一章14話『対人戦』
お久しぶりです。
試験やら何やらと、書く時間があまり取れずかなり遅れました。
ちびちびとですが書いていきます。
「…………………朝、になったのか」
子鳥の囀りが鼓膜を揺らし、悠真を夢の世界から現実に連れ戻す。
マンションやら電子機器やらといった、様々な近代的な人類の叡智の結晶に溢れた世界ではなく、澄んだ空気に包まれた穏やかで自然溢れる世界にログインする。
まだこの世界に来てから1ヶ月弱だと言うのにも関わらず、パーティを組んだり、死にかけたり、凄い人が師匠になったりと、カルピスの原液よりも濃密な時間を過ごしている。
「えっと……今日から戦い方を学ぶんだったっけ…」
天蓋付きのベッドから体を起こし、無駄に装飾品の多くだだっ広い部屋を見渡す。
本当にこれは現実なのだろうか、とつい疑ってしまうほどに、何事もトントン拍子に話が進んでいくので、心には若干の不安がある。
この都合の良すぎる展開が誰かの差し金なんじゃないかとつい疑いたくもなるが、誰かが目の敵にするほど稼ぎが良い訳でもなんでもない。本当にただ、運が良いだけなのだ。これがステータスで異様に高かった、運の補正というものなのだろうか。
「こうやって鳥の声で目覚めるのも、悪くはないか」
離すまいと言わんばかりの布団を引き剥がし、とりあえず布団から体を出すことで眠気を吹き飛ばす。
目覚ましの音で心臓が爆発しそうになるのも悪くは無いが、鳥の歌声で起きるというのはなんというか、活力に満ちた新鮮な気持ちになれる。
少なくとも前世では、暴君である父が起きる前に悠真が起き、朝食や自分の弁当を作らなければならなかった以上、鳥が鳴く前に起きるのが日常茶飯事だった。
お陰様で、常に眠りが浅い体質になってしまったのはともかく。
浮世離れしているこの世界は、夢見心地でふわふわとしているが、頬を抓っても痛いということは間違いなく現実で、ちゃんと生きているということだ。
ならば、この運命も糧にして、セカンドライフこそ平穏に暮らしていきたい。
その為にも、今は強くならなければならない。弱肉強食が蔓延ったこの世界において、弱い悠真は淘汰される側だからだ。
平穏に暮らすために強くならないといけない、というのは矛盾しているように見えるが、「高みを目指せば、出す拳の見つからない喧嘩もある」という言葉もある程だ。
「……よっし、今日も一日頑張りますよ…っと」
自分に発破をかけながら、寝癖を整えて顔を洗い、丁寧に折り畳まれた洋服に袖を通す。
麻のような素材で出来ているため通気性は抜群。大きさは勝手にフィットしてくれる魔術が掛けられており、そして何より軽い。
先程までバスローブのような、分厚い生地の寝間着を着ていたからか、圧倒的に身体が軽くなったように錯覚する。
そして、その麻のような服の上から浅緑鉱の防具を身に付ける。
今日からサモンに戦い方を教えて貰う予定になっているのだ。
式典に制服やスーツで身嗜みを整えるように、今日からは訓練を行っていくので、朝から装備を揃えて気合を入れていく。
着替え終わって、鏡の中の自分とにらめっこをしていると、ドアのノックが3回鳴る。「どうぞ」と返事をすると、サモンが部屋に入ってきた。
「おはよう、諸連絡をしに来たんだが、……起きるの流石に早くねえか……?」
「そうですかね…?」
「だってお前……今、五の刻前だぞ?」
五の刻前。つまり午前五時前。早起きにしては早く、夜更かしにしては遅すぎる、といった具合の時間だ。
この時間に諸連絡だと起こしに来ているサモンが「変人だ」と零すのも変な話ではあるが。
「ま、起きてんなら丁度良かった。今日の訓練は八の刻に始める、時間になったら中庭に来てくれ。ちゃんと装備も一式でな」
「え、朝食前にやるんですか?」
サモン邸での朝食は、毎日決まって九の刻に食堂で出される。訓練を八の刻から行うということは、つまり朝食の前に行うという事になる。
というか、八の刻に始めるのなら、この時間に態々連絡の為に起こしに来る必要があるのだろうか。
起きてたからいいけれども。
「当たり前だろ、食ってから動いたら、お前ら間違いなく吐くぞ?」
「吐……え?」
今さりげなく恐ろしい事を言わなかったかこの人。
「まあ、ゲロ吐くくらい厳しくするつもりだからな!朝食を吐かせたらシータが泣くだろ?それに中庭も汚したくないし」
