一章12話『事後処理』
大変遅くなりました。
「うむ、ほぼ治ってきておる。ちゃんと飯を食って寝てる証拠じゃ。無理せんくらいなら剣を振っても大丈夫そうじゃな」
「あんな酷い骨折も1週間で治るもんなんですね」
「酷い骨折というか、あれは最早軟体生物みたいじゃったがな」
「……え、人間ってそこまで折れることあります…………?」
サモンの屋敷に来てから1週間が経った。
毎日栄養満点の食事を摂り、処方された薬を飲み、シェアラに【治癒】で生命力を死なない範囲で活性化してもらい、その疲労感から爆睡することで、全身の傷はもう完治と言えるレベルまで回復した。
とはいえ、未だ病み上がりな上、腕に力を込めると「無理させるな馬鹿」と言わんばかりにじんわりとした痛みが広がるので、万全と言うにはまだ尚早でもあるが、これくらいであれば明日からまた探索に出られそうだ。
今はサモンの屋敷ではなくヤッコブの診療所に来ている。エルルシャの街の小さなクリニックのような小柄な見た目だが、ギルドの近くに建っているギルドと王国公認の病院でもあるのだとか。いわゆる国立病院のような扱いをしている割には簡素な建物である。
本来であれば、いつも依頼や探索に出て怪我をした冒険者が集まってくる場所ではあるらしいのだが、例の《マスターゴブリン》の影響で最近は外出をする冒険者が減っており、今や閑古鳥が鳴いている状態である。
人の生き死にに関わる医者としては喜ばしい事なのだろう、ヤッコブにはどこか満足そうな雰囲気がある。
「にしても、本当によく《マスターゴブリン》から生き延びたな。わしも話を聞いて驚いたよ」
「運が良かったんですよ。それに、あいつは僕に対して分かりやすく手加減してましたから」
「人の言語を理解する程の知性を持つ、じゃったか。いやはや、エルルシャも安全では無いということじゃな」
ヤッコブは困ったような表情で壁を睨む。やはり、開拓が進んでいないことが気がかりなのか、視線の先の壁にはエルルシャの地図が貼られている。
地図の開拓済みの場所は赤く塗りつぶされており、反対に未開拓部分は黄色く塗り潰されているが、その比率は凡そ半々と言ったところだ。つまり、樹海は半分程度しか開拓は終わっていないということになる。
奥地まで足場は整備されていても、生態の調査や魔物の出現域や種類の特定といった開拓作業は未だに不完全なのだ。
「前に君達に会った時、死ぬかもしれなくても冒険者を続けるかどうかを問うたな」
「はい。それでも冒険者になると言いました」
「……正直でいい。揺らいだか?」
ヤッコブはまっすぐ悠真の目を見つめる。
悠真は、直ぐにヤッコブが悠真を心配している事を察した。彼が度を超えて優しい事は先の依頼で知っている。
その心配するような、見守るような優しい視線にはどこか懐かしい記憶を思い出させる。
「……死ぬのが怖くなりました。でも、守りたい人を守れないよりはマシかと」
「そうか。あの時から意志は変わらんかった、ということか」
噛み締めるようにヤッコブは「フォッフォッ」と笑う。
しかし、直後に刃物で刺すような眼差しで悠真を睨む。
「じゃが、死んで助けるは美談ではないぞ。何を成そうとしても命が無けりゃ人間ただの木偶だ。ゆめ忘れるなよ」
「……はい」
「うむ。命は大切にしなさい」
命は大切に。
悠真にとっては胸の痛くなるような言葉である。前世では自らの命を自らの意思で絶っているとヤッコブが聞いたら、一体どのような反応を見せるのだろうか。
想像するまでもない。冷や汗が垂れる。
「さて、診療は終わりじゃ、早く行きなさい。君はまだやる事が多いのだろう?」
「え、でもお金……」
「それはバカ弟子からぼったくる」
「あ、はい」
この爺さん、さらっととんでもないことを言ってないか。ギルド公認の病院だろうに。
でもそういえば、サモンはギルドから罰を受けているんだったか。
代理で払ってもらえるなら有難く享受しよう。
「それじゃあ、お元気で。ヤッコブさん」
「うむ。暫くは顔見せんじゃないぞ」
「…善処はします」
呆れたように鼻で笑いながら、どこか孫でも見るような優しい眼差しで見送られながら診療所を出る。
