学園祭の準備
学園祭の準備が進み、日時はついにあと数日までに迫っていた。
生徒たちは慌ただしく準備を進めていき、私たちのクラスも着々と出店の準備を進めた。
私とヨシュア様は同時に実行委員の仕事で当日の来賓の対応もあるので、その段取りも確認しながら労働の方はクラスメイトにまかせっきりだった。
レタも私と契約しているということもあり「護衛が仕事だが、忙しそうだから手伝ってやる」と飾り付けや屋台の材料運びなど、魔法を使った力仕事を率先してしてくれていた。
これには感謝しかないので、後でリクエストを聞いて差し入れでもしよう。
「ミリアーナ様、テントの骨組みはどちらに?」
「ああ、それはレタに今運ばせています。正面玄関の脇にうちのクラス分固めて置いてありますので、そちらから運んでください」
「ありがとうございます!力自慢のオーリーさんたちに頼んで運びますわ」
「公爵令嬢、いま忙しいですか?私の家の者がクレープに使う包装紙を届けにきてくれたのですけれど......」
「まぁ!ありがとうございます!それは教室の教卓の上あたりにまとめておいてくださいな。スペースがなかったら魔道具もその辺にまとめてますので、わかるようにおいてください」
「かしこまりましたわ」
「ミリアーナ様!先生方が学園祭開会式についての最終チェックをしたく、こちらまで伺っておりますわ」
「わかりました......ヨシュア様は…...機材の最終チェックだったっけ......。今向かいます!レティシアさん、あの......。少しの間だけ、この資料通りで構いませんのでチェックと指示の方お願いしても?」
「お任せください!ミリアーナ様」
学園祭のクラス用の出店の資料と学園祭運営側の資料を見比べながら、学園祭用の方をレティシアさんに預ける。
人当たりのよい笑顔を浮かべると、すぐに真剣な目つきになって資料に目を落とす。
出店を出すクラスは中庭での出店になる。
渡り廊下で私の方に手を振る先生に向かう。そして資料を渡したレティシアさんを後目に見ると、大人しいレティシアさんからは想像もつかないように的確に指示を出していた。
任せても大丈夫そうだな。
ほぅと感心し、安堵すると私は学園祭の開会式の打ち合わせに向かった。
★
開会式の打ち合わせから戻ってくるとなにやら不穏な空気が漂っているのがこちらまで伝わってきた。
出店の準備をしている中庭を中心に人だかりができており、その人だかりの中心はまさしくうちのクラスの出店するクレープ屋だった。
まさか事故かなにかが起こったのか?
私は心配と不安で早まる鼓動を抑えながら、人混みをかき分けた。
なんとか騒ぎの中心に行くとそこには険しい顔つきで資料を両手で抱えているレティシアさんと冷静とは程遠い怒りを含んだ表情のアシュリー、そして嗚咽し涙を流すマリアがハンカチで涙をぬぐっていた。
「マリアさん、皆さんは真剣に学園祭の準備をしています。同じクラスであるということを差し引き、クラスの出し物すら協力的でないあなたがうろちょろするだけならまだしも、関係のない話題を振って他人の作業を止めたり、アーテル家から借りた調理器具を無暗に弄って汚したり壊したりして......騒ぎを起こさないでくださいな」
「わ、わたしはただ手伝おうとしただけで......」
「そうだ。マリアは与えられた作業を終えているし、皆は忙しそうに駆けずり回っているからこそ力になろうと努力をしていた!善意で手伝っているのにその言い方はないだろう!」
「努力というのは積み重ねることですわ。行き当たりばったりで騒ぎを起こすあなたたちに当てはまる言葉ではありませんし、現にクラスの作業は滞っています。これを善意......?当人にその気があったとしても被害が出ている以上私たちにとっては悪意そのものです」
マリアとアシュリーは絶対に騒ぎを起こしそうだから、クレープ屋で使う値札や飾り付けの作成に回していたのに、予定より早く終わってしまったのだろうか。
状況を聞く限り、手持無沙汰になってしまったマリア、アシュリーコンビがこちらまで茶々を入れにきたのだろう。
その茶々が出し物の準備に影響するほどの騒ぎになっているから、指示役を任せたレティシアさんが怒っていると......。
「伯爵令嬢ごときが生意気なッ......!人がよかれと思ってやっているのに、聞く耳すらもたぬとは。他の生徒と比べると明らかにマリアだけ当たりがキツイし......もしやおまえ、マリアのことが嫌いでそういう態度をわざと取っているのか?」
「何故そこまで思考が突飛してしまうのか、私にはよくわかりません。私はただ準備の手が止まってしまうので余計な仕事を増やさないで下さいと申し上げているだけです」
