話し合いと野次馬
「......アーテル公爵、私の話を聞いて欲しい」
怒涛のパーティーが終わり、参加者は各々が邸宅、または宿泊しているホテルへ戻っていくなか、気が沈んだ様子の王、最高級のワインを片手に、アルコールで頬を火照らせながら面白い物を観察するような眼差しで傍観するシレーヌ皇帝。渦中の人であるアシュリー、そして終始無言でおろおろとしているマリア。
清々しい表情で口角を延々とあげているヴェスター、口元に扇子を広げ表情は見えないが心穏やかではないシャンデル。そして帰るタイミングを失ったクリフォードたちが用意された貴賓室に集合していた。
アシュリーの父親でもあり、シレーヌ王は上座で破棄のない眼差しでヴェスターに許しを請う。ヴェスターは一笑した。
「ははは、なにをですかな?許すもなにも、ミリアーナは既にアシュリー殿下との婚約破棄に承諾しています。親の私たちは彼女たちの決定に対してあとは書面上のやり取りをするだけですし、なにも言うことも、陛下が謝ることもありませんよ」
「そうですわね。元より婚約は最終的に当人の意思に委ねると、陛下も最初に仰ったではありませんか。それに婚前に子供を作ってしまった移り気の多い殿下と結婚しなくて私たちも安堵しました」
ふたりは王の言い分をまったく聞く姿勢もなく、お互いに顔を見合わせる。平然を装っているが、声のトーンは冷たいまま。その冷たさが妙に感情の機微に敏感な王は額から冷や汗を流す。
王家の発展のためには民から絶大な指示を得ており、貴族を牽制できるアーテル家は懐に押さえておきたい相手だった。それは、アシュリーとの結婚により盤石になるはずだったのに。しかし、当の本人はその重要性を理解せず、別の下位貴族の女と結ばれてしまった。
今まで甘やかして育て、さらには好きなようにさせていた結果がこれだと。王は今日ほどアシュリーを自由にさせていたことに後悔の気持ちを抱いたことはない。
「......そういえば、流れのままにしておきましたけど。何故この場に皇帝陛下がここに?」
「え、面白そうだったから」
語尾に「てへ」と茶目っ気がつきそうな勢いで軽々しい様子で口にする。
シャンデルも身内だけの話し合いよりも、第三者に介入してもらった方が冷静に都合がいいのでツッコまずにいたが。こうも食えない態度を取られると、まるで狐と化かし合いをしているような錯覚に陥るくらいに気疲れする。
「まぁ、両国の親睦パーティーのはずが、特大スキャンダルパーティーになってしまったからね。新聞に面白おかしく書かれるだろうし、僕たちが介入しておけばある程度の変な噂の拡散は抑えられるだろう?」
「皇帝......申し訳ない。うちの愚息の為に......」
王が謝罪の言葉を口にしたことに皇帝は目を丸くさせた。王が謝ったことではなく、王が都合が良いように解釈していることにだ。
「なにか勘違いしているようだが俺はアーテル家が不利にならないようにここにいるに過ぎん。馬鹿王子が不貞を働いた挙句に、ありもしない噂を流されたらミリアーナさんが不憫だろう?それに、うちのクリフォードが公爵家によくお世話になったようだしな」
「皇帝陛下……ありがとうございます」
眉尻を下げながら、心強い皇帝の援護にヴェスターは皇帝に向き直り父親の顔で頭を下げた。皇帝は頭を下げなくていいと手てでジェスチャーをし、顔を上げさせる。
「だが」と言葉を続けて、今度はヴェスターに近寄ると、囁くような小さい声で、なにやら企んだ表情を浮かべた。
「恩人のためにこれくらい骨を折るのは当然だ。まぁ、あまり話がこじれない限りは口は出さないようにするから、そのまま話を進めてくれ。......あ、もしどうしてもお礼がしたいっていうならミリアーナさんの手料理を今度振舞ってくれればいいから」
王やアシュリーたちには聞こえていない様子で首を傾げる。ヴェスターはそれはもう嬉しそうに深く一回首を縦に振る。隣に座っていたシャンデラには聞こえていたようで苦笑をした。
「......ミリアーナったら。本人の意思には寄りますのでお約束はできませんが。それとなく伝えておきます」
話はついたと顔を話す皇帝は王に向き直り、場の空気を整えるようにこほん。とひとつ咳払いをすると緊迫した空気が張り詰める。
ヴェスターは先程の話の続きだと言わんばかりに切り出した。
「とにかく、ミリアーナとアシュリー王子の結婚に立場的利益があろうとも、当人同士の意思が噛み合ってませんし、マリアさんのお腹に子供が宿っている以上、ミリアーナと結婚はさせられません」
「............後悔するぞ、アーテル公爵」
不快感のこもった深いため息をひとつ。背もたれに体重を預け、深く座り直した王は本性を現したようにヴェスターを睨んだ。ヴェスターはまるで意を返さないように「どうぞ」と堂々と答えた。
「もしこの婚約破棄が原因で我がアーテル家が没落しようとも、それが我が家の天命なのでしょう。王権国家である以上、爵位も地位も王から借り受けたものでありますから。......アシュリー王子、婚約は破棄で問題ありませんよね?」
「ぜひ。よろしく頼む」
アシュリーはまっすぐとヴェスターを見据えて頷いた。ヴェスターは同意は得られたと捉え、指を鳴らすと、控えていたジョンと王側の文官が書類をもって現われた。
「善は急げなので、今ここで書類のサインをお願いします。見届け人として皇帝陛下も立ち合いをお願いしてもよろしいでしょうか」
「問題ない。シレーヌ帝国、皇帝の地位の下、見届けよう」
ジョンは書類を2枚、ヴェスターと向かい側に座る王と王子に1枚ずつ配った。王は婚約破棄についてはここで一度承諾しながらも、破棄の書類の記入を先延ばしにしてやろうと思っていたが。思い通りにはならなかった。
先に根回しをされたことに強い不快感に襲われた。眉間の皺を深く刻みながらペンを手に取る。
書類上においても婚約破棄が済んだ両家は本日をもって、アシュリーとミリアーナの婚約は破棄された。