「一体どんな訓練なんですかそれは!?あと最後の方が本音ですよね???」
「それは内緒だ」
そう言うとサモンは、早朝なのにも関わらず「ガハハ」と大きな声で笑うと、そのまま「嬢ちゃんも起こしてくる」と言って、そそくさとどっかへ行ってしまった。
そういえば、いつだかに宿の風呂に入っていた時に、サモンがヤッコブの弟子だった頃、スパルタ教育をされたと言っていた記憶がある。
熱い風呂に使っていたにも関わらず、恐怖で体を震えさせていたサモンが印象だったのだが、関係あるのだろうか。いや間違いなくあるのだろう。
何故か猛烈に嫌な気配がしてきた悠真は、もう何も考えまいと走り込みをするのであった。
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「随分とご機嫌ナナメだね、シェアラ………」
「…………眠い」
八の刻、サモンが呼び出した時間だ。
シェアラは寝癖でボサボサになった白髪を手櫛で整えながら、不満ありげな表情を浮かべている。ここ数日一緒にいて分かったのだが、生活リズムがブレているせいか、シェアラは寝起きが悪い。
毎朝朝食の時間ですら、不機嫌そうな顔をする。ご飯を食べてからようやく目が覚めてご機嫌になる人物なのだ。
そんな彼女が、いつもより早い時間帯に起きたらもっと酷い事になるのは自明の理である。
「……ま、まぁ、動けば目も覚めるよ……」
「……分かってるわよ」
「どうやら、寝坊はいねえようだな」
寝起きで苛立っているシェアラに苦笑いを浮かべていた所、サモンが堂々と現れる。
完全武装している悠真やシェアラとは反対に、いつものような黒いタンクトップのような服を1枚身に付けているだけで、訓練の割に丸腰なことに驚く。
「サモンさんは軽装なんですね」
「まあな、むしろこれが俺の戦闘服なのかもしれねえな」
そう言うと朝一番にも関わらず「ガハハ」と大声で笑う。シェアラの不機嫌度が一段階上昇した。
「で、今日は一体何をするんですか?言われた通り、何時でも戦えるようにはしましたが」
「な、なぁ、なんか嬢ちゃん怖いんだけど……」
「早起きして不機嫌なだけです。ちゃんと目が覚めたらいつも通りになりますよ」
申告した瞬間、シェアラが悠真をキッと睨みつける。「てめぇ、後で覚えてろよ」と訴えかけている気がしていた。だっていつもそうなんだもん。
「ま、まあ、とりあえず内容だな。今日は初回だから、お前たち二人と模擬戦をする、それによって今後の方針を考えていく。制限時間は八の刻半までってとこか。質問はあるか?」
「質問なんですが、こういう模擬戦の時のルールとかってありますか?」
「ルール?んなもんねえよ。二人がかりで魔術でも小細工でも何をしてもいい。──とにかく
、俺を殺す気で全力でかかってこい」
サモンが扇情的な言葉を吐いた瞬間、空気が変わったと本能が告げる。
サモンの顔付きが、先程までの陽気なおっさんの雰囲気から、表情は1ミリも動かしていないのに歴戦の猛者のような顔に変化する。ピリピリと肌を刺すような殺意のような覇気を向けられて、一瞬、呼吸を忘れたような錯覚を覚えた。
「言い忘れたが俺はここから動かねえし、ちゃんと手加減はする。安心しな」
「いや、でもこっちは武器使うんですよ……?」
「ハッハッハ!おいおい舐められたもんだなぁ!!──お前らじゃ俺にかすり傷一つ付けられねえよ!!安心して全力で来い!」
遊び感覚、とでも言いたげに不敵に笑うサモンだが、笑いながら同時に悠真とシェアラの一挙手一投足に警戒をしているようで、緊張を解す素振りは微塵も見えない。これが所謂、強者故の余裕というものなのだろう。
加えて一歩も動かないというハンデ付き。それはつまり、遠回しに「お前らが何しようが腕だけで十分」と言っているようなものである。
確かに《マスターゴブリン》を一方的に倒したとは聞いていたが、その圧倒的な自信と強大なプレッシャーを目の当たりにするとハッタリや誇張では無かった事が伝わる。
剥き出しの殺意を目の当たりして、悠真とシェアラは反射的に剣を鞘から引き抜き、そのままサモンに向けて構える。
「ここから先は言葉は不要だな」とでも言いたげに口角を吊り上げるサモンと相対して、冷や汗と緊張が背筋を伝う悠真とシェアラ。
