一章16話『サモンの訓練』
お久しぶりです。生存報告がてら物語を進めていきます。
「うっし、ちゃんと来たな悠真」
「よろしくお願いします」
朝の八の刻。雀とは似ても似つかぬ鳥がチュンチュンと泣きながら朝を知らせる頃、完全防具で整えた悠真と、相変わらずタンクトップのような薄着一枚で仁王立ちするサモンとが対面する。
とは言え昨日とは異なり、今日はお互いに木刀を使うことになっている。
「まあまあ、そう身構えなくていい。実戦形式でやってくのは変わんねえけどな」
「あ、あはは…それは無理があるかと……」
サモンが「ガハハ」と相変わらず朝っぱらから豪快に笑うのを、悠真は苦笑いで誤魔化した。
「まあ、雑談はここまでにしようか。悠真、お前は昨日の模擬戦をやってどう思った?」
「どう…ですか?」
サモンに聞かれて、昨日の模擬戦を思い出す。
腹パン、デコピン、腹パン……と痛々しい記憶が蘇る。どうと言われても、何が何だか分からんと言うのが正直な感想だ。
「なんというか、圧倒的にサモンさんが速かったなと」
「ガハハ!そりゃそうだろうな!!」
そう言うとサモンはまたもや大笑いする。この人の笑いのツボはどうなってんだ。
だが、思い返せばサモンの速さは規格外と言うしか無かった。剣を振れば、振る剣よりも早く拳が飛んでくる。挙句の果てにはデコピンで剣を弾かれて、腹にパンチを食らう始末だ。
ここが前世だとしても、プロのアスリートでさえここまで早く動ける人は居ないだろう。やはり、存在が規格外すぎるのだ。
「まあ、それに関しては正直、お前達が遅すぎるだけなんだがな。それで、悠真自身についてはどう思った?」
「僕自身…?どういう事ですか…?」
「あ?あぁ、説明が足りなかったか。模擬戦をやって、お前には何が足りてないと思った?」
先程の質問は、模擬戦全体の感想。今聞かれているのは、悠真自身の模擬戦での反省点を聞かれているわけか。
昨日の記憶を思い返すと、むしろ欠点以外が見つからないのだが。
「大きく分けて2つ、1つは立ち回りが愚直すぎることで、もう1つは連携不足……いや、シェアラの足を引っ張る形になってしまったなと」
「…ほう、自己分析はちゃんとしているようだな」
サモンは、「やるじゃねえか」と言わんばかりにニヤリと笑う。逆に豪快に笑わないとそれはそれで不気味だなこの人。
「まあ、お前がそう思うんならそれも間違いじゃねえ。が、俺が悠真に足りないと思ったのは、戦術と度胸だな」
「戦術と…度胸?」
戦術とは、まあ言い換えれば立ち回りも含まれるのだろう。だが度胸が求められる場面なんてあっただろうか。
「ピンと来てない顔してんな。度胸は大事だぜ?例えば、殺される!ってなった時に一矢報いる覚悟、自分がピンチでも冷静に分析して判断する肝っ玉とかな」
「そう言われるとむしろ、度胸の方が大事に聞こえますね」
「まあ実戦においては実際そうかもな」
そう言うと、サモンは悠真に木刀を投げて渡す。気付けばサモンも木刀を握っていた。
「ハイベルも言ってたが、お前の剣は悪くはない。試しに打ち込んでみな」
「は、はい!」
サモンの指示で、悠真は中段の構えを取る。
サモンめがけて、まるで剣道のように顔や胴、手首や喉元まで狙うも、やはり全てサモンの木刀で弾かれてしまう。
「ほらな、剣の振りは的確に急所を狙ってる。それに動きもキレがあって悪くはねえ。今は殺意をぶつけることにビビってるだけだ。昔剣かなんかを習ってたんじゃねえのか?」
「……まあ確かに少しだけやりましたが、子供の頃に家の方針でチャンバラをやった程度ですよ」
