学園祭を乗り越える
「お母様、お父様、今からクレープを作りますので、もう少しお待ちください。ちなみにどれがいいですか?」
私はエプロンを身に着けながら3種類のクレープの説明を簡単に済ませる。
ひとつがイチゴのクリームクレープ、チョコバナナアイスクレープ、そしてごはん系クレープサラダクレープ。
とりあえずと言葉を続けて、お父様はサラダクレープ。お母様はチョコバナナクレープを頼んだ。
お父様に至っては……。
「後でまとめて3種類購入するから作ってくれ!」
と食い気味に注文するので頷くしかなかった。まぁ、断る理由はないけど。
調理班で残ってくれている2人の令嬢と共に生地を焼いて具材を巻いていく。
具材を巻く令嬢たちは練習をしたのだろうか。練習の時よりも手早く上達していた。
「手際がいいですね」というと令嬢たちは控え目に笑い「練習しましたから」と言って恥ずかしそうに手を添えた。
「練習をして家の方に叱られませんでしたか?」
「アーテル家のご令嬢の発案と言えば一つ返事で許可してくださいましたわ。ミリアーナ様のお好み焼きの話は貴族の中でも有名な話ですので……両親が興味を持ってくれて……」
「私の家もです!「女たるもの家事全般はできなきゃな」って、今まで下働きの仕事って見下していたのになにも言わなくなりました。今回の出し物は親も期待しているんですのよ」
「そうだったのですね……お好み焼きが......お恥ずかし限りですわ」
「なにをおっしゃいますの!皆でひとつの食べ物を囲んで、自分で生地を焼いて食す立食パーティーなど新しいと私のお母様も目を丸くさせてましたわ!」
「そうですわよ。もしよければ今度私たちもパーティーに呼んでくださいな」
期待に満ちた令嬢の視線に戸惑いながらもうなずきつつ、くるりと包装紙にクレープを二つ分巻く。
転生前の周りの料理に対する価値観と比べると劇的な変化に嬉しいと感じつつも、その嬉しさをどう表現すればわからない。
「ありがとう。ご両親の許可があれば今度折りを見てやりましょう」と返事を返した。
そしてクレープを焼くと、良い匂いが漂ってくるのと、テントの隣の飲食スペースではお父様とお母様が座っているので、興味を示したお客さんの視線が出店に集中した。
★
お母様とお父様がクレープを食べる光景をみて興味を持った貴族たちが狙い通りにクレープのテントに殺到した。
私たちは休憩にでた生徒たちを呼び戻し、クレープを捌いていく。
休む暇なく、令嬢たちはクレープを作り、販売係は値段とお釣りを間違えないのはもちろん、失礼のないように対応していく。
クレープの材料が底をつき、客足が遠のいた頃、気づいた時には太陽は西へと傾いていた。
「……はぁ、疲れた」
学園祭1日目が終わり、クラスメイトが全員集まって集計をしていく。
クレープ各味100食分、300食の売り上げが木箱の中にたんまりと入っていた。
ずっとたちっぱなしだったから、ふくらはぎから足の裏にかけて血流が止まった
こんなに沢山のお金を見ることが少ない私はなんだか新鮮。そしてこんなお金を目の当たりにして、クレープに対する評価なのかと思うと興奮した。
経緯はどうであれ、1日目ですべてクレープを捌けたのはクラスメイトのおかげであり、快く広告塔をしてくれた両親のおかげだ。
帰ったらお父様とお母様にまたお礼を言っておこう。
集計を終えたヨシュア様とそれを手伝ってくれたレティシアさんが期待に満ちた目で「これなら明日も心配することはありませんね」と口を揃えて言った。
「これだけの大金、生徒で管理するのはいささか不安が残るな。学校の方で保管させてもらおう」
クリフォード様は積み重ねられた銀貨、銅貨を木箱にしまう。
他の生徒たちも異議なしと頷いて、売上金を先生に預ける。
売上金を預けた後、反省会を教室で簡単に済ませた。
とくに反省すべきこともないので、明日注意事項の連絡を済ませて今日は解散だ。
生徒たちはまばらに帰っていく中、今日販売や調理を手伝ってくれた生徒たちはやり遂げた表情で話す。
「午前中はどうなるかと思いましたけど、売り切れて安心いたしましたわ」
「ミリアーナ様のご両親のお力でもあるけど、クレープ自体は下手な貴族専属料理人のものより美味しいからな、当たり前といえばそうだが……」
「この調子なら明日も大丈夫そうですね」
令嬢、令息はほぅと息を吐きながら挨拶を済ませて各々が帰路を歩く。
