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一章13話『誰かの目標である為に』

色々構想を練ってるので間隔開いてますがやめません。

モンスターをハントしていた訳ではありません。

歴戦王楽しみですね。


 日が明けて正午。

 ハイベルがギルドの依頼掲示板の前で待っているとの手紙を受けて、シェアラと悠真で会いに行くと、そこには「ミイラですか?」とつい聞いてみたくなる程に身体中に包帯を巻かれた、全身から痛々しく断末魔を上げているような人物が見えた。


 普段のギルドでは当然異質。例の騒動後はヤッコブの病院に閑古鳥が鳴いてるので尚更そんな人間がいるはずも無いのだが、悠真達にはそれが誰なのか、どうしてそうなったのかが分かる。


「お久しぶりです、ハイベルさん」

「…来てくれたか、2人とも。お互い災難だったよね」


 そう言って笑うハイベルは、いつものように飄々とした澄まし顔をする。それでも苦痛に顔を歪ませるのを根性で堪える程の無理をしていること位は、悠真でさえも理解していた。

 悠真の怪我は1週間程度である程度完治に至ったが、ハイベルはその限りでは無いのがその尋常じゃない包帯から分かる。


「怪我の方は……どうだったんですか?」

「心配はいらないよ、命に別状は無いし、ちょっと腕に感覚がなくて内臓がボロボロになっただけさ」

「ちょっと……??」

「生死を彷徨ったと聞いたけど……?」


 サモンは「どうして生きているのか分からない」と言っていた程だ、命に別状はなくとも後遺症はやはり避けられなかった様だ。

 左腕は何とか繋がったものの感覚は失われ、肺は片方が潰れ、肝臓の3分の1が破損し、腎臓も片方潰されている。ここまでの壊滅的なダメージでは、人間の治癒能力では回復することが見込めない。命に別状がないとはいえ、未だに危険な状態であることに変わりは無いのだ。


「もうこんな体だから剣も握れないし、マナを練るのもまあまあ一苦労でさ。もう冒険者を辞めようと思ってたんだ」

「………それは」


 悠真はその先の言葉を紡げなかった。

 同情も慰めも、ハイベルには響かないのだ。ウィルの死は確定して弔いもままならず、その上で戦場に立つことさえも叶わなくなった人に向ける言葉を持ち合わせてなどいない。

 生業を失う、それがどのような意味を持っているのか、どのような苦痛を伴う事なのか、場合によっては死よりも苦しいものだろう。


 シェアラも深刻そうに見つめるが、震えた呼吸をするだけで何も言うことは無かった。否、何も言えないのだ。


「──辞めようと、思ってたんだけどね」


 本人以外は。

 ハイベルは、名残惜しそうに動かなくなった左手を右手で掴む。そこに掌の感覚は無いし、温度も感じない、ただ痙攣したようにピクピクと神経の反射で震える指先だけを淡々と見つめる。無意識下で爽やかな笑顔は解かれて、いつの間にか悟ったような真顔と笑顔の中間のような穏やかな顔で己の腕を抱いている。


「ウィルは死んでしまった。葬式もろくに出来なかった。腕も内臓も死んだ。何が出来るかって悩んで、もう隠居して店でも開こうかと思ってたんだ。」

「……」

「けど、そんな時君達の話を聞いたんだ、《マスターゴブリン》と戦って生き延びたって話をさ」

「……それとこの話になんの関係が…?」


 そこで初めてハイベルの目を見た悠真は、息を飲んだ。

 ハイベルの目は死んでいなかったのだ。


 その凛々しい眼光は、その蒼天のような、青よりも蒼い瞳は、絶望の色に染まってなどいなかった。再起を決意して強くなりたいと願った悠真と同じように、死に瀕して尚前を向こうと光を灯していた。

 心の底から込み上がる感動か、はたまた一種の恐怖心か、その衝動的な感情から服の下で鳥肌が立つのを感じる。


「僕はウィル達を守り切れなかった、無様に散るしか出来なかった。でも君達は命を繋いだ、理不尽に打ち勝ったんだ、ステータスなんかじゃない強さが君達にはあった」

「それは……あいつが手加減をしていたからたまたまで……、それに開けた場所だったら……!」


 実際、本気で《マスターゴブリン》が襲いかかってきたら一瞬で2人とも惨殺されていただろう。まるで玩具と戯れるかのように、幼児が蟻の足を捥いで遊ぶかのように悠真を使い潰していただけ。

