⑨夜会、危機一髪
年が明けてすぐの夜に我が家で夜会が開かれる。
お母様を含め、屋敷の使用人たちも準備で大忙し。そして、年の瀬ということもあり、実家に帰省している使用人も多く人出不足であり準備に遅れが生じる。
私もアーテル家主催の夜会に参加予定なので、ドレスの新調をしたり、招待状を書いたりといった準備の手伝い、夜会の催し物としてピアノを演奏するので準備の傍ら練習を重ねていくので、夜食会の今後のことは後回しとなっている。
アーテル家の夜会は少々特殊で先祖代々から少数の人間を招き、親睦を深め信頼を得るといったものに重点している。そのため、夜会を開くときは小規模で限られた人しか招待しないのが通例となってくる。
その分、招待される人間は相応の人間だし、小規模な分招待客を不安にさせない工夫も必要になる。この夜会で招待客を喜ばせられればそれなりにアーテル家のアピールになるし、できなければマイナスなイメージがつき、今後の公爵家としての名誉にも傷がつく。
主催をまかされているお母様にも、無論私にもプレッシャーがかかっている。
だって私の行動ひとつでアーテル家がどう見られてしまうか決められてしまうようなものだし。
人間というのは人柄なんて二の次。一番最初につく印象が残っていくもの。
夜会でなにひとつ粗相のないように、当日まで準備を怠れない。気が抜けない。
そして、夜会の日は近づいていく――。
★
――年明け某日。
上空を見上げれば濃紺の空と星々が支配する様子がみられるすがすがしいほどの快晴。今日という日を祝福しているかのように錯覚するほどきれいな空だった。
今日はアーテル家主催の夜会当日だ。
屋敷にいる使用人は10人ほど。そのうちの3人は料理人。あとはホールを巡回する使用人など。お母様は人でが足りないのでパーティーの受付をしている。
少人数だからすぐに役目は終わったけど。
私は事前の会場の飾りつけ担当だったので役目はすでに終えており、あとは夜会が始まるまで休憩室で待機している。
一息つこうとアンが入れてくれた紅茶を飲もうとカップを傾けたとき、慌ただしい足音が複数こちらに近づいてきた。
「お、お嬢様大変です!」
「どうしたの、メアリー」
「ドリーが階段で足を踏み外して腕を骨折してしまったらしくて......!今日の調理担当がいなくなってしまったんです」
「ドリーが!大丈夫なの?」
「腕の骨折なので命には別条はありませんが…...今日の夜会に出す料理が今出ている分以外補充できなくなってしまいました」
ドリーの様子無事だと知り安堵したが、夜会に出す料理が出せないのは一大事だ。現在屋敷にいる調理担当を任せられるのはドリーしかいない。そのドリーがいないとなれば料理を十分に提供できないし、招待客を満足させることは叶わない。
「このことお母様には伝えている?」
「はい、ジョンが伝えているはずです」
「そう。......どうしましょう。夜会まであと30分もないのよ?それまでに代わりの料理人を見つけてドリーの代りって無理があるでしょう」
私はメアリーの案内の元、急いで厨房へ向かう。そこにいたのは残りの調理スタッフ青年二人。ドリーの弟子とのことで今回サポート役として配置している者たちだ。
二人は不安そうに眉尻を下げ、私とメアリーに視線を集中させた。
「「お嬢様!」」
「落ち着きなさい二人とも。ドリーのことは心配なさらず。あなたたちは自分の仕事を全うなさい」
「ですが、メニューのほとんどはドリーさんが担当していて、レシピはすべてドリーさんが持っているんです」
「そう。レシピを書き記したものとかない?」
「ドリーさん、レシピとかはすべて頭の中で覚える性質なので」
レシピさえあればなんとかなると思ったが本人が書いていないなら代りを彼らが務めることもできない。
......ああ、どうしよう。このまま夜会を迎えてしまえば招待客をもてなしすらできないみすぼらし夜会のレッテルを張られてしまうだろう。
この日のために準備してきたお母様のためにもその不名誉なイメージを与えるのは避けたい。
なにか、......なにか手はないか。
思考を巡らせるとひとつ名案が閃いた。
「......メアリー!」
「は、はい!」
「今から私が言うことをよく聞いて!......調理スタッフのあなたたちもよ!」