確かに、そもそも田辺家には剣道の道場があった。父親も、県で一二を争う実力者だった。だが、だからといって悠真がそこまで精力的に剣道に励んでいた訳ではない。
そもそも、物心ついた時には剣道場は閉まっていたし、師範だった祖父も亡くなっていたし、母が死んでからの父は思い出したくもない。
だが、確かに多少の素振りくらいは父親に多少仕込まれた記憶がある。当時は身体作りや護身術の一環だったが、まさかこのような形で活きてくるとは思いもしなかった。
「まあそれがチャンバラか殺し合いかはさておき、剣筋に関しては特段矯正する必要は無さそうだと見た。だからこそ、戦術と度胸がお前には必要になる」
「……ところで、この2つはどのように学んでいくのでしょうか?」
太刀筋は認められたからこそ、他の要素を鍛える必要があるということか。
ならば戦術や度胸はどのように鍛えていくのか。
「俺は座学とかは苦手でな。最初は模擬戦みたいに俺が動かずに打ち込んでもらおうかと思ったんだが、お前には合わなそうだから変えることにした」
「本当ですか!?」
もし昨日と同じやり方だったら絶望的だったが、どうやら異なるらしい。少しでも地獄じゃないならありがたい限りだ。
「ああ。俺から悠真に向かって攻めてくから、悠真はその状態で打ち込んでくれ」
「あっ………………………はい」
──よりによって、余計地獄になるとは思わなかった。
というか、最初に実戦形式でやるって言ってたじゃん。なぜ忘れていたのだろうか。
「俺に殴られても、怯むんじゃねえぞ?殴られた上で殴り返すくらいしないと、度胸は身につかないからな」
「……善処します」
「よし、じゃあ…行くぞ!!」
こうして、地獄の模擬戦が始まった。
サモンの掛け声と同時に、サモンは木刀をもって走り出す。そのまま悠真目掛けて駆け出し、そのまま剣を振り下ろす。
「てりゃぁあ!!……あれっ?いでっ!」
「動きがデカすぎる!!もっと細かく動かねえと隙だらけだぞ!」
サモンの振り下ろした剣を受け止めようと、真正面から迎え撃とうとしたが、サモンの木刀が振り下ろされながら軌道を変えた為にすり抜ける。
脳天目掛けて振り下ろされた木刀は、悠真の木刀をすり抜けてそのまま手首に向かって吸い込まれるように打ち込まれる。
「そして怯まない!ここで怯んだら首を落とされるぞ!!」
「は、はい!!」
つい勢いで木刀から手を離してしまったので、急いで拾った木刀を握りしめる。
確かに痛みにいちいち怯んでいても、魔物や魔獣は立ち止まってはくれないだろう。奴らも獲物を狙う狩人なのだ。
「まだまだ行くぞ!」
「は、はい!!」
昨日の模擬戦とは大きく異なり、悠真が表立って動く訳ではないので、体力は昨日ほど消費していない。
だが、サモンの打撃は的確に命中してくるので、怯むなと言われてもなかなかに無理がある。
体力の消費は無いが、ダメージだけは蓄積されていく。
「ボケっとすんな!!俺の動きを見てカウンターを考えろ!!」
「はい!!……そこっ!!」
「遅い!!」
飛んできた太刀筋を木刀で止めにかかるが、一瞬鍔迫り合いになったかと思えばすぐに弾き飛ばされ、手首を叩かれる。今回は剣を握り続けていた。
「剣を落とさなかったのは良い変化だな。手首を切られても……いや、死んでも剣を握る手を離さないくらいの心意気を忘れるな」
「はい!」
「だが、あまりにも頭を使って無さすぎる!一手先じゃなく、俺の目線や一挙手一投足を見て二手三手先まで考えろ!」
「……はい!」
当然、素人が戦闘超人?狂人?の動きを見て行動を考えるなど、無茶でしかない。おそらくはサモンも不可能を前提で無茶を言っているのだろう。
だが、それができるようになればもっと強くなれるのなら、もっと努力を重ねていかなければいけないのだ。
