ち――叔父上!
「おや、ミリアーナちゃんたちじゃないか!久しぶりじゃないの!」
「ミリアーナちゃんの開発したクレープ、すっかりうちの看板商品になっちゃってね。本当にミリアーナちゃんには頭が上がらないよ」
休日2日目。今日は朝一にピアノの稽古があり、その後に庭の菜園の様子見。レタのブラッシングで午前中が終わった。学園からの課題もないので、暇を持て余していると、無性にジャンク系なフードが食べたくなってつい下町へ来てしまった。
「お久しぶりです。それは何よりです。……ごめんなさい、様子を見がてら、クレープを食べに来たのですが、休憩中でしたか?」
「いいのよぉ!ミリアーナちゃんはウチにとっては救世主のようなものなんだし、気にしないよ!ほら、座っとくれ」
野人の酒場に来ると休憩中だったようで、なんだか邪魔をしたようで申し訳ない気持ちになる。
足元には子犬……もとい子熊に扮するレタ。そして私の後ろには一緒についてきたクリフォード様。クリフォード様は「久しぶりだな、ご主人方」と軽い挨拶をすると、おばさんたちは笑顔で返す。
「ほら、つったってないで座ってくれよ」
「ありがとうございます。あの......ペット同伴なのですが、大丈夫ですか?」
【ペットとは失礼な!我はおまえの護衛だぞ!】
「喋る子犬なんて珍しいねぇ」
「基本はダメなんだけど、ミリアーナちゃんの飼い犬だし、躾けられているようだから、厨房以外であれば構わないよ」
「ありがとうございます」
おばさんたちの許可をもらい、私たちは衛生を考慮して入口付近の席へと案内される。私とクリフォード様は向かい合うように座り、レタは私の足元でとぐろを巻いた。
ペット扱いされたのが不服だったのか、表情はむすっとしていた。
「レタ......そんなふてくされた顔しないでよ。ほら、好きなの頼んでいいから」
【食べ物で懐柔しようなどそうはいかんぞ。――とりあえずクレープとやらを全種類、あとこのフィッシュフライってやつ】
「俺はこのいちごのクレープとツナクレープを頼む」
私たちはメニュー表にあるクレープ全5種類とフィッシュフライを頼む。レタは上機嫌そうに鼻をひくひくさせて、料理が来るのを待つ。
私とクリフォード様は、頼んでいたフルーツジュースに口につけ、他愛のない話に花を咲かせる。
……と、おばさんが外していたエプロンを付けて開店準備を始めているのが目端に見える。
「オレがこのノエル王国に留学できるのも残りわずかになった。名残惜しいが最後に思いで作りでもしたいものだな」
「あら、なら今も思い出作りになっているじゃないですか。馴染みのお店で、美味しいものを食べて語らう......素敵な思い出作りですわ」
もう、そんな季節か。わかってはいたが、いざ言葉にすると寂しさがこみ上げる。
最初はとげとげしく、距離感のある態度で近寄りがたかったし、会話をするにも重たさを感じた。けれど、夜食会や日々を過ごしていく中でクリフォード様はかけがえのない仲間になっていって。……一緒に過ごしていて心地のよい相手だと思った。家族以外では初めての感情だ。
そうか。クリフォード様、国に帰っちゃうんだ……。でも。
「シレーヌにかえってしまうかもしれませんが、会えなくなるというわけではないでしょう?屋敷で過ごしているようには簡単に会えませんけど。けど二度と会えないわけではない」
「おや?シレーヌに戻っても俺とあってくれるのか?」
「はい!だって......クリフォード様は私の大切な......」
「た、大切な?」
クリフォード様はごくりと生唾を飲み込んだ?どうしたのかな、ジュースが空になってるけど飲み足りないのか......。
「おい、どうした?大切な、の続きは?」
「え、あ、ああ......。もちろん大切な友人です!もしかして、クリフォード様は国に還ったら連絡すらしてくれない薄情な人なのですか?」
「............」
あれ、なんか黙っちゃった。もしかして、友人など不敬にもほどがあるとでも言いたいのだろうか…...!いや、でもいままでのやり取りとか、結構友情が芽生えるところなかった!?
