一章15話『汝、己を知れ』
正午、昼食を取った後に悠真とシェアラはエリエーテの部屋──と言うよりは研究室のような場所に呼び出された。
サモンの屋敷の地下室一帯は全てエリエーテの研究施設になっている様で、絢爛豪華な屋敷の内装とは打って代わり、学校の理科室と図書館を足して二乗したような雰囲気に覆われていた。
「埃っぽくてごめんなさいねぇ。二ヶ月ぶりに帰ってきたのよぉ……」
「ちなみに、その二ヶ月間は何をしていたんですか?」
「えーっとねぇ、詳しくは言えないんだけどぉ、お掃除みたいなものかしらねぇ」
乱雑に散らばる分厚い本を3人で片付けながら、エリエーテと他愛のない話をする。
研究室は長期間空けていたのが分かるほど部屋には埃が溜まっており、シェアラに関しては嚔を漏らしている。
「この本は……もしかして魔導書?ですか?」
「あら、シェアラちゃん正解よぉ。魔導書とか、魔術理論の論文とか、まぁそういうやつねぇ」
シェアラが珍しく目を輝かせながら、四方に散らばる本の山に目移りしている。
「……魔導書って何ですか?」
「魔導書っていうのはねぇ、簡単に言うと魔術の教科書みたいなもの、って感じよぉ」
そういうと、エリエーテは一冊の魔導書を机の上の本の山から引っこ抜いて、2人の前に開いて見せた。
普通の本のように文字が並ばられているのは当然なのだが、幾つかのページには幾何学的模様が散りばめられているかのような円形の紋様が記されている。
悠真でも何となく理解ができる。これは魔法陣と呼ばれるものなのだろう。
「中身はこんな感じなのよぉ。この魔法陣に魔力を通すと、魔導書の魔法陣に刻まれている魔術が頭の中に刷り込まれるって感じなのよねぇ」
エリエーテは「見ててねぇ」と語尾を伸ばしながら、目の前で魔法陣に魔力を注ぎ始めた。
瞬間、魔導書の魔法陣が白く発光し始める。さながらマグネシウムの燃焼のように眩い光を放ち、3、4秒といった短い時間で発光が収まった。
「ふぅ……。まぁ、こうやって使うの。基本的に魔導書は属性や系統によって纏められていたりするから、もし見つけたら使うことをお勧めするわぁ。……まあ、使いすぎると生命力持ってかれるけどねぇ」
「魔導書って生命力を消費するんですか?」
イメージとしては、魔導書は参考書や教科書だ。しかし、普段の勉強では命を削って知識を身につけている訳ではない。そういう意味では、魔術を得る代わりに生命力を削るというのは割に合わないのではないか、と思ってしまう。
「そうねぇ。確かにさっきは教科書とは言ったけど、魔導書はただ学ぶ訳じゃなくて、直接知識を脳に焼き付けるって感じなのよねぇ」
「それならまぁ、命を削ってもおかしくは無い……のか」
魔力を流して門を繋げることで、直接脳に知識を焼き付けると考えたら、命を削ると言っても過言では無い。ほぼ無条件で魔術を身に付けるために対価を払う、ということなのだろう。それなら生命力を削っても納得はできる。
「質問なんですが、魔導書のその模様は魔法陣って言うんですか?起動するのは魔術なのに……」
それはシェアラの質問だった。魔法陣という名前に聞き馴染みがありすぎるからこそスルーしていたが、確かに言われてみれば魔術を習得するものだ。魔術陣といった名前でいいはずだ。例えが少しダサいのは一旦置いといて。
元来、魔法は神の所業、人間では扱えない代物だと前にシェアラは説明してくれていたが、魔導書の中には幾つもの魔法があるのは不自然だ。
「いい質問ねぇ。それの答えは単純で、魔法陣の技術は神によって伝来したからよぉ。この魔導書自体、神が生み出した技術だからこそ魔法陣、って言うの」
「なるほど……そしてそのまま固有名詞として定着した、って感じですね」
エリエーテは「その通りよぉ」と笑顔で答えながら、サムズアップをする。
つまり、「魔導書に魔力を注ぐことで魔術を脳に刻むことが出来る」というシステムは元来神による魔法の代物であったのだろう。もしかして、この世界は神様が実在でもしているのだろうか。
研究施設を片付けながら話を聞いていたが、魔導書や魔術に関連した論文があると言うことは、魔術に関する学問がこの世界では定着しているということなのだろう。
