食材を買いに街へ行こう!①
私たちアーテル家の住まいは実は複数あるのだが、そのひとつ、私たちが日常的に暮らしている屋敷はノエル王国の首都エラ、通称エラ市にある。
ノエル王国のエラ市といっても範囲が広くその範囲は小国一つ分ほど広いとされている。
エラでも北エラ、南エラと区別されており、北エラは王城がある地域で娯楽施設が多く、土地も高く貴族専用の他国へ行くための転移陣もあるので利便性もいい。
そのため土地価が高い。
貴族の屋敷が集中しやすいことから貴族街と呼ばれている。
反対に南エラは行商人や旅人、国外からくる人間を管理する検問所が常設されている。
また飲食店や市場も多く働く人が住む街とされており、平民街と呼ばれていた。
貴族街に平民が行ってはいけない。逆に平民街に貴族が行ってはいけないという決まりはないが、貴族と平民は暮らしも違えば文化も違い、着ている衣服も材質やデザインが違うということもあり悪目立ちしてしまう、それもあってか貴族は平民街によほどの要がない限り行かないのだ。
つまり貴族の常識としては平民街に行くと変な目で見られる。
当然、その常識を知っているアン、メアリーは私が平民街の市場に行きたいともなれば否定的だった。
「お嬢様、わざわざ平民街へ行かなくとも必要なものがあれば私たちが買いに行きますのに!」
「いいのよ、アン。たまには自分の目でみて食材を選びたいの。それに最近平民街へ行ってなかったからどんなものが流行なのか見たいの」
「私はお嬢様と一緒にお出かけできて嬉しいけどな。アンは嬉しくないの?」
今日は平日で人も休日と比べると比較的に少ない。
けれど今立っているこの場所は平民街きっての食品通りなので人が活気づいている。
人込みを縫いながら私はアンとメリーと会話をする。
そしてその斜め後ろには......。
「そりゃあ嬉しいけど......でも、やっぱり長距離を歩いて荷物を持つとなると心配だわ......。買い物は私たちがしますので、喫茶店でゆっくりなさってくださいミリアーナ様、クリフォード殿下」
「それではここに来た意味がないだろう。座って茶をすするのならいつでもできるが他国の市場を歩くなんて早々できん。......なぁ、ミリアーナ」
「ええ、そうですわね」
私の悪だくみにいち早く気づいたクリフォード様が平民の間で流行な黒いシャツとぴったりめのパンツを着こなしてついてきていた。
そう、当初は私と双子のメイドたちで行く予定だったのだが、美味しいものを作っている時のような楽しそうな顔をしていたのが気になったからと急いでお忍び用の服に着替えてきたのだ。
どこかに出かける際はお母様とお父様に言わなければいけないのだが、平民街に行くとなると過保護なお父様が護衛を何人もつけかねないので、ちょっと煩しいなと思った。
だから両親に内緒にしている手前、バレてしまっては連れて行かないわけにもいかずこうして一緒に平民街へと来た。
アンは心配してくれているが、そもそもの目的が夜食会で使う食材を自分の目で見たかったのと久々の市場を満喫をするということ。
だからクリフォード様の言う通り、喫茶店でゆっくりするというのは今のところ予定に入っていないのだ。
疲れたら立ち寄るがまだ平民街へ来たばかりだ。
説得をするとアンは「わかりました。でも私から離れないでくださいね?」ため息交じりで微笑を浮かべた。
メリーはうんうんと大きくうなずいた。
「か弱い女たちに荷物は持たせられんからな。荷物は俺が持とう」
しっかりもののアンを横目に荷物持ちに名乗り出るクリフォード様だったが、それは駄目だろう。
王族だし、一応私の家で世話になっている客人だ。
そんなことしたらアーテル家の名誉にかかわる。
「駄目です。仮にも一国の王子に重たい荷物など持たせられません。お店の配達サービスを使いますからクリフォード様は大人しくしていてください」
「仮にも......って。おまえ、言うようになったな」
「......クリフォード様ですから、余計な気遣いは無用かな......と」