私友達少ないからどうこの関係を表現したらいいのかわからないし......。
あたふたしていると、クリフォード様はくすりと笑みを零した。
「まぁ、いい。おまえが鈍いことくらいわかっているし、そう簡単には諦めるつもりはない」
「なにかいいました?」
「いや、なんでもない。ただ、シレーヌに帰る前にはなにかうまいものでも食べたいものだな」
「でしたら、シレーヌに帰る前に送迎会として身内だけのホームパーティーでも開きましょう!公式の場だとそうは行きませんが、身内だけであれば私も腕によりをかけて料理を振舞いますわ!」
「それは......どんな贈り物よりも嬉しいプレゼントだ。楽しみにしている」
ホームパーティーの約束を取り付け、私はフルーツジュースを傾ける。丁度話の区切りがついた頃。お店の扉がからん、と開く音がした。
休憩は終ったのだろうか。営業再会した店内に、ひとり、中年の小奇麗な男性が入店した。
濃紺の髪の色にオールバック。瞳は琥珀。平民の服を来ているが、どこかのお忍びでやってきた貴族か大商会の役員だろうか。そんな印象を感じさせた。
「女将、1名で頼む」
「はいよ。適当に座っとくれ。メニュー表は机の上に置いてあるから」
「ああ」
淡々と返事を返すと、男はこちらへ向かってきた。多分後ろの席に座るのだろうか。気にすることもないので、視線を戻して再度フルーツジュースに口を......。
「......!」
「げッ......。ちちうッ......むぐッ」
「......?クリフォード様、お知り合いですか?」
クリフォード様は入店した一人の男に反応して立ち上がる。なにかを言いかけたようだが、男によって口を塞がれた。なにを行ったのかは聞き取れなかった。
「お、おお~坊主じゃないか!久しぶりだな~!シレーヌの酒場であったキリだったか
ぁ~1年見ない間にこんなに大きくなってぇ~」
「ち――んん”。おじさん。久しぶりだな。頭を撫でくり回すな。乱れるだろう。……ミリアーナ、この人はシレーヌで親戚にあたる人だ。祖母の弟の3番目の息子が叔父上……デイヴィス叔父上だ」
「はじめまして、デイヴィス様。私は……」
「ああ、こいつから話は聞いている。世話になっているな」
フレンドリーな笑みを浮かべるデイヴィス様。目元はクリフォード様とそっくりだ。ダンディなやり手のおじさまという感じ。
OL時代の私ならドンピシャ過ぎる容姿だ。あんまり見過ぎてしまうと、不快にさせてしまうので、ほどほどに。目を逸らした。
「それにしても、おまえが庶民の食事処にくるなんて珍しいな。こんな綺麗なお嬢様までつれて……」
「ああ、ここはミリアーナが考案したレシピを元にしたメニューを販売しているからな。馴染みの店だし、食事しに来たんだ」
「ちょ、クリフォード様!そのことは……」
秘密にしていることだろう、と言葉を続けようとするが、目線で大丈夫だと送る。普通の貴族なら難色を示すものだが、叔父様は顎鬚を撫でて唸る。
「ほう、公爵令嬢自ら……それは興味があるな。ここには仕事ついでに立ち寄っただけなのだが、思わぬ収穫。ぜひ、そのメニュー、私もご相伴に預かりたい」
というと、当然のように、クリフォード様の隣に座るデイヴィス様。メニューに目を通すと、注文をした。
「ここで出会ったのも何かの縁。私にお嬢さんの食事代を驕らせてくれ」
「いいえ、初対面の相手に驕らせるのは礼儀に反しますわ……それに、他国と言えど、身分は私の方が上ですし、私がここはデイヴィス様の分もお支払いします」
お金は幸いにもあるし。念のため、いくらあるか確認しようと思い、小銭袋に手を伸ばす。しかし。
「可愛らしいお嬢さんにお金を支払わせるのは男の名折れだ。クリフォードと仲良くしてもらっているようだし、ここは私に驕らせて欲しい。駄目かな?」
「ミリアーナ、好意は受け取っておけ。一度決めたら相当なことがない限り、言葉を覆さない人だ。説き伏せる方が労力がいるぞ」
楽しそうに喉から笑いを漏らすクリフォード様。いや、笑いごとでは……。申し訳ないなと思いつつも、捨てられた子犬のように表現豊かな顔付きをするものだから、デイヴィス様の申し出を断ることができず。
好意に甘えることに。
「謙虚なお嬢さんだが、謙虚さの引き際をわきまえているのがまた面白い。……今度、ぜひ、シレーヌに来てくれ。盛大に歓迎させてもらうよ」
「叔父さん、ミリアーナを口説くのはやめてくれ。ミリアーナ、叔父さんもこういっているし、遠慮なく高いものも追加で頼もう」
うきうきとした様子で、クリフォード様はメニューを開くと、メニューの中でも一番高い、クラブチリソースを追加で注文する。ちょ、蟹は駄目でしょ!
「ははは!本当おまえは容赦ないな!私のお小遣いを全て使い潰す気か?」
「へそくりの間違いだろう。それに、護衛を蒔いて辺鄙な食事処にこうしてお金を使うなど……叔母上に怒られても仕方ないな」
「経済を回してるといえ!それにこうしてお忍びで下町の食事処を利用するのは私の趣味だし」
「……はいはい。ああ、食事が来たようだ」
身内会話の話に入れないので、聞き耳を立てていると、タイミングよく食事が。遅れてデイヴィス様が頼んだものが来ると、私たちは同じ卓で食事を囲んだ。




