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一章17話『エリエーテの訓練』


「あら、おはよう。よく来たわねぇ?」

「お、おはようございます……」


 今日からサモンとエリエーテの2人から毎日交互で鍛えられる事になっている。現在の時刻は朝の八の刻、サモン邸地下のエリエーテの研究所内でシェアラは少しばかり緊張していた。

 

 何せ、エリエーテの試験内容は、「限界を超えて生命力を放出する」という事。つまりは命に直接影響しかねない内容なのだ。寧ろ、試験内容を聞いて恐怖しない方が可笑しい。


「そう怖がらないでいいわよぉ、本当に死にそうになった時の対処法も心得てるわぁ」

「死にそうにならない方法は無かったのかな……?」


 とは言え、ここまで来て泣き言だけ言って終わる訳にはいかない。そもそも、苦難無くして強くなろうとする事の方が烏滸がましい。

 例の《マスターゴブリン》との邂逅は、シェアラにも悠真にも大きな影響を与えていた。あの時逃げ出した経験から、シェアラは何としても強くなりたいと願う理由を心に秘めていた。


 悠真が死にかけたという事件の責任の一端は、あの時力が無かったシェアラにもある。確かに、あの時の悠真の判断によって最悪の事態こそ免れたが、それでもエルルシャに来てから長い間行動を共にしていた仲間が死にかけた事について、並々ならぬ責任を感じている。


 例えあの時の行動が「最善」であったとしても、それを頭で理解をしていても、どこか本当にそれしか選択肢が無いのかと訴えかける自分がいた。

 だからこそ、強くなりたいのだ。もう誰を前にしても負けないくらいに。


「さて。前も言ったけど、今日からシェアラちゃんに取り組んでもらうのは、この魔晶石に魔力を注ぎ込むことよぉ」

「これが吸魔晶、ですか」


 エリエーテは、右手に球状の灰色の水晶を取ってシェアラに見せる。改めて見ると、まるでそこら辺に落ちている手のひらサイズの石を、削りに削って丁寧に研磨して作った球体の様だ。


 実際の所は、ある一定のペースで魔力を吸収することができ、また溜め込んだ魔力を爆弾のように使用することのできるスーパーレアアイテムである。


「本当にここに魔力を注ぐだけでいいんですか?」

「勿論よぉ。但し、一度に吸収する魔力量は決まってるから、あまり一気に沢山注ぎ込んでも意味は無いからねぇ?」

「分かりました、やってみます」


 エリエーテが吸魔晶をシェアラに渡すと、シェアラは真剣な面持ちで吸魔晶と睨めっこを始める。

 まだ魔力を注いでいる訳では無い。ただ純粋に、緊張が走っているからこそ、自分を奮い立たせるための時間を設けているのだ。

 エリエーテもそれを分かっているからか、相変わらずの微笑を浮かべながらその様子を見守っていた。


「ふぅ……………。行きます!!」


 肺に込められた空気を吐き出してから、シェアラが遂に決心する。

 ただ目の前にある石に魔力を注ぎ込む、ただそれだけの単純作業。


 だが、それが案外難しい事をシェアラは身を以て体験することになる。


「……!何、これっ!コントロールが難しい上に、一度吸い始めたら止まらない……!」

「それはシェアラちゃんが吸魔晶の輪郭を捉えられてないからよぉ。まあ、先ずは体で体験してもらわないとね」


 最大効率で魔力を注入する事は容易い、と最初は安易に考えていた。

 シェアラ自体は魔術、とりわけ体内魔力を行使する魔術に非常に優れていて、精度や魔力量には自信があったからだ。


 だが実際、吸魔晶に最大効率で注ぎ込むのは何も簡単ではなかった。

 魔力の吸収出来る量を大幅に超えたり、大幅に下回る事は可能なのだが、魔力がロスしないギリギリのラインを攻めようとすると、意識がブレてしまうし安定もしなくなってしまう。