「……お願いします!」
「行くぞ!!」
今度はサモンの一挙手一投足、動きの全てに意識を注ぐ。サモンの太刀筋を目の動きと腕の筋肉、足の向きから推測し、対抗策を考える。
「考えすぎだ!!」
「いだっ!!」
考えてるうちに頭に木刀が降ってくる。
ショートコントか、と言わんばかりの即落ち二コマを自らの身体で体験しながら、悠真はあまりの痛みに頭を抑えていた。木刀とは言え、痛いものは痛いのだ。
「隙がデカすぎる、露骨に考えてることがバレバレだ。頭で考えるな、体で殺意を感じろ」
「体で殺意を……って、そんな第六感みたいなものないですよ……」
「そうでもないぞ。例えば……」
そう言ってサモンの威圧感が急激に高揚したと思えば、首筋の辺りがひんやりとした感覚に襲われる。
不思議と、お化け屋敷で垂れ下がった蒟蒻にぶつかった時のような恐怖心から、つい「ひゅっ」と声が漏れる。
「今お前の首に向けて殺意を飛ばした。肌で感じただろ」
「はい、首筋の辺りが急に冷たくなるような感じがしました」
「それが殺意だ。頭だけで動きを見るのではなく、殺意を感じる肌感覚を第一に戦え」
エリエーテと【蜃気楼】の話をしていた時に聞いたが、肌感覚で闘えれば幻影のようなものでも簡単には誤魔化せないのだという。
流石にその肌感覚の領域に一朝一夕で辿り着くのは確実に不可能だが。
「悠真は難しく考えすぎだ、0か100でしか動けてねえ」
「は、はい?」
「学んだことを反復するのは確かに大事だが、俺のアドバイスは頭の片隅に添える程度の意識を持つだけでいい」
「は、はぁ……」
「よし、じゃあ次、行くぞ!」
悠真が「はい!」という返事をする間もなく、即座にサモンが動く。
言われた通り、いつもの戦い方をしつつ少しだけサモンの動きを意識する。
脳天に振り下ろされると思い込んでいた木刀だが、サモンの動きを見ると、ただ振り下ろすにしては足の向きが妙だ。まるで捻りを加えてくるかのような。
「ふうっ!!」
「へっ、やるじゃねえか!」
案の定脳天はフェイントで、流れるように首元を狙ってきた木刀を悠真はやっとの勢いで受け止める。
そのまま鍔迫り合いになるという事は、再び追撃をされるということだろう、ならば逆に仕掛けてみるのはどうだろう。
「ぅおおお!!あいだっ!!」
「そこ!隙が大きい!!!もっとコンパクトに攻めろ!チャンスを無駄にするな!!」
鍔迫り合いを振り解き、胴に一太刀を入れようと大振りになった瞬間に、手首を木刀で叩かれる。
危うく握る木刀を落としそうになってしまった。
「言われた事をちゃんと実践出来てるのはいい兆しだな。正直フェイントを見切るのはあと三刻くらいかかると思ってたぜ」
「それはサモンさんの教えがいいんじゃないですか?」
「それもそうだな、ガハハ!!」
だが確かに、敵わないというのは分かっているのだが、ここまで早く見切れるようになったのはまるで奇跡だ。少なくとも例の《マスターゴブリン》との邂逅で悠真の何かが大きく変化した感じがする。
「良いところは伸ばせ。悠真は攻める時大振りになりがちだ、もっと隙を小さくしないとまたカウンターを食らうぞ」
「うぐっ、頑張ります……」
「よろしい。もうすぐ朝食だから一旦切り上げる。午後になったら再開するから、午後三の刻にまたここで集合な」
「わかりました」
サモンに一礼をすると、サモンはガハハと豪快に笑いながら、背中を向けて手を振って屋敷に戻って行った。よくあれだけ動き回ってて食欲あるな、あの人。
