もう、限界です
――宰相執務室。
ミリアーナを送り届けたジョンは、ヴェスターの元に戻ると先程起こったことの一部始終を報告した。
ミリアーナとアシュリーは婚約関係にはあるものの、仲が悪く、幼少期からあまり交流がないことを把握していた為、ヴェスターはため息を吐いた。
「あンの馬鹿王子……馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたがうちのミリアーナをないがしろにするだけでなく、傷つける真似をしおって……ミリアーナの前で女と腕を組むとかふざけすぎだろう」
仲が悪いことに、ではなく。ミリアーナがアシュリーに対し酷い目にあっていないか。その予想が的中したことに対する、最悪の展開に対して肩を落とした。
「これは本格的に調子に乗っているな。ミリアーナのことも、アーテル家のことも馬鹿にしすぎている」
「何も考えていないように見えましたが……」
「そうであればもっと最悪だ。己の行動で招く結果がわかっていない。そんな浅慮な王子が王位を継ぐ事自体、仮に別の王子が王位を継ぐにしろ、アーテルの当主としてあってはならないだろう。ミリアーナの婿としてふさわしくない」
静かに椅子の背もたれに体重を預けると考え込むように目を瞑った。目の前には未だ処理しきれていない書類の山ばかりだ。
「……最近、やっと本音を言って笑い合えるようになったのに。こうも人を憚らず女と逢瀬をしていたとは」
ミリアーナは元々人前で笑う性格ではなく、引っ込み思案な性格だった。だが、ある日を境に笑うようになったし、食べ物を通して家族との会話も増えて、やっと家族として過ごせるようになってきたというのに。
できるならば、ミリアーナの思うように行動させてあげたい。というのがヴェスターの本音だった。
「……静観している状況ではもうないのかもしれないな。近いうちに……明日でもミリアーナの気持ちも聞いておこう。破談にするにも早めのほうがいい。結婚しても不幸になるなら本末転倒だ。家の繁栄ばかりを考えすぎてはあの子を不幸にしてしまう」
「そうですね。私もミリアーナ様には笑っていて欲しいです」
アシュリーへの対応の方針を固めると、ヴェスターはゆっくりと意思の宿った瞳を開いた。
溜まっている仕事を片付けよう。気持ちを切り替えて書類の山に手を着けた。
★
「お父様!今日はシレーヌの食材を使って和食にしてみました!味噌汁は魔法瓶を使ってるのでほかほかですよ!」
「おお、香ばしくて、優しい匂いがするなぁ~!おっ、これはお米……?」
「ライスバーガーというものです。食べやすいように1個ずつ包装してます。中身は焼肉、かきあげです。さぁ、召し上がってください」
昨日のことなど気にしていない素振りで昼食を振舞うミリアーナ。実は心の中で気にしているのでは……と話題を切り出してみる。
すると。
「実のところ、いつものことなのでまったく気にしてないです。気にしたらストレスでフォアグラになってしまいますし」
とケロリとした表情で言った。二人はあっけからんとしたが、すぐに噴き出して「それもそうだな」と笑い合う。気苦労をしているかと思ったが、いや、実際にはしているのだろうが
泣き出すよりはよほどマシだ。
昨日決めたことをミリアーナに話した。
「ミリアーナ、アシュリー王子とことだが、婚約が嫌なら縁談を破棄してもいい。おまえには家のためでなく、自分の為に幸せになって欲しい」
「……昨日のこと、ジョンから聞いたのですか?」
ヴェスターは頷く。ミリアーナは顔に影を落とし、紅茶に映る自分の顔を見た。どう答えればいいのか、わからない、という表情だった。
「……お父様は、アーテルの家の繁栄の為にアシュリー様との縁談を受け入れました。私も家族の期待を答えるために……」
「――違う」
ヴェスターはぴしゃり、とミリアーナの言葉を止めた。そういう回答ではなく、心から、自分がどう思っているかの本音を聞きたかった。
ヴェスター・アーテル公爵ではなく、ミリアーナの父親として、貴族など関係なく娘の回答を求めた。
「貴族同士の縁談は利益目的がほとんどだ。この縁談もそれではあるけど……しかし、それでミリアーナが辛い思いをするなら本末転倒だ。ミリアーナの未来をよりいいものにするために縁談を受けたのに、僕たちのエゴだけで、君に無理を強いるのであれば、それは親のすることではない」
「でも、それだと、アーテル家が……」
「縁談ひとつで権威が傾くような家であれば潰れてるさ。結婚なんて結果的に当人同士が幸せにならなければ意味がない」
「……お父様たちは、結婚して、幸せですか?」
叱られた子供のように、おずおずと顔を上げるミリアーナ。その問いかけに、断言するように頷いた。
自分の意見ひとつで、縁談を断ってもいいものだろうか。でも、本当のことを言わないと行けないような気が……、いや、ここで嘘をついてはいけないような気がして。
「……僕たちのために我慢しないでくれ」
迷った挙句、ミリアーナは顔を上げた。
言うのは勇気がいる。自分の答えひとつで両親たちに迷惑がかかるかもしれない。でも、我慢しなくていい、という言葉に救われて。
喉がきゅうっとなって。声が振るえるのを我慢して、やっと、ミリアーナは本当の気持ちを吐露した。
「わ……私、アシュリー様と、結婚したくない、です。自分がいいと思える人を好きになって、結婚したいっ……!もう、我慢、したくない、です」
ぽとり、とせき止めていた涙が紅茶の中に落ちた。
ミリアーナの視界は涙で滲む。そこまで我慢していたのかと。娘に無理を強いていたことに情けなく思ったヴェスターはミリアーナを思いっきり抱きしめた。
「ああ。お前が嫌なら断っていい。僕たちはおまえの幸せを一番に願っている。僕たちの為に我慢をしないでくれ」
ミリアーナはしゃくりをあげて一度頷いた。
ぽん、と背中を叩くとヴェスターは自分の席に戻って温くなった味噌汁に口をつけた。