悠真にとって先の忠告は、久々に愛のあるお叱りを受けたような気持ちだった。しっかりと間違いを指摘されるのは、もう何年ぶりなのだろうか。理不尽な暴力の伴わない、悠真に悠真の非を教える叱り方だった。
幾ら一度死んだとはいえ、もう二度とあの痛みもあの苦しみも経験などしたくない。この世界で最後まで生き抜くためにも、強くならなければならないのだ。
自分の命を大切にするためにも、今の悠真には戦い方を身につけ、経験を重ね、ステータスを伸ばしていくことが今後とも求められる。
「となると、まずは装備を買いたいんだけど……」
「ではギルドに参りましょう。ギルド長にも顔を出さないとなりませんし」
「そうだね、まずはギルドに行って………ってシータ!?」
「お客様の護衛兼補助を指示されておりますゆえ、勝手に尾行して参りました」
「び、尾行って……普通に一緒に来るでも良くない……?」
全く気付かなかったが、どうやらサモンの屋敷を出た時から常にストーキングをされていたらしい。
口下手なのか、それとも敢えての尾行だったのか、理由については色々と聞きたかったが、シータは深々とお辞儀をするだけで、無愛想な表情は微塵も変わらず何も言ってはくれなかった。
「……ところで、シータさんは冒険者になったことがあったりはする?」
「そうですね。孤児院を出てすぐの頃は冒険者で生計を立てていました。既にもう引退はしています」
「あ……悪い事を聞いた、ごめんなさい」
「いえ、特に深い闇などございませんよ、お気になさらず。何はともあれ、ギルドに向かうならお供しますね」
「文字読めないので助かります……」
元々シェアラに同行を頼むつもりだったが、シェアラは「家計の都合上致し方ない」として今日は1人でお金を稼ぎに探索に行ってしまったのだ。確かに、いくらサモンの別荘にお世話になっているとは言えど、もう1週間は依頼を受けていないのだ。ハイベルからの報酬も受け取っていないので、そろそろ稼がないと別荘を出た後に響くのだ。
本来であれば一人でどこかへ行くというのは不安だったが、ヤッコブの検診もあり渋々出掛けている。
その点ストーキングという形は褒められたものでは無いが、着いて来てくれた事に関しては非常に助かる。
「それでは鍛冶屋に行きましょう。お金は旦那様から頂いてるので予算は気にしなくても大丈夫ですよ」
「随分と準備がいいね……?」
「いえ。そう言われていますので」
「そ、そう……」
────────────────────────
シータと一緒に鍛冶屋に来たものの、結局装備品の見方は微塵も知識が無いので、鍛冶屋のラインナップを棒立ちして見つめるしか出来なかった。
どこを見ても似たような鎧や武器ばかりで、形の違いしか分からず性能の違いについての知識は皆無なのだ。ここはシータに救援を要請する必要がある。
「シータさん、装備ってどうやって見ればいいんですか?」
「そうですね……お客様の戦い方にもよるので一概には言えません。お客様はどのような戦い方をされるのでしょうか」
「戦い方、ですか」
悠真は戦い方と言われた所で、自分の戦いの経験が浅い事や戦闘回数が少ないことから、どういう戦い方をしているかピンと来ていないので言語化が出来ない。
今までの戦闘は黒狼、ホワイトタートル、ワイルドボア、そして例のゴブリンと愉快な仲間たちだ。だが相手に応じて剣だったり魔術で応戦したりと使い分けをしているつもりではいる。
黒狼やゴブリン相手には剣を抜いた。剣と言うよりは鈍だったが、物理で対応した。反面、ホワイトタートルには物理では力が弱すぎたり、ワイルドボアの様なすばしっこい相手には魔術を主に戦った。そして《マスターゴブリン》戦で、魔術を軸にしながら物理でも応対した。
つまりは、悠真の戦闘スタイルはサモンのように肉体メインで戦う訳ではなく、かと言って魔術を主体に戦う訳でもないので、その中間のスタイルと言うべきなのだろう。
「戦い方…は分からないけど、なんというか剣も魔術も両方使うって感じ……ですね」
「なるほど、魔剣士でいらっしゃいましたか」
「ま、魔剣士……?」
「武器も魔術も両方使う戦い方をする人の事でございます」