レティシアさんは毅然に振舞ってはいるものの、アシュリーの腹の底から怒りを含む声に気圧され、びくりと震えた。
アシュリーは正論を言ってうろたえているのだと思ったのだろうか、得意げに口角を上げてさらに手ひどい言葉を浴びせる。
はたから当事者である人たちからみてれば、さすがに理不尽を言っているアシュリーたちに野次馬は冷たい視線は送るものの、アシュリーがこの国の王子という身分もあり、レティシアさんのように強く反論できないでいた。
下手に反論すればアシュリーの伝え方によっては家同士の問題にも発展しかねない。
王国には王族派と貴族派があり、とくに王族派は王族順守思考が強い。
とくに王族派はこのノエル王国の中で一番の権力を持つ。
その王族に目をつけられてしまえば王族派貴族たちによる政治的圧力、財政的圧力もかけられる恐れがあった。
レティシアさんのように商会を持ち、財政的に独立も果たしている貴族であればアシュリー相手にも強く出られるだろうが、この場にいる人たちは王子の暴言に立ち向かう勇気がないのだろう。
私だって、家のために極力アシュリーの機嫌を損ねたくないのに。......けど。
現にテントを設営している男子生徒たちは気まずそうに骨組みを組み立てる手が止まっているし、この騒ぎで周りの生徒もハラハラとした様子でこの様子を見守っていた。
しかし、今回ばかりはアシュリーたちに非があるとわかったのだろうか、普段マリアの取り巻きをしておりかつ今回は出し物に積極的に協力してくれている男子生徒たちは、関わりたくないといわんばかりに騒ぎの中心からあからさまに視線をそらしていた。
あるものは中庭の芝生を弄っている。あるものは骨組みを組み立てる素振りをして、声だけで成り行きを聞いている。
これじゃあ準備が進まない。
それに、マリアの件に関わるとアシュリーは地位を利用した暴論ばかり他人に浴びせる。
それをアシュリーや周りの人間は何故か気づかない。
このままでは正しいことを言っているレティシアさんばかりが不利な方向に働いてしまうかもしれない。
実行委員としてどうにかしなければ......。
それに。勇敢に立ち向かっているレティシアさんへ傍観しているだけにはいかない。
意を決して、アシュリーたちとレティシアさんの間に割ってはいった。
「どうされたのですか、御三方」
「ミリアーナ様......実は…...」
レティシアさんがほっと安心の短いため息をついた。
言葉を続けようとするが、アシュリーはレティシアさんの言葉を遮り自分の主張を言う。
「――ちッ。おい、ミリアーナ。こいつはマリアがせっかく準備を手伝ってやっていたのに、たかだか一回の失敗だけで堰を切ったように手酷い言葉をあびせてくるのだ。見るに堪えん。おまえの部下ならなんとかしろ」
「レティシアさんは部下ではありません。同じクラスで勉学を学ぶクラスメイトです。お話は一通り聞かせていただきましたが、理不尽を申されているのはアシュリー様方では?」
自分の主張が通らないからと誰彼構わず怒鳴りつけるって最近の子供でもしないのに。
恥ずかし気もなく、自分の言っている主張が通るわけがないとわからないのか。
「――なに?一通り聞いていてよくそんな答えにたどり着いたな。笑わせてくれるなミリアーナ」
「......レティシアさん。飾り付け班の完了報告ってある?」
いつも言われっぱなしなことが多く、彼のいうことに肯定的な態度を取ることが多い私ではあるがそれは自分だけの被害にとどまっているから。
彼の傲慢さが周囲の迷惑になるのなら、自分の臆病さだけは捨てないと。
反論すべく、反論材料となる質問をレティシアさんに投げかける。
「え......いや、まだ終わったという報告は…...」
ほらやっぱり。
マリアの言うことだけは素直に回りの状況など気にする様子も見せず受け入れるものだから、きっと仕事に飽きてこちらに来たのでしょう。
じとっとした視線に気づいたのか、キッと眉を吊り上げて、反論をするアシュリー。
「それがなんなのだ!俺たちは自分にあてがわれた仕事を終わらせたから人手のいるテント設営を手伝いに来た――」
「いえ。私とヨシュア様が割り振ったアシュリー様とマリアさんを含む飾り付け班10名の役割は値札の作成と当日に使うクレープ用の包装紙900枚分のメッセージの執筆。テントを彩るもろもろの飾りの作成はたかだか2時間ちょっとで終わる仕事量ではないのですが......」
「終わったのは自分のノルマだ!」
「「えッ?」」
思わぬ回答に私とレティシアさんは目を丸くする。
終わっていない状態ではあるが、班の仕事全体のではなく、自分の分だけ終わらせてさっさと別の仕事を妨害......手伝いにきたというの?