彼らの背中を見送り、この学園に入学した時の雰囲気よりも幾分んか和らぎ、認めてくれていることを思うとじんわりと胸が温かくなる。
そして同じことを考えていたと思うと共感する。
生徒がぽつぽつとかえっていくなか、私もそろそろ帰ろうと暗くなった窓を見て立ち上がる。
帰る場所が一緒なクリフォード様は既に教室の後ろ扉で待っていてくれたようだ。
「帰ろう、ミリアーナ」
柔らかい微笑を浮かべたクリフォード様。
エスコートしてくれるのか、手を差し出してくれたのでその手をそっと取った。
薄暗い廊下でつまずかないように、優しく手を引いてくれるクリフォード様に、少しだけどきりと鼓動が高鳴った。
ルックスがいいって罪なんだなぁ……。
廊下を歩いていると、ふとクリフォード様は私を横目に見た。
そして、頬を撫でるような声で労ってくれた。
「今日はよく頑張ったな。俺は今日は裏方担当だからあまりおまえの勇姿を見れることはなかったが、おまえの話は人の声がよく届かないところでも話を聞こえたぞ」
「あら、それはお恥ずかしいです。なんだか自分が目立っているようで落ち着きませんね」
「大丈夫だ。おまえは十分に目立っている。もちろん、いい意味でだがな」
「いいようにまとめようとしてますけど、慰めにもなってませんからね」
「それは残念だ」
クリフォード様はくすりと笑った。
ちょっとからかわれたようで納得がいかないなぁ……。
クリフォード様は今日は確か学園祭の道具管理の方に回っていた。
基本的には賑わいを見せている校舎、中庭ではなく、道具を管理している旧校舎の方なので、休憩時間以外は基本的に学園祭のメイン会場となる場所から少し離れた場所に待機しているのだ。
本来は学園祭実行委員の仕事だが、急遽人が少なかったので午前中暇を持て余していた販売係の中からクリフォード様が名乗りでてくれた。
1日くらいだったらと承諾してくれたクリフォード様。
今日は一緒に過ごすことはできなかったが、明日からは頼もしい学園祭の仲間として活動を共にしてくれる。
そう考えるとなんだかくすぐったさを覚えた。
「おまえの突飛な発想にはいつも驚かされる。こと食事や料理においてという限定的なものではあるが、いつも俺に新しい感情を与えてくれるな」
「そ、それは……どうも?」
褒められているんだろうか。
どちらかというと珍獣を前にした好奇心を剥き出しにしたニュアンスに聞こえて腑に落ちない。
クリフォード様はそういうつもりがなかったのか遠い目で言葉を続けた。
「俺は皇子という立場上、できないことが多い故、おまえを時々羨ましいと思う。多くのものが手に入る環境ではあるが、本当に手に入れたいものを中々できない環境だからな」
「本当に手に入れたいもの……?それってなんですか??」
たしかに貴族というのは王族含めて、生活は豊かではあるが、立場上できないことが多い。
私も貴族的な世間体で1年前は隠れて料理を作っていたほどだ。
あの頃が懐かしい。
日本では貴族社会とは縁遠い生活なので、そんなことはなかったので最近では忘れていた。
資本主義社会で生きて来た私にとって、価値観こそまだ違和感が残るが、彼のいうこともこの世界の貴族として理解できるものだ。
だからこそ、彼が手に入れたいものが何なのか、興味本位で気になってきた。
私は今、手に入れたいものがないので、もしかしたら私もこれからそんな気持ちができるのだろうか。
そして、環境を変えてくれたクリフォード様のためにできることがあるのなら力になりたいという意味でも気になる。
だが、クリフォード様は答えることがなかった。
「べ、別にいいだろう。いつかは手に入れる予定ではあるので、おまえは気にするな」
クリフォード様は若干歩幅を大きくして歩き出す。
身長差がある私にとっては彼の歩みは小走りしなければ追い付けなくて、置いていかれないように必死に追いかける。
気づいたクリフォードはしまったというと私に謝ってくれて、並んで歩いてくれる。
クリフォード様の欲しいものが何なのかはわからないが、彼が欲しいものがあると知れただけでもなんだか距離が近くなったような気がする。
いつか友人としてなにか彼に贈り物でもしてみたいなと思ってみたり。
そんな気持ちをよそに、私たちはアーテルの家紋が入った馬車に乗り込み、帰路についた。
明日は学園祭2日目、その次は最終日だ。
気を抜かずに、けれど自分なりに楽しんでいこう。