 あの狭い洞窟の中で、ゴブリンを削りながら全力の《マスターゴブリン》を正面から迎え撃ったハイベルとは違う、と訴えるもハイベルは首を横に振った。


「それも聞いている。でも仕方ないじゃないか。君達に感動と、尊敬を覚えてしまったのは事実だ」

「金ランクの冒険者が、白ランク底辺冒険者に、ですか?」

「そうだ」

「訳わかんない……」


 迷うことの無いハイベルの返事に、シェアラが呆れたような声を漏らす。

 それもそうだ、金ランクという実力を持ちながら、あまり理解のできない期待を自分達に抱いてくれているという現状を飲み込めるはずもない。悠真もそうだ。


「別にランクなんて関係ない。僕は君達の成し遂げた事に感動した、そして尊敬している。ならば、僕も君達が感動するような何かを成し遂げてみたいと、そのために前を向かなければならないと、そう思ったんだ」

「成し遂げた、と言われても討伐できた訳じゃ無いですよ…?」

「私はそもそも戦ってないし……」

「自己否定や卑屈を並べても思いは変わらない。君達に恥じない生き方をしたいんだ。──だから、僕は今日から王都に向かって、治療を受ける事になった」

「「はい?」」


 沈黙。頭の中でカラスが3回啼くほどの間が起きる。

 気のせいだろうか、今日から王都に向かう?

 悠真とシェアラは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしながら暫く硬直してしまった。


「え、今日エルルシャを発つって事ですか?」

「あぁ。君達と話をしたらすぐにでもな。リレーヌさんに同行することになってる」

「なんでそれ手紙に書いてなかったの……?」

「あれ、書いてなかったっけ。まあいいや」

「「よくないよ!!!」」


 つい感情的になって2人揃って机をバンと叩きながら立ち上がる。怒りを通り越すと呆れになると言うが、呆れも通り越すと怒りに転化することもあるらしい。自らの体で新たな知見を得た。いやそうじゃなくて。


「今日出るって分かっていたならご馳走振舞ったり色々したのに…!!」

「いやぁ、そんな気遣いしなくても。それに、呼び出したのは他でもない、この王都行きにあたっての話なんだ」

「王都に行くのと僕達とでなんの関係が?」

「忘れたのかい?──報酬の話、だよ」


 報酬、と言われて一瞬「何の?」と返しそうになったが、思い返せば《マスターゴブリン》との一件は元々ハイベルが悠真達に依頼を直接頼んだ事が発端である。

 色々な危険と隣り合わせになりすぎて、その口約束が存在していたことすら覚えていなかった。受領された側のハイベルが覚えていたのも加えて驚きだが。


「確か、ハイベルさんに出来ることならなんでも、って言ってたやつね」

「そう、それについてなんだけどね」

「……まさか、今更無しにしますって事ですか?」


 シェアラは「まさか嘘なんてつかないよね」と言わんばかりのプレッシャーを隣で放っている。心做しか圧でお腹が痛くなってきた気がするのでもう少し引っ込めて欲しい。


 とはいえ、異常な報酬内容ではあるが、見た目の飄々とした世渡り上手な面構えに反して、ハイベルは几帳面で真面目な性格をしているのだ、借金を踏み倒すような真似はしないとは思っている。


「まさか、と言いたいところなんだけどね、しばらく帰って来れないから一通り決めて先に渡しておこうと思ってね。とりあえず、僕の所持金全財産は譲るよ」

「…………はい?」

「とりあえずお金全部は譲るとして、もう一つ──」

「待って待って待って待って下さい?」


 今日の会話は何かおかしい。ハイベルが全財産を譲るというのはどういう風の吹き回しなのだろうか。いや、どんな風の吹き回しだとしても、流石にそこまでは受け取れなどしない。

