アーテル家で
三人が屋敷に戻ると来訪者が訪れていた。玄関を通り、客間の前を通るとクリフォードは目を見開いた。
「父上」
「姿が見えないと思ったらミリアーナさんとお出かけか。おまえもやるな~」
長方形のテーブルを挟み、ラフな格好をしたシレーヌ帝国、皇帝......クラファーダ・シレーヌはオールバックの髪型に沿うように髪の毛をかきあげ、意地の悪い笑みを浮かべた。
揶揄うような軽口にクリフォードは口を曲げる。ミリアーナは外行きの質素なドレスと汗と土で汚れた体を隠すように、クラファーダに深々と礼の姿勢を取った。
「ああ、ミリアーナさん、そうかしこまらないでくれ。なんの連絡もなく押し掛けたのは私だ」
「そうだぞ、ミリアーナ。クラファーダ殿は非公式でこちらに来ていただいているんだ。と、いっても一国の主だから護衛はいるがな」
「そうそう。友人の父親が家に来たと思ってラフに接してくれて構わない。......それにしてもヴェスター殿が酒を嗜んでいるとは知っていたが、王国随一のワインコレクターとは知らなんだ。シレーヌではワインは輸入に頼ってるからな。折角王国に来たんだし、うまいものを堪能したくてな。クリフォードもここに滞在しているし無理をいって招いて貰ったんだ」
「全然無理じゃありませんよ。僕もシレーヌの政策や文化がどういうものなのか直々に聞きたいことありましたし。それに......」
ヴェスターは言葉を続けながら視線をミリアーナに向けた。ミリアーナはなにかを感じ取ったが、ヴェスターがなにを言いたいのかわからずに首を傾げた。
「丁度娘もかえってきましたし、聞いてみてはどうです?」
「おお!そうだった!ミリアーナさん!早速で悪いのだが......君の料理が食べたいんだが......」
本当にいきなりすぎるとミリアーナは頭を抱えた。帰ってきたら国賓がラフな格好でくつろいでいて、自分の父親と談話していて、料理を作って欲しいと......。
クリフォードは「父上」と制止をかけるが、ミリアーナは状況を理解するとクラファーダに向き直った。
「私は全然構いませんけれど......まだ日は高いですし、使用人たちも仕事をしています。時間も微妙で、夕食の仕込みの邪魔になりますので、夜食で用意するということでいかがですか?ドリーたちも腕によりをかけて夕食を作っているはずですし......」
「それは心配しなくていいよ。ドリーにあらかじめ言っておいたから、夕食は少なめになっているはずだ」
したり顔で言ったヴェスター。クラファーダも同意するように頷いた。グルだったのかと呆れるように肩を落としたミリアーナは「わかりました」と返した。
「ただ、プロではないので、お望みの料理が必ずしも出るというわけではありませんし、味は保証しませんよ?」
「わかっているさ!ありがとうミリアーナさん」
クラファーダはミリアーナの手を取る。クリフォードは間に割って入り、クラファーダの手を振り落とした。クラファーダはクリフォードの行動原理を理解したように意味ありげな笑みを浮かべた。
「おお、恋する男の嫉妬は怖いなぁ。他人の女じゃなくなった途端、隠す気もない――」
「父上、それ以上俺を揶揄うのであれば、......下町で護衛をつけず食べ歩きをしていたことを母上に伝えますから」
「お......おま、おまえ......それは......やめろよ」
段々と小さくなる語尾、悪戯を隠そうとする幼子のような威厳のない表情でクリフォードを睨んだ。クリフォードは勝ち誇った顔でほほ笑み、ミリアーナは話の内容の半分は理解していないが、言葉の端々から「皇帝って皇后に尻に敷かれてるんだな」と認識を改めた。