「くっ…………何で……!?」

「うふふ。苦戦してるわねぇ〜」


 シェアラが苦悶に満ちた顔で吸魔晶と対峙しているのを、エリエーテはいつの間にか用意していた紅茶を飲みながら悠々と微笑みながら見つめていた。


「さて、そろそろかしら」

「何がですか!?」


 意味深に呟いたエリエーテに対して、余裕の無いシェアラはつい喧嘩腰で聞き返してしまう。しかし、何が「そろそろ」だったのかは、その直後に自分の体で理解する。


 シェアラは無意識に膝から崩れ落ちた。意識が飛んだ訳ではなく、急に足が無くなったと錯覚してしまう位に、足に力が入らなくなってしまったのだ。


「あ……れ…………?」

「シェアラちゃん?魔力を注ぐペースが落ちてるわよぉ?」


 今までシェアラが体内魔術を使っていても、たかだか3分程度で魔力を放出し続けてもこのような事にはならなかった。

 だが、今初めて「生命力を削る」という感覚を体の内側から理解しているのだ。無意識下で恐怖を覚えて放出する魔力量を制限してしまう。


「この…………症状は……!」

「魔力欠乏症よぉ。でも最初私が思ったよりは耐えててびっくりしてるわぁ」


 「吃驚している」と言う割には随分とおっとり話しているから全く信憑性が無いんですが、とツッコミを入れる余裕は既にシェアラには無かった。


 体内魔力は生命力に直結している。生命力を使い続ければ体を動かす事は困難になる。だからこそ、先程のシェアラは膝から崩れ落ちたのだ。

 だがしかし、エリエーテはそれでも魔力を注ぎ込む事を強制する。


「たかだか欠乏症の初期症状で怯えちゃダメよぉ?それこそ、《マスターゴブリン》と対峙した悠真くんはもっと怖かったと思うわぁ」

「誰がっ…………怯えてっ……!」


 言葉では強がってはいるが、シェアラ自身も身体に震えが走っている事を理解している。人間は未知を怖がる生物だからだ。

 今までの人生で殆ど魔力欠乏症になったことすらないシェアラが、欠乏症に陥ってまでも魔力を放出し続けることに恐怖をしないはずがないのだ。

 何せ自ら死に近付こうと言うのだから。


「ほら、また弱くなってるわよぉ?まだ意識があるんだからもっと魔力を込めないとぉ」


 エリエーテは、シェアラが魔力を無意識で制限しているのを理解しているからこそ、定期的に喝を入れてくる。

 その都度魔力を強く込めているのだが、どうしてかまた弱くなってしまい、喝が入り……を繰り返している。


「まだまだ……っ!?」


 魔力を注ぎ始めて5分程度が経過しただろうか。魔力を注ぐことに集中をしていた筈なのだが、突如として眠気がシェアラを襲う。


「2段階目に進行した、かな」


 エリエーテの独り言にシェアラは反応をする余裕がなかった。だが、朦朧としてくる頭の中で言葉の意味を咀嚼する。


 魔力欠乏症には恐らく段階があるのだろう。

 第1段階は、体に力が入らなくなる。体の節々から生命力を捻り出しているからこそ、その体から生命力が失われる事で力を込めることが困難になるのだろう。

 そして第2段階では、眠気、つまりは脳からも生命力が失われていっているという事だ。


「……まるで…………、酸欠…………!」

「その通りよぉ。魔力欠乏症の第2段階では酸欠の如く意識が刈り取られるわぁ。そして、第3段階が死なの。吸魔晶は使用者の意思に反して魔力を吸い取るから、意識を刈り取られたまま触り続けたら死んでしまうわねぇ」


 唐突に死刑宣告をするな!と心の中で叫んでしまった。

 だがしかし、これがエリエーテの言っていた「対処法」なのだろう。第2段階終了ギリギリで、第三者が介入して吸魔晶を使用者から引き剥がす必要性があるということだ。


 ──本当に危険すぎでは?


「とはいえ、シェアラちゃんはもう限界かしらねぇ?」

「そんな…………こと…………は……」


 シェアラの強がりは虚しく、その蚊の鳴くような声で発した対抗心を最後に、シェアラは地面に突っ伏すように倒れてしまった。

 それを見ていたエリエーテは、倒れて数秒経過してからシェアラの手に握られた吸魔晶を引き剥がす。


「大体6分半。シェアラちゃんの魔力量には驚きだわぁ。でも、精度についてはかなり荒っぽいからそこは鍛えていかないといけないわねぇ」


 シェアラの魔力を吸収し続けていた吸魔晶は、初めの燻んだ灰色の石から一転して、透き通ったエメラルドグリーンのような色に変化していた。


「さてさて、目覚めたら今日は一体何を教えましょうかねぇ」


 そう独り言を呟きながら、エリエーテは本棚から風属性魔術に関連した魔導書を読み始めた。


────────────────────────


 暗い。ただただ暗いだけの夢。

 聞こえてくるのは、罵声と木霊する呪い。投げ付けられた石に紅い華が咲いても、人々はその手を止める事は無かった。

 

 その透き通るような白銀の髪に、鮮血が混じっても。傍に仕えていたメイドが食事の度に変わっていても。何も変わることのない現状に辟易し、人の醜さとは万年変わらぬものだと幼心に記憶していた。

 だから、私はあの家を飛び出したいと心の底から願ったのだ。


 厳格な父が何故それを赦したのかは分からない。だがあの人は私を見ていなかった。私を見る人では無かった。きっとあの人は私に興味が無いのだ。だからきっと、私から居場所を奪い、追放してくれたのだろう。


 お陰様で今の私は自由だ。

 だからこそ今は、足掻いて手に入れた今の心安らぐ居場所を、心地良い空気を、頼もしくて愉快な相棒(なかま)を、尊敬に値する師を、手放す事など出来はしない。その為の障壁などは、尽く破壊しなくてはならない。

 

 その為にも、私は強くならなければならない。ハイベルの前で見せていた悠真の目に宿った闘志、その熱の片鱗が自分にも宿っていることに気付くと同時に、何処からともなく一抹の音が囁く。


