無事再会~俺もついて行く~
捜索してしばらくして。
ミリアーナの姿は一向に見つからない。
クリフォード、ヨシュアは疲労の色をみせていた。
頬に土が付着し、汗がべっとりと服に染み付く。ミリアーナがいそうな場所は素人目からもすべて探したが、あったのは野性の熊らしき足跡くらいしかみつからなかった。
まさか、野性動物にでも食べられたのか。そう思うと背筋からゾッとした。
ミリアーナが死んだなど受け入れられるはずがないと、クリフォードは自分の肩を抱いた。
そして同時に捜索を打ち切り、諦めの決心をつけようとした時だった。
教師から配布された通信用の魔術具が鳴り、通信回線が開いた。
そして、そこに映ったのは引率の中年の男性教師だった。
男性教師の顔色は幾分か明るく、声も跳ねるように高かった。みるからにいい知らせなのだと気づいた。
……もしかして、とヨシュアは言葉を続ける。
「ミリアーナ・アーテルさんが無事こちらに戻ってきました!」
男性教師の言葉は絶望の気分を味わっていた二人には希望をみせる言葉だった。
ヨシュア、クリフォードはお互い顔を見合わせると、ほっと胸をなでおろした。
魔術具を持っているクリフォードは魔術具を喜びのあまりにきつく握りしめて返事を返した。
「わかった!今から戻る」
★
......。
レタ曰く人の気配が濃い方へと向かうと、そこには見知った顔や引率の先生が集まっていた。
先生たちは私たちをみるや否や素っ頓狂な声を上げた後、「無事でよかった」とホッとした吐息混じりに駆け寄ってくれた。
私は命からがらの状態からまた生きて人に会えたことが嬉しくて安心する思いで肩の力が抜けた。レタの背中から降りて、先生たちの手を取った。
「ごめんなさい、先生。実は......」
私は崖から落ちてからレタ出会うまでの経緯を簡単に説明した。
先生たちは「大変でしたね」と形式的な労いの言葉をかけてくれる。
そしてその視線は私後方にいるレタに向けられた。
【……不愉快だ。人間共。こちらを見るでない】
やはり知性のある喋る熊というのは珍しいのか。まるで珍妙なものを見るような視線を先生がレタに向けると、不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
先生は考え込むような仕草で顎を撫でると、あの…...と言葉を続けた。
「失礼ですが、あなたはこの森の秩序を守る森の守り獣様ではありませんか?」
【外の人間にはそうとも呼ばれているな。神獣、森の守り獣......俺には通り名などどうでもいいことだが】
という割には声音は上機嫌に跳ねている。レタは敬われたり褒められるのが好きなのだろうか。
先生はレタのことを知っている素振りをみせた。
「1000年続くこの森で人間の前に滅多に姿を現さない森の守り獣様がわが校の生徒の命を助けてくださるなんて......なんて幸運なことなのでしょうか!!あ、あの、森の守り獣様が主人公である神の御使いの物語、私大好きなんです......後で手形をもらえませんか!?」
ミーハーかと突っ込みたくなるような荒々しい息遣いについ私は呆気に取られてしまう。
神の御使いの物語って、たしか主人公の子熊が神様が与えるさまざまな試練を乗り越えて神の御使いになる、ノエル王国で有名な童話かな。
レタに聞いてみようとするが、この森から出たことがないのなら人間が作ったおとぎ話の内容を詳しく聞いたところでわからないだろう。
呆けている私を横目に、先生はレタを質問攻めする。
レタは最初のうちは得意げに牙をみせていたが、物の数十秒で言葉の弾丸に圧倒されて【うん......はぁ…...、わからん】と適当に答え始めていた。
そろそろ助け船を出した方がいいだろうか。
「あの......先生、同じ班のマリアさんは無事ですか?彼女を一人にさせたので心配で」
変なところで悪運が強いので、まったくもって心配していないが形式的としてマリアの安否を聞く。
先生は話を中断して「ああ、無事ですよ」とあっさりと答える。
指をさした先には木陰でこちらを見ているマリアの姿があったが、話しかけたらまたややこしそうなので「それはよかったです」とシンプルに返した。
「ミリアーナッ!!」
マリアの方に気を取られているとテノールの低めの心地よい声音が私の聴覚を刺激した。
