学園祭初日のピンチ
天気は曇り空。
雨こそは降らないが太陽が隠れて学園内は薄暗い。
しかし、そんな天気とは反対に学園の中は人の声であふれていた。
今日は記念すべき学園祭初日。
あるクラスは講堂で劇の準備、出店を開くクラスは中庭、あるいは自分のクラスで準備を進めた。
私たちのクラスは中庭でクレープを販売するので、クラス全員必要なものをもって中庭に集まった。
まずは私たちのクラスは調理、販売、宣伝、指示の四つの班に別れて準備を進める。
調理班は生もの系の材料が届くまでに調理器具のセッティング。販売員はお釣りの計算と準備、そして包装紙の準備。宣伝係は看板の準備と案内の段取りを確認している。
私はクレープの提案者と実行委員という立場もあり、現場の指示と調理を予定している。
忙しすぎて学園祭中は息つく暇がないのかと思うと少し残念な気持ちだ。
でも、せっかくの学園祭。もし少し暇ができたらハンドメイドの出店や出し物で劇をしているクラスにも行ってみたい。
……そういえば、3年のエリザベスのクラスは女子は刺繍、男子は木彫りの置物を出品するんだったな。
そっちも後でいってみよう。
エリザベスとはプライベートでの関わりはたまにあるが、学園内は学年も校舎も違うので全然顔を合わせない。
それになんやかんやでうちで開いた夜会以来だし、時間があれば彼女の顔もみておこう。
後の楽しみと現場の指示をしていると、学園祭初日の入場時間へと差し迫っていた。
――いよいよ学園祭の開幕である。
★
11時過ぎ。
学園祭が始まって2時間が経過しようとしている。
クレープの売れ行きはというと思ったより伸び悩んでいる。
平民の間では違和感のないメニューだが、やはり小麦粉の生地で具材を巻いて食べるというのがまだまだ浸透していないようだった。
食文化やマナーにおいては平民の方が緩い傾向にあり、貴族の多くは古きをよしとしている者も多く、新しいものに慣れるまでに時間がかかる。
きっかけがあれば順応も早いが、きっかけがあるまでは中々怖い物を試すという勇気ないのか。
やはり、あの夜会でのお好み焼きがイレギュラーだということが思い知らされる。
「美味しさのあまり売れる前提で食材も仕入れたのですが、中々お客さんが来ませんわね」
販売を担当しているレティシアさんが眉尻を下げ、残念そうな表情で頭をもたげる。
「そうですね……貴族相手にはまだ早かったということでしょうか」
「いえ、先日流行っているカレーパンは平民経由で徐々に貴族の中でも浸透しつつありますので、早いということはありませんわ。皆さんここを通るだけで興味はひいてくれていますが、やはり貴族ではまだ見慣れないものですので、購入する勇気が中々ないのかと。……異質なものを買って変な目で見られたくないという心理も働いているのかと」
貴族社会は広いようにみえて実は狭い。
流行に敏感な反面、先だしで流行を予測し、取り入れるということを貴族は嫌煙したがる。
ひとつひとつの行動が目立ってしまえば、良くも悪くも噂が広まるのが早いので、変なものを購入したが最後、好奇な目で見られてしまう。
無難主義な貴族にとっては食事ひとつにも気を遣う者も多い。
特に下級貴族はその傾向が強く、逆に伯爵以上の上級貴族は自分に意見する人間も少ないので面白いものは積極的に取り入れる傾向があるのだ。
その点で言えば、フィオーレ学園は上級貴族も多く在籍しているため、その辺のリサーチ不足でもあったのかもしれない。
学園祭が始まって2時間で10食しか売れていない。
今日の分のクレープはさばききらないと食材が駄目になってしまう。
学園祭1日目が終わるまではまだ時間はあるが、先行きが心配だった。
★
12時。
お昼ご飯の時間だ。休憩を取るものは一般開放をしている食堂に向かっている。
フィオーレ学園の生徒が普段どんな食事を取っているのか、その質と味を確かめてもらえるように学園祭の期間中も保護者、外部からの参加者のために食堂は営業している。
出店といってもパンやスープといった簡易なものしか売っていないのでしっかりとしたごはんを食べるために多くの人間が食堂へと向かった。
賑わいをそこそこ見せていた中庭も今は店番の生徒以外ではちらほらしかいない。
人もいないんじゃ人員を割いても無駄だと判断した私はちょっと早めの休憩を数人に与える。
14時には学園祭運営に回っているヨシュア様と交代するので、それまでに私も休憩しようと自分のクラスの出店のスペースにあるパイプ椅子に座る。
冷めてしまったクレープを手に取る。
すぐにに提供できるように何枚か先に焼いていた生地。
この生地はもう廃棄してしまうし、もったいないのでつまみ食いをする。
このまま売れないのは悲しいな。こんなにおいしいのに興味を持ってもらうこともされないのかと思うと口の中に塩味が広がった。
食材を捨てるのは仕入れを頑張ってくれたおばさんやおじさんたちに申し訳ないよ。
策を考えているとタイミングよく......。
「おや、ミリアーナ!休憩かい?美味しそうなもの食べているじゃないか」
「励んでいますか、ミリアーナ?といっても見た所暇そうだけど……。大丈夫?」
「お、おっ......お父様!お母様!見に来て下さったんですか?」
「当たり前じゃない。自分の娘が頑張っているところを見学にこない親がいますか」
お母様は腰に手を当ててむすっとした目で私の口元に注視した。
早く口の中に入っている生地を飲み込め、はしたないということだろうか。
急いでクレープの生地を飲み込み、片付けて居住まいを正す。
店番一緒にしてくれてる生徒からは囁き声で「アーテル公爵と夫人だ……はじめてみた」「あれがノエル王国の宰相閣下か。噂の通り、気品と才がにじみ出る出で立ちだ」なんていうが、お父様に至っては家と噂のギャップが激しい。
……ん?待って?私の両親って貴族中の貴族。お父様は王族を除けば政治地位はトップだし、お母様に至っては社交界の華。お母様が使ったものが流行の最先端といわれるほど。
どんな突飛なものであってもお母様が使えば噂は広まり、世の奥様達がこぞって真似をするって、前どっかの貴族のお茶会にお邪魔した時に耳にしたような……?