『────い』


 水中で聞く音のように暈けた声が、薄れていた意識の中で聞こえる。それが何を言っているのかは分からないし、誰の声なのかも分からない。


『───さい』


 先程よりは鮮明に聞こえる、どこかで聞いたことのある声。聞き馴染みがあるが、しかしそれがいつ誰の言葉なのかも分からない。ただ何か、私に縋っているように聞こえる。


『──なさい』


 ──ああ、私はこの声を知っている。

 聞き馴染みがある?当然だろう。縋っている理由も知っている。ここで立ち止まってはいけないからだ。私にはまだ、やるべき事がある。


『起きなさい』


 それは、紛うことなき自分。シェアラ=アルフレインの声だ。


────────────────────────


 目が覚めるとそこは見知らぬ部屋、見知らぬベッド──と思いきや、ただ照明が付いただけのエリエーテの研究室だった。


「あ……れ…………?私は…………」

「おはようさん、よく眠れたかしらぁ?」


 ガンガンと血流の音で喧しい頭を抑えながら、動かない体を無理やり起こそうとすると、エリエーテが何処からともなく現れた。


「私……どれくらい寝てましたか?」

「凡そ一刻。そろそろ起きないとシータが怒りそうだなぁと思ってたんだけどぉ、どうやら大丈夫そうねぇ」


 時刻は朝の九の刻。いつもであれば食堂で朝食を食べている頃だ。そういえば何故こんな所で寝ていたのだろうか。確か、吸魔晶に魔力を吸わせて、そのまま眠くなって、そして。


「恐らく魔力欠乏症の影響で記憶の混濁があると思うわぁ。それと身体もまだまともには動かないかもねぇ」

「……それ、どっちにしろ朝食は食べれないじゃん……」


 机に掴まりながら何とか立ち上がると、産まれたての子鹿のように膝が笑い、物に掴まって歩くのがやっとという所である。何よりも、筋肉痛のような痛みが全身に走っている。この痛みにはうっすらと記憶がある。


(ゲート)の使い過ぎなんて、何年ぶりかな……」

「これから2日に1回はそうなるから安心して頂戴ねぇ?」

「うげぇ……」


 シェアラが露骨に嫌そうな顔を浮かべるのを見て、エリエーテは宥めるように「これも強くなるためよぉ?」と、シェアラの頭を撫でながら言った。


 何とか辿り着いた食堂では、先に悠真がご飯を食べていたが、サモンとの訓練をしていたからか全身に痣を浮かべており、お互いが満身創痍である事に安心したからか少し笑みが零れた。


 きっと悠真からは、私は虚ろな目をしながらパンを齧っているように見えるのだろう。明日のエリエーテの訓練に緊張しているのか、みるみる悠真の顔が青ざめて行くのがシュールで面白い。

 それと同時に、あの血みどろだった顔から、良くもここまで表情のコロコロ変わるようになるまで回復したなと、少しだけ安心した。


 と食事を楽しんでいたのも束の間、自分でも不思議なほど空腹だったせいか、気付いたら食べ終わっており、手元には空の器とパン屑だけが残っていた。


「それじゃあシェアラちゃん、私はこの後やる事があるから、昼食後にまた研究室に来てねぇ?」

「あ、はい。分かりました」


 食事が終わったシェアラは、無理が祟ったのか異常な程の眠気に苛まれ、少しの間仮眠を取ることにした。


────────────────────────


「ところで、シェアラちゃんは風属性魔術が得意なのねぇ。固有魔力に影響されてるのかしらねぇ?」

「……一体いつ知ったんですか」


 午後の訓練が始まって早々、シェアラは自分の魔力特性を把握されていて困惑していた。

 思えば確かに不思議な所はあったのだ、昨日も悠真が全属性の魔術が苦手な事も、シェアラの体内魔力が豊富な事も初見で見破っていた。


「それは私の固有魔術(オリジナル)の一つ、【消化(ダイジェスト)】の効果ねぇ」

「それって、昨日使っていた汚れ取りの?」

「そうよぉ。でもただ汚れを取るだけじゃなくて、物質を細かく分解する魔術だから、例えば人の皮脂などからその人の情報も分解して、ある程度認識することが出来るのよぉ」


 それはもう、酸にできる範疇を超えているのでは?と喉まで出かかったが、「何となくだけどねぇ」という付け足しを聞いて何とか飲み込んだ。

 だが結局、この人は面と向かって会うだけで、相手の皮脂や老廃物を分解するついでに相手の情報を得られる訳だ。サモンも大概だがエリエーテも規格外すぎる。

 

 それに能力の開示をされているが、それを知った所で対策が出来るわけでも無いのが恐ろしい。この魔術だけでも宮廷魔導師団副団長という肩書きが伊達ではないことが伺える。


「それに、得意属性くらいなら吸魔晶からも識別できるからねぇ?」


 灰色から魔力を注ぐ事で吸魔晶の色が変化していたのは、自分の得意な属性に呼応するらしい。そんな効果もあったのか、この魔晶石は。


「まぁそんな事は置いといてねぇ、今日は魔術の精度を鍛えるついでに、シェアラちゃんの得意そうな魔術を2つチョイスして教えるわねぇ」

「……色々言いたいことはあるんですけど……お願いします」


 ツッコミどころは幾つかあったのだが、エリエーテが有無を言わさずに話を進めるので、もうシェアラ側が折れるしか無かった。つくづく掴みどころが無いというか、良くも悪くもサモンと似ている。そりゃそうか。


「心配しなくても、シェアラちゃんの得意な風属性魔術なんだけどねぇ。【風球(ウィンドスフィア)】と【風砲(ウィンドブラスト)】を習得してもらうわね」

「あ、あの…………」

「どうしたのかしらぁ?」

「どちらも既に習得済みです……」


 風の球体を作り、その螺旋で物質を削ったり目眩しとして使う事のできる【風球】、瞬間的に部分的な暴風で対象を吹き飛ばす【風砲】、そのどちらもシェアラは既に習得済みだった。