声がした方向に視線を動かすとクリフォード様とヨシュア様がこちらに駆け寄ってくる。
「クリフォード様、ヨシュア様もッ!私を探してくれたのですか......?」
1日振りなのに、トラブルが立て続けに起こってせわしない時間を過ごしたので、まるで1か月以上あっていないような懐かしい雰囲気を感じさせる。
「当たり前だろう!あんな高いところから落ちれば誰だって心配する......!無事でいてくれてよかった」
クリフォード様の声は喉からやっと絞り出したかのように掠れ、震えていた。
まるで1日水分を取っていないかのようにやつれた顔、土埃で身体のあちらこちらが汚れた姿。
そして衣服にはびっしりと汗がにじんでいた。
相当私を必死に探してくれていたことが伺える風貌だった。
「ミリアーナ様、怪我の具合はいかがですか?痛みなど感じたりとかしませんか?あれだけの高さから落ちたのです、衣服の下は傷だらけかもしれません。早く医者を呼ばないと......」
「それならシレーヌの宮廷医師と信仰の深い医者がノエル王国にいる。この国にいるまでの間、俺の健康面も見てくれてる医者だから急いで呼ぼう」
この世界でも自分のことをこんなにも心配して探してくれる人が、クラスメイトにいるのだと思うと不謹慎ではあるが嬉しかった。
誰かのために必死になられるというのは家族以外では初めてだ。
「心配ありがとうございます。でも大丈夫。怪我はここにいるレタが治してくれたので......、あっ......」
二人の姿を間近に、返事を返していると本当の意味で身体から緊張感が抜けたのか、足の関節という関節がなくなったように力が抜けた。
自分のことをこの中では誰よりも仲の良い二人の姿が見られたことで、やっと危機は去ったのだと実感できたから。
思いっきり膝から落ちたので膝がめちゃくちゃ痛い......。絶対膝小僧を擦りむいた。
でも座っているだけにもいかないから必死に足腰に力を入れて立ち上がろうとするが......。
「ミリアーナ様、極度のストレス的環境からの原因で力が抜けたのでしょうから、無理して立たないで。もう安全な場所にいるのですから、ほら......」
気づいたヨシュア様が私の肩を掴んで木陰にもたれかかるように指示を出す。
私はどうしようもないので、言葉に従うしかなく、木を背もたれにして休む。
レタはこちらに歩みよってきて木陰にいる私を見下ろして言った。
【あれしきのことで疲れるなど、人間の身体は軟弱だな......。あんなに上手い飯が作れるというのにもったいない。これでは食料調達もままならないだろう】
「それは…...、まぁレタや人間の......一般成人男性の体力と比べると軟弱なのは当然です。レタが体力がありすぎるのよ」
【生まれてからずっと森暮らしだからな、体力がないとやっていけん】
レタと会話をしていると目の前にいたクリフォード様がところで、と言葉を続けた。
訝し気な眼差しをレタに向けた。
【なんだ?人間。俺の顔になにかついているのか】
レタが首をかしげると、クリフォード様はさらに言葉を続ける。
「ミリアーナと親し気だが、何故一緒にいるのだ?普通の動物じゃないようだが......」
【俺の名は神獣のレタだ。ミリアーナとは怪我してるところにたまたま出会ってな。食欲を満たしがてら介抱してやってここまで送り届けたまでよ】
「そうか、よろしく、レタ。そして偶然とはいえ友人を助けてくれたことに感謝する。......やはり、ミリアーナは怪我を?」
【ああ、あの高さからの転落で奇跡的に生きていた......が足を怪我していたようでな。ちょっと治してやっただけだ。気にすることはない】
「それでも、友人の危機を救ってくれたのだ。お礼は言わせてくれ。それとなにか欲しいものがあればシレーヌ帝国からもこの森へなにか送らせて――」
クリフォード様は頭を下げ、最大の経緯を評した礼をレタに向ける。
レタはため息とともに嘆声ともつかない声を漏らしていった。
【いらんいらん。対価はミリアーナから十分に受け取ったし、関係のないお前からまた搾取する気は毛頭ない。下らん気を回すな】
「対価とは......ミリアーナ、一体レタになにを差し出した?」
「俺もそれ、気になります」