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サモンとの訓練の良いところは、朝食前と夕飯前にしかやらない事である。朝食から昼食までの間はギルドにおける諸業務等を行っているそうだが、本当にどこから体力が湧いているのか分からない。
悠真は朝食の時点でグロッキー、昼も疲労で休息どころでは無かった。強いて言うなら昼食の際のシェアラに、微塵も生気が無かったことが気がかりではある。どんな訓練やってんだよ。
なんてことを考えていると、中庭にサモンが現れた。時刻は午後三の刻、つまり後半戦というわけだ。
「悠真、朝の感覚は忘れてねえよな?」
「多分……!忘れても取り戻すだけです!」
「へっ、違いねえな。…行くぞ!!」
間髪入れずにサモンが悠真に向かって走る。
遅れて悠真が中断の構えを取り、サモンの剣を迎え撃つ。
カツン!と、木と木のぶつかり合う音を響かせながら、鍔迫り合いにならないよう、お互いに即座に距離を空けて再び構える。
「はぁぁああっ!!」
「度胸ついてきたじゃねえか!!」
無意識下で悠真はサモンに向かって走り出す。走りながら大きく剣を振り、サモンの首を狙うが当然のように剣を受け止められる。
「まだまだ!!」
「お?」
幾度目かの鍔迫り合い、しかしサモンの剣を振り解き、手首を回して小回りを効かせながら、サモンの手首を狙う。
この場面で大振りに振った午前ではカウンターを貰い放題だったので、今回は反対に小回りを効かせて小賢しく攻める。しかし、吸い込まれるようにサモンの手首へ振られた木刀は空を切った。
「へえ、ちゃんと朝の内容は覚えてるんだな。それに攻められるようになってきた。度胸の定着は順調だな」
「……これが度胸ですか」
「そうだ、相手を恐れずにしっかり見る事、これが何よりも重要だ。模擬戦の時の悠真は、目線も何もかもがブレブレだったから大進歩だな」
確かに模擬戦を昨日やった時は、あまりちゃんとサモンを見ていなかった気がする。寧ろシェアラに意識を向けすぎていた。共闘が上手くいかなかったのは、それのせいも含まれていたのだろう。
「四の刻になったら、昨日と同じく模擬戦をやる。それまでは反復を繰り返す。いいな?」
「はい!!」
「よし、行くぞ!!」
掛け声と同時にサモンが悠真に襲い掛かる。とはいえ、捌けない速さではない。
「たぁっ!!」
当然、カウンターを狙うも命中はしない。だが、悠真が捌けるか捌けないかというレベルの剣戟の雨のおかげか、少しづつ視ることに慣れてきた気がする。
少なくとも、昨日の模擬戦とは比べ物にならないほどには。
「今日一日で恐怖心は拭えたか?」
「……!気付いてたんですか?」
「そりゃあ、昨日の腰の引いた剣と、さっきの殺意の籠った剣とで比べりゃ誰でも分かる。駆け出しには多いもんだ」
そこまで殺意を込めた訳ではなかったのだが。
やはり、命を奪う事に対する恐怖心は見抜かれていたようだ。ハイベルにも言われていたので、腰の引け方は傍から見れば顕著なのかもしれない。
「当然、温い価値観を持ってたら簡単に人は死ぬ。まあお前は一度魔物に殺されかけてるから、それも相まって多少吹っ切れてるだろうけどな」
「殺らなきゃ殺られる世界、ですもんね」
「そうだ。弱肉強食ってやつだな」
サモンはそう言ってガハハと笑う。
多少の会話を挟みながら、サモンと悠真の攻防は続き、悠真の痣が増え、悠真の体が時間経過とともにボロボロになっていると、漸く四の刻になる。
「よし、そんじゃあ時間になったから模擬戦だ。昨日同様、何をしても何を使っても構わない、始めるぞ!!」
「はい!!お願いします!!」
模擬戦とは言ったものの、昨日と違ってお互いに木刀を構える。
刹那、そよ風が頬を撫でた瞬間に、悠真から動いた。
「はぁぁああっ!!!」
