多い王国の首都である。

 エルルシャは王国の中でも辺境な為、エルルシャから王都に向かうには、馬車で一週間ほどかかると聞く。サモンの全力ダッシュでも1日はかかるそうだ。なぜ馬より早い人間がいるのかは分からん。


 当然王都と言うだけあって、王都バルモンドにはバルモンド王国の国王が住んでいる。また、王国騎士団や宮廷魔導師団といった王直属の部隊の本部が設置されているのも、王都バルモンドだ。


「じゃあ、一体なんのために王都に?」

「そりゃ勿論国王に会いに決まってるだろ」

「さも当然みたいな顔されても、だからと言って唐突に行って会えるとは思えないんですが……」


 国王に会うのであれば、アポ取りは大切である。

 悠真の偏見や物語での知識によれば、そう簡単に王に謁見を許される筈がない。大抵王城には守衛や門番が居て簡単に入城出来る訳でもないし、国王にも予定や仕事があるため、手隙を見つけて時間を頂く必要がある。その為にも、先んじてアポ取りをするのがセオリーだ。

 

 しかし、悠真がサモン邸にいる間は基本的に家から離れてなどいなかった。何せ、サモン邸に来てから殆ど朝から晩まで悠真とシェアラの相手をしていたのだ。文通したとしても、返事が返ってきた素振りは無かった。友達の家に行くような感覚で言われても、普通は入れるはずがないのだが。


「まぁそこは顔パスで何とかなるからどうでもいい」

「ならいいんですが」

「顔パスなんてあるんだ……」


 顔パスで謁見できるのか。いや、それはセキュリティ的に問題しかないのでは?

 しかしまあ、サモンがいいと言うのなら良いのだろう。


「「………………いや、顔パスって何?」」

「だってサモンは王国騎士団の団長よぉ?当然でしょ??」

「「はい?」」


 エリエーテは確か宮廷魔導師団の副団長をやっていると聞いていた。が、サモンが王国騎士団の団長???


「本当ですか……?」

「ちょっとぉ、私を疑ってるのぉ?」

「いや、そういう訳じゃなくて……なんというか……上手く飲み込めなくて……」


 頬を膨らませて不満顔を見せるエリエーテに言い訳を並べているが、この世界に転生してから一番驚いているのだ。動揺してるのだから許して欲しい。

 

「本当も本当、大マジだな。ってか名乗らなかったっけか?」

「肩書きなんて今まで一度も聞いてないんだけど……」


 思い返せば、確かに片鱗はあった。ギルドマスターのリレーヌとエルルシャのこれからの話をしていたり、《マスターゴブリン》の騒ぎの時の受付嬢が「サモンなら安心」という言葉を残していたりしていた。それにここまで巨大な別荘を持っているのも不自然ではあった。

 

 奥さんのエリエーテが宮廷魔導師団副団長だというのも、違和感こそあれどサモンが強すぎるからこそ有り得るとは思っていたが、サモンが王国騎士団団長であるならその出会いや馴れ初めにもなんとなく想像がつく。


 てっきり、強すぎる冒険者として名を馳せていたのかと思っていた。まさか、栄えある王国騎士団様の団長様であらせられたとは。


「だとしても、なんでこんな辺境にいるんですか」

「そう、それ!こんな何も無いところに王国騎士団のトップの人がいるのは変じゃない?」

「今からその話をするから落ち着け」


 王直属の戦闘部隊である王国騎士団、そのトップの団長が、田舎の何も無い辺鄙な辺境エルルシャに滞在しているのと、今回の王都に参上することにはどうやら関係性があるらしい。


「二人とも、エルルシャ樹海についてはどこまで知ってる?」

「え……?っと、色んな生態系が形成されてて、場所によって地形や環境が変わってて、とてつもなく広い樹海ですよね」

「それと、未開拓地帯がまだ半分程残ってるって聞いてるよ」


 エルルシャ樹海は、その広大さゆえに未だに未開拓な地域が多く残されている。人の多く訪れる入口付近は道の整備までされているが、奥地に進めば進むほど鬱蒼とした青木ヶ原樹海のような開拓のされていない樹海が広がっている。

 しかしその実、普通の樹海ではない。樹海の中で気候や環境が異なるという不思議な樹海である。つまりは平面上に展開されたダンジョンのようなものだ。


「その通り。そして俺達は未開拓地域の管理や、それに伴う異常や異変に備えてここに常駐してるって訳だ」

「なるほど。サモンさんは確かに生半可な魔物じゃ傷一つ付かないですもんね」


 王国の采配としては、エルルシャ樹海を囲む都市に強力な人材を派遣し、異変の平定やその報告などを任せていたということらしい。その殿としてエルルシャ自体の監督役を務めていたのが、騎士団団長の地位にいるサモンだった、という訳だ。