その理論を学ぶことで、魔術への造形を深められるかもしれない、と考えるとワクワクする。
「粗方片付いたわねぇ。二人とも、ありがとうねぇ」
「いえいえ」
「どういたしまして」
なんだかんだ色々話しながら片付けをしていたので、足の踏み場も無いほど荒れていた研究施設は、なんとか歩いて転ばない程度には片付いた。
「さて、片付けも終わった事だし、本題に入るわねぇ。君たち2人には、2年間で4つの課題をクリアしてもらうわぁ」
「4つの課題、ですか?」
「そうよ。一つ一つ説明していくわねぇ」
そう言って、エリエーテは研究室の奥の方から簡易黒板のようなものとチョークを持ってくる。
今から講義でも始まるのだろうか。
「まず1つ目は、君たちの魔力量……生命力の上限を、今の三倍を目安に伸ばしてもらうわぁ」
エリエーテは言いながら黒板に書き留める。悠真は未だに文字がまともに読めないため、最初の数字しか分からないが、おそらくこの課題について書いてあるのだろう。
「そもそも、生命力の上限って上げられるんですね」
「そうよぉ。筋肉と一緒で、痛めつければ痛めつけるほど上限は上がっていくわぁ」
「……痛めつけるって、具体的にはどんなことをするんですか?」
「それは、2つ目の課題と同時進行するからその時にするわねぇ」
エリエーテはウィンクをしながらシェアラの質問への回答を濁した。なんとなく嫌な予感がする。
「2つ目の課題は、魔力の精度を磨いてもらうつもりよぉ」
「精度……?」
魔力の精度、という羅列について聞き馴染みが無いためシェアラの方を向くが、シェアラもピンと来ていないのか訝しんだ表情を浮かべている。
「説明が難しいんだけどねぇ、要約すると魔力の扱いを今以上に精密に使えるようにして欲しいのよぉ」
「……えっと、あんまりピンと来ないのですが」
言わんとしていることは分かる。今後もっと緻密な魔力を操作する場面があるのかもしれないのだろう。しかし、その成長の仕方がなんとなく理解し難い。
「悠真くんは、どんな魔術が得意かしらぁ?」
「僕ですか?……一番上手く撃てるのは【氷牙】ですね」
「それじゃあ、【氷牙】って最初から綺麗な形で、最高の威力で撃つことは出来た?」
「いえ、最初は歪な形で……あ、精度ってもしかして」
そういう事か、と繋がった。というかエリエーテは誘導質問が上手い、教師経験でもあるのだろうか。
「そう。想像通り、今まで何回も撃つことで、【氷牙】の無駄な魔力を削ったりして、無意識に最適化してるの。それはね、門の魔力の絞り方の精度が上がっているから、なのよぉ」
「つまりは、2つ目の課題では門を重点的に鍛える、という事ですね?」
「そうよぉ。そして、この2つを鍛えるために使うものがあるの。ちょっと待っててねぇ」
そういうと、エリエーテは研究室の奥の方から灰色にくすんだ水晶玉を持ってきた。ギルドに初めて赴いた際に、似たようなものに触れたような。
「これはね、吸魔晶っていう魔石晶の1種でねぇ、名前の通り魔力を吸収してくれるのよぉ」
「……つまり、これに向かって魔力を放出し続ける、という感じですか」
「そう、ぶっ倒れるまで魔力を注ぐの。でも、吸魔晶の吸収ペースは一定で、多すぎても少なすぎても吸収してくれないの。つまり、一定のペースを保ちながらぶっ倒れるまで魔力を注ぎ続けるのが、メニューになるわねぇ」
ここまでの話をエリエーテは淡々と、おっとりとした口調で笑顔で伝えてくるのが際立って恐ろしい。サモンのスパルタ指導の方がまだマシだったのではないかと考える程だ。確かにサモンの言う通り、かなり厳しい人らしい。
「つまり、1つ目の体内魔力を痛めつけるのと、2つ目の精度を同時にやり続けるって感じですか……?」
「そういう事になるわねぇ。因みに、2人の目標はそれぞれ、悠真くんが半刻でシェアラちゃんが一刻くらいかしらねぇ」
「ちなみに、死んだりはしないんですか……?」
体内魔力は命と直結している。限界まで使い込めば、最悪死ぬこともあるのだ。
「死なないわよぉ、三途の川は見えるかもしれないけどねぇ」