先ずは打ち込み、間合いの中でサモンの様子を伺う。
悠真の握力は低く、またサモンの打ち込む力も強いので、木刀を両手でしっかりと握らなければならず、片手で魔術を起動するといった器用な事は出来ない。
だが、今日は多少立ち回りを学んだのだ。少しくらいは一矢報いたい。
「たぁあっ!!!【風刃】!!!」
「残念だったな!外してるぞ!!」
「いえ、狙い通りです!!」
サモンの大きい隙が生まれたと同時に、【風刃】を撃ち込む。が、サモンは軽々と躱し、地面に土煙が立ちこめる。だが、それこそが狙い。
「【蜃気楼】……!」
「……!!こりゃあやり辛ぇな」
土煙と【蜃気楼】を合わせることで、情報量でパンクさせる作戦だ。【蜃気楼】単体では恐らくサモンに効果はほぼ無いだろう。土煙も同様に意味などない。どちらも肌感覚で行動するサモンに対しては、有効打にはなり得ない。
ならば、土煙で物理的に肌感覚を刺激しながら【蜃気楼】で囮を仕掛ければ、視覚と肌感覚との落差で多少の隙を作ることが出来るのではないだろうか。
サモンも人間だ、体表から受け取る情報量が多ければ、一瞬の隙や混乱くらいは生まれるはずだ。
「鬱陶しいな……!!ふんっ!!」
多少は嫌がらせになったのか、サモンは剣を一振りする事で砂煙を晴らす。
だがしかし、悠真はこの一瞬の隙が欲しかっただけなのだ。その一瞬があれば、サモンの背に回ることができる。
「【氷槍】……!」
ドリル状の氷柱が、サモンの背中を目掛けて一直線に射出される。
《マスターゴブリン》すら怯ませた、悠真の中の最大の技、だったのだが。
「危ねぇ危ねぇ、ケガするかと思ったぜ」
「なっ……!!」
銃弾の如く放たれた氷の槍を、着弾スレスレのタイミングで片手で捕まえているサモンが居た。
いや、動体視力どうなってんだ、大砲をイメージして至近距離で発射したのに。
「やるじゃねえか、正直ここまでやるとは思わなかった、見直したぜ悠真」
「いや……最後なんなんですか……?」
「飛んできた槍をキャッチしただけだ」
いとも簡単そうに「当然だろ?」と淡々と告げるサモンに対して、何とも言えぬ困惑が勝利する。
「まあ、これでもっとハンデを減らした方がお前に合うって事が分かったな。今までは本気の3%位だったが、次回からは5%位でも良さそうだ」
「えっと、あの、はい……?」
「今日はこれで終わりにする、そろそろ飯の時間だろ。俺はやることがあるから先に行っててくれ」
サモンはガハハと相変わらず豪快に笑うと、【氷槍】を中庭からそのまま裏山に投げ捨ててから悠真を見送った。
「……いやはや、一日でここまで伸びるとは思わなんだ。どこまで気を張ればいいのかも分からんな」
一人中庭に立ち尽くすサモンは、静かな冷たい風が頬を掠める中で静かに呟く。
【氷槍】を慌てて受け止めた左手を握ったり開いたりしながら静かに見つめる。ポタポタと滴る紅い液体が、その威力を証明していた。
「油断したのは俺の方、か」
弟子の成長の早さと可能性にワクワクしながら、サモンは中庭で一人不敵に笑っていた。
「……あれで本気の3%かよ……」
サモンを背にした悠真は、その力量差を目の当たりにして憂鬱な気分で初日の訓練の幕を閉じた。
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「……この身体のまま動きたくないんだけど……」
「どうやら昨日はこってり絞られたようだな、シェアラ」
「…………それはもう、ね……」
翌日、朝方の八の刻。
中庭に立つのは禿頭の大男サモンと、そよ風に銀髪を靡かせたシェアラだった。