 シェアラは「そこまでしろとは言ってないんだけど…」と先程のプレッシャーとは打って変わってオロオロと慌て始めてしまった。


「それは元々決めていた事だよ。とはいえ、最近はまともに依頼をこなしてなかったから、精々500万ゼルくらいしかないけどね」

「えっ?」

「あぁ、足りないか。王都から帰ってきたらその都度また払うとして……」

「違う違う、そうじゃ、そうじゃない、足りてるどころか多すぎてるって話ですよ」


 確かにハイベルの装備は絢爛豪華と形容出来る程、華よりも華々しくて眩しい装備だった記憶はある。そんな装備が安い筈もないので、相対的にハイベルは確かに所謂上流階級のレベルの稼ぎではあるのだろう。

 しかし悠真は平民程度。今の所持金(シェアラが管理)においては1万5000ゼル程度だ。これでも二日三日の生活を送るには多いくらいだと悠真は認識していた。

 ──500万ゼルを、譲る……?


 それを足りないだなんてどの口が言えるのだろうか。

 相場が分からないというのもあるが、それにしてもまるで遺産相続のように押し付けてくるのが不自然だった。


「まあそれは置いといて」

「置いとける話なんですね」

「いや置いとける話じゃないでしょ……?」


 ハイベルはどうしても次の話題に進めたいようで、強引にも話を促そうとしている。とりあえず財産問題は一旦置いておく他ないので、とりあえずシェアラと悠真は溜息を揃えながら、大人しく次の話を聞く体制に移る。

 恐らくお金に関しては梃子でも動かないだろう、大人しく貰って貯金して、王都から帰ってきたらその時にお返しすれば良いのだ。


「まあ正直財産はあっても使わないからどうでも良くてね。もう1つ、報酬としては変かもしれないが、依頼が終わったら僕は君達に戦い方を教える指南役になろうと考えていたんだ。君達には見所があったし」

「そういえば、色々指導してくれましたね」


 確かに道中で、的確なアドバイスをくれたりしてくれる場面はあった。悠真の心情を読み取ったり、シェアラの癖を見切ったりと、度が過ぎるほどの観察眼を持っていたのはその片鱗だったのか、と考える。

 しかし。


「ま、ほら。ご覧の有様だからさ、教えるにしても身体が動かせないと。だから、僕が王都に行っている間に君達の指南役をお願いしたんだ。それも、僕以上の適任にね」

「ハイベルさん以上の適任……?」

「それって……」

「──お察しの通り俺だぜ、兄ちゃん」


 柄にもなく音も立てず真後ろに急に現れた褐色禿頭大男──サモンが、仁王立ちしていた。


「話は粗方聞いたと思うが、お前達を鍛えて欲しいと昨夜泣いて懇願されてな。それに、俺も《マスターゴブリン》とやり合った白ランクってのには興味があってよ」

「別に泣いて懇願した記憶ないですよ、捏造しないでください」

「細けぇ事はいいんだよ」


 サモンは大きな声でガハハと笑うと、悠真達の方を向いて席に座った。悠真とシェアラの対面側にハイベルとサモンが居る、そんな構図だ。なんとなく向こう側からの強かな圧を感じる。


「2年間だ」

「2年?」

「俺は兄ちゃん達を2年預る。その間に一線級の実力を身に付けさせる。これがハイベルと約束した内容だ。言っとくが、かなりスパルタだぞ?」

「因みに、なぜ2年なんですか?」

「2年しか時間が取れなさそうだからだな。エルルシャもこれから忙しくなるだろうし、丁度強ぇ奴は増やしたかったのもあってな」


 恐らくは先日言っていたエルルシャの大規模開拓の事だろうか、何を企んでいるのかは分からないが、戦力を欲しがっているということは戦争でもするのか、はたまた何か別の用途があったのか、しかし2年後に何かしらのアクションがあるのだろう。気になる。


 それにしても、2年間で王国の一線級の実力。恐らくそれは金ランク相当、ということなのだろう。サモンやハイベルがどれほどの研鑽を積んで金ランクになったのかは分からないが、恐らくその途方もない研鑽を2年に凝縮して2人を指導しようとしているのだと推測はできる。スパルタなのも、そんな無理を叶えようとしている時点で頷けるものだ。

 