「いやそれもう半分死んでますよね!?」
「冗談よぉ?」
エリエーテは「てへっ」と言って舌を出しながら頭を軽く小突く。あながち冗談でもないだろ、と突っ込みたかったが、まあ死ぬのではなく地獄を見るだけならば、ギリギリ問題は無いのだろう。
「課題はまだあるわよぉ。3つ目の課題は手数を増やす事、つまり魔術を沢山覚えてもらうわぁ」
「さっきの内容に比べたらまだマシね……」
「やることは座学と実践、ってところねぇ。覚えたての魔術は上手く使えないことが多いからねぇ」
やる事としては、魔導書やエリエーテの指導によって魔術を習得し、体にその魔術を刻み込んで使用可能にすることだ。
「何かあった時に、手数が多いと助かることも多いわぁ。だから、色んなシチュエーションを想像しながら魔術の使い方を考えてねぇ」
備えあれば憂いなし、という事なのだろう。確かに状況によっては求められる魔術や選択は変わってくるのだ。バリエーションは多いに越したことはない。
「そして最後の課題は、自分を知ること。簡単に言うと、固有魔術を作ってもらうわぁ」
「「はい?」」
つい2人揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。
いや、突拍子も無いことを言い始めるエリエーテが悪いのだが。
最後の最後で難易度が跳ね上がり過ぎではないだろうか。
「いやいや、固有魔術なんて一朝一夕で作れるものじゃないですよ!?」
「そうかしらぁ?それはきっと、貴方たちが固有魔術を神聖視しすぎなだけだと思うわぁ。だからこそ自分を知って欲しいのよぉ」
「例えばね」と言って、エリエーテは魔術を起動する。その瞬間、研究室の空気感が一変して空中に無数の水滴が浮かび上がる。
雨が空中で停止したかのような、水の結晶が辺りに広がっていく光景に見惚れて、つい息を飲んでしまった。
「ただの水属性の魔術に見えるでしょ?…でも、これが私の固有魔術の一つ、【消化】。簡単に言えば、要らないものを水の粒子に変換するものよぉ。ほら、机の上を見てごらん?」
言われるままに机の上を見ると、先程まで埃が積もっていた筈の机が、まるで舐めとったかのように綺麗に洗浄されている。埃だけではなく、窓枠にあったはずの錆、石鹸の削れたような得体の知れないゴミといったものまでも消えている。
「それに、君達の肌の脂もねぇ」
「え?あれ?うそ!さっきまで汗でベタベタだったのに……」
「本当だ、風呂から出た時よりもスッキリしてる……?」
シェアラが自分の顔をペタペタと触りながら、大きなリアクションをする。悠真も自分の肌に触れるが、朝にサモンと模擬戦をしたとは思えないほど、肌の老廃物が消えている。なんなら、風呂に入った時よりもさっぱりしている気がする。
汚れを取る魔術、ということなのだろうか。
「私の固有魔力は《酸》、元来物を腐食させたり溶かしたりするのが得意なんだけどねぇ。私は掃除が嫌いで面倒だったから、ゴミを溶かせれば楽になるって考えたのよぉ」
「……それだけの理由で固有魔術を……?」
「そう、そんなものでいいのよぉ。固有魔術なんて、自分の『こうしたい!』って気持ちを表現する手段でしかないの」
「だからこその『自分を知る』、なんですね」
エリエーテは大きく頷いた。
「当たり前の話だけど、自分の魔力の特性を知らないと固有魔術は作れないし、自分の固有魔力の解釈次第では固有魔術の幅は大きく広がるの。自分の可能性を知るためにも、自分をもっと理解しないといけないのよぉ」
エリエーテは淡々と話すが、エリエーテの《酸》も、ただ物を溶かすだけという解釈だけでは作れなかっただろうし、エリエーテの面倒臭がりな性格が固有魔術に直接繋がっていたのなら、自己理解が非常に大事であることに間違いないのだろう。
「勿論、課題も生まれてくるわぁ。【消化】は対象を選択する必要があるし、対象毎にどれくらい酸を強くするかも変わるものなのよぉ」
「苦労したわぁ」と頬に手を当てながら、エリエーテは過去を懐かしむように語り始めた。
