遭遇
「お父様、お待たせしました。1日目はにんにく――匂っちゃうので、生姜醤油で漬け込んだ唐揚げドッグです」
外行のドレスに着替えて、昨日から漬け込んでいた唐揚げを食べやすい大きさに切って、ハニーマスタードを塗ったパンに挟んだ唐揚げドッグを持ってきた。
唐揚げは時間を置くと油が酸化して美味しさが半減するので、出る直前で二度揚げした。王城までは馬車でそれほどかからないので、まだ冷めてないはずだ。
お父様は瞳をキラキラと輝かせて、ソファに座るように促した。
執事のジョンはバケットの中にはいった唐揚げドッグを羨ましそうに見た。
「ジョンの分もあるから食べて」
「ありがとうございます、お嬢様!」
恭しくお辞儀をすると、食事用の紅茶を3人分持ってくる。
お父様は書類を一端机に置くと、執務机から離れて私と対面のソファに座った。
「あら、お仕事はいいんですか?」
「可愛い娘がご飯を作ってきたのに、仕事をしながら食べるなんてもったいない。味わって食べるよ」
おしぼりで手拭くと、まずはサラダから手を伸ばす。バケットの隅に2人分の器の中にある。
「玉ねぎベースのドレッシングにしてます。唐揚げドッグがこってりしているので、さっぱりしたものにしてみました」
「おいしいよ」
レタスをフォークで刺し、噛む。しゃきり、しゃきりという音が聞こえる。軽快な音が食欲をそそる。お腹空いてきた……。
つづいてお父様たちは唐揚げドッグに手を伸ばす。味は2種類で、ノーマルとタルタルソース。ノーマルはドレッシングにつかった玉ねぎソースを下に敷いてある。
「ミリアーナ……」
「は、はい、なんでしょう?」
深刻そうな顔をして飲み込むお父様。もしかして、口に合わなかった!?それかちょっと油っぽすぎた!?
と心配が胸によぎる。
「どぉ~して、2つしか作ってくれないんだ!美味しすぎて2個はぺろりとイけちゃうよ!!」
心配は杞憂だったようで安心した。
ジョンも油で塗れた唇をハンカチで拭い、深く頷いた。
「そうですね、サラダのおかげで胃もたれしにくいですし、もう2個は食べれます」
「そうだろう、そうだろう!タルタルソースもいいんだが、ノーマルの下の甘酸っぱいソースが癖になるんだよなぁ……」
「私はタルタルソースですね。こう、がつんとくる感じが堪りません」
「若いねぇ、ジョン。でも、ノーマルが美味しいというのは譲れないよ」
あっという間に食べ終えた二人は食後の紅茶を楽しむ。食べ始めて15分も立ってない。
もう少し多めに作れば良かったかな。でも、時間を置くと美味しくなくなるから、あの量で正解かも。食べ過ぎると胃が重くなるし。
「さぁて、ミリアーナの美味しいご飯のおかげで元気がでたよ!」
「それは良かったです。じゃあ、私は帰りますね」
空になったバケットを持つ。
見送ろうかと申し出されるが、忙しいのにそんなことで時間を割かないで欲しい。というと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
仕方がないとお父様は裏口までジョンを付けてくれた。
お父様の負担にならないようにお昼ご飯を作ってきたのだが、申し訳ないことしたかな……。
★
それにしても王宮ってホント広いな。一応私も王子の婚約者ということもあって何回か王城には来たことがあるけど。毎回王城の広さと手入れされた庭の花畑に感嘆するばかりだ。
といっても、あんまり王城の中は詳しくないけど。アシュリーとの仲はあんなだし、王城に来ればアシュリーと顔を合わせる機会も増えるから、用事がない限りは極力来ないようにしていた。
お父様の執務室から出て、1階の吹き抜けの廊下を抜けて裏口に向かう。裏口は王城の関係者しか出入りできない場所なので、正面と比べると人が少ない。
警備をしている兵士に会釈をすると、敬礼で返してくれた。
「では、お嬢様、私はここで……ご飯、美味しかったです」
「ありがとう。ジョン。次も期待していてね」
玄関から出ようとすると、裏口の門が開いた。私を出すために開いたのではなく、誰かを招き入れる為に開いたようだった。
その目の前には。
「ミリアーナ、おまえ、どうしてここにいる」
「……アシュリー様、ご機嫌よう」
アシュリーは隣にマリアを連れ添い現われた。顔をみるや不機嫌そうに皺を寄せて、組んでいた腕の手をポケットに入れた。
「お父様にシェフが作ったお弁当を届けただけです。もう帰るので、そこを通して頂けますか?」
ここに留まってもまたアシュリーにねちねち言われそうなので、早々に手を打つ。しかし、アシュリーは話したいことがあったようで、一向に入口から退いてくれない。
「おまえ、今暇だろう?ちょっと付き合え」
「あの……それは」
どう答えよう。兵士の目もあるし、ここで断ればアーテル家の体裁に関わるかもしれない。マリアを見るが、この状況になにも思ってもなさそう明後日の方向を向いていた。
「アシュリー様、無礼を承知でお聞きしたいのですが……そちらの方は?」
「ああ、おまえは宰相殿の補佐だな。こちらは……」
「初めまして、マリア・クライゼルです!アシュリー様とはクラスが同じで、アシュリー様の……」
「んん”。まぁ、彼女のことはこの辺でいいだろう」
「……アシュリー様。失礼ですが、マリア様と距離が近すぎるのでは?お嬢様という婚約者がありながら、人目を気にせず他の女性と密着するなど、常識以前の問題かと存じます」
当然の指摘だ。本来貴族の婚約というのは、将来の伴侶として誓い合ったも同然と言える。なのに、結婚前に女性の影をにおわせること自体が駄目なのだ。
アシュリーの場合、王族ということもあって咎める人間がいないのだが。醜聞の一因にもなる。それを自覚しないしてないからこそ、彼の行動は性質が悪い。
ジョンは隠すことなく、眉間の皺をより一層深めた。
「下っ端の分際でよくほざくな。それにミリアーナとの婚約などあってないようなものだろうが。ミリアーナはなにも言わないし、俺もミリアーナには関与しない」
「それは、”そういう関係”であるとお認めになるということでしょうか」
先程の唐揚ドッグを食べていたジョンとは180度一遍して、非常に怖い顔になっている。美味しい物の前ではだらしのない……いや、愛嬌のある表情なのに、氷のように冷たかった。
アシュリーもびくりと肩を震わせる。
マリアもこの雰囲気に察したのだろうか。慌ててアシュリーのフォローに入る。
「あ、アシュリー様!ミリアーナ様方もお忙しいようですし、そろそろ……」
「ああ、そうだったな。引き留めてすまないな。じゃあ、俺たちは行くから」
「…………」
無理やり会話を打ち止められたことに不信感をあらわにするジョン。しかし、身分的には王子であるアシュリーの言葉に逆らうことができない。
ジョンは唇を噛んだ。
……ジョン。
「ミリアーナ様との仲が悪いと小耳には挟んでおりましたが、ここまで人を馬鹿にして、無礼な振舞いをするとは……許せません」
最後の言葉は聞こえなかったが、私のせいで不愉快な気分にさせてしまったことはわかる。私とアシュリーが仲が悪いばかりに。
「ごめんなさい。……さて、こんなところで立ち止まっても通行の邪魔ですし。私は先に帰るわね」
「はい。……明日のご飯も楽しみにしてますね」
「ええ!明日も愛情をたっぷり込めて作りますわ!」
気持ちを切り替えてにこり、と笑うとジョンも笑顔で返事を返した。