この訓練は連日交代制で行われる。昨日はエリエーテに魔力を搾りに搾り取られたおかげか、シェアラは朝から体が重い。まるで重力が3倍にでもなったかのような苦しさがある。ただでさえ朝に弱いというのに。
「まぁ、配慮はしても妥協はしねえからな、悪いが頑張ってくれ」
「それは勿論、死に際に言い訳なんて言えないもん」
「確かにそれもそうだ」
サモンの追い討ちに、シェアラは「分かってるわよ」と言いたげに頬を膨らませて拗ねる。珍しくサモンが苦笑いを浮かべていた。
「それで早速本題に入ろう。シェアラは一昨日の模擬戦で何か感じたことはあったか?」
「そりゃあもう反省点ばかり。動きは悪いし、悠真と合わせるのも難しかった。でも、一番実感したのは、私は型に頼りすぎなのかなって」
「ふむ、確かにその側面は大きかったかもしれないが、シェアラが使うのは細剣だからなぁ……」
サモンはシェアラが腰に提げた細剣に目を向ける。
実際、シェアラ以外にエルルシャで細剣を使用する人間は誰一人としていない。なんならエルルシャの武器屋では細剣を取り扱っていないのだ。
「そんなに特殊なんですか?」
「まあ、王都とかに行けば漸く何人か見つかるレベルだな。こんな辺境じゃ居ねえ。なにせ、修得難易度が相当高いから誰もやりたがらねえのよ。寧ろシェアラはどこで学んだんだ?」
「私は…………ちょっと剣術の師匠が細剣使いだっただけです」
少し言葉を濁しながらシェアラが伝えると、サモンは「へぇ」と珍しく興味深そうな顔をする。
「まあ、その話は置いといて。シェアラが型に囚われてるってのは事実だな。動きのパターンが簡単に読めちまう。だが、細剣は型が重要なのも事実だ。これが難しいとこだな」
「ですよね……」
優雅さと繊細さと俊敏さが大切な細剣に、型破りの属性を足すのは中々に困難を極める。
「そこで相変わらず模擬戦をするんだが、俺達はコレで戦う」
「木の……棒?」
そう言って、サモンが何やらよく分からない木の棒を手にする。形状はまるで細剣だが、そこら辺に落ちている木の枝よりも細く靱やかさがある。
「名称は木の棒でも何でもいいが、これは一応木製の細剣だ。だが、靱やか過ぎてすぐ折れちまう位には脆い」
そう言って、サモンは適当に木の棒を振ると、木の棒の根元から折れて吹き飛んでいく。
「これは繊細に振らないと折れちまう。だから、これが折れないようにしながら俺と模擬戦をする。折れずに俺に当てられたら、次のステップに行く。どうだ?」
「……上等、強くなれるならなんでもやる」
シェアラの静かな覚悟を受けて、サモンはガハハと盛大に笑う。
「そんじゃあ習うより慣れよだ。いっちょやるか!」
「それじゃ。行きます!」
サモンの声に合わせ、シェアラが動く。
風のように早く、靱やかさのある滑らかな動きで、サモンとの間合いを詰める。
「【縮地】!」
「お?」
【疾走脚】から派生した、限りなく体術に近い魔術、【縮地】。相手との距離を一瞬で詰め、一瞬で的確な間合いを捉える効果を持つ。言わば超短距離の瞬間移動を可能にする魔術だ。
「ふうっ!!!!」
しかし、確実に捉えたという慢心か、はたまたサモンの思惑なのか、サモンを指し穿とうとした木の棒が根元から綺麗に裂けるように折れていた。
つまりは、先程の説明に則るのならば、細剣の振り方が悪かったのだろう。
サモンの胸部に命中すると思われていた剣先は折れて回転しながら、そのまま中庭の芝生の上に落ち、逆にサモンの細剣が腹部に命中する。
「ぐふっ!」
「言ったろ、これはちょっとやそっとの負荷でも折れちまう。意外とムズいぜ?」
「まだまだ!!」
折れた剣を投げ捨て、新しい木の棒をもう一度手にして構える。シェアラの翠色の目から溢れんばかりの闘志を見て、サモンは不敵に笑った。