実際、加減を間違えてしまったり、溶かす対象を悠真やシェアラに指定してしまったら、2人ともお陀仏になってしまう。人を溶かさないようにしても、誤って魔導書を溶かしてしまったら取り返しのつかない事になる。
過去にそういうハプニングがあったからこそ、今は完全にコントロールし、あの幻想的な光景になるまでに研鑽を積んで改善をしてきたのだろう。
「……かなり、キツいですね」
「そりゃあキツイわよぉ。──でも、世の中の方がもっと厳しい。どんなに善行を積んでも、襲われて死ぬことだってある。世の中は弱肉強食なの」
エリエーテは、先程までのおっとりとした口調とは一転して、厳しく、そして語りかけるように話し始める。
「君たち2人は原石なの。まだ若くて、これから果てしなく強くなるポテンシャルもある。そんな2人をみすみす見殺しになんてできないもの、厳しくしないと」
今日初めて会ったというのに、随分と悠真達のことを気にかけてくれている。それだけ、印象に残っていたのか、はたまた別の理由があるのか。
何はともあれ、ここまで想ってくれて力になってくれるのだ。全力で応えねば無作法というものだ。
「という訳で、明日からビシビシ行くからねぇ?」
「「よろしくお願いします!」」
「2年間で宮廷魔導師団レベルまで鍛えるから、覚悟しててねぇ?」
全力で応えるとは言ったが、流石にド素人が2年でそこまで強くなるのは厳しくないですかね、とは言えなかった。
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吸魔石の訓練は明日から交代交代で行われるらしい。
今日は既に二人とも、サモンとの模擬戦で徐々に筋肉痛になってきたため、非常に助かる。
今は何をしているのかと言うと、エリエーテが「どうせだったら、今日は魔導書を読むといいわぁ」と言って、研究室の様々な魔導書を用意してくれた為、色々な魔導書を読んでいるところである。
勿論悠真は文字がそもそも読めないので、読んでいると言うよりはどの魔法陣に魔力を注ぎ込んでみるか吟味をしているだけである。
実際に魔法陣を幾つか見比べてみると、理論もへったくれも無さそうな幾何学的模様の中にも相似点があったりと、並べて鑑賞するだけでも充分興味深い。論文の山の中には、この魔法陣の模様の理論についての研究もあるのだろうか。
「さてと。どれにしようかな、天の神様の言うとおり……よし」
独り言を呟きながら選んだ魔導書に魔力を注ぎ込む。【氷牙】一発にも満たないような魔力を注ぎ込むだけで、エリエーテの実演のように、マグネシウムの燃焼のような眩い光が数秒間発生すると同時に、悠真の頭の中に魔術の情報が駆け巡る。
まるで情報で脳を殴るかのように流れ込んでくるので、一瞬頭痛のような痛みと、耳奥でキーンという耳鳴りが発生する。門を魔法陣と繋げた反動か、心臓の鼓動も早くなっており、本当に生命力を削って習得しているのだな、と実感する。
「はぁ…はぁ…エリエーテさんはこれを読み取ってもしれっとしてたの凄いな……」
悠真は肩を揺らしながら、呼吸を整える。
先程のエリエーテの実演の際には、何食わぬ顔で魔術を読み取っていたが、実際に魔導書から魔術を習得すると、全身の倦怠感や、先程の頭痛や耳鳴りといった体の異常が発生していた。
慣れや体質もあるのかもしれないが、実際に行うことでエリエーテの凄さを身を以って体験する。
「今習得したのは……【蜃気楼】?」
流れ込んできた頭の中の情報としては、火属性の魔術であり、幻影を生み出す魔術という認識がある。悠真の知っている蜃気楼という現象は、空気の温度差で光が屈折して見える虚像の事だ。
原理としては似たようなものだが、前世でも見たことがある訳で無いのでイメージは湧きづらい。
「エリエーテさん、【蜃気楼】ってどういう時に使う魔術なんですか?」
「あら、魔導書を使ったのねぇ。それに関しては見た方が早いと思うわよぉ。──【蜃気楼】」
エリエーテが【蜃気楼】を記述した瞬間、空気がぐにゃりと歪んだ感覚がした。しかし、一瞬歪んだと感じた視界は、すぐに元通りになる。
「そのまま机の本に触ってみてごらん?」
