スープカレーを食す
「こんにちはおば様、おじ様。ご飯食べに来たんだけど4人席空いている?」
「久しぶり、おじさん、おばさん!元気してた?」
「ああ、アンとメリーか。久しぶりだな。適当にかけてくれ、今メニュー表を持ってくるから」
店の扉を開けるとからんと鐘の鳴る音が響く。
するとカウンター席に座っていたおじさんとカウンターに立ってコーヒーを飲んでいたおばさんがこちらを見て出迎えてくれた。
アンとメリーは話をそこそこに、席に座るように促される。私とクリフォード様が座ったのを確認すると二人もそっと椅子に座る。
メニュー表を持ってくるのを待っている間、昼時なのに誰もいない店内をクリフォード様がぐるりと見まわしていった。
「こじんまりとしている店だな。信用していないわけではないのだが、本当に料理が美味しい店なのか......?」
「さすがに貴族の専属シェフと比べてしまうと困ってしまうのですが、平民街のお店の中では一番おいしいと保証しますわ」
アンは自信ありげに自分の胸を叩く。
私はアンやメリーの舌を疑っているわけではないし、こういう家庭的で温かみのある......けれどこういう年代を感じさせる内装は嫌いではない。むしろ好きだ。
こういうところの料理は美味しいのだと決まっている。
でもなんだろう、このお店の店員さん......アンやメリーがおばさん、おじさんと呼ぶ人たちはどこか元気がなかった。
元々の性格であればいいのだが、どこか顔がやつれているというか、疲れているというか。
「おまたせ、昼のメニュー表だよ。決まったら呼んでおくれ」
使い古された薄い板を持ってくるとそこにはインクで書かれた文字の羅列。
ドリンクメニューからフードメニューまで、品数は少ないがおいしそうなラインナップだった。
「カレーというのは南の国の料理か?ここでも食べられるのだな」
「はい!おじさんのお店はカレーの素じゃなくてスパイスから調合しているので、他のお店ではない味わい深さがでてて美味しいんですよ」
「辛いのは私苦手なんですけど、ここのは辛いんだけど美味しいというか...…」
「カレーの素というのは、素があればカレーが作れるってことかしら?」
「そうですよ。ちょっと前に発売されたのですが、手軽さで今では平民の中ではポピュラーな商品にもなってます!帰りに素が売られているお店に行ってみますか?」
「ぜひ行きましょう!カレーの素なんて売られているのならもっと別の料理を試してみたいわ」
食べたいと思っていたカレーがここでお目にかかれるのは運命なのだろうか。
しかもこの世界にもカレーの素という概念があって驚きを隠せない。
それってルーのことなのかな?もしかして欧米風?今度買って食べてみなきゃと思いながら、この世界の食文化の進み具合にちょっと感動しながら私はカレー一択と心の中で決める。
「ではせっかくですし、アンやメリーが進めるカレーを頼みましょう。クリフォード様はいいかがされますか?」
「俺も同じものにしよう」
「じゃあ、私たちもなんで4人前ですね!......すみませーん!注文お願いします!」
............
おじさんとおばさんが両手に一皿ずつ持ち、机に料理を並べる。
黄金に煌めき、湯気が立つカレー、そして鼻に香る刺激的なスパイスの臭いは食欲をそそる。
「これがカレーか......色味はなんというか味噌っぽいが......」
「私も一番最初にカレーを見た時は本当に美味しいのかと思ったのですが、刺激的な味わいなんですよ、まずは食べてみてください!」
焼いたズッキーニや人参が浮かべられたカレー。どちらかというと北海道とかのカレースープのような見た目だった。
ドロッとしたカレーの方が馴染みがあったので思ったのとは違ったが、これはこれで美味しそう。
ノエル王国ではこういう系統のスープって中々ないし。
シレーヌ帝国も和食寄りの食文化だから、クリフォード様も珍しいのだろう、未だに美味しいのか信じきれない顔でカレーを見つめていた。
メリーは自信をもってクリフォード様におすすめした。
「せっかく作ってくれたのに早く食べないと冷めてしまうわ。ほら、3人とも食べましょう?」
「ああ......いただきます」
机に置かれたスプーンを手に取って匙でカレースープを救う。
さらりとした黄金のスープがこれまた食欲をそそる。さっそく口の中へ......。
「んん......はむッ、ふぅ。......スパイスのピリッとした感覚と程よいパンチの聞いた味、野菜と絡めるとまた違った味わいっが楽しめる......これぞカレーですわ」
「美味しいな。スープといえば軽めの味付けか素材本来のうまみを出すものが多いが、これは調味料のうまみも引き出されている......でもなんか」