最近は家に引きこもっているか料理をしているか、釣りをしているかで中々令嬢の集まりに顔を出せなかったのですっかり忘れていた。
貴族社会の有名人の子供だし、家の中での二人というイメージが私には強いので、世間からどう見られているかというのは今まで頭の片隅にすらなかった。
つまり、忘れてた。
あれ、待って待って。ということはチャンスじゃないか?
お母様がここでクレープを食べてくれれば貴族たちは一斉にクレープに興味を持つ。
興味を持てばクレープを買ってくれる。
味に興味を示して話が徐々に広がってくれればクレープもさばききれそう……!
「レティシアさん、休憩に出ている宣伝班を呼び戻して仕事を再開させてください。調理班にもこのことを伝えにいってもらってもよろしいかしら」
私はバックヤード(仮)にある看板をテントの前に出しながら、レティシアさんにお願いをする。
レティシアさんは私と店前でお父様と会話を楽しむお母様の姿を見比べて「ああ、そうか!」と納得したように手を叩いた。
これで理解してくれるとは......レティシアさんも頼もしい。
「かしこまりました!ひとっ走りしてきますわ!」
「あなたたちは倉庫から追加の椅子と机の準備をお願いできるかしら!お店が端っこでよかったわ...…!クレープを購入したお客様がすぐに食べれるように飲食スペースを設置してください!」
今度は暇を持て余している男子生徒に指示を出すと、目を丸くし、数秒のラグでうなずいて行動をしてくれた。
勢い余って腹の底から声を出してしまって恥ずかしい。普段こんなに声をださないので、驚いたのだろう。
あとで謝っておこう……。
「お父様!お母様!少しお時間を頂いてよろしいですか?好きなクレープを一種類ずつ、私がご馳走いたしますので、協力していただきたいことがあるのです」
私は経緯を簡単に伝えると、お母様は小恥ずかしそうに手元の扇子を広げたが断ることはしなかった。
「仕方ありませんわね」と私と視線をわざと合わせないように伏く姿はちょっと可愛かったのは言わないでおく。
お母様の社交界の知名度を使ってクレープを実際に食べて宣伝してもらおうと私は考えた。
固定概念がぬぐえないのなら、概念を覆すことを起こせばいい。
つまり、貴族の流行の最先端にいるお母様がクレープを食べてくれればそれはいい宣伝になるのだ。
人前で食べるなんてと躊躇したお母様だが、クリームをふんだんにつかったクレープと表現するとまんざらでもない顔をした。
お父様は「お金は払うから3種類全部用意してくれと」財布をちらつかせた。
お父様、私に似て食い意地は張ってるなぁ……。
宣伝プランが決まったところで。
準備するまで時間がかかるのでその間に学園祭を見てきたらどうかと提案をしてみるがお父様が「学園長の挨拶は済ませたし、クレープを食べて帰るだけだったから」と眉尻を下げた。
お母様は「特別目を惹くものもないし、30分もかからないなら待ってるわ」と言った。
立たせておくのも申し訳ないので私は椅子を出して食材の置いてあるテント裏の方へ待ってもらうように促した。
それから少しして魔法を使ってテーブルと椅子を持ってきてくれた男子生徒と一緒に飲食スペースを手っ取り早くセッティングして、食堂で借りてきてもらったテーブルクロスを敷く。
それを通路側に向くように椅子を向けて簡易スペースの完成だ。
こうして学園祭の勝負どころ。クレープ宣伝作戦が始まった。




