暴露
しん、と会場が静まり返った。唖然とするアシュリーを見据えて。反論する。
「私がマリアさんに嫉妬をする理由がないわ。それに彼女を虐める理由もない」
「実際にマリアが何度も俺に泣きついてきた!腕や足に痣や傷も多く見受けられたし、彼女がおまえに危害を加えられていると言っている以上、おまえが犯人なのは間違いないだろう!」
馬鹿の一つ覚えのように私を犯人にしたがる。肩をすくめずにはいられない。そもそも、犯人じゃないし。マリアを虐めていた犯人すら存在しない。
「アシュリー様は、一方の話しか聞かず、それを真実だと信じていらっしゃいます。あなたが提示した論点で話をさせていただきますが、マリアさんが私がやったと話したから、アシュリー様は私がマリアさんをいじめたと信じている。では、私がマリアさんに陰口や暴力を振るった。実際にそれを見かけた人はいらっしゃいますの?」
「それは、おまえの取り巻きとやらにやらせたんだろう!」
腹の底から発した声に、周囲の空気がピリつく。王子として優雅さにかける必死な声。自分の勘違いで今まで私を虐げていたのだ。それが露呈すれば彼らの立つ背もない。私は隠す気はないけど。
「あら、先程は”私がやった”ことだと言っていたのに、私の取り巻きとやらが彼女に危害を加えたのだと意見を変えるのですか?」
「言葉の揚げ足をとるな!おまえの取り巻きであればおまえがやったも同然だろう!」
さっきから自分の反論が矛盾し始めているのに気づいていないのか。ちらりと周囲を見るとこちらをいたたまれない顔でみていた。
顔色から見てアシュリーの話を信じている、という顔ではない。それなら、周囲が少なくともアシュリーの味方ではないと判断できるので、安心できる。
「では、例えばの話。私が取り巻きにやらせたとして、それが私の指示なのか、第三者の意思で行われたことなのか。この違いで私の責任的負担が大きくうまれ、過失の度合も大きく違いが出ます。私の取り巻きがした、という情報があるようですが、その第三者をここに連れてきてもらえますか?」
「それはおまえが一番知っているだろうが!」
「……ここで学園生活の話を持ち出したくなかったのですが。私には最近まで懇意にしているお友達はおりませんでした。それはアシュリー様、他のご学友の皆さまがよく知っているはず。あなたたちがアリもしない噂を流したせいで私は中等部から孤立していたのですから。これは学園生徒、教員各員に事情を聞いてもらえばわかると思います」
「……それは」
理解してくれたようでなによりだ。15歳のある日。元々のミリアーナの精神が壊れ、私という記憶が蘇った。思い返せば虐められた毎日がなければ私は今こうしてここに入れなかったと思うと複雑な気分だ。
喉から笑いが漏れてつい口を塞いでしまう。別に馬鹿にする意図ではなかったのだが、アシュリーはそうだと捕えたのか、むっと眉尻を上げた。
話を続けよう。
「……私が人を使ってマリアさんを虐められないという状況がお分かり頂けたようですね。では、私が直接マリアさんを虐めた話ですが、これは私は事実無根。けれど、私はマリアさんを虐めていないという確たる証拠は持ち合わせていません」
「……っ!!ほらみろ!結局証明できないのではないだろうが!!おまえはマリアを虐めていたのだ!しっかり反省して……」
「ですが!反対にマリアさんが私に虐められたという証拠はありません。証拠がない以上、証明しようもない。さらに、あなたがたはその証拠もない噂の為に「自分たちは正義」だと決めつけ、逆に通行を装って私にわざとぶつかったり、罵ったりしたではありませんか。アシュリー様に至っては婚約中の浮気。……過失があるのはそちらではございませんこと?」
ここまで言うとアシュリーは押し黙った。反論する材料がなくなった。彼は私がマリアを虐めていたという証拠は出せない。証言も取れない。マリアの一方的な話を信じていたのだから。
そして、そんな彼に私は一遍の慈悲も掛けない。同じ穴の貉同士、一生仲良くしててほしい。私たち家族にこれ以上関わらないで。
「私はこの婚約の破棄自体は賛成です。あなたと婚約を結んでいても、地位的な損失はないでしょう。しかし、長い目でみれば、私も家族も幸せになれないのは明白なのですから」
右後ろにいたお父様を一瞥すると、うんうん、と何度も頷いていた。会場にいる人たちも同意見の雰囲気で、それぞれが小声でなにやら会話をしていた。
「ただ、事実無根の噂を流して自分たちの行いをさも正当化するような物言いはやめてください。私はマリアさんに虐められておらず、逆にアシュリー様、あなたの言葉の暴力の被害者です。私も現状を我慢して反論をしなかったのも悪いですが、アシュリー様が自分の過失を隠すために人を陥れる卑しい人間だとは思っても見ませんでした」
【……ミリアーナ】
……アシュリーはもう反論する気はないのか。わなわなと肩を震わせ、マリアはそんなアシュリーの肩を撫で宥めた。マリア、あなたはいつも都合の良い時だけだんまりを決め込むのね。......もう、私には関係なくなるけど。
さて、私のいいたいことは終わった。これで私とアシュリーとの同意は取れてるし、あとは書類上のサインをすれば婚約は解消されるだろう。
長かった戦いも終わった気がして清々しくなる。目の前の広がる会場の証明が光眩しく見えた。
ドレスの裾を持ち、私たちのいざこざを清聴してくれた会場の貴族たちに最大限の礼を取った。
「……会場にお集まりの皆さん、私たちのいざこざのために貴重なお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。皆さまには後日改めて謝罪の文を届けさせます」
一応公爵家の娘ですし?これくらいはしておかないと。
パーティー自体はもう終わりを迎えていたが、多分、これからまたアシュリーと私の話題に花を咲かせるべく酒を煽るのだろう。
気まずいし、一足先に退場させてもらおっと。
......おおっと。まだ、彼らに仕返しができていない。最後にこれまで嫌な思いをさせてもらったお礼を返して置こう。
「アシュリー様、婚約破棄を申し出させてください。あなたの隣にいるのは苦痛でしかありませんわ。……くすん、お腹の子とお幸せに」
「「っっっ!!!!」」
「子供……?おい、アシュリー!マリア嬢それはどういうことなのだ!詳しく聞かせてもらうぞ!」
「ちっ、違います!俺の話を聞いてください!父上!」
指の間接を目じりに当て、涙を一粒ほろり、と流す。彼ら、さっきのテラス席で、子供の話題に触れた時、触れて欲しくなさそうに反応したし。宣言の時に子供のことを言わなかったから時期が来るまで隠そうとしていたのだろう。
不貞の末の妊娠って、この国じゃ厳しいからねぇ~。
私はドレスの裾を翻し、懐に忍ばせたハンカチを取り出し、涙を拭いながら……。
「お父様、お母様、私は先に帰らせていただきますわ」
「ああ、それがいいだろう」
「後は私たちに任せなさい。よく勇気を出したわね。あなたがあそこまでいうなんて思っていなかった。やるじゃない」
「……はい!ありがとうございます」
【…………】
「行きましょ!レタ!なにそんな辛気臭い顔してるのよ!記念すべき念願の婚約破棄の日じゃない!」
【そうだな】
レタを抱き上げて会場を出ると既に迎えの馬車が止まっていた。これって、お父様たちが事前に用意してくれていたのだろうか。私たちは馬車に乗って、アーテル邸へ帰った。




