⑥【幕間】嫌われ令嬢としてのとある1日
私が通っているフィオーレ学園は貴族はもちろん、お金に余裕がある平民の人たちなどが多く通っている。
社会にでるのに必要な教養やマナー、生活に必要な基礎的な魔法などを学ぶ場だ。
この学園には実に多種多様な人たちが集まっており、ここでの友好関係はのちに社交界デビューしたときや自分の家を継ぐときなどにも有利になることもある。
だからこそ、多くの人間が積極的に人間関係を作ろうとそれはもうコミュニケーションに勤しんでいる。
だがそんな人ばかりが学園にいるわけでもなく、一部の人間は最低限のマナー教養を学ぶ場として通っているものもいる。
そんな学園の1日――。
★
「まぁ、アーテル令嬢だわ」
「ごきげんよう、ミリアーナ様」
「ごきげんよう」
15歳の冬。終業式も近くなる時期、今日も何事もない1日が訪れる。
見慣れながらも懐かしさを覚える門をくぐると名門の令嬢から商人の娘まで多くの女の子たちが私に挨拶をしてくれるので、返事を返す。
そのまま話かけてくれた令嬢たちと会話に花を咲かせながら教室の扉を開けた。
「おはよう、ジュリア、キャシー」
「あら、ジェニーおはよう」
「おはようジェニー。......ちょっと、ミリアーナ様にご挨拶がないなんて無礼なんじゃない?あなたの伯爵の家より位は高いのだから先に挨拶するのは礼儀でしょう?」
「............失礼しました。ご機嫌麗しゅう。ミリアーナ様」
「ごきげんよう、ジェニーさん」
私と同じクラスのジェニーはそれはもう嫌そうな表情を表にだしながら、しぶしぶ挨拶の言葉を口にする。
社交辞令なので、私も最低限に返す。教室まで一緒に来たジュリアさん、キャシーさんと話をそこそこに、男子の冷ややかな目線を無視して自分の席に座る。
......なにが嫌でこんな憂鬱な挨拶を毎日過ごさなければいけないのだろうか。
こんな事態になってしまった原因に心当たりがないわけではない。
――マリア・クランベル。天然でふわっとした雰囲気がある彼女は少々思い込みが激しいところがある。
例えばある日の学園での昼下がり。
その日はたまたま日直だった私がクラスの宿題を集める役割を先生から仰せつかった。そのとき、マリアの分の宿題を集めようとしたとき、彼女が勝手に「宿題忘れちゃった、ふぇーん」といった感じで号泣してしまったのだ。
悪い意味で目立ってしまった私たち。そのときはその状況を見ていた令嬢が私を擁護してくれたおかげでことなきを得たが、マリア信者(私が名付けた)の男子たちは私にいい印象を抱かない。
あるいはある日の休憩時間。たまたま教室へ向かう階段でマリアと遭遇した時、マリアが足を滑らせ階段から転げ落ちてしまったことがあった。
当然マリアは保健室に行ったのだが、その噂に尾ひれがつき、男子たちはどう理解したのか、居合わせただけの私がマリアを階段から突き落としたと囁いたのだ。
……ほんと意味わかんない。
そんな小さな誤解が積み重なっていき、今や私、学園中の男子から嫌われているっぽい。だって話かけても無視するし、結構聞こえるように悪口も聞こえてくるし、さっきだってわざとぶつかられたし......。
なんなのだ。私がなにか悪いことした?
いままでの積み重なった誤解だって、最初はきちんと抗議をしたが、男子は誰も信じてくれない。
かろうじて学園の令嬢たちは噂の元になった事件を知っている人たちがいるので、なんとか普通に接してはくれている。
けれど、人間というものは、小さな幸せよりも大きな不幸に目がいってしまうものだ。
嫌がらせも然り。少数からうける好意よりも、多数から受ける悪意のほうが悪い意味で心に残ってしまう。
そんな経緯から、私、今学園にいること事態が苦痛だ。
けれど通うのは絶対にやめない。ここで起こっていることも口にするものか。
そうすれば私贔屓のお父様や、大切にしてくれるお母様、ジョンや屋敷の使用人たちみんな私を心配する。
だから、この戦場では絶対に弱弱しい姿を表には出さない、男子の悪意の恰好の餌食になるから。
だから今日も誰かに悪意を向けられながら、向けられた悪意を誰かに悟られないように我慢する短くも長い1日がはじまり――......。