シータ曰く、魔剣士とは武器と魔術を両方使いながら戦う人の事らしい。剣士と魔術師という両方の利点を併せ持つ為手数が多く戦闘の幅が広い事がこのスタイルの最大の強みである。
デメリットとしては、両方の技術を頭に叩き込まないといけないという点、武具を扱いながら魔術を行使するというマルチタスクを求められるという点があるが、汎用性からか最も人口が多い戦闘スタイルでもある。
シェアラは戦闘において細剣を振りながら魔術も同時に行使するスタイルを用いているので、シータの発言に則ると魔剣士に分類されるのだろう。
「魔剣士でしたら、片手剣に比較的動きやすい防具、というのがテンプレートですね。私はよく短剣用の装備を使用していました」
「シータさんも魔剣士…?だったんですね。でも動きやすい、ってなると防御力は下がりそうでは?」
「当たらなければどうということはないと思います」
当然です、と言わんばかりの自信満々な雰囲気のする真顔に、つい苦笑いが零れる。このメイド、なかなかとんでもないこと口走ってないか。
とは言ったものの、将来を考えると考えると、悠真は【疾走脚】を使う事もあるので、今後アクロバティックな動きを可能に出来るようになれば確かに動きやすい装備──軽くて体の可動域が広くなる装備の方が、将来的にも役立つのでは無いか。
そもそもカウンター主体で戦う訳でもないのに攻撃を食らう前提で物事を考えているのが間違いである。全てシータの言う通りである。
「剣も軽くて斬れ味のいいものが良さそうですかね」
「そうですね、お客様はあまり力も強い方では無さそうですので、比較的軽い剣の方が良いのではないでしょうか」
「うっ……いや、そんな貧弱に見えますか……?」
「見えます」
シータの即答には精神的に来るものがあった。
とはいえ見るからに弱そうなオーラがあるのだろう、シータはなかなかに辛辣な意見ばかりである。恐らくシェアラに聞いても似たような返事が帰ってきそうな事を踏まえると、第三者目線から見た悠真は本当にひ弱で貧弱な少年なのだろう。
辛辣なのは許せるが、せめてオブラートには包んで欲しい。
「私はあまり素材の特性までは詳しくないので、細かい知識に関しては鍛冶屋の職人に聞くのが最も良いかと」
「なるほど、分かりました。ちょっと行ってきます」
シータの発言は最もである。冒険者には冒険者としての感性や感覚があるためシータのような経験者の意見は重要ではあるが、素材を実際に扱う職人の知識もまた同じくらい防具や武具において重要になる。
自分の命が懸かっているのだ、下らないプライドや人見知りによる遠慮は死に直接繋がりかねない。
「あの……すみません、軽くて動きやすい素材の防具を探しているんですが、おすすめはありますか?」
「軽くて動きやすい?お客さん白ランク冒険者かい?そしたら……浅緑鉱って素材が使われてるのが良いんじゃねえかな。ほら、あそこにかかってるやつ。試着してくかい?」
「是非!お願いします!」
店員が指差した先には、緑色のラインが入った金属製の鎧一式がズラリと陳列していた。
勿論その中でもモチーフにされている武器種によって大きく鎧の形状が異なり、関節の可動域の大きさや鎧の部位ごとの重さなどの違いがある。
悠真が試着の末に選んだのは、シータの意見を加味して関節の部分が動きやすいように大きく開いた、短剣使い用の装備である。
鍛冶屋の職人に聞いたところ、浅緑鉱と呼ばれる素材は軽くて加工しやすい上、硬度もそれなりにある鉱石らしい。
実際、防具を総合しても体感で3キロあるか無いかくらいの軽さがあり、なんなら初期装備よりも軽く感じる程だ。
頭装備が無く、加えて肩や足首、肘や膝といった関節には大きく空間が空いているからこその軽量化の面も大きいのだろうが、明らかに初期装備の時に身に纏っていた鉄の防具よりも明らかに分厚いのにも関わらずこの軽さは破格としか形容できない。
短剣用防具は、短剣自体が手数が多く動き回ることの多い武器のため、防御を捨てて只管に動きやすさを追求したスタイリッシュな防具に仕立てあげられる分、防御力に関しては心許ないのが特徴的だ。
