ごはん、そして移動
魚をとってきたレタは私の前にとってきた分をどさっと山盛りに置いていく。
何匹分あるんだろ……少なくとも30匹はいる。
数えるのをやめた私は、火の準備をして魚の下処理に入っていく。
そういえば、野性の動物って火を怖がるっていうけど、レタは怖くないのだろうか。
好奇心で聞いてみると「俺をその辺の動物と一緒にするな」といわれてしまった。
レタは人間のように直立してから尻を地面に下ろして座る。
というか本当に量が多いな、慣れているとはいえ私だけだと下処理に時間かかりそう。
「あの、魚の内臓を取り除くのに時間かかってしまうのですが……大丈夫ですか?」
【俺は焼いた魚を食えればいい。おまえにまかせる。内臓はとらなくてもいいぞ】
「そ......そうですか?じゃあ、半分はとって後は鱗の処理などの最低限の下処理だけしますね」
【任せる】
と言われたので、私は取ってきた魚の中で内臓の処理だけした方がいいものだけを処理して後は最低限の処理だけ済ませる。
そして下味をつけていく。
魚を焼くといっても十分な調味料もなかったので簡単な味付けとハーブをまぶして、昨日とまったく同じように魚を焼いていく。
焼けた魚をかたっぱしからレタにあげる。
レタは器用に枝に刺さった魚を受け取りその身に牙を突き立て、咀嚼する。
【おお、できたか……では早速。はむッ……。ん......お、オォオオオッ!!!!】
しばらく魚を味わう姿はまるで人間のようだ。
飲み込むと瞳をかっぴらき雄たけびを上げた。
ちょ……もしかしてまずかった?
「美味しい……ですか?」
【俺が食べた時の焼き魚とは比べ物にならんくらいにうまい!おい、おまえ何をした?こんなに味が変わるものなのか?】
「別に特別なことは。下処理をきちんとして味を付けただけですので……」
焼けた魚を手渡していくと落ち着きのない様子で魚をひったくり、口の中につめていくレタの姿は子供が食事をしているようで、ちょっとほほえましかった。
そんなに美味しそうに食べてもらえるのなら、ちょっと悪い気はしないな。
【内臓があるものは苦みがあるが、ないものは上品で素朴な味わいがする。どんどん焼いてくれ。こんなものじゃ足りんぞ】
「わかりました。魚はいっぱいあるので、ゆっくり食べてくださいね」
3、4匹は自分のためにとっておいて、魚を摘まみながら、レタが取ってきた魚を焼いていく作業を魚がなくなるまで延々に繰り返す。
★
【はぁ~、ずっと生魚しか食べてこなかったが、焼き魚がこんなにも美味しいものだと改めて認識させられたな。以前食べたものよりもさらにうまかった。うますぎて生魚が食えなくなるではないか】
魚についた身を一欠けらも残すことなく丁寧にすべて平らげたレタは白い毛で覆われたふくよかな腹を優しく撫でる。
ぽっこりと膨らんだ腹は今食べた魚の身すべてが入っているのか……。
そして口についた魚の油を肉厚な舌でなめとった。
【こんなの食べたらもう今までの食生活に戻れるかわからんな。おまえ今日からここで生活するか?食住は保証してやるぞ】
「いや、それは……。友人や家族が待っていますので」
レタの提案は嬉しいが、さすがに一生サバイバル生活で過ごすのは、温室育ちの私にとってはちょっとごめん被りたい......。
柔らかく断り申し上げた。
レタは耳をぺたんとつけると【そうか……残念だな】と残念がる。
【まぁ、予想以上にうまい魚にありつけたし、満足だ。本当はしばらくここにいてもらおうかとも思ったが、予想以上の働きを見せてくれたので、それに免じておまえの仲間の元まで送ってやろう】
「ありがとうございます。でも……いいんですか?」
奴隷というからにはもう少し働かせるとばかり思って身構えていたので、予想外の申し出につい聞き返してしまう。
レタは耳をきゅんと後ろに下げて首をかしげていった。
【おまえがここにいたいならそれでもかまわないが】
「いえ、待っている人がいるので……!送ってもらえるのならめちゃくちゃありがたいです!」
言葉を返すと、「そうか」と言った。
喋ることがなくなったので、ふと空を見ると白みはじめていた。
私が崖から落ちたのは夕方くらいだったからもう半日くらいたっているのか。
今日はもう行事の最終日だし、帰る日でもあるし、早く合流しなくっちゃ……。
【じゃ、今は腹がいっぱいだから少しだけ休んでからおまえの仲間の元に送っていくでいいか?】
「あ、はい。でもできれば早めにお願いしたいです」
【わかった。少ししたら送ってやる】
「場所とかわかりますか?」
【森の一点に人の気配が密集している場所があるからな。多分そこだろう。俺の足だったらすぐにつくから】
レタは大きな体躯をごろりと寝て横に向けると、ものの数秒で寝息を立てる。
え、寝ちゃうの?少しってどれくらいの時間なんだろう。
寝息を立てるレタに聞くことも、起こす勇気もできず、レタが早く起きることを祈りながら、私も緊張した身体を固い地面にして体力を回復させるために休んだ。
★
……それから体感時間で2時間くらいたった頃。日が本格的に上り始める。
レタはのそりと起き上がり、眠い目をこすると
【約束だからな、送ってやる】
と言うと四つの足で地面を踏み込む。
【俺の背中に乗れ。こちらの方が効率がいいからな。走って送り届ける】
「はい」
レタは顎で後ろをしゃくって乗るように促す。私はお言葉に甘えてレタの背中の上に跨る。
熊の毛は硬くてごわごわしているイメ―ジだったが、手入れされているコートのファーのようにもふもふでつい驚いた声を上げてしまう。
「ふわふわ……なにか特別な手入れとかしているの?熊の毛って固いイメージがあったのですが……」
【毎日水浴びして身を綺麗にしているからではないか?自分の毛並みなど気にしたことがない】
「もったいない。ブラッシングしたらもっともふふわになるのに」
私が乗ったのを確認するとゆっくりと歩き始める。
レタの毛が内ももを刺激するので少しくすぐったい。
【不思議なやつだな。俺の姿を見ると恐怖で慄く人間がほとんどなのに、そのようなこと言うのはおまえくらいだ】
「レタは知性がありますから。話し合いが通じる相手に極度に怖がる理由ってあります......?」
レタの言葉に私は少しもったいないなと感じた。
だって話してみれば見ず知らずの人間を解放するくらい面倒見がよくて優しいのに、それを知らずに怖がって距離を取るなんて。
私は降り降ろされないように、前に体重をかけて、レタの肩に手をのせ身体の位置を調節する。
その行為を乗りにくいのかと感じたのか速度を緩めて……
【落ちそうになったら首に腕を回せ。また怪我をされてはかなわん】
と心配の声をかけてくれた。
めちゃくちゃ優しい、この熊……。
「ありがとう、大丈夫です」
【……ふん。速度を上げるぞ】
レタは私を一瞥すると緩やかに振動を与えないように走り始