クリフォード様は「十分に美味しいのだがなにか足りないような......」と続ける。
その割には匙の動きは止まっていない。
でも、クリフォード様の意見には同意する。カレーにはライスやナンといった付け合わせがついてくるのが鉄板なのだが、この世界はそこまで浸透していないのだろうか。
味の濃いカレーはそのまま食べても美味しいのだが、やはりナンやライスといった付け合わせがあるのとないのとではカレーの味わいなどにも違いがでてくるし、お腹も膨れる。
ないとしても刺激を緩和させるラッシーとかの甘味のあるドリンクなども欲しいなとも思ったり。
メニュー表をちらりと見るがやはりカレーに合うような一品がない。
昼は喫茶店だから仕方がないのだが、カレーだけ浮いているような。
確かに美味しいがコンソメスープ単体で物足りないように、みそ汁だけで昼食が完結しないように。
美味しいが故に、刺激ある味であるが故に緩和させるようななにかが欲しいなぁ…...。
「ミリアーナ様も物足りないと思いますか?」
厨房から不安がぬぐえない表情でこちらを見るおじさん。黒いエプロンで手を拭きながらこちらに来て聞いてくるので嘘を言って褒めちぎることができなかった。
「......美味しいにはおいしいのですが、スープに別でパンがつくようにカレーにもそういう後押しするようななにかが欲しいなぁ…...と」
「パンか......だがパンとスープを一緒に頼む人はいるが付け合わせとなるとマナー的に受け入れにくいのではないのか」
おじさんはカウンターに肘をついて思案顔で言った。
「平民の間では最近スープにパンを浸して食べるという食べ方も流行ってはいるが、パンとカレーはなんか合わなくてなぁ…...カレーの味自体は自信があるんだが、腹にたまるかというとそうではないし、だからといって無理につけても食べ合わせがいまいちじゃ頼む人もいないし」
「看板となるメニューで人が来ないんじゃお客さんもあっちにとられちまうわけだわね」
おばさんはおじさんは困り顔でお互いに見合う。
この店のお客さんがいないワケと繋がるのだろうか。
興味本位で聞いてみよう。
「あの、あっちにとられちまうというのは…...?」
「近頃うちの店の裏側......ちょうど大通りに面している店にね、王国に3店舗展開する喫茶店の分店がオープンしたのさ。メニューも豊富で安いからってうちの客みんなあっちにとられちまってねぇ…...。しかもうちと同じ営業形態で夜もあっちにお客が流れちまう有様さ」
「ああ、魔女の酒場でしたっけ......?そういえば使用人の間でも話題になっていましたね。なんでも豊富な品揃えで、偏食家の人でも安心して通える店なんだとか」
「私も聞いたことある!独自の運営法で注文してから料理を提供するまで15分もかからないんだって。それでいて味も接客もその辺のお店よりクオリティが高いんだとか」
匙を弄びながらアンとメリーは最近できた喫茶店、魔女の気まぐれ、夜は魔女の酒場として営業している流行りのお店の話題で盛り上がる。
お店のおばさんもおじさんは魔女のきまぐれが繁盛する反面、自分たちのお店が衰退の一途をたどるのが気が気ではないのだろう。
「魔女の気まぐれ」「魔女の酒場」という単語が耳に入る度に空気が重くなっていく。
「あ、あの......どうか元気を出してくださいな。魔女の気まぐれといえどもここまで美味しいカレーはそうだせないでしょう。これを売りにして新しいことを初めてみては…...?」
「簡単に言ってくれるけどね、お嬢様。そんな妙案があったら今頃どうにかなっているさ。あの店の料理の提供時間は常時雇い入れられる人材の多さが理由だし、接客も貴族からのマナー講座で成り立ってるって聞く。貴族のコネもなければ雇い入れる人材もいない、先立つお金もない貧乏酒場ができることなんざこれ以上ないさ」
おじさんは首を振って明後日の方向を遠い目で見る。
その表情は活気なく、どこか諦めきった表情だった。
こんなにおいしいカレーが作れるのにもったいない。
売り方さえ変えれば、もうちょっと戦略を練ればこのお店も魔女の気まぐれに負けないくらいにいいお店になるし、もっと沢山の人に美味しいカレーを食べてもらえるのに。
だけど今のスープカレーでは洋食に慣れ切った王国民には受け入れ難いだろう。
そもそも魔女の気まぐれ以上に振り向いてもらえる要素がなければこのお店のお客さんは戻ってこない。
アンとメリーの知り合いだし、美味しいカレーを食べさせてくれて、懐かし気持ちにもさせてくれたおじさんとおばさんのお店をどうにか助けてあげたいな......。