瞬きの直後、先に動いたのは、完全に目が覚めたシェアラだった。
「ふぅっ……!!」
シェアラが【疾走脚】で機動力を上げながらサモンに向かって真っ直ぐ突き進み、そのまま細剣で刺突を図る。昨日のビッグフットラビットとの交戦は見ていなかったのだが、昔に見た剣技よりも遥かに素早く迷いがない一太刀だ。
少なくとも、ゴブリンの巣穴に一緒に行った時の比ではない速さに成長していた。
恐らくずっと、研鑽を続けていたのだろう。悠真が何日も動けずにいたが故に、一人で依頼を転々としていたあの時に。
その瞬間的な速度であれば、サモンに傷くらいは付けられるかもしれない、という淡い期待は、次の瞬きの間にいとも簡単に崩される。
「…なるほど、確かに動きは良い……がっ!」
《マスターゴブリン》のように刃を筋肉で受け止める──という訳ではなく、純粋な速さ勝負ですらサモンの方が一枚上手だった。
その動きの速さから、彼の素の走りが2人の【疾走脚】の全力よりも早かった事を今更思い出したが、時既に遅し。
シェアラの刺突がサモンの胴体を貫く──と思いきや、その剣先がサモンに当たることもなく、命中を疑わなかったシェアラは「えっ……?」と間の抜けた声を漏らし、その瞬間シェアラの体が横に吹き飛ばされる。
「かはっ…………何……が……?」
吹き飛ばされたシェアラですら、何が起こったのかを分かっていない。
ただ突っ立って見てるだけだった悠真でさえも、飛び出したシェアラが刺突を決めるかと思ったら、真横に吹き飛んでいったようにしか見えなかったのだ。
分かったことは、素早く動いたシェアラよりも圧倒的に早いスピードでサモンが動いて居たことだけ。つまりは、ただ普通に早いだけでは敵わないということ。
「ほらほら!こんなもんじゃ実力なんて測れねえぞ!とっとと来いよ!!」
熱が入ってきたのか、サモンはより好戦的になっていた。「本当に手加減はされているのか?」と疑いたくなるほど、吹き飛ばされて中庭の広葉樹にぶつかったシェアラは、産まれたての子鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がる。
「……やぁぁあ!!」
そして、これは二人で立ち向かう模擬戦である。悠真だけただ突っ立っている訳には行かない。
笑う膝を抑えて何とかして動こうとするシェアラを傍目に、悠真も飛び出した。立ち回りも何も無く、ただ愚直に、真っ直ぐサモンに向かって駆け出す。
「……ふむ、なるほど」
サモンが呟いた気がした。
その呟きを完全に無視して、サモンまであと十数メートルというところまで来たところで【疾走脚】を展開し、急加速する。
ただ早いという動きがダメならば、あのビッグフットラビット戦で行った、なんちゃって居合のような局所的なスピードであれば、悠真の刃でも届き得るのではないかと考えたからだ。
剣を受ける側からすれば、急加速によってテンポを崩される一刀。この卑怯で狡猾で効果的な一刀なら、サモンに傷程度でもつけられるのではないか。そう本気で思っていたのだが。
「…まぁよく考えたな、って所だ」
「がふっ……!?」
しかし勿論、サモンはその程度の小細工が通用するような相手でもなく、サモンの声がしたと思った瞬間、悠真の体は宙に浮いており、シェアラと同じ場所に吹き飛ばされていた。
剣道で言う胴に向かって切り込んだ筈が、剣が何かに弾き飛ばされたかと思った直後に、腹に拳がめり込んだ感覚があった。
思っていた以上に浅緑鉱の装備が仕事をしていた為、衝撃は想像よりも無かったが、それでも内臓を直接揺さぶられるような感覚に襲われる。
「げほっ、おぇっ、……一体何が……?」
「……信じ難いけど、悠真の件をデコピンで弾いて腹パンしてた」
「……なにそれ」
剣を振るその瞬間に剣が弾かれた感覚は、どうやらサモンが剣の側面からデコピンをして弾いていたらしい。
早さもおかしいのだが、大きく太刀筋をずらす程の威力のあるデコピンを、息をするように軽々と出してくる事が何よりも怖い。
「流石に一人一人行ってもダメだと思う、二人で行こう」
「これなら、二人で戦う立ち回りも練習しておくべきだったね……」
闘志に火がついたのか、シェアラが細剣を握りしめる力が強くなり、それに応えるように悠真も生唾を飲み込む。