「そんなの知ってるわよぉ。でも、私からしたらそれは児戯のレベル、完璧に使いこなすという意味ではまだ習得とは程遠いわねぇ」

「じ、児戯………………?」

「うふふ、そんなに差が気になるなら試しに撃ってみて頂戴?」


 児戯と言われて多少苛立ちは覚えたものの、魔術のエキスパート、宮廷魔導師団副団長であるエリエーテが言うのなら実際そうなのだろう、不思議と怒りはそこまで湧き出なかった。

 どちらかと言うと、今胸中にあるのは好奇心だ。自分とエリエーテではどれほど差があるのか、どれだけ違いがあるのか、その興味。


「【風球】!!」


 シェアラは目玉大の風の球体を2つ作り出し、シェアラを中心に公転させる。

 これによって、相手の攻撃に対してのカウンターとして使用することが出来るからだ。


 しかし、目前ではありえない事が起きていた。


「【風球】」


 エリエーテの【風球】は20を超える数の目玉大の大きさの球が、原子核と電子のような軌道を描きながらエリエーテを中心に展開されていた。

 それだけではなく、シェアラの頬を掠めるか掠めないかくらいの距離感で数発放たれており、シェアラの【風球】は破壊され、壁に命中した部分は奥が見えないほど貫通していた。


「ねぇ?2つを纏うのがギリギリ、威力も精々目眩し程度。まさに子供の悪戯レベルでしょ?」

「凄い……!」


 こんなものを見せられたら、それは認めざるを得ない。自分の使っていた魔術はまるで児戯であると。

 高速で動き続けるシェアラの【風球】を的確に射抜いて破壊したその技量、涼しい顔をしながら同時に大量の魔術を展開する脳と門の処理能力、その全てが洗練されており、卓越という言葉でしか表すことが出来なかった。


「それで、習得する為にはどうしたらいいんですか?」

「あら、貴方はやる気になるタイプなのね。うーん、シェアラちゃんは魔術構築の精度が悪いから、まずはマナの使い方を身体にとことん教え込むしかないわねぇ」


 それはつまり何をすればいいんだ?と突っ込む前に、エリエーテが「この手を取ってねぇ?」と手を差し出したので、シェアラは迷うこと無くその手を取る。


「それじゃあよぉーく覚えておいてねぇ。【風球】」


 エリエーテはシェアラと手を繋いだまま【風球】を起動する。

 しかし、いつも使用する魔術に比べて、身体の中を駆け巡る魔力の奔流がまるで異なる。自分の魔術を川のせせらぎとするのならば、エリエーテの魔術は大海の波浪のようにマナを感じる。


「門の感覚がいつもと異なるでしょ?その感覚を忘れないようにして、あとは回数を積んでいくしかないわねぇ」

「はい!頑張ります……!」


 そして、残りの時間は只管に【風球】と【風砲】の精度を上げることだけを行った。

 エリエーテが言うには、「魔術はイメージによって形作られるが、イメージが荒ければ荒いほど魔力の扱いもザルになる」らしい。


 確かに、風という自然現象は無色透明であり、その風を派生させてあれこれと想像することは比較的困難な類の属性でもある。

 実際悠真に教えた際に、一番苦戦していた魔術は風属性の【風刃(エアスラッシュ)】だった。だからこそ、悠真は最もイメージのしやすい水属性魔術の【氷牙(アイスファング)】をよく使用しているのだ。


 シェアラ自身は固有魔力の都合上、魔術を展開する事は得意だと考えていた。しかし、今日の出来事によって「展開する事」が得意であって、「イメージを形作る」という点においては悠真よりも苦手であった事が判明した。


 自らの得意な属性でさえこのザマだと言うのならば、恐らく他の属性も似たように「習得」とは程遠いのだろう。

 今までの自分の自惚れを猛省し、自分と向き合っていく必要があるように感じる。


 その後も研鑽を続け、マナを最高効率で魔術に変換することを意識しつつ、エリエーテの魔術をイメージしながら【風球】を展開し続けた。


 気付けば、備え付けの時計から喧しいほどの鳥の鳴き声が聞こえる。エリエーテ曰く、この煩い鳥は四の刻を知らせるらしい。

 つまりは、次が最後。

 

「……【風球】!!」


 シェアラが痛む腕を押さえながら、【風球】を展開する。再び展開された【風球】は、先程同様に目玉大の大きさで、しかし先程とは異なり7個同時に展開された。

 威力は相変わらず目眩し程度にしかならないが、今はまだそれでいい。まだ初日だ。

 

「威力はとにかく7個同時、初日でここまでできるのは上出来だわぁ」

「それはエリエーテさんの教え方が良いからですよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。今日はこれでおしまい、また明後日ねぇ」


 この翌日、シェアラはサモンとの訓練において成長した【風球】と【風砲】を用いたものの、特段目立って強かったという訳ではなかった。


 しかし、今まで足止め程度でしか使えなかった【風砲】が、サモンの巨体を吹き飛ばす事ができるようになったことで一矢報いることが出来そうだったが、何故か空を飛び慣れているサモンに驚きながら力尽てしまった。