 何より、一線級の実力になることを疑わない姿勢が何よりも格好いいと感じた。自分以上に自分を信頼してくれている気持ちになる。


「1つ、いいですか?」

「おう、嬢ちゃん、どうした」

「サモンさんは確か魔術が使えなかったはずですが、私達は魔剣士。魔術はどうやって鍛えれば?」


 シェアラの鋭い指摘が入る。向上心を持っていたのは悠真だけでは無かったことに安堵しつつ、シェアラの言いたいことも理解する。


 悠真もシェアラも魔剣士。立ち回りを学ぶのはともかく、魔術自体の研鑽はどうすれば良いのか、という事だ。

 サモンは魔術行使が出来ない体の都合上、悠真はシェアラの背を見て学ぶ事は出来ても、シェアラは誰にも教えを乞うことは出来ない。そこが、ハイベルとサモンの違いだった。


「それは問題ない、魔術は別の専門家がいる。俺が剣術と戦いの立ち回りを教えて、もう1人が魔術のバリエーションを増やしつつ戦術的指導──座学って感じだ」

「……別の専門家?」

「ああ、俺の嫁だ」


 嫁。──嫁?

 なんだ、サモンは既婚者だったのか。いや、待て。既婚者?


「「既婚者!?!?」」

「おいおい、なんだよ失礼だな、こちとらおしどり夫婦25年続けてるんだが」

「むしろ君達、屋敷にいたのに知らなかったのかい……?」

「知らないも何も会ったことないですよ?……あとおしどり夫婦って自分で言わないと思うんですけど……」


 ハイベルですら呆れたような顔をしていたので、周囲の人間にとっては周知の事実だったのだろう。サモンも「おいおい、そりゃ無いぜ…」と呟きながら額に手を当てて落胆の表情を浮かべている。

 

 とはいえ、そもそも悠真は部屋から動けなかったし、シェアラは頻繁に外出する事が多いのだ。気付くはずもない。

 それにサモンの雰囲気、そして屋敷の中で見る人見る人が若い使用人ばかりであることから、完全に独身だと思っていた。今日はなんか、驚いてばかりである。


「丁度明日遠征から帰ってくるんだ。確かに紹介もしてねえからな、そりゃ知る由もないか。だが、腕前に関しちゃ、魔術において右に出られるやつは少ねぇから安心しな」

「そ、そうなんですね……?」


 シェアラは自分の質問よりも既婚者であった事に衝撃を受けているのか、返事が曖昧になっている。かく言う悠真も開いた口が塞がらない程ショックを受けているが。


「んで、他に質問はあるか?」

「いえ。……是非とも、お願いします」

「おうよ。任された!」


 そう言ってサモンは再びガハハと大声で笑っていた。

 不安は確かにある。自分の事を買い被りすぎだという気持ちもある。所詮しがない転生しただけの一般人なのに、一体どこに素質を見出したというのか不思議でしかない。

 だが、悠真はこの人生において、もう死ぬ事も、シェアラを死なせるようなこともしたくはない。死なんて、幾度も経験したいと思うはずがない。

 

 だからこそ、今は何よりも強くなりたい。そして、その為の糸が今、この瞬間に見えたのであれば迷うこと無く掴んでいたい。それが茨の道だとしても。

 自分の喉から唾を飲む音が聞こえた。


「明日から指導を行う。のんびり出来るのは今日までだと思っておけ。()()()()()()

「……!はいっ!!」

「明日からよろしくお願いします!」


 初めてサモンから名前で呼ばれた瞬間、高揚する胸の高鳴りと、正式に弟子として向き合ってくれる師と出逢えた奇跡に感動して、心臓の拍動の音がいつも以上に大きく聞こえている気がする。

 前世ではこんなにも自分を自分として見てくれる人がいただろうか。シェアラに救われ、ハイベルに尊敬され、サモンに認められた。心の中の(しがらみ)が1つ解けたような、知恵の輪が外れたような清々しい気分だ。