 

「だが、ひと月前に例の事件が発生しちまっただろ?だから急遽エリエーテを呼び戻し、王都のギルド本部に異変を報告するためにリレーヌを王都に派遣したんだ」

「ひと月前?何かあったんですか?」


 悠真が聞くと、サモンは「マジかよコイツ」とでも言いたげなほど、呆れたような顔で悠真を見つめた。

 

「誰よりもお前達が1番よく知っているだろ、2人が遭遇した、人語を用いる《マスターゴブリン》だ」


 悠真からしてみれば、ただ恐ろしく強い魔物と遭遇して、サモンのおかげで生還しただけの普通の依頼だったのだが、世間的に見たらあの事件は想像以上に重篤な問題だったらしい。

 

 そう言えば、サモンは長いこと冒険者として魔物とも戦ってきて、人の言葉を話して意思疎通のできる魔物は一度も見た事がないと言っていた。

 それだけ特異性の強い事件だったことを、今更になって実感する。


「悠真が死にかけたあの事件をきっかけに、エルルシャ樹海の奥地には他にも強力な優占種(ドミナンス)が居るかもしれない、と警戒態勢が敷かれる事になった。その警戒態勢の要となっていたのがエリエーテだ」

「とは言っても、私がやった事は索敵と牽制だけだけどねぇ。そして、その結果エルルシャ樹海の奥地には、私達の想定以上の魔物達が控えている事が判明したのよぉ」


 話を聞けば聞くほど、想像以上に悠真とシェアラがその渦中に巻き込まれていることがよく分かる。転生早々トラブルに巻き込まれるとは、なんともステータスの運の高さに反して悪運極まれりだ。


 要約すれば、人語を介する《マスターゴブリン》の発生をトリガーに、エルルシャ樹海を簡潔に調査したら想像以上に状況が悪かった、という事らしい。

 ところで、仮に何か魔物による事件が発生したとして、エルルシャの冒険者は飲んだくれしか居ないのだが、本当に大丈夫なのだろうか。


「そこで、エルルシャ樹海の大規模開拓部隊を結成しようとする話をリレーヌと進めていたんだが、知っての通りエルルシャの冒険者は平和ボケしてやがる。そこで、王国騎士団から人手を借りたいという打診をしたいんだ」

「つまり、今回の王都入りは、その許可を得たいってことですか」

「そういう事だ」


 やはりと言うべきか、エルルシャの冒険者は大丈夫じゃないらしい。ギルドに入り浸り、酒を飲みながら和気藹々とするおっさん達の空気感は嫌いではないが、肝心な時に役に立たないのは非常に困る。

 

 そして、話が進めば進むほど、ハイベルと向かったゴブリンの巣窟が、如何にサモンにとってのエルルシャ経営のターニングポイントであったかが伺える。

 地図を見ていたのはハイベルだったので悠真とシェアラは知らなかったのだが、あのゴブリンの洞窟は未開拓地域と開拓地域のほぼ境目近くに存在していたらしい。だからこそ、ギルドも特殊な《マスターゴブリン》の発生に気付けなかったのだろう。


「そして、その大規模開拓舞台には、お前達二人も参加してもらう予定だ」

「……嘘でしょ?」

「嘘じゃねえよ。お前達はこのエルルシャの冒険者の中で、最も強さを求めていたからな。見込みアリと判断して、開拓の始まる頃までに一線級の実力まで引き上げようとしてるんだ」

「…………つまりそれが、2年なんですね」

「察しがいいな。その通りだ」


 2年という期限、あまりにも無茶だと思っていたが、その背景を考えると、サモンたちの方が余程無茶をしていた。確かに大規模な舞台を編成するのであれば、使える人手は多いに越したことは無いということなのだろう、猫の手も借りたいというサモンの意図が読み取れる。


「まあ、背景はそんなところだ。それで、家を空ける間お前達の相手が出来ない。だからやって欲しい事があってな」

「毎日必ず討伐系の依頼を1つは受けて欲しいのよぉ。奥地が闇鍋状態だからこそ、人の頻繁に出入りする開拓済の場所の生態系くらいは管理しておいて欲しいの」


 例の《マスターゴブリン》事件以降、樹海に入る冒険者が減っているという話をヤッコブから聞いていた。彼は「怪我人が減るならそれが一番」と言っていたが、エルルシャ樹海の現状を聞くとそういう訳にも行かない。

 サモンたちからして見れば、樹海に入って行く冒険者が増えることが望ましいのだが、筆頭のハイベルがエルルシャを離れていてそれが叶わない今、悠真とシェアラにしか頼れないのだろう。