「いや、差し出したというよりは......ちょっと耳を貸してください」
魚を焼いてくれと言われただけなので、魚を焼いただけなのだが、
そのシンプルな回答を周りに聞こえないように、クリフォード様とヨシュア様の耳に別々にささやいた。
事情を簡単に話終わるとクリフォード様は堰を切ったのように喉から笑い声が漏れた。
「ふっ......くくくくッ......。そうか、そうか。熊は獰猛な生き物として知られているが、知性ある熊とはいえ、おまえの絶品料理で手名付けてしまったのか......ふ、くく。つくづく想像の斜め上をいくやつだな」
「わ、笑いごと......なのでしょうか」
ヨシュア様は温顔に笑みをたたえた眼差しをこちらに向けた。
「野生に生きるなおかつ知性体である神獣に助けていただいた対価を料理で返すなんて、少なくとも俺は聞いたことありません......。いえ、それほどミリアーナ様が特別といえるのでしょうが......一体どんな料理を作ったのですか?」
「え、普通に一昨日作った焼き魚ですわ。さすがに一昨日のようにレパートリーに富んだ焼き魚は作れませんでしたが......醤油とかもちょっと調味料や香草があれば納得がいくものを作れたんですけれど......」
今日作った焼き魚は限りある材料の中からより味がつけやすいものにしたので、個人的には少しだけ納得がいっていない。
もうちょっと時間と人手、あと材料があれば自然の中で食べる美味しいものが作れたし、調理器具もあればずっと食べ続けている焼き魚とはまた違った料理をつくることができたのに......。
美味しいと認めてくれたのはとても嬉しいが、レタが焼き魚が好きなら2種類だけじゃなくてもっと沢山の味付けを楽しんでほしかったな。
人間の平均寿命より長くこの森にいるのであれば、それくらいしても罰は当たらないだろう。
ヨシュア様はああ、と納得したように腕を組むと空を見つめ、物思いにふけるように瞼を伏せる。
「たしかに一昨日の焼き魚は今まで食べたことのない、それでいてどこか馴染みを感じさせる優しくもインパクトのある味わいでしたし、神獣といえども味覚が人間並みにあるのなら気に入るはずです。......それ以上の納得させる味となると、個人的にとても気になりますね」
「でしたら、またラーゼン侯爵と釣りに行く際は我が家秘伝の調味料をもって行きましょう。......ヨシュア様が魚に飽きていなければですが」
合宿のリベンジ......とまではいかないが釣りは私の楽しみのひとつでもあるし、もっと作れる料理を増やすためにもそういう機会を設けるのも悪くない。
「ミリアーナ様が作る魚料理、飽きるはずがありません。その機会があれば――」
「その時はもちろん、俺も一緒だよな?俺の世話はおまえが任されているんだから放置とかありえないぞ」
未来への楽しみに話に花を咲かせていると、クリフォード様がむくれた顔で横から話に入ってくる。
もちろんクリフォード様も、と頷くと今度はレタが私の脇の間を鼻先でちょんとくっつけながら言った。
【おい、ちょっと待て。おまえ昨日よりうまい魚を焼ける......というのか?今まで食べた食い物の中でもうまかったあれ以上の料理をおまえは作れる......と?】
「魚だけじゃない、米やパン、果物に至るまでミリアーナの手にかかればうまい料理に早変わりする。......森ずっと暮らすレタでもびっくりするだろう。なにせ多くの料理を食してきた俺も度肝を抜かれたからな」
答えようとしたがそれより先に、クリフォード様は自分のことじゃないのに、したり顔で話す。
そこまで誇張して言われると恥ずかしいのだが、まぁ、自分で食べてめちゃくちゃ美味しい!レベルのものは材料さえあれば作れる......つもりだ。
「昨日のは材料......調味料も少なかったですし......」
様子をうかがうようにレタの瞳をじぃっと見つめると、それを肯定と捉えたのだろうか、大きく生唾を飲み込んだ。
途中、うぅ~、あ”ぁ~と呻く声が聞こえたような気がしなくもなかったが突っ込まないほうがいいだろう。
しばらく考え込んだレタはよだれが滲む口元を緩ませた。
【......本来、俺のように格式高い神獣は人の前に姿を現すことも珍しく、目にかかるのは奇跡だと言われている。人間を奴隷にするのは当たり前だが、人間に従うのなどもってのほか!......なのだがぁ~】