「……震えてる」

「ただの武者震いだよ」

「そっか。そうかも」


 同じような震えと拍動と熱を隣に座る少女から感じながら、お互いの相棒と聴こえる程度の声で呟いた。

 微かに喉の奥に巣食っていた笑い声が、二人の間で共有された気がした。思う事は同じ、ということか。


「さて、報酬に関しての話はもう終わってしまったからね。僕はそろそろ行かないと」

「……そういえば、そう、ですね。うわ、結構日が落ちてきてる」


 気付けば外は昼過ぎどころか、夕方並に陰ってきている。昼の三時頃、と言ったところだろうか。

 想定以上に長く話し込んでしまったようで、ギルドのドア脇では外出用に色々と着込んで荷物が溢れたリレーヌがこちらの方を退屈そうに、それでも穏やかな顔で見守っていた。


「そんな辛気臭い顔をするんじゃない。僕は治療して帰ってくるだけだよ。また会えない訳じゃない」

「それはそうなんですけど」


 たかが1日2日依頼を共にした関係、されどその間に抱いた畏敬の念は偽物じゃない。彼がどんな人か、それくらいは分かっている。だからこそ、名残惜しいのだ。


「治療自体はすぐ終わるし、リハビリもちゃちゃっと終わらせてそのうちしれっと帰ってくるよ。じゃあ、行ってくる」

「……ハイベルさん、お元気で」

「ありがとう、ございました」


 ハイベルはそう言うとフラフラと覚束無い足取りで席を立ち、そのままリレーヌと共にギルドを去った。

 その背中に悠真とシェアラの言葉と礼が届いたかどうかなど、右手をヒラヒラと振っていた所を見れば一目瞭然だった。

 

────────────────────────


 サモンも「仕事を片付けてくる」と一言残してどこかへ行ってしまったので、久しぶりにシェアラと二人でクエストボードを見ていた。

 とはいえ、未だに悠真は文字があまり読めない。識字に関しては結局シェアラ頼りになってしまっているが、いい加減学ばないと。


「ビッグフットラビットの討伐、か。悠真、これ今から行かない?」

「もちろん!リハビリもそろそろしないとだし。今から行けば夕飯は間に合うかな?」

「急げば大丈夫だと思う。じゃあ、これ受注してくる。すぐ行くよ」


 シェアラはそう言って笑いかけると、受付の方へパタパタと小走りで向かい、しばらくすると受注が完了したのか戻ってきた。


「そうそう、ビッグフットラビットってどこにいるの?名前的に足がデカい兎なんだろうけど……」

「樹海の平原地帯によくいるかな。でも侮っちゃダメだよ、あの兎は黒狼よりもかなり凶暴だから」


 兎系の魔物の癖にあの黒狼より凶暴なのか。兎という生物は臆病で、巣穴にすぐ逃げ隠れするイメージがあるのだが、凶暴性があるとはどういう生態をしているんだこの樹海の生物は。

 日本では考えられないその生物の特徴に、驚きを通り越した呆れを覚えてしまう。常識とは、崩れ去るものなのだ。


 夕飯が近いのでそそくさと平原地帯に移動すると、目当ての魔物はチラホラと見受けられる。

 ビッグフットラビット、という名称から足がただ肥大しただけの兎を想定していたのだが、実際は成人男性の3分の2程度ある思われる図体に、発達しすぎた後脚が前足の3倍ほど筋肉で肥大化しているといった、まるでアルビノのゴリラを見ているかのような巨大な兎だった。


 この兎とは言い難い巨体で、筋骨隆々という言葉では足らないほど筋の浮かび上がった後脚を持ち、そして黒狼よりも凶暴な生態と来た。ちょっと怖くなってきた。


「兎というよりは、脚の発達した白くて耳の長いゴリラを見てる気分だな……」

「ゴリラまでは行かないと思うけど、本当にあれは兎なのかちょっと疑わしいよね。どうせなら可愛いのが良かったな」


 独り言だったのだが、シェアラの発言から考えるにゴリラもこの世界には居るらしい。なんなら、目の前の兎よりもゴリラが存在する事実の方が衝撃的ではあるが、それはそれとして先ずは眼前の獲物だ。

 