しかしその欠点はシータの言うように、敵の攻撃が被弾しないように立ち回っていく必要がある。
「剣は…………うん。これにしようかな」
木樽の中に雑多に並べられていた剣の中でも、鍔の部分に緑色の装飾が入った片手剣のシルバーソードを剣に選ぶ。両刃の剣で、握力がミジンコとタメを張るレベルの悠真でも片手で持てて振ることができる程軽い片手剣だ。
どうやら、先程の防具で見た浅緑鉱と鉄の合金で作られているらしい。通りで見た目とサイズに反して軽いわけだ。
「お客様、お決まりでしたか?」
「あ、シータさん。選んできました、これです」
「そしたらお会計を済ませて来ますね。此処で待っていてください」
「あ……ありがとうございます………そんなに奪うように持ってかなくても……」
悠真から装備を半ば強引に受け取るとシータはそそくさと会計を済ませた。その行動の一つ一つからは、意地でも悠真には支払わせないという確固たる意思が感じられ、悠真も有難い気持ち半分、「そこまでしなくてもいいのでは…?」という疑問半分で苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
ところで遠目で見た際、シータは貨幣を出していなかったが、どうやって支払ってきたのだろうか。
「お支払いは完了致しました、こちらをどうぞ。他にギルドで揃えるものはございますか?」
「ありがとうございます。他……は今のところは無いかな」
「そしたら、ギルド長の元に行きましょう。例の《マスターゴブリン》の件ですが……覚えていますでしょうか」
「それって、前にサモンさんが言ってたやつだっけ?」
「はい、その通りです」
喋る《マスターゴブリン》について、怪我が治り次第報告して欲しいとギルドからのお達しが来ているという話は、1週間くらい前にサモンが食事の際に言っていた。
誰に報告する、までは聞いていなかったが、ギルド長と話さなければならないらしい。受付嬢らでは無くエルルシャの実質的トップと直接話さなければならないような事柄であると言うことは、この世界において言語を話す魔物はそれだけ異質であり、問題だったのだろうと推測できる。
自分の発言が今後の樹海の開拓に関連すると考えると、わずかばかりに緊張や責任感が込み上げる。
張り詰めた表情で足元を見ながらシータの背を追っていた所、案外呆気なくギルド長の部屋にたどり着いてしまった。鍛冶屋から2分程度しか歩いていないのに。
シータがドアを3回ノックすると、ドアの向こうから「どうぞ」という、どこかで聞き覚えのある女の人の声が聞こえたのを確認してからギルド長の部屋に入る。
待っていたのは、悠真がギルドに初めて来た時に手続きを進めてくれていた若々しく凛々しい青髪の受付嬢とサモンだった。
「来たか兄ちゃん。シータ、ご苦労」
「あ、はい。ところで……ギルド長はどこに?」
「あら、ご存知無かったのですか」
青髪の女性が刹那、悲しそうな顔をする。まさか。
「どうも、エルルシャのギルド長、リレーヌと申します」
「……え、あれ、普通の受付の人じゃ無かったんですか……?」
「うふふ。ここのギルドはいつも人員不足なので、よく雑務から接客までなんでもやりますのよ。……で、お話は聞いていますよね?」
「あ、はい」
先程までの歓談ムードから一転、リレーヌの一言で空気が冷たく重くなる。確かに、悠真がギルドで初めて話した人がギルド長だった事には色々と驚きだ。
しかし、今は主題が異なるのだ。別に今更世間話をしにここまで来た訳では無い。
「もう既に5人くらいから聞いてるから、もう流石に疑いはしないんだけど……会敵した《マスターゴブリン》は意思疎通が出来たってのは本当?」
「はい、本当です」
「具体的にどんな話をしたかは覚えてる?」
《マスターゴブリン》との対峙、忘れるはずがないと言いたいところだが、あの時は只管必死に時間を稼ぐことだけを考えていたので特に何を話したかまでは悠真は覚えていなかった。
そしてそのまま死にかけた上、そこからもう一週間以上寝て食って寝るを繰り返しているのだ。
「あん……まり覚えてないです。確か……『まだいたのか』とか『人間殺す!』とかは言っていた気がします」