 やはり、サモンは規格外すぎて参考にならない。


────────────────────────


「昨日は随分派手にやられたのねぇ」

「えっとまあ、はい……」


 2日目、エリエーテの研究室に来たのは悠真だった。

 昨日のサモンとの模擬戦で全身絆創膏と痣ばかりが残っており、全身ボロボロの状態だ。

 その上昨日見かけたシェアラは、死んだ顔をしていた記憶がある。自分も死にかけになるまで魔力を放出しなければならない、と考える悠真の中にはただただ恐怖が満たされている。


「まあまあ、そう怯えなくてもちょっとお花畑が見えるだけよぉ?」

「それが充分怖いんですけどね!?」


 「冗談なのにぃ…」と微笑するエリエーテは、シェアラの時と同様に灰色の水晶──吸魔晶を悠真に見せた。


「シェアラちゃんから聞いたかもだけど、これが吸魔晶ねぇ。今から悠真くんには、これに魔力を注いでもらうわぁ」

「……前に言っていた、体内魔力と門の精度を鍛えるってやつですね」

「よく覚えてるわねぇ。一度に吸収出来る魔力量は決まってるから、できるだけ最大効率で魔力を込める事を意識してねぇ」


 そう言ってエリエーテは悠真に吸魔晶を手渡した。

 どこか温かみのあるような、しかし実際は温度も何も感じない感触の中から、悠真の中の何かを引き摺り出そうとするエネルギーを感じる。


「なんか吸われてる気がするんですけど……」

「吸魔晶は手に持ってるだけで、その生命体の生命力を吸い取るわよぉ」


 なるほど、つまりは限界を迎えた時に手から引き剥がさなければ、全部の生命力を吸われて死んでしまうわけだ。

 その為に監督者としてエリエーテがいる、ということなのだろう。本当に三途の川が見えそうだ。


「怖がる気持ちは分かるけど、私が居る限り死なせることは無いわ。安心して頂戴ねぇ」

「わ、分かりました」


 エリエーテは微笑を浮かべながら悠真に語り掛ける。

 ここまで場を整えてもらったのだ。強くなるには、覚悟を決めなければならない。

 それに、昨日のサモンとの戦闘の中で度胸を身に付けたのだ。ここで成果を発揮しなければ鍛えた意味もない。


「………はぁ。……行きますっ!」


 2、3度の深呼吸を挟んで呼吸を整えてから、悠真は吸魔晶に魔力を注ぎ始めた。

 途端、ぐにゃりと視界が歪み、平衡感覚が失われる。まるで、吸魔晶が自我を持って悠真を食い尽くそうとせんばかりに、生命力を奪い去っていく。


「こ……………れが……!!」


 魔力の注入開始してから20秒ほどで、悠真は片膝をついた。

 全身の隅という隅、細胞という細胞の持つエネルギーを直接吸い取り続ける灰色の真珠に、驚愕を隠せない。

 これでまだ1分も経っていないのだ、自分の体内魔力量はそれ程までに少なかったと言うのか。


「はぁ………はぁ………」


 最早言葉など出てこない、ただ魔力を注ぎ込むだけで、平衡感覚を失い、立ち上がれなくなり、物事を考えられる余裕もなくなった。

 正直舐めていた。自分はそこそこ魔術が使えるんだという自負があったからこそ、ここまで呆気なく吸魔晶に屈しなければならないのが悔しい。


「普通の子はここで怖がるんだけどねぇ……」


 エリエーテが何かを言っていた気がしたが、悠真にはそれを聞き取る余裕が無かった。

 最大効率、つまりは吸魔晶が一度に吸収出来る限界の量の魔力を、そのペースを保ちながら注ぎ続ける、それしか頭に入れる余裕がないのだ。


「うぉっ…………んぎっ………!まだっ…………まだぁ……!」


 何とか力を込めようと、無意識的に腹の底から声が出てくる。人が大声を出すと火事場の馬鹿力を発揮出来るように、線香花火が消える直前に荒ぶるように、最期が近いからこそ根こそぎ魔力を捻り出そうと抗っていた。