語尾を伸ばし、一定で止める。深呼吸を吸って吐いて。そしてさらに一拍言葉をおいて言った。
【ミリアーナ、おまえの作る料理を対価としてしばらく、ほんのしばらくの間だがおまえに降り注ぐ災厄から俺がおまえを守ってやろう......ッ!本当はプライド的に......んん”ッ、駄目なのだが、あのうまい魚に免じて俺の面倒を見ることを許す】
それはレタが一緒にノエル王国までついていくということなのだろうか。
ファンタジー小説などでは魔獣を従僕として過ごすストーリーなどごまんとあるし、まさか自分が当事者になるとも思わなかったのだが......。
ひとつ問題がある。
「うちペット買ったことないし、こんな大きな獣連れて行ったらお母様に怒られる......かも。どうしましょう」
レタは見た感じ私の3倍以上の大きい見た目をしている。
見た目は凛々しく知性を感じさせる逞しい熊なのだが、見ず知らずの街の人やお母様たちが見たらびっくりするのではないだろうか。
レタに身を守ってもらえるのは、これからのことを考えると考慮するべくもなくOKできる案件なのだが、やはり家族を第一に考えたい。
【おい!この俺がおまえを守ってやるって言ってるんだぞ!それに俺は通常魔法はもちろんのこと、運命操作という生命が持つ運の強さを操作できる貴重な魔法も使える!不幸の塊のような不運なおまえの運も操作してやるぞ?......お、お得だからな!】
「それはすごいんですけど......やっぱり家族が大切ですし」
不運の塊って......。人間関係はともかく家族や使用人、友人には恵まれているのでそれほど困ってない。
たしかに運を変えるという能力はすごいし、そんなことできるならぜひ使ってみてもらいたいとも思う。
けど......。
「レタを連れ帰って森の秩序が乱れたり、街に混乱を招く真似はしたくないですわ。私の料理をそこまで買ってくれるのはありがたいのですけど......レタがこの森を出ていくデメリットの方が大きい限り、そして家族から許しが得られない現状では素直にうなずくことはできませんわね…...ごめんなさい」
うん、もったいないけどレタの申し出は断るしかない。当人がいいといってもその周りへのトラブルを考慮するとなぁ…...。
レタは悔しそうに「ぐぬぬ」とうなる。
横目でクリフォード様を見ると、口元を手で押さえて笑いをこらえていた。
なんで?理解できないんだけど、私なにか変なこといったかな......。
遠くで先生が点呼を取る声が聞こえたので、そろそろレタとお別れしないと。
下を向き顔色が伺えないレタへ声をかけた時、レタは風船の破裂音を聞いたように勢いよく頭を上げて言葉を続けた。
【家族の許しとこの森の秩序を守れればいいんだな?】
先程の交渉の続きだろうか。レタがいいならそれならまぁ......と言うと、レタの身体は急激に魔力を帯びる。
身体は白く、LED電球のようなまばゆい輝きを放つ。腕で視界からの眩しさを覆っていると急激に光は収束していく。
そして、次に視界が良好になった時、レタは子犬ほどに小さい子熊と一回り小さくなった熊、2つに分裂していた。
【この子熊は俺の予備端末だ。使える魔法や加護は本体(俺)ほどではないが、俺の五感すべてを共有している。これならおまえも連れて行けるだろう?】
レタはしたり顔で話す。クリフォード様は呆れたように息を吐いて質問を投げかけた。
「レタ......おまえ、そこまでしてミリアーナの料理が食べたいのか?」
【うるさい!他人の約束事に口を挟むお前にだけは言われたくない!......とにかくだ。契約内容はさきほどの通り、俺はお前の料理を対価とする変わりに、おまえの身をあらゆる手を使って守ってやる。そのためにこの予備端末をおまえに預けておくから。これならお互いの都合も回避できるだろう】
レタとうり二つ......子熊の方が数十倍の愛嬌がある。
これを置いていったら私の良心がいたんでしまうし、労力をかけてまで私と契約をしてくれるのはなによりも嬉しい。
それ以上断る理由もなかった。
「わかった......その申し出ぜひ受けさせてください。......よろしく、レタ」