 というかシェアラさん。可愛かったら殺すのを躊躇しそうなので却下で。


「後脚が発達…、後脚で蹴られたらお陀仏かぁ」

「その装備なら軽く怪我するだけで済むと思うけど、怪我よりもあの脚力で地面を蹴って跳び回ってるのもなかなかきつそうね。……やれそう?」

「大丈夫だよ。……もう、命を奪うのも慣れていかないと。やらなきゃ死ぬのはこっちだからね」

「……」


 シェアラは何か言いたげな表情をしていたが、それはどこか申し訳なさげなというか、居た堪れなさを含んだ表情と、成長を喜ぶ親のような表情が入り交じった顔だった。


「……よし。そしたらあそこ。右の2体をお願いしていい?私は左を片付けるね」

「了解。怪我しないようにね」

「誰の心配してんのよ」


 瞬きの先でシェアラはどこか好戦的な表情をしていた。これからやることは魔物の殺戮なのだが、二カッと笑みをこぼす様子に一瞬見惚れてしまう。


「じゃ、頼んだよ」

「え、あ、うん」


 シェアラが一言残して走り出すのに半歩出遅れて、悠真も標的のビッグフットラビットに向かって走り出す。


「それにしても、体が軽い……!」


 勿論手ぶらで挑む訳では無い。先日購入してもらった短剣用の浅緑鉱装備を纏っているのだが、支給された初期装備だった鉄に比べて圧倒的に軽さが異なる。体にかかる負荷が少ないのか、足を前に出すという単純な動作の精密性と速度が高くなっている気がする。


 もう50メートル程先に標的のビッグフットラビットを捕捉したのを機に【疾走脚(スプリントエア)】を展開しながら、浅緑鉱合金の剣の柄に手を添える。

 運が良いのか、まだビッグフットラビットは悠真に気付いていない様だ。


「キキ……!!」

「遅い……!!」


 5メートル程度だろうか、ビッグフットラビットが悠真に気付き戦闘態勢から蹴りの動作に入るのと同じタイミングで剣を鞘から引き抜きながらそのまま駆け抜ける。

 勝負は、悠真の顔面にその豪脚が繰り広げられるより先に、悠真の剣が兎に届いたことで雌雄を決した。

 悠真の剣が丸太のように太い兎の足を、助走の威力も相まって骨ごと断ち切り、そのまま片足を切り落とす。


「え、えぇ……?こんなにあっさり……?」

 

 これは最早鈍器だった初期の鉄の剣では出来なかった芸当だったため、剣を振るった悠真でさえもその切れ味に困惑する。きっとあの鈍器のような剣では大きく吹き飛ばすか叩き潰すしか叶わなかっただろう。


「それはそれとして。……ごめんね」

「……!!」


 片足を欠損して抵抗する力も機動力も削がれた一体のビッグフットラビットにはそこまでの危険性は無い。そのまま謝罪しながら首を刎ね、なんとか一体は討伐することが出来た。

 

 いつも以上のテンポで拍動する心臓の音は走ったからだろうか、それとも恐怖を持ちながら命を奪ったことによる興奮状態なのか。落ち着くために肺の空気を一旦全部吐き出し、新しく新鮮な空気を吸いこむ。少しだけ血液の錆びた鉄のような匂いがした。


「……さて、シェアラは2体って言ってたような。……あ」


 目の前には仲間の死に怒っているのだろうか、キチキチと歯を鳴らして威嚇をしながら甲高い声で鳴き始めるもう一体のビッグフットラビットが控えていた。見た目はアレだが、やはり鳴き声や動きはゴリラよりも兎なのだと再確認させられる。


「さて、不意打ちはもう出来ないか。どうしたもんか……な!?」


 呑気に喋っている余裕はなかった。即座に体を横に捻って躱さなければその膝蹴りは悠真に直撃していただろう。

 兎にしては巨大すぎるその体躯を持ちながら、瞬き禁止と言わんばかりの速さで飛び込んでくるその理不尽っぷりに一瞬怯んでしまう。


「……うわっ!?どこから跳んでるのか……!?分かんねえ……なっ!?」


 なんとか躱せてはいるものの、シュッと空を斬る音が近くで聞こえてくる。まるで銃弾が顔の横を通り過ぎるかのような恐怖心が心から湯水のように込み上げてきた。

 兎なので早くて手数が多くすばしっこいだろう、とは思っていたが、想像以上に早すぎるため、悠真の動体視力では追いつけない。まるで黒狼の成体がやっていた、木々を使って跳ね回るような動きを見ている気分だ。


 しかし、黒狼と比べても圧倒的に異なるものがいくつもある。それは丸太のような図太い脚が繰り出す蹴りの威力とその脚力からなる速度だ。


「前も見た事のある動きなのに……いっ!?た、読めねえのも腹立たしいな」


 遂に回避が間に合わずに頬を掠ってしまった。掠めたビッグフットラビットの蹴りは頬の皮膚を切り付けており、僅かに赤い生き血が滲み出て垂れているのを肌で感じる。

 