「机の本……あれっ?触れない……」
悠真は、エリエーテの指示で自分の真横にある机の上にある魔導書に触れようとするが、その指は魔導書を通り抜けてしまう。まるでそこには何も無いかのように。
「はいっ、解除」
エリエーテが手を叩いた瞬間、再び世界がぐにゃりと歪んだ感覚に襲われる。それと同時に、先程触ろうとしていた魔導書は、あと1、2歩踏み込まないと届かないほど遠い位置にあった。
「あれ、思ってたよりも距離が遠い」
「こっちから見てる分には、手をブンブン振ってるようにしか見えないんだけどねぇ。これが【蜃気楼】、距離感をおかしくする魔術よお」
エリエーテの実践した【蜃気楼】を実際に受けたことで、なんとなくこの魔術の使用する場面が想起される。
「これ、戦闘中に使えば、相手の間合いをおかしくする事ができるのでは?」
「使う事は多いかもねぇ。でも、視力を奪うわけじゃないから対策されやすいし、旦那みたいな肌感覚で戦う相手には効かないから相手は選ぶかしらぁ。近接戦闘では強いかもだけど」
「やっぱりサモンさんには効かないんですね……」
解説を聞いて真っ先に、サモンとの模擬戦で有効打になるのでは、と考えたが、やはりサモンは規格外らしい。
というか、人間は視覚情報に重きを置くはずなんだが、なぜ肌感覚で戦えるんだあの人は。
「あと、【蜃気楼】はせいぜい1メートル程度しか騙せないから、範囲攻撃をされたら普通に食らうわよぉ」
「意外とこの魔術シビアなんですね」
「魔術なんてそんなもんよぉ。メリットがあればデメリットもある。あ、魔物や魔獣にも効くから、ここぞって時に使うと強いわよぉ」
人以外にも効くのか。それならば、魔物相手でも逃げながら使えば時間稼ぎができるし、攻めでもフェイントのように使える。
確かに言われていた通り、手数は多いに越したことはないのだ。覚えておいて損は無い。
「試しに使ってみてもいいですか?」
「勿論いいわよぉ。覚えた魔術は使いたくなるわよねぇ」
「それじゃあ、行きます!【蜃気楼】!」
実際に悠真は【蜃気楼】を展開する。
展開する側からすれば特になんの変化もないようで、先程エリエーテにかけられたときの世界が歪む感覚が無い。
「どうでしょうか……?」
「覚えたてほやほやって感じねぇ。ちゃんと発動はできているんだけど、精度がそこまで高くないかなぁ」
そう言うと、エリエーテは先程悠真が触れられなかった机の上の本を撫でるように触る。
つまり、そこまで距離感覚が狂わせられていないということだ。
「大体10cmくらいって所かしらぁ。イメージが足りてないのか、純粋に魔術の工程に無駄が多いのかしらねぇ」
「ブレてるにはブレてるんですね」
「10cmとはいえ、ちゃんと発動はできてるからもっと使っていくといいわねぇ」
いくら魔導書から会得したとは言えど、そう簡単に使いこなせる訳でもないのだろう。
当然だ、悠真はそもそもに魔術が苦手であり、そもそもにこの世界にまだ慣れてもいないのだ。
しかし、ある程度期待をしていた反面、やはり少しだけ悲しい気持ちにはなる。
「そう落ち込むことは無いわよぉ。10cmでも切羽詰まった状況なら致命的な隙にもなるわぁ。それに、もっと魔術を使えるようになるための訓練をこれからやっていくんだからねぇ」
「それもそうでした、少し自惚れてたかもしれないです」
「自惚れじゃないわ。それは好奇心ってものよ」
悠真が自虐的にそう苦笑いを浮かべる。自分のことが新しい知識を学んで親に自慢したくなる幼子に見えて恥ずかしくなったからだ。
しかし、エリエーテはそんな悠真を見ながら優しく諭す。
「好奇心を否定するのは良くないわよ。悠真くんはまだ魔術に慣れていないだけで、これから何者にもなれるようなポテンシャルがあるのだから」
「……とはいえ、子供っぽくないですか?」
「そんな事ないわよぉ。自分の知識欲を知ることもまた、『自分を知る』という事でしょ?」
これもまた、四つめの課題である「自分を知る」という事に繋がってくるのだ、とエリエーテは言う。
自分が何を考えて、何を思って、何を原動力にしているのか、それが、自分の自分による自分のための魔術──固有魔術に発展していく、ということらしい。