クリフォード様は肩を落とし落胆の色を浮かべる。そこまでして荷物を持ちたかったのだろうか。
だけど雑用を押し付けるわけにもいかないし、アンやメリーに持たせたら男性としての沽券にかかわるとかで荷物をひったくることだろう。
それを考慮して市場の買い物をした荷物をまとめて指定した住所に送ってくれる有料の配達サービスを利用を提案した。
クリフォード様は了承の意としてひとつ頷くと食品街の店先で売られている野菜や果物たちに目を向けた。
ふらふらと好奇心のままに歩くものだから見失いそうになる。
クリフォード様は小さな路地に入ろうとする。あ、待って、そっち売春通り......。
私は急いでクリフォード様の手を握る。
クリフォード様はいきなり手を掴まれたことに驚いてぴくりと肩を震わせた。
......そんなに嫌だったのか、目まで丸くさせている。
「だ、大胆だな、異性の手を握るなど......俺に気でもあるのか?」
端正な顔立ちに月のような淡く金の瞳が優し気に細められた。
何故、そんな表情を見せるのか見当もつかない。そして何故、手を握っただけでそんな勘違いされるのかがよくわからず、つい言葉に詰まってしまう。
「......え、あ!違います!クリフォード様が入ろうとしていた路地が売春が盛んにおこなわれている通りの入り口だったから…...変な噂が立ってはいけないと思って」
「売春......ふーん。もしかして嫉妬してくれたのか?」
「ち......違いますわ!一国の王子が知らなかったとはいえ売春通りに行って噂でもたてられたりすればアーテル家の名誉にも......関わりますし」
「変な噂......?ミリアーナ、なにをいかがわしいことを考えていたのだ?」
「いか、いかがわしい......、違います!ただ危ない通りに行きそうだったので止めようとしただけですから、それだけですから!」
反論すればするほどなんとなく変な方向へ勘違いされているような気がして恥ずかしいし、顔も徐々に熱を持ち始める。
ああ、もう。なんで話がややこしくなっていくのか。
......いや、待てよ。もしかしてクリフォード様は偶然を装って本当はそういうところに行こうとしていたのでは?
ほら、クリフォード様って男性だし、思春期だし性欲もたまりにたまるだろう。
女を買うために意図的に止めたのなら私、めちゃくちゃ恥ずかしくないか......?
考えることがぐちゃぐちゃになってなにを考えていたのか分からなくなっていく。
行き交う人波の端で繰り広げられる小さな口論に、控えているアンとメリーがくすりと笑う声が耳端に聞こえた。
「ぷ......くくく」
やけになって言うと、クリフォード様もくすりと笑う。
......もしかして揶揄われたのか?
「クリフォード様?」
「ああ、いや。すまない、揶揄いすぎた。必死に止めようとするおまえが面白くてな。つい羞恥心を煽りたくなった」
意地悪そうに口元を緩ませた。
性的なことに過敏に突っ込んでしまった私も悪いが、クリフォード様も人が悪すぎる。
本気じゃないのならホッとしたが、私のあたふたした姿をみてなにが面白いのだろうか。
あ、いや怒っているわけではないけど......。
「――クリフォード様なんてもう知りません!......ふん」
ああ、なんか無駄に恥ずかしがってちょっと損した気分。
まぁ、ここで立ち止まっているわけにもいかないし、気分を変えて用事を済ませに行こう。
「アン、メリーさっそく市場に食材を見に行きましょう。......クリフォード様は私たちから離れないようにしてくださいね。迷って迷子になられて騒ぎを起こされたらたまりませんから」
「......お、怒っているのか?落ち着け、冗談だ。本気になるなよミリアーナ」
ちょっと冷たい物言いを意識するとクリフォード様はあわてて私の前に回って弁解を始める。
その様子が少し楽しくて市場につく間、わざと口を聞かないでいるとしゅんとしてしまったので揶揄ったことを笑って許すと、まるで犬が喜びを表現してしっぽを思いっきりふるがごとくに喜びの様子をあらわにしたのは少し、少しだけ可愛かった。