「まだ時間はたっぷりある、いつでも来い!!」
「言われなくても!!」
シェアラが再び仕掛ける。
模擬戦の時は悠真も居た事で100%の力を出し切れなかったのだろう、遠慮のない猛攻にサモンは笑みを浮かべながら、涼しい顔で全ての攻撃を受け流す。
「……ねぇ、本当にそれ同じ棒なの……?」
「当然だろ?信じられないなら交換するぞ?」
シェアラの猛攻によって、シェアラの持つ棒には亀裂が入り、木の皮1枚繋がったような状態になっているのにも関わらず、受け流すサモンの棒はなんの変化も見られてないので、つい疑ってかかってしまう。
そもそも筋肉達磨のような大男が、細剣を握って戦っているだけでも十分違和感を感じるというのもあるが。
しかし、交換した木の棒をシェアラが使うと、呆気なく折れてしまった。
「えぇ……」
「まあ、正直俺も細剣はあまり得意じゃないが、そこは経験の差だな。型を自分なりに矯正するようなもんだ、癖があればあるだけ長引く」
細剣が得意じゃないとは言いながら、少なくともシェアラ以上に動けているので、ついジト目になってしまう。
「……コツとかはないの?」
「そうだな……。脱力ってとこか?」
「脱力?」
シェアラが聞き返すと、サモンは「そうだ」と言って続ける。
「余分な力が篭もりすぎてるんだろう、前腕部と上腕部の筋肉を同時に使うとそうなる。軽く頭に入れる程度でいいから、腕の力を抜くといい」
「でもそれじゃ、敵を斬れないんじゃ?」
「相手に命中する瞬間に、柄を全力で握るイメージで力を入れてみろ、それで十分だ」
サモンはシェアラに新しい木の棒を渡しながら解説を続ける。
「細剣は、俊敏さとそのバネのような刀身が他の武器にない強みだ、純粋な力の押し負けでは他の武器に負ける。だからこそ、速さとバネのような推進力を使うんだ。見てな」
そう言ってサモンはシェアラに剣を構えさせ、実演する。1度目は、シェアラのやっているような脱力の無い振りだ。普通に構えて、ただ普通に振るうのだが、しなりすぎたのかミシミシという音を立てながら、シェアラの持つ木の棒と衝突する。
「痛っ」
「こんなもんだ。確かにこれでも十分だが、ほれ見ろ」
サモンに言われて視線を向けると、木の棒の刀身はへし折れており、受け止めたシェアラの木の棒にはちょっとした亀裂が入っただけだった。
「要はこれだと武器への負担も凄いし、ダメージが思っているほど無いってこと?」
「そうだ。そして次がコツを再現したものだ、見てな」
2回目は脱力を行い、攻撃が命中する瞬間に強く力を入れるというものである。
一見普通に振っているように見えるが、空気抵抗をあまり受けていないのか、木の棒は音を立てずにしなりながらシェアラの木の棒と衝突する。
「いったぁ!!?」
「こんなとこだ。威力も格が違うだろ」
先程とは打って代わり、シェアラの持つ木の棒はへし折れたが、サモンの持つ木の棒は多少欠けただけで亀裂もヒビもない。
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あれから昼ご飯の時間を含めて7時間程度。中庭には悠々とした仁王立ちをするサモンと、肩を上下に動かしながらボロボロになったシェアラがいた。
「一朝一夕では身に付かん。だが、一昨日とはもう格が違うと言って差し支えないくらい成長したな」
「……まだ!やれるから……!」
「……へっ。そこまで言うなら最後に一戦だけだ。その腰の細剣も使っていい。なんでもありの一昨日のルールで、持ちうる限りの全力で来い!!」
ヘトヘトになった体で頷きながら、シェアラは腰から黄金の細剣をゆっくりと抜く。