今まで2人で1人と戦ったことは無いため、連携の仕方が分からないという不安に駆られてはいるが、この土壇場で合わせて立ち向かわなければ、サモンの満足いく戦闘にはならない。
「私が先に行く。悠真は……好きに動いて、合わせるよ」
「了解、あまり信頼しないでよ?」
「信頼させろ」とジト目を向けるシェアラは、そのまま膝を1、2度叩くと、細剣を再び構えて走り出す。
「ほう、ようやく温まってきたって感じか…?」
「そう……ね!!」
シェアラが直線的にサモンに向かっていく。シェアラが前を走ることで、シェアラの背後は完全な死角となるため、悠真はその後ろを追いかけながら魔術を展開する。
死角からなら対応は多少なりとも遅れてくれるだろう。
「いっけぇえええ!!【氷牙】!!!」
シェアラの脇腹を掠めるように、悠真がシェアラの全力疾走以上の速さで【氷牙】を打ち込む。久々にマナを練り上げる感覚に、むず痒さを覚えながら発射した氷の弾丸は、空を切りながらサモンの胴体に直撃し、氷が砕けて霧散する。
「…まさかこれが奥の手じゃないよな……?」
「勿……論!!」
サモンに直撃した【氷牙】による氷霧で生じた隙から、シェアラは【疾走脚】を活用してサモンの背後に回り、刺突の構えに入る。
そして同様に、悠真も剣の柄に手を当てて【疾走脚】で踏み込み、例の居合擬きの構えをする。
正面に応対すれば背後から、背後に警戒すれば正面から斬られる構図だ。
サモンにとっては絶体絶命の状況にあるのだが、「それを待っていた」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていた。
「残念だったな」
「えっ!?」
「は……?」
「──それで俺に刃が届くと思ったら大間違いだぜ!!」
初めて行う連携にしては確かに上手くいった方なのだと思う。悠真がシェアラの癖を理解している、という訳ではない。どちらかと言えば、シェアラが悠真の癖に合わせていたのだろう。
【氷牙】は悠真にとっての十八番であり、精度や威力などにおいて一番信頼ができる魔術だ。故に、悠真は「味方に当ててしまうかもしれない」という状況下では、何よりも得意な【氷牙】を使う、という癖を熟知していたからこそ、シェアラは背後を取れたのだ。
だが、そんな努力も虚しく、シェアラの背後からの刺突をノールックで首を曲げて躱しつつ、その細剣を右手で掴み、悠真の正面からの居合擬きの刀身を淡々と左手で抑える。刀身を抑えるサモンの両腕には一切の傷はなく、そして一切の無駄の無い動きで刀身ごと悠真達を投げ飛ばす。
「ぐぇっ」
「かはっ…!」
「思ったよりは動けるみてえだが、まだ全然時間経ってねえからな?バテるには早すぎるぜ?」
木々に衝突して肺の空気を全て強制的に吐き出させられると同時に、【疾走脚】で動き回った反動で酸素が体に循環していないのか、酸欠状態になる。
脳が真っ白になり動けなくなりながら、数少ない余力でふと横を見ると、シェアラが顔を蒼白にさせながら肩を上下させていた。
まだ体感時間は5分だ。たった5分程度でこの体力消費とこのダメージ。半刻──30分間も耐えられるはずがない。朝ご飯の食欲が消えてしまうのではないか、という程の疲労が全身を襲う。なるほど、これ程スパルタで激しい戦闘を朝食後になんてしたらそりゃあ吐くわ。
「…まだ……やれる……」
「辞めるわけには……!!」
「根性はあるみたいだな、そいつは良かった。休憩する時間はねえぞ、とっとと来な!」
サモンの威圧に怯みながらも、悠真は動かない足を叱咤しながら【疾走脚】を駆使して全力で間合いを詰める。一瞬、と言うには長い時間だが、その数秒でサモンの死角に入る。
「おいおい、2人でかかって来いと…………おおっ?」
「足元にご注意!!」
悠真がサモンの死角から剣を振ると同時に、サモンの体勢が大きく崩れる。恐らくシェアラの援護なのだろう、サモンの右足元が地面に沈んでいる。
「なるほど、連携については上々ってとこだな」
ボソッとサモンが呟くと同時に、悠真が振り下ろした剣を指先で摘んで押さえた。両刃を上手く避けつつ、純粋な指先の力だけで剣を止められてしまった。これで本当に同じ生命体なのか、と感じてしまうほど規格外なフィジカル。