「ふむ、なるほどね。他に気になるところとかはあった?」
「えっと…………手加減をされたのと、不意打ちをしたら怒り出したこと……?」
《マスターゴブリン》は悠真に手加減をしていた。取るに足らない、という侮蔑があったのかもしれないが、本気で動けば悠真はもっとあっさり殺されていただろう。
実際、不意打ちで【氷牙】を顎に当てたりした時は、凄まじい剣幕で反撃に遭い、呆気なく死にかけてしまった。
「不意打ちをしたら怒り出した、とか素人でも分かるほど手加減をしたっていうのは、普通の魔物には見られない特徴ね」
「ふむ、真剣勝負を好んでたり戦い自体は嫌ってたりもしていた。だが、今までの優占種でもそんな例は……」
「今後もこのような優占種は増えるかもしれないわね」
やはりそれだけあの優占種は異質だったのだろう、大の大人が2人揃って頭を抱えながら悩んでいる光景は初めて見る。
未開拓地域にはこのような危険も含まれているからこそ、開拓を今後進めなければならないが、サモンのような人材が無尽蔵にエルルシャにいる訳でもないのだ。慎重にもなるだろう。
「……まあ、樹海の開拓については今後話を進めていきましょう。タナベユウマ君、今回の《マスターゴブリン》の件、時間稼ぎをしていただいたり、情報提供をして下さり大変助かりました」
「いえいえ!あの時はそうしないと死ぬと思っただけで……褒められた事では……」
「謙遜すんなよ兄ちゃん、兄ちゃんのした事は兄ちゃんが思っている以上にすげえ事だぜ」
「なんなら勲章を差し上げたいほどですのよ」
「そ、そこまで……?」
悠真が問い返すと、何を言ってるかと言わんばかりに2人が頷く。
そもそもエルルシャのギルドの今までの例で、優占種と対峙して生きて帰ってきた白ランク冒険者は初めてだそうだ。これも自分のステータスにある、異常な程の運の数値によるものなのだろうか。
ここまで褒められた悠真の表情は、褒められた嬉しさやそれに伴う照れと、自分に合わないと思う程の評価に対する困惑が、ごちゃ混ぜになった複雑な顔をしていた。
「それではユウマさん、これからも依頼や冒険よろしくお願いしますね。……それでは業務に戻らないといけないので、失礼しますね」
「お、お疲れ様です……?」
リレーヌは一礼すると、忙しそうにバタバタと足音を響かせながら退室する。受付業務まで熟さなければならないほど多忙なギルド長なのだ、きっとこれからまた想像もつかない激務に追われるのだろう。
「シータと兄ちゃん、俺はもうちょいギルド残ってくから、先に帰っててくれるか?」
「分かりました。行きましょうかシータさん」
とりあえず防具と武器は揃えたので、ギルドには今は用
もない。怪我は完治したものの、まだ全力で動くには体が重いので、鈍った体をリハビリしていかなければならない。明日からはシェアラと一緒に、新しい武器を試すと共にリハビリも行っていくとしよう。
────────────────────────
「おかえり、待ってたよ悠真」
「ただいま。待ってたってどういうこと?」
サモン邸に帰ってきた2人が玄関の扉を開けると、玄関に今帰ってきたと言わんばかりのシェアラが待っていた。
ヒラヒラと振っている手には手紙が握られている。
「丁度さっき手紙が届いてね。ハイベルさんが会いたいって……」
「……!すぐ行こう!場所は?」
この一週間、ハイベルの生存自体は聞いていたがどこで何をしているのかまでは分からなかったので、向こうからコンタクトを取ってくれた事に、柄にもなく燥いでしまう。
その様子を見ていたシェアラは「やれやれ」とでも言いたそうな呆れた笑みを浮かべていた。
「明日の正午にギルドの掲示板の前に来てくれ、だって。早く行きたい気持ちは分かるけどね」
「残念。明日の正午ね。ありがとう」
ハイベルは悠真より酷い怪我を負っていた、とだけ聞いている。サモンが「流石に死んでると思った」と言っていた程だ。ベテランがそこまで言うような状況で生還したのはまさに奇跡とはいえ、回復にはその分時間がかかる。
