帰国
季節は春。クリフォードの留学期間は終わり、帰国の準備が本格的に始まっていた。
学園は新学期の準備のために春休みに入っており、ミリアーナは休みを利用し、クリフォードの帰国準備を手伝った。
そうして帰国当日――。
「世話になった、ありがとう。......ミリアーナも元気でな。たまに遊びに来るし、手紙も毎日送るから」
「はい、クリフォード様もお元気で。......でも、手紙を毎日送るのは大変ですので、ほどほどにしましょう」
「ははは、手厳しいな。近いうちにまた遊びに来るから」
クリフォードは武骨な手でミリアーナ両手を包む。まるで永遠の別れを惜しむような長い時間二人は見つめ合った。
ふとした時、ミリアーナは照れるように視線を逸らし、クリフォードは微笑を浮かべると馬車に乗ってノエル王国を後にした。
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シレーヌ皇国の信仰対象でもある龍を壁や扉を絢爛豪華に彩る。軍事力を誇るシレーヌでは、龍は武力と願望成就の象徴として愛されてきた。歴史こそ浅いシレーヌ皇国ではあるが、シレーヌになる前の土地、その前の世代から受け継がれてきた伝統的な考え方だった。
そんな龍が描かれた廊下を渡り、シレーヌ皇国皇宮謁見の間へと向かった。
兵士が扉をゆっくりとあくと、玉座にはクリフォードの父にして皇帝、クラファーダが鎮座していた。その隣には見目麗しい、切れ長の金色の瞳と、きれいに巻かれた萌黄色の髪を揺らし、鮮やかな赤色のチャイナドレスを着こなす妙齢の女性が優美に白檀の扇を開いてクリフォードを見下ろした。
「ただいま戻りました。父上、――母上」
「よく戻ってきたな」
クリフォードの挨拶に深く頷くクラファーダと、隣の女性――クリフォードの母であり、シレーヌ皇国皇妃、イザベラは表情を変えず静かに口を開いた。
「息災でなによりです。留学はどうでしたか?」
「はい、異国の文化に触れ、刺激的な毎日を送れました。これも帝国の光である皇帝陛下と皇后陛下のご厚情あってものもだと感謝しております。ノエル王国には機会があればまた行きたいと思っております。まだまだ、学びたいこともありますから」
「……そう、プライドの高いあなたがそこまでいうのだもの。実に有意義な留学となったのでしょう。我が子の面倒をみてくれたアーテル家にも感謝しないとね。……それで」
無事に帰還した息子に対しての安堵の眼差しからなにかを品定めするかのような鋭い視線へと変わる。自分の息子ですら威圧してしまう、いつもの皇后然とした表情で扇子を閉じた。
「密偵のものから聞いたのだけど、アーテル家のご令嬢と良い関係になったのだとか。何故、それを私に最初に伝えなかったのです?」
クリフォードは次期皇帝、つまりその配偶者は次期皇后になる身だ。しかも他国の高位貴族。いくらクラファーダの後押しがあるとはいえ、自分に内緒で勝手に縁談を進められているのは気持ちの良いものではない。
「……父上、母上に伝えていなかったのですか?」
「……こほん」
咳払いひとつ。自分は存ぜぬと明後日の方向を向いた。たしかに自分の気持ちがこうも定まることを知らなかったので母に報告すべきことではないと手紙にミリアーナのことを記載しなかったのはクリフォードの落ち度。
しかし、後押ししてくれる以上、警戒心と女性に厳しい母を説得しているものだと思っていたクラファーダの態度にクリフォードは肩を落とすしかなかった。
その状況を察したイザベラは、じろりとクラファーダを一瞥すると、なにかを決心し、クリフォードに再度視線を寄こした。
「我が息子が大変お世話になったのですもの。今度は私たちがお世話になった恩人をシレーヌに招くのが筋ですわ。今度はミリアーナ様に我が国の文化に触れてもらいましょう。クリフォードの伴侶となる方ですもの。人柄でも優れている人物か見定め――んん。盛大におもてなししないとシレーヌの名折れですわ」
視線に影を落とし、ほっそりとほほ笑むイザベラはまるで廃城の亡霊のような恐ろしさがあった。態度からミリアーナを品定めする気満々だった。
クリフォードは反論しようとしたが、イザベラの圧に気押され、反論と一緒に生唾を飲み込むしかなかった。