そして、丁寧に構えてサモンを捉え、肺に溜まった空気を吐き出す。
「……佇まいがまるで別人だな」
サモンがポツリと呟いた。
少なくとも朝対面した時とは見違えてしまうくらいには、その立ち姿が別人だったからだ。
「……行きます!」
シェアラが宣言すると同時に、サモンに向かって走る。が、明らかに朝の動きとは何かが違っている。
「【風球】!!」
走るシェアラの周りに不可視の風の玉が6つほど公転しているのだ。
そのまま【縮地】で距離を一瞬で詰めつつ、浮かべた【風球】を2つほどサモンに当てると同時に、背後に回って細剣でサモンを捉える。
しかし。
「それじゃダメージはほぼねえぞ?」
【風球】のデコイをものともせず、視線を一切向けずに背後からのシェアラの細剣を、人差し指と中指で挟んで受け止めた。咄嗟に引き抜こうとしても微動だにしない。
「分かってます!……だから!!」
「うおっ!?」
シェアラは冷や汗をかきながら、それでも一矢報いようと【疾走脚】を展開し、そのままサモンの顔目掛けて瞬足の蹴りを仕掛ける。
すんでのところでサモンは躱すが、どうやら予想外の動きだったのか、細剣を握る力が一瞬弱まった。
その隙を見逃さなかったシェアラは、サモンの手から細剣を引き抜くと再び体勢を立て直す。
「いやはや、【疾走脚】で蹴りを入れてくるとは恐れ入ったぜ」
「……でももう通用しなさそうね」
シェアラの成長に驚きつつも好奇心を隠せていないサモンに対して、息を切らしながらも少し笑みを浮かべるシェアラ。
何かを掴んだのか、シェアラは間髪入れずに再び間合いを詰める。
「ふうっ……!」
「だが!まだまだだった……な?」
シェアラの刺突に合わせてサモンが反撃を試みるが、サモンの拳は空を切り、そしてサモンの眼前からシェアラが消える。
厳密には、シェアラがサモンの拳に合わせて、【縮地】の応用で身体を地面に背中を付けるほど屈めただけである。
だが、サモンの拳を避けるだけでなく、そこから大きな隙が生まれたことを、シェアラが見逃すはずもなかった。
「【風砲】!!」
シェアラがサモンの真下から【風砲】を打ち上げる。
【風球】の上位互換である【風砲】は、超巨大な空気砲のように、その膨大な風圧で相手の行動を阻害する魔術である。
その威力は、体重100kg以上のサモンが数メートルほど宙に浮くほどだった。
「空中なら!」
「──ところがどっこい、空を飛ぶのには慣れてるんだ」
そのまま【疾走脚】で翔け上がってきたシェアラを空中に浮きながら撃ち落とし、サモンは何事も無かったかのように華麗に着地を決める。
「なん……で……?」
「ほら、ワイバーンとか撃ち落とすためによく飛んばされてたからな」
「頭……おかし……い……」
そのまま撃ち落とされたシェアラは衝撃で気絶してしまった。ただでさえ限界の状態で戦っていたにも関わらず、最後の気力を振り絞って一矢報いようとしたのだ。疾うに限界など超えている。
「とはいえ、ここまでの力を持ってるとは流石に思わなかったな。悠真といい、シェアラといい、どうやら面白い奴を拾っちまったらしい」
笑顔で独り言を呟きながら、限界を迎えたシェアラを担いでサモンは屋敷に戻っていく。
「あと、本当に頭おかしいのはその作戦を笑顔で提案したエリエーテな。俺は鳥じゃねえのによ」
夕陽に赤く照らされたサモンが、とばっちりを受けて苦虫を噛み潰したような顔をしていたことに気付く人間は誰もいなかった。
本来は幕間とかにしようと思っていた訓練編です。
サモンは魔術は使えない代わりに、全ての武器を完璧に扱えるという謎のセンスを持っているので、細剣も使いこなせます。