「『汝、己を知れ』って言葉があるでしょ?自分の無知を、自分の限界を、自分の実力を知ることで、人は前に進むことができるのよ」
『汝、己を知れ』と言う言葉は聞き馴染みがある。確か、倫理の授業で学んだ、ソクラテスの言葉だったか。
この世界にもその名言が刻まれて居ることにも驚きだが、それ以上にエリエーテが他の誰よりも悠真の成長を信じてくれていることが嬉しかった。
「……自惚れは訂正します、自分の知識欲も自分の一部ですもんね」
「その意気よぉ。何事も、前向きに考えるのが1番大切だからねぇ」
エリエーテはそう言って悠真にウィンクする。
確かに厳しい人ではあるが、サモン同様エリエーテも慈愛に満ちた人だった。
「なるべくしてなったって感じだよね」
「あ、シェアラもそう思う?」
「うん、あの二人めちゃめちゃ強いし、スパルタだけど優しいし、学校の先生みたいな雰囲気してる」
「言い得て妙だね」
サモンとエリエーテは似た者同士だ。確かに訓練自体は厳しいが、何よりも悠真達のことを考えてくれているし、誰よりも悠真達の潜在能力を信じている。
さながら、生徒の可能性を信じる学校の模範的な教師のようだ。
悠真の記憶の中の教師は、いじめの見て見ぬふりをし、権力に媚び、弱者を虐げるろくでなしの記憶が大半を占めているのであまりいいイメージは無いのだが、こんな先生だったら誰からも好かれるのだろうと少し寂しい気持ちになった。
「さて、2人ともそろそろ夕飯の時間になるんじゃないかしらぁ?」
「あれ、もうそんな時間なんですね」
研究室の時計を見たら夕飯の時刻、夜の六の刻の10分前といったくらいの時間だった。
もう4、5時間ほどこの部屋にいたのか、という驚きと同時に、時間差で腹の虫が鳴き始める。
「それじゃあ、食堂に行きましょうかぁ」
エリエーテの一声で、読んでいた(開いていた)魔導書を棚に戻してから食堂に向かった。
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「ふぅ……」
夕食も食べ終わり、悠真は今湯船に浸かっている。
やはり、今日は想像以上に動き回ったため疲れが溜まっている上、筋肉痛がピークを迎えて動くのも一苦労となっている。
現在は湯船で少しでも筋肉痛が改善できるように体を解している。それはそうとしてやはり、湯船に浸かると疲れも悩みも吹き飛ばされて落ち着く。
「自分を知る、か……。そもそも、僕の固有魔力について知らないんだよなぁ…」
固有魔力やら固有魔術やらの話でずっと悠真は考えていたが、そもそも自分の魔力の特性を知らないのだ。
確か、シェアラに魔術について教えて貰った時に、ギルドで調べられるとか言っていたような。
「そもそも、転生した人に固有魔力なんてあるのかな」
そう、そもそもに悠真は転生した人間であり、この世界で生まれ育った人とはまた異なる生態をしている可能性もある。全属性の魔術が苦手なのは、そもそもに魔術という概念がなかったからこその弊害だとも読み取れる。
そんな悠真に、都合よく魔力特性があるとはあまり思えない。それはそれとして、興味はある。
「近々ギルドにでも行って、調べてもらうかぁ……」
とりあえず幾つかの目標は決めた。まずは固有魔力や固有魔術について調べる。次に、サモンの訓練とは別で体づくりを行う。そして、文字を読めるように学ぶ。
この3つを優先しつつ、2人の訓練をこなしていって強くならなければ。
「よし、そうと決まればやる気が湧いてきた!」
目標が出来た途端に、やる気だけは湧いてくる。後は継続していかなければ。そのためにも、今日は早く寝て明日に備えよう。
後日、夜中に風呂に入りながら奇声を上げて拳を突き上げる変人が居ると使用人の間で噂になっていたことを、悠真はまだ知らない。
因みに2人の結婚の経緯は、エリエーテがサモンの命を救ったことから始まります。もしかしたら書くかもしれない。
シェアラ!お前!ヒロインなのにあんまり出番無いのなんなんだ!!私が悪いよな!!!ごめんな!!!!