 チクチクと針を刺したような痛みが続く中、この包囲網の打開策はどうすべきか。

 前回のように当てずっぽうで剣を振っても、今回ばかりは命中させられるとは思えない。


「ええい試してみるか!!【光明(フラッシュ)】!!」

「キュィィイイイ!!!??」


 考えに考えて打開できるイメージが思いついたのがこの【光明】だった。

 【光明】は洞窟探索で光源代わりに使用した汎用魔術である。あの時は出力のイメージをランタン程度に留めていた。だがイメージとして、この【光明】の出力が閃光弾のような威力だったらどうなるだろうか、というのを試しで行ってみたのだが、どうやら効果覿面だったようだ。

 

 跳ねながら悠真を執拗に狙っていた、つまり執拗に悠真を睨みつけていたのが仇となり、悠真の【光明】を直視してしまったのだ。眩しさでまともに動くこともままならなくなり、慣性に従って跳ねたまま木に直撃して墜落する。

 ここまで致命的な隙を見逃すはずもなく、悠真は即座に走り込む。

 

「悪いね」


 最後に一言だけ残しながら、2体目のビッグフットラビットの首を刎ねてひとまず安堵の息を吐く。手は未だに震えているし恐怖も感じるが、前よりも戦えている事に成長を実感していた。


「シェアラが色んな魔術を教えてくれたおかげで、色々な戦い方や機転の利かせ方が増やせて助かった……」


 【疾走脚】も【光明】も、例のゴブリン洞窟に向かう前に徹夜で教えてくれた魔術だ。当然ながら当時はこんな使い方をするとは考えていなかったが、実践を通してみると魔術は想像以上にイメージが反映されるのだから、少ない手数でも戦う手段が増えて奥が深い。


「……ってシェアラは!?」

「もう終わってるよ。…それより前より動き良くなってるじゃん、本当に病み上がり?」

「あの、最近急に後ろから出てくるのは流行りなの……?」


 慌てて振り返った瞬間、真後ろの木々の隙間からシェアラが顔を出す。シータと言い、サモンと言い、後ろから尾行していたり背後から登場するのはなんなんだ。


 シェアラは白を基調とした装備に返り血一滴付けることなく仕留めたようで、既に討伐したビッグフットラビット4匹の耳を纏めて紐で縛って持ってきていた。

 死体を見れば、脳天と心臓部のみを的確に狙って刺突しており、体に余分な傷を付けずに一撃で仕留めるというその技量の高さが伺える。


「なんとか…って程でもなかったね、びっくりはしたけど案外動けるもんかも」

「…普通あんな怪我したら今まで通り動けないところとか出てくると思うんだけど」

「それはきっとシェアラの【治癒(ヒール)】の腕が良かったんだよ」

「……そう」


 思わぬ返事だったのか、シェアラは耳まで赤く染めながら明後日の方向を向いてしまった。


「と、ところで依頼の数は終わったんでしょ?そろそろ帰らないと」

「……そうね。ついでにシータさんにこの兎を調理してもらおうかな」

「うーん、この脚とかめちゃくちゃ硬そうなんだけどなあ……とりあえずギルド行こうか」


 そう言って2人で樹海から帰路に着く。夕暮れが成長を認めようと言わんばかりの眩しさを見せ、赤紫に染まる空が背を押してくれた気がした。


 今までも何度かこの樹海に来て、色々な魔物と対峙してきたが、今日ほど達成感と満足感を得たまま終わったことは無かったので、清々しい気分で樹海を後にすることが出来た。

 

 明日からはサモンの元で修行が始まるのだ、スタートダッシュにしては上々ってところでは無いだろうか。


 余談だが、その後ギルドで換金を終えた後にビッグフットラビットの肉をシータに調理して貰った所、全部非常食に変化してしまった。やはり美味しくは頂けないようだ。

リレーヌが王都へ向かう理由は、《マスターゴブリン》に関連する報告と今後のエルルシャの活動方針についての報告を国王に行う為です。


ハイベルが悠真に敬意を抱いた理由は、一言で言うと英雄願望です。なぜなら彼は体の弱い気弱で引きこもりだった文学少年で、本の中の世界に憧憬を抱いた人だからです。それを連れ出したのが……?

それはそのうち書きます。

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