 次第に、呼吸を忘れ、時間を忘れ、そして気付いた時には意識はそこに無かった。

 片膝をつきながら抗っていた悠真も、蹲るように崩れ去って、そのまま深い眠りにつく。

 エリエーテはそれを確認すると同時に、悠真の抱きかかえていた吸魔晶を引き剥がした。


「1分32秒、だけどほぼ最大効率で注ぎ切ったのは凄いわね。普通は途中で死を実感してへっぴり腰になるんだけど……」


 そう独り言を漏らしながら、灰色から変化することのなかった吸魔晶を眺め続けていた。


「まあ昨日こってり絞られたんだみたいだし、度胸がつきすぎたのかしらねぇ」

────────────────────────


「よぉ、人殺し」

「どの面下げて学校に来てんだよ、犯罪者!!」

「あんたみたいな人間、早く死んじゃえばいいのよ」


 ──それは聞き慣れた風景だった。

 それは世界に拒まれた少年が見た景色だった。

 幾度見ても、幾度思い返しても、万人に避けられる苦しさは気持ちのいいものでは無い。


「正義のヒーローが裁いてやるよ、オラァ!!!!」

「ギャハハ!!人殺しは死ぬべきだよな!!」


 ──それは痛み慣れた日常だった。

 それは正義を手にしてしまった拳だった。

 人は正義を手にすれば、幾らでも悪事を働くことが出来るものだ。もっとも、彼らの掲げる正義を否定出来るほどの材料も、否定してくれる友人も無かった。


「お前が!!お前のせいで!!お前さえ居なければ!!」

「お前が!!母さんを殺したんだ!!!」


 ──それは幾度となく抱えた後悔だった。

 それは酒に溺れた父からの拒絶の証だった。

 この瞬間に悠真の中で何かが壊れた音がした。忘れる事のできない、初めて父親に殴られた時の記憶だ。


 これはそう、走馬灯と言うやつだろう。あの日、崖から飛び降りたあの瞬間にも似たような場面があった。

 もうこの世界に来てから半月は経つというのに、やはり精神に刻まれたトラウマはそう簡単に治るものでも無かった。

 前世を思い出せば学校にも、地域にも、家にもどこにも、悠真を見て、悠真を肯定してくれる居場所など無かった。


 人生なんてものは、絶望という名前の道を強制的に歩かされるだけの理不尽に塗れた地獄でしか無かった。外傷によって生まれた痛みなんかよりも、この止むことの無い雨に打たれ続けなければならない、という未来が待っている事が何よりも苦痛だった。


 味方はいなかった。何故なら悠真は。


 ──僕は人殺しだと言われ続けていたから。

 

 あの時道を違えてしまったから、あの時飛び出してしまったから、僕は自分の母を死に追いやる原因になってしまった。そうやって自分を悪者にしていないとやっていられなかった。

 

 きっと皆は自分を責める正当な理由があるのだと、そして自分にはそれを受け入れる義務や責務があるのだと、そう考えていないと壊れてしまいそうだった。そう考えていたって、結局は耐え切れずに崖からダイブしてしまっている訳だが。


 だが、今は悠真のために泣いてくれる人がいる。悠真に憧れを抱く変人もいる。悠真に期待して鍛えてくれる人もいる。悠真を叱り、正道を照らしてくれる人もいる。

 死んだ事に後悔は無い。あの日あの時の悠真と、今ここに立つ悠真は違う。


 そういえば一つだけ後悔している事があった。母親の墓参りに行くことができない事だ。


「そうやって過去を切り捨てて罪を忘れるつもりか?」


 ──まさか。母を殺した罪は忘れない。だけど、偶然授かった二度目の命を、そう易々と死神に差し出すつもりもない。もう誰も母と同じ目に遭わせないように、この世界でも頑張らなきゃいけない。

 僕に今出来る償いは、もうそれしかない。


「傲慢だな。お前に一体何が護れるんだ」


 ──今のままじゃ何も護れないから、その為に力を付けなくちゃいけないんだろ。


「そうかよ。まあ精々頑張るといいさ、親殺しの田辺悠真」


 姿も見えない自分の最後の声は、最後に最大の罪を思い出させながら、どこか寂しさを感じさせるような声音を空間に木霊させ、そのまま静かに消えていった。

 

────────────────────────


「……はっ!?」

「あらぁ、お目覚めかしらぁ?」


 目が覚めると、悠真はエリエーテの研究室の床で蹲るように眠っていたことを認識する。

 体を起き上がらせようとすると、全身に酷い筋肉痛のような痛みが走り、上手く起き上がることができない。

 結局、エリエーテの手を借りてようやく半身を起こした。


「すみません、しっかり寝てしまったみたいで……」

「寝てなかったら授業の意味ないからねぇ?」


 時刻としては午後二の刻。朝食どころか昼食までもすっぽかして悠真は気絶をしていたらしい。

 シェアラは1時間ほどで目が覚めたらしいが、その5倍の時間気絶している事実と、シェアラの復帰力の高さに驚きが隠せない。


「なんというか、(ゲート)が眠ってたのを無理やり起こした感じねぇ。もしかして、体内魔力を使うの初めてだったりするぅ?」

「あ……言われてみれば、ちゃんと使うのは初めてですね」


 そもそも、「生命力を消費して魔術を構築する」という前提に対して億劫になっていた節はある。

 命を削る行為に対して、一生命体としての拒絶反応や不慣れの側面があるのだろう。悠真の使用できるシェアラから教わった魔術が、全てが体外魔力型の魔術であるのがその証拠だ。


「まぁ、確かに抵抗はあるわよねぇ。使い過ぎるとデバフになっちゃうし」

「でも、使えるようになったら、戦闘の幅が大きく広がりますよね。もっと頑張りたいです」

「それじゃあ軽食を摂ったら、修行の続きにしましょうねぇ」


 サモン邸の使用人兼料理人のシータは、朝昼の食事に悠真が来なかった事から、何時でも軽く簡単に食べれる軽食を届けに来てくれていた。

 今はこの、おにぎりをプレス機で潰して作ったような、米(?)製バンズを用いたハンバーガー擬きを頂いている。

 

 片手で食べられる上に、野菜や肉も豪快に用いられており、体づくりに必要な栄養も満点だ。空腹で続けるつもりだったので、シータのありがたみをハンバーガー擬きと同じように噛み締めていた。完全に胃袋を掴まれてしまったな、これは。