だが、少しずつサモンの実力が見えてきた今、想定内と言えば想定内だった。
「──【風刃】!!」
悠真は左手をサモンに向けて、不可視の風の刃を放つ。
至近距離からの【風刃】、それもシェアラのアシストで体勢を崩されながら、悠真の剣を掴み続けているこの状態でなら、不可視の斬撃もサモンに届き得る。
剣技や速度でサモンに適う筈が無いのでブラフに使用して、本体の風の斬撃を叩き込む、その二段構えならば。
「やったか……?」
「ちょ!悠真……!!」
攻撃の結果は、剣を押さえる力が微動だにしないサモンの指先と、悠真の立てた死亡フラグが証明している。
そもそも、かつて【風刃】で《マスターゴブリン》に傷がつかなかった時点で、それ以上の化け物であるサモンがダメージを負う筈もないのに。
「今のは上出来だ、ここまで出来るとは正直思わなかったぞ」
砂煙が掃けると同時に現れたサモンは、当然のように無傷だった。しかし、表情はどこか満足気であり、先程までの張り裂けそうな空気は消えていた。
てっきり再び剣ごと投げられるかと考えていたが、サモンは静かに悠真の太刀から指を離して、ポリポリと頭を掻きながら話し始めた。
「まあ半刻にはかなり程遠いが……初日から飛ばすと明日から困るし、今日はこれくらいにしておこう」
「つまり今日は終わりって事ですか……?」
「俺の方はな。明日からは1人ずつ交代交代で指南していくつもりだ。一番立ち回りがなってない悠真からな」
「あ、はい」
悠真の気の抜けたような返事を聞いて、サモンはガハハと大声で笑っていた。どこに笑う要素があったんだ。
「そういやお前ら、この後エリエーテ──俺の妻との訓練もあるからな、朝食の顔合わせにはちゃんと来いよ」
「そういえば、エリエーテさんってどんな人なんですか?」
「まあ、俺より厳しいって感じだな。会えばわかると思うが、俺の訓練よりもキツいと思うぜ」
「…………これよりキツいって何するの……?」
「それもまたお楽しみってこった」
サモンはそう言って大声で笑うと、「そんじゃ、先に食堂に戻るわ」と言い残して立ち去ってしまった。
心身ともに疲労困憊になった悠真とシェアラは、このサモンの訓練が終わったことに対する喜びよりも、「これを3年も続けなきゃいけないのか」という今後への不安で胸がいっぱいだった。
たかだか10分程度の模擬戦で、ここまで動けなくなるとは思わなかったからだ。
「……それにしても私達、初めて連携した割にはよく動けたよね」
「……お互いに連携ってよりは、シェアラが僕に合わせてたんでしょ?」
「それはほら、歴が違うから」
「歴……でも確かに、シェアラは細剣の実力凄いもんね。なんと言うか、優雅というか」
シェアラの細剣は、確かに並外れた努力の結晶と言わんばかりの美しさがある。恐らくは昔に先生や師範のような人がいたのだろう、優雅で軽やかで鋭いシェアラの一閃は戦闘中でもつい見惚れてしまう。
「『細剣は優雅に戦うことで真価を発揮する』って、昔から先生に口酸っぱく言われていたの。ほら、細剣って柔らかい上に刺突に特化してるから、型が乱れるとダメなんだって」
「ほへぇ……あ、優雅って型を重要視するってことか」
確かに、シェアラの剣は刀身が金色に輝いており、剣先が細く鋭い形状をしている。これは細剣という武器が主に刺突に特化しているものである特徴だからだと推定される。よく見ると、鍔には花の装飾がいくつかされており、型どころか剣自体も相当に優雅なオーラを放っている。
「でも私はこの剣をまだ使いこなせてないから、まだまだきっと優雅さが足りてないんだと思う。かと言って型に従いすぎると、今度は型破りに弱くなるのもあるし、サモンさんの下ならきっと強くなれる気がする」
シェアラは淡々と自身の欠点について述べていく。どこが悪くて、何が良くて、どうなればいいのかというビジョンが見えているのだろう。やはり、このような場面では圧倒的にシェアラの方が頼もしく、そして冷静で賢い。
サモンと戦った感想が「全然敵わないや」程度しか考えられない悠真は、その実力の差を実感してつい拳に力を込めてしまう。
「……負けてられないなぁ」
「ん?何か言った?」
つい口から言葉が零れてしまったらしい。悠真は何事も無かったかのように誤魔化す。
「いいや。それより、僕達もそろそろ屋敷に戻ろう、朝ご飯食べないと」