「わかりました。訓練が無いからって体を鈍らせるなって事ですよね?」

「確かにそれもあるな!」


 サモンは相変わらず豪快にガハハと笑う。常々思うが、この人の笑いのツボはどこにあるのだろうか。かなりシリアスな話をしているはずなのだが、急に豪快に笑い出すのはなんなんだ。

 

 しかし、これでようやく理解することが出来た。今日の訓練の厳しさは、鍛え溜めのようなものなのだったのだろう。一週間程度とは言え会えない分、やれるだけ詰め込もうとしたのだろう。定期テスト前の一夜漬けのような風習は、この世界にもしっかりあるようだ。


「それと、だ。もし、俺達が居ない間にエルルシャに何かあった時はヤッコブの爺さんを頼れ」

「何かなんて起きないと思うし、起きて欲しくないですけどね」

「起きる起きないはともかく、用心はしておくに越したことはないだろ?それと、これを渡しておく」


 そう言うと、サモンは悠真とシェアラにそれぞれ1つずつ、笛のようなものを渡した。見た目は完全に木でできたホイッスルだが、手で持つと薄らとした魔力の胎動を感じる。


「その笛は音は鳴らんが、魔力で俺とエリエーテは音を感知することができるようになっている、特殊な魔導具だ」

「ギルドや樹海に異変があったら迷わず吹いてねぇ?すぐ戻ってくるわぁ」

「すぐって言っても、移動に最速で半日くらいかかるからそれも考慮してくれよな」

「かなり無茶な事言ってるんだけどそれ……」


 シェアラがぼやくのも無理はない。即帰ってこれるならまだしも、異変に対して半日分考慮しろと言われても困る。それはつまり、半日その異常に耐え切るか、半日異変を先取りして連絡するかを求められている様なものだ。


「まぁ、大抵の事はヤッコブさんが何とかするだろうから、あの爺さんに丸投げすればいい。シータも残るから、有事の際は頼ってくれ」

「分かりました。因みにいつ出るんですか?」

「朝飯食ったらすぐだな」

「「ならもっと早く言ってよ!!!!!」」


 シェアラと悠真の怒号がシンクロする。

 なぜそのような重要な話題を、この食事の時間まで勿体ぶるのだろうか。前日も前々日も家に居たのだから、もっと早く言ってくれても良かったのでは無いだろうか。

 サモンとエリエーテには報連相をしっかりと大切にしていただきたい。


「じゃあ、よろしく頼んだ」

「2人とも、任せたわぁ」


 いつの間にか食べ終わっていたサモンとエリエーテは立ち上がると、2人揃って食堂を後にしてしまった。

 悠真とシェアラは、衝動と感覚のままに生きる二人にぽかんと口を開けてその背を見つめるしか出来なかった。


────────────────────────


 結局サモンとエリエーテは、その日の朝のうちにエルルシャを出発してしまった。

 「あとは若い二人でごゆっくり」、と言われたが、悠真とシェアラ以外にも使用人が沢山残っているのだ。若い二人以外にも人が居ることを忘れてるのか。


 何はともあれ、悠真とシェアラに課せられた内容は2つ。依頼を受けて魔物による被害を抑えると共に生態系の維持を行う事と、有事の際は特殊な笛を吹いてサモン達に知らせ、ヤッコブの指示の下で適切な行動を行うことだ。


「ねぇ、悠真。明日の依頼についてなんだけどさ、私と勝負しない?」

「勝負?」


 風呂上がりの悠真は、同じく風呂上がりで髪を上げたシェアラに文字を教わっている最中、唐突に不思議な提案をされた。

 聞き間違いでなければ勝負と言われた気がするのだが。


「そう、勝負。私と悠真で対決するの」

「なぜ……?」

「だって普通に依頼をしたって楽しくないじゃん!」


 至ってシンプル、しかしよく考えると物騒な発想の提案だった。

 だが確かに、サモンやエリエーテの訓練の果てに非常に強くなったシェアラでは、白ランクや1つ上の紫ランクの依頼に出て来るような魔物では相手にならないのだろう。

 

 血湧き肉躍る、とまでは行かずとも、サモンと戦っている以上、多少歯応えのある相手と戦いたいという好奇心自体は悠真にもあるが、シェアラはどうやら魔物ではなく悠真と対決がしたいようだ。