「それで、修行の続きは何をするんですか?」

「それはねぇ、今日は自分を知ってもらおうと思ってねぇ」


 一瞬で軽食を食べ切った悠真は、それを一部始終眺めながら微笑を浮かべていたエリエーテに尋ねたのだが。

 自分を知ってもらうとはなんだ、自分探しの旅でも行けってか、と言おうとして、一旦引っ込める。


「自分探し……って一昨日エリエーテさんが言っていた、自分を知って固有魔術(オリジナル)を作れっていう目標の……?」

「ご名答!流石は悠真くんねぇ。悠真くんはそもそも固有魔術って知ってる?」


 固有魔術。シェアラに樹海の中で教えてもらった概念だ。忘れた訳では無いが、実際自分が行使する訳では無いので、理論やら法則的な事は正直さっぱりではある。


「確か、個人が持つ固有魔力?を独自の魔術として昇華したもの、ですよね?」

「概ね正解ねぇ。この前見せた私の【消化】のように、自分の持つ魔力の特性を活かして魔術に昇華したものが、固有魔術と呼ばれているのよぉ」


 この世に存在する生命体は、必ず生命力、魔力が宿っている。

 そしてその魔力を行使する生命体は(ゲート)と呼ばれる器官を持ち、生命体が元々持つ魔力の特性やゲートの癖等によって、 変換しやすい属性や変換しにくい属性があり、その得意不得意の特徴は個人によって違う。

 

 トラウマ等で後天的に苦手になるケースもあるが、大体は生まれつき属性の得意と苦手がハッキリしており、その究極的な物が固有魔力、ということなのだろう。

 

 例えばシェアラは、風系統の魔術が大得意である半面、火系統の魔術が苦手であると言っていた。

 悠真は因みに全ての系統の属性が等しく苦手だ。


「確かに固有魔力は、魔術の得意不得意に深く関係してくるわぁ。例えば私の固有魔力は《(アシッド)》、物を溶かすことが得意なんだけれど、悠真くんは私が何属性の魔術が得意か覚えてる?」


 エリエーテは《酸》と言っていた。物質を腐食させるもの、物質を溶かすもの、そのイメージで悠真の頭に浮かぶのは硫酸や王水といった、酸性の液体だ、

 そういえばこの前見せてもらった【消化】は、降り頻る雨粒の時間を止めたような光景だったような気がする。

 

「……酸ってことは、水のイメージがあります」

「その通り。私は水系統の魔術が得意よぉ。大体こうやって固有魔力は得意に反映されることが多いんだけどねぇ、悠真くんはかなりイレギュラーなんだよねぇ」

「えっ?」


 少し言いづらそうに苦笑いを浮かべているが、やはり転生者だからか、それとも純粋にそのような体質なのか、とにかくどうやら自分はイレギュラーらしい。

 そういえば固有魔力は生まれつき持っているものとされているのだが、前世では魔力の概念など無かった。

 つまりは、生まれつき持っているものを悠真は持っていない可能性があるということだ。まさか、固有魔力を持たないイレギュラー、という事なのか。


「単刀直入に言うと、全属性が等しく苦手って事なんだよねぇ。そういう人ってかなり少ないんだよねぇ」

「少ないって事は居るには居るんですね」


 何を言われるのかとビクビクしていたが、どうやら悠真には得意な属性が無いらしい。聞いた限りだと別に転生者特有、という訳でも無さそうだ。

 

 良く考えれば、目に見えない体の器官である門を使う事だって出来たなら、固有魔力を持っていてもおかしくは無いのかもしれない。

 何はともあれ、転生者であることがバレていないのであれば問題は無いだろう。リスクは極力回避しておくべきだ。


「例えば固有魔力が、属性のない概念に関係するものだったりとかねぇ。回復が得意、バフが得意って人は割と生まれつき全属性が苦手なケースが多いわねぇ」

「つまり、僕の固有魔力は属性のない概念に関係するもの、という事ですか」

「その可能性が高い、ってところかしらぁ。というか、分からないからこそ、これから悠真くんの固有魔力について調べるんだけどねぇ?」


 そう言ってエリエーテは机の中から、水晶のような灰色の石を取り出した。その姿色形には見覚えがある。それは吸魔晶、朝に悠真が気絶するに至った元凶だった。


「うげ、またですか……?」

「朝のやつとは違うわよぉ?どっちかって言うと、冒険者登録をした時に見た魔石晶が近いわねぇ」

「あ、ステータスプレートのやつか。それなら安心だ」


 あの時の事は今でも覚えている。転生した初日にギルドの飲んだくれに囲まれながら、ファンタジーの片鱗に触れた記憶など、この二度の生涯の中で忘れるはずがない。

 あの日に田辺悠真は死に、そして生まれ変わったからだ。


「これも、あの時同様にただ手を置くだけで良いんですか?」

「ステータスプレートを翳すと真っ黒になるからぁ、そしたら手を置くだけで大丈夫よぉ」


 ステータスプレートがトリガーとなって、この魔石晶が起動する仕組みなのだろう。

 「まるで病院の診察みたいだな」などと思いながら、久々にステータスプレートを取り出して魔石晶に翳すと、エリエーテの言うように水晶が、全てを吸い尽くしてしまいそうな程の黒色に染まる。