「……微塵も食欲は無いけどね……」
シェアラのぼやきに悠真は苦笑いしつつ、今後の訓練において、自分がどこまで強くなれるのかについて、今日一日は不安を拭い去ることが出来なかった。
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2人が食堂に戻ると既にサモンが座っており、その隣に見覚えのない高貴なオーラを放っている女性が見える。
名も知らぬ女性の優雅に靡く栗色の艶やかな長髪と、年齢が一目見ただけでは分からないような魔性の美貌、そしてティーカップを口につけるといった、一挙手一投足の華々しさについ見蕩れてしまう程に存在感を放っていた
「お、帰ってきたか。朝食の前に、何度か話には出してるから何となく察してはいるだろ?自己紹介を頼む」
「……もう、普通に紹介しなさいよぉ……。──初めまして、サモンの妻にして、バルモンド王国宮廷魔導師団副団長、エリエーテ=ドゥーレンです。2人とも、よろしくお願いしますねぇ」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。田辺悠真と申します」
「シェアラ=アルフレインと申します、よろしくお願いします」
緊張と焦りと想像を超える人物像から、2人は慌てて自己紹介をする。サモンはそれを見ながら「なんだお前ら、緊張し過ぎじゃねえか」と大笑いしていた。
正直、先程のサモンの話からもっと厳格そうな人物像を想像していたため、厳格の正反対のようなおっとりとした人物ではあるとは想像もつかなかったので、驚いているというのも相俟って変な話し方になってしまった。
「んで、どうよこいつら。面白そうだろ?」
「……貴方が弟子を取るなんて、柄にもない血迷った事してると思ってたけどぉ、こうやって見るとなるほどって気持ちになるわねぇ」
「だろ?」
「お嬢さんの方は体内魔力が常人のそれを遥かに超えてるしぃ、少年の方は……全属性が苦手って、こんな人いるんだぁ……」
「ぶふっ」
横でシェアラが噴き出した。何笑ってんだこいつ。
だが、エリエーテの分析の通り、シェアラは確かに体内魔力型の魔術を頻繁に行使しても基本的にバテる事はない。なんなら得意魔術とでも言わんばかりに使いこなしているため、生命力でゴリ押すような人物だった。金ランク冒険者のハイベルが引くほどに。
そして悠真は、まさかの全属性への適性度が低いらしい。案の定と言うべきか、そもそも魔術自体が前世にはない概念だからこその苦手だと思っていたが、そもそもの体質でも苦手なのか。そこの因果関係は気になるが、確かめる術も何も無い。
「……って、ちょっと待ってください、エリエーテさんは魔術の特性とかが見えるんですか?どういう原理で……?」
「うーんとねぇ、それはそのうち教えるつもりなんだけどねぇ……簡単に言うと、固有魔術だよ」
おっとりとした話し方をしながらエリエーテが端的に解説する。
固有魔術、いつぞやのシェアラの魔術教室で触りは聞いていたが、確か個人の有する魔術属性──固有魔力と呼ばれるものを独自の魔術に昇華させたもの、というイメージがある。
「そうねぇ、その話は後で話すわねぇ」
「その時はよろしくお願いします」
固有魔術に関してはシェアラも触れてくれなかった領域である。ある意味ではプライバシーでもあるが、このような場所で触れられるのは機会としては貴重だ。得られる知識は得ておいて損はない。
「さて、顔合わせも終わった事だし、朝食が冷める前に食べようぜ」
「そうねぇ、シータちゃんの料理食べるのも久々だわぁ」
言い出しっぺのサモンに合わせて、4人で食卓を囲む。
悠真にとって、このように団欒しながら食卓を囲む光景が「家族との食事」のように見えて、懐かしさと寂しさが入り交じる不思議な気分になった。
シェアラのレイピアは実は少し特殊なのですが、彼女はその真価を未だ発揮できていない自分にコンプレックスを持っています。
今の悠真では、普通に攻撃を当ててもサモンに傷は付きません。シェアラなら(武器補正で)ギリちょっと傷付けられるくらいです。サモンの素の身体能力が怪物級です。つまり、わざわざ剣を受け止めてるのは演出…………
追記:ステータス表記などを改めました。