「勝負するって言っても、どんな勝負するのさ」

「そりゃ勿論討伐数勝負でしょ」

「うげえ、それ僕に勝ち目なくない?」


 目に付いた魔物を屠り続け、その数を競い合おうとするシェアラだが、現在の悠真はシェアラよりも弱い。唯一勝っているのが魔術のイメージの精度と生成速度のみだ。

 競い合うに際して、シェアラにとって悠真では相手として釣り合わないのだ。


「勿論お互い手加減無しよ。その代わり、悠真が勝ったら何でも一つだけ言う事聞いてあげる」

「シェアラが勝ったら?」

「私の言うことを一つ聞いてもらう」

「ハイリスクハイリターンか……。乗った、負けてらんないもん」


 悠真にとっては寧ろリスクしか無いのだが、万が一勝てたらシェアラをこき使う事ができる訳だ。俄然やる気が湧いてくる。それに、ここ最近はシェアラに劣等感を持ち始めているのだ。この様な機会を使って自分の闘争心に火をつけるのも悪くない。


「…………変なお願いは聞かないからね」

「頼まねえよ、僕をなんだと思ってんだ」

「知ってるよ、冗談じゃん」


 シェアラは、悪戯っぽく小刻みに笑った。その笑顔に少し当てられたのか、つい悠真も吹き出してしまう。

 シェアラは所作だけを見ればしっかり者でお淑やかなお嬢様に見えて、その内面には沸々と湧き上がる闘志と、小悪魔的な悪戯好きの心を持った年相応の少女だ。

 

 一緒の屋敷で暮らすようになって分かったが、シェアラは常日頃は活発でポジティブな性格をしているが、会話の節々にどこか繊細で儚く、脆い要素を含んでいる。


 理由は分からないが、普段の会話といい、戦闘の掛け合いといい、悠真とシェアラは似ている所が多く、サモンの言う通り相性が良いのだろう。

 だからこそ、お互いに深くは踏み込まない。今はこの距離感が丁度良いのだ。


「それで、明日朝イチって言ってたけど、シェアラは起きれんの?」

「悠真が起こしてくれるって信じてるから」

「なんでだよ!自分で計画したなら自分で起きなよ!」

「私の可愛い目と鼻と口が見れるんだから役得じゃん」

「朝のは忘れろぉ!!!!」


 今朝悠真がシェアラを揶揄おうとして出てしまった言葉を使った煽りに赤面しながら、人生で一度も出した事無いのではと思うくらいの大声が、夜中のサモン邸に響き渡った。


 こうも楽しい時間を過ごせるのはシェアラが支えてくれるお陰だ。なればこそ、悠真にできる恩返しは、シェアラを守ることであり、その為にも強くならなければならない。

 だからこそ、明日のシェアラとの対決に負けたくはない。

 

 そして翌日、サモンが居ないという事がどのような事か、身を以て実感させられたのだった。

────────────────────────


「ボス、予定通りサモンとエリエーテはエルルシャを離れましたぜ。ハイベルもリレーヌも居ねえ。あのジジイは耄碌してもうマトモにも戦えねえ。怖いもんなんてねぇっすよ」

「バカ言うんじゃないよ。サモン邸のメイド長が残ってるでしょうが。まずはあの娘を消さないと」


 月明かりのない新月の夜、エルルシャの外れにある廃墟の中では、何やら物騒な計画が立てられていた。


「残ってる危険分子の…シータ?だっけ?そのメイド長は、お前がやれ」

「ありがとうだべ、ボス。可愛がってくるよお」


 ふくよかな身体付きをした男は、鼻息を荒くしながら笑みを浮かべた。


「お前は索敵と連絡役を頼む。他に怪しい危険分子になりそうな奴がいたら始末しろ」

「殺っちまっていいのかい?」

「そうだな……出来れば人質として増やしたいが、判断は任せる。頼んだ」

「任されやした」


 そう言うと、二人目の男は嬉しそうに拳を握りしめた。


「残りの二人と俺はギルドを潰す。着いて来い」

「本当に三人でやるの?」

「ボスがやるって言ってんだい。ここでやらなきゃ私達の女が廃るよ」

「お前達に重荷は背負わせん、安心しろ」


 「ボス」と呼ばれていた男は、二人に笑顔で語りかけながら、その肩をぽんと軽く叩いた。


「お前達、期待してるぞ。だからお前達も俺に期待しててくれ」


 たった5人。されど5人の結束は強固なものだった。

 闇夜の中でも、まるで糸に繋がれたかのように彼らは結び付いて離れない。


「決行は明日、エルルシャのギルドを落とすぞ」


 ボスと呼ばれた者の合図と同時に、他の4人が頷き、そのまま影に溶けるように消えていった。


 闇夜の中に何かが蠢く予感が走る中、1人としてその存在や違和感に勘付く者は居なかった。

誤字等あれば連絡頂けると幸いです。

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