なにを言っているのか一瞬理解できなく、つい声が裏返ってしまった。
「......あの。アシュリー様、マリアさん。私たちは飾り付け班10人全員に準備してくださるようにお願いをしたのですが。自分の持ち場を離れてここまでくるって......正気ですか?」
「自分の分は終えたから問題ないだろう!」
私は一度息を吸ってゆっくりと吐き出す。
その間に冷静に自分のいいたいことをまとめて、彼に伝わりやすいように告げた。
「問題大ありですよ。確かに班の中で自分たちがやりやすいように仕事を分担したのでしょうが、自分たちの仕事を終えたからといって終わっていない人たちをほっぽり出して持ち場を離れていい理由としては筋が通りません。それで手伝いに行った班で騒ぎしか起こさないのなら、レティシアさんが怒るのも道理でしょう。アシュリー様たちの班は今も2人欠いた状態で準備を進めて予定通りにいってないだろうし、今もこうして中庭の設営作業が止まっています」
「うッ......」
なにかもごもごと言いたそうに口を動かしているが、大した言葉が出ないのか、口元を手で多いながらアシュリーは私をにらみつけた。
「それに、アシュリー様、先ほどから手伝いにきた。たかだか一回の失敗でとばかり言い訳されていますが、その失敗を起こし準備の妨害をされた方々に謝られましたか?自分は悪くないはさすがにこの状態では通用しないと思うのですが。私、なにか間違ったことをいいまして?」
私は小首をかしげて顎に手を添えてアシュリーに訪ねてみる。
思いのほか、アシュリーは徐々に顔を羞恥で赤く、そして居心地の悪い視点の定まらなく視線を泳がせている。
「ミリアーナ様、アシュリー様はこの国の王子なんです。そんな不遜な言い方......」
「不遜?どこに思い上がっている要素があるの?私はただ、状況を鑑みた事実を述べているだけです。駄目なものは駄目だと王子に......状況も理解できぬ自分の主張を押し付ける【婚約者殿】に忠言申し上げているだけです。それとも王族だからといって下々の者になにしてもいい、迷惑をかけてもいいと思っているのかしら、マリアさん。......というかあなたが元々発端なのでは?なんで被害者視点で物を語っているの?加害者でしょ、あなた」
「加害者......ッ!私はそんなつもりは全くありません!たしかに、頑張りが空回りしてしまったかもしれないけど......でも、ミリアーナ様にそんなこと言われる筋合いはないはずです!」
「何故?」
加害者という言葉に反応するように、堰を切ったように言葉を並べるマリア。
その様子は今までのふわっとした小動物のようなか弱い印象と違い、まるでわがままを通そうとする貴族の令嬢のような迫力があった。
けど、その言葉に私は淡々聞き返すと、歯切れが悪くなっていく。
マリアの声が小さくなっていき、最終的にはなにをいっているのかよく耳をすましてもわからない。
これ、どうすればいいの?
アシュリーもマリアも黙っちゃったけど、黙ったままだとこちらもどうこの場を収集つければいいのか......。
レティシアさんも、準備を手伝ってくれていたクラスメイトたちの視線がマリアとアシュリーに集まる。
レティシアさんはさらに言った。
「マリアさん。お言葉ですけど、今回はミリアーナ様の言い分が私の方としても正しいかと思いますわ。善意であれ、悪意であれ、結果的には班の仕事を終えていないのに持ち場を離れてこういう騒ぎを起こしたのですもの。いくら身分の高い王族の方とはいえ、その「従者」とはいえ正直......迷惑ですわ」
「ふぇッ......」
レティシアさんのダイレクトな言葉にマリアの涙腺が緩む。
都合が悪くなるとすぐに泣いて解決をしようとする。
中等部の頃からこの手口は変わらない。
この涙に男子生徒たちが同情しなければいいのだが......。
後目に男子生徒たちを見ると、動揺の色が見えていたがこちらに対しての不信感の色はうかがえなかった。
いつもの男子生徒とは今回は様子が違っていた。
「あの......今回はミリアーナ様の言葉に一理あるかと思います......。手伝ってくれるのは助かるのですが......危ない作業もしているので……正直ちょっと……」
「そうだな。ミリアーナ様のいうことの方が筋が通ってる。それに都合が悪いからと言って泣いてその場を乱そうとするのは淑女としてどうなのかな……」
「――みんな……」
助けを求めようとするが、誰も味方になってくれる人もいなく。
アシュリー様も苦虫をかみつぶしたような表情をしながら強く拳を握った。
そして......。
「今回のことは俺の方に非があったようだ。……場をかき乱して悪かった。持ち場に戻って自分の仕事を全うする」
「……よろしいのですか?」
てっきり居心地が悪くなって帰るといいだすかと予想したのだが……。
「ここでかえってはお前の思い通りになるだけだからな。この借りはいつか返す」
え?私が意地悪したみたいなセリフじゃない?
本当のことをいって注意しただけでなんでこんな態度取られなきゃならないの?と心の
中で悪態をついてみるが、この本音は彼には届かない。
というか、自分たちが招いたことなのになんで私のせいなのかがよくわからない。
だが、まぁ、事態は軽く収まったから取りあえずはいいや。
私はマリアとアシュリーの背中を見送って、学園祭の準備へと戻った。