「これに触ればいいんですね?魔力流したりとかはしなくても」

「大丈夫よぉ。寧ろその水晶は脆いから、魔力なんて流したら壊れちゃうわぁ」

「分かりました。……いきます」


 深呼吸を2回した後に、悠真は深淵のような水晶に手を伸ばし、そして握った。

 指先が玉に触れ合った瞬間、赤紫色の紫電が身体の全身を駆け巡る感覚が襲う。

 

 ──ギルドでステータスプレートを作った時を思い出す。未知のエネルギーが強制的に体を水のように流れ、痛みの伴わない電流のような知らない感覚に身を任せていた転生初日だ。

 今思えば、こうやって全身を流れる電気のような波は人の生命力だったんだろう。この感覚は魔術を起動する時に近い。


「あ、止まった」


 暫く流れる魔力に身を任せていると、鑑定が完了したのか魔石晶は事切れたように大人しくなってしまった。

 先程の派手な演出や音が全て嘘だったかのように、急に静けさが立ち籠める。


「はい、これで鑑定結果が出たはずだわぁ。ステータスプレートを見たら書いてあるはずよぉ」

「え、固有魔力ってステータスプレートに書かれるんですか?」


 確かそんなことは無かったはずだ。シェアラのステータスプレートを前に拝見した時は書かれていなかった。シェアラが鑑定を受けていない可能性も考えられるが、自分の固有魔力を認知している以上それは無いだろう。


「安心して頂戴、ステータスプレートは認識阻害の魔術が施されてるから、本人しか見えないようになっているわぁ」

「そういう絡繰があったんですね……」


 単純な話だった。ステータスプレートにもちゃんとプライバシーという概念はあったのだなと感心する。

 何はともあれ、今は自分を知ることが先決だ。自分の固有魔力を確認することで固有魔術に繋げていく為にも。

 悠真は期待を込めて、鼻息を荒くしながら自らのステータスプレートを確認した。


────────────────────────

タナベユウマ 16歳

職業:冒険者 ランク:白 Lv:17


ATK:70 + 12

INT:46 + 0

DEF:55 + 15

RES:35 + 15

AGI:48 + 4

DEX:37 + 0

LUC:83 + 0


固有魔力:

────────────────────────


 久しぶりにステータスを見ると、かなり成長している。確かに、初依頼である黒狼との戦いからは一切見ていなかったので、《マスターゴブリン》との経験値などが大きいのだろう。

 そして、相変わらず最も高いステータスは運らしい。


「……あれ、固有魔力の所が空欄になってます」

「………え?」


 珍しくエリエーテが慌てている。何となく嫌な予感がした。


「………もしかして、固有魔力無しって事ですかね……?」

「…………もしかしなくてもそういう事になるわね……」


 あまりの衝撃に、エリエーテの特徴的なおっとりとした間延びした喋り方の癖さえも消えてしまった。

 確かにエリエーテは「全属性が苦手な人間は珍しいイレギュラーだ」と言っていた。だが、そもそも固有魔力が無い人間はこの世にほぼ居ないのでは無いだろうか。


「固有魔力が無い人の例は、この王国の中でもまだ片手で数えられるくらいの件数しかないわ。イレギュラーの中のイレギュラーね………」

「でも、それだと固有魔術って作ることができないんじゃ……」

「いや、そうとも限らないわ。ハードルが高いってだけだもの」


 言ってしまえば、固有魔力は得意苦手の極地。得意を伸ばすことが、最終的には固有魔術という強みに繋がるというだけだ。

 全てが平凡以下な悠真は、理論上苦手から得意に押し上げれば固有魔術にはありつける訳だが、才能としては一般人とアスリート並みの差がある、という事だろう。


「ち、ちょぉっと驚いたけど、まぁだからと言って優遇も加減もしないからねぇ」

「それは勿論、望むところです」


 悠真は拳を握りながらエリエーテと向き合う。

 固有魔力が無いことは分かった。とはいえ自分は転生者であって、この世界の概念とは馴染みがないのは必然であり、正直ある程度は予想していたのだ。ショックはショックだが、思っていたほどでもない。


「悠真くんは強い子ねぇ」

「いえ、固有魔力が無いからと言って、強くなれない訳ではないので」


 別にこの世界の最強を目指す訳でもない。ただ、大切な人や苦しむ人を助けられるくらいには強くなれればそれで良い。その為の努力であり、その為の師匠だ。

 ここで折れるのは何よりもみっともない。

 

「それもそうねぇ。じゃあ悠真くんは特別に厳しめに指導していくわねぇ」

「えっ、今優遇も加減もしないって……」

「だから言ったでしょ?()()()()()って」

「あっ、はい。お手柔らかに……」

 

 より厳しいエリエーテの地獄のようなレッスンがこれから二日に一回行われると考えると、涙どころか根源的恐怖が込み上げてくる。

 ──ああ、いい人生だったなぁ。

それからというものの、二人ともエリエーテとの訓練の後は悪夢のような走馬灯に襲われる日々が続いたとか。

肉体よりも精神の方がキツそう。


補足ですが、シェアラが吸魔晶を手に乗せても何も感じないのは、純粋に体内魔力量が多いからです。かなり大袈裟な例えですが、100Lから1Lを取り出すシェアラに対して、悠真は10Lから1Lを取り出してるような感じなので、うっすらと魔力が減ってくのを自覚している訳です。

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