悠真が今日でギリギリ動き回れるようになった程度なのだから、恐らく未だに完治なんてしていないのだろう。
「ここで立っているのもなんですし、そろそろ夕食の支度をしましょうか。お二人共、着替えを済ませてから食堂に来てください」
「分かったわ。じゃ、とりあえず今後の話は食事の後でね」
「そうだね。……あ、そうだ。シータさん、今日はありがとう、凄く助かりました」
今日はシータが居なかったら大変な1日になっていただろう。装備に対する意見は、この世界の知識に未だ疎い悠真にとっては貴重な経験になった。
話をしてみて思ったが、シータは辛辣だが話しにくい人ではない事が伝わった。それもまた大きな進歩だ。
そのシータは「いえ……」と少し言い淀むと、そのまま「では、失礼します」と礼をしてそそくさと立ち去ってしまった。
「……もしかして嫌われてる?」
「……さぁ……」
前言撤回、やはりシータは不思議な感性を持っておられる、よく分からない人だ。
────────────────────────
「んで?怪我人が態々俺を呼び出した理由を聞かせてもらいたいな」
「そう虐めないで下さいよ」
時を同じくしてギルドの応接室。湿気た空気が渦巻く、まるで調書を取るかのような監獄の面会室のような部屋である。定期的に掃除はされているのか埃や塵芥などが見られることはないが、照明が少ないため薄暗く、そして空気が澱んでいる。
それもそのはず、応接室はギルドの地下にあるのだ。勿論誰もが申請さえ通せば使える部屋ではあるのだが、建物の都合上この停滞する空気に関しては仕方が無いのだ。
そんな澱んだ世界に、ガタイの良い褐色肌の大男──サモンと、全身を包帯に巻かれて動く事もままならない金髪の青年──ハイベルが2人きりでお互いに顔を見合せて座っていた。
「礼も言ったしギルドからの謝礼も出たんだ、急ぎの用ならまだしもお前、その体で無理をするなよ。動くのもやっとなのに」
実際ハイベルは相当に酷い怪我を負っている。《マスターゴブリン》との戦闘によって、左腕が千切れかけていた。また、右腕と両足は複雑に折れており、内臓にもかなりの傷が残ってしまっている。
万能薬の効果で命は取り留めたものの、失った血液や怪我の傷等を直接治す効果は無いのだ。今も尚、死にはしないものの動ける状態とはとても言い難い。
そもそも、サモンがハイベルを見つけた時は「肉塊」と表現してしまうような状態だったのだ。むしろよく生きていたものだ、とサモンが感心する程だ。
「用件は急ぎなんですよ、サモンさん。……僕にとっては、てすけど」
「まあ、お前がそう言うなら止めねえよ。んで、今度は俺に何をさせるつもりなんだ?リレーヌと明日から王都に向かうんだろ?」
「だからこそ、なんですよ」
ハイベルは動かなくなった左腕を右腕で掴みながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
ハイベルの現在の左腕は、辛うじて繋がっているという状態である。ヤッコブによる縫合と、度重なる【治癒】で腕を繋げるまでは叶ったのだが、回復魔術の中級程度では本人の生命力を活性化させる程度しか出来ず、失った神経系を繋ぎ直す事までは不可能なのだ。
右腕を左腕から離すと、ハイベルの左腕は力無くだらんと垂れ下がり、微動だにしない。いや、微かに小指だけ痙攣するかのように少しだけ動いているが、この程度で何ができると言うのだろうか。
「暫くエルルシャを離れるからこそ、です。やり残した事を果たせずして発つことなど出来ません」
「そうかい。お前がそこまで言うなら、そのお願いとやらを聞かせてくれ」
真剣な眼差しでサモンを見つめ続けるハイベルに根負けして、サモンは溜息をつく。
王都へはその腕と内臓の治療の為に向かうのだが、その前に無理をしては本末転倒ではないか、と喉元まで出かかった言葉を飲み込みながら、サモンはハイベルの話に耳を傾けた。
そして楽しげな密談だけが誰も居ない空間に木霊していた事を、当事者以外は知る由もなかった。
展開に悩んで色々書いて直してを繰り返してるので投稿頻度は下がります。
出来れば完結までは頑張りたいです。長い目で見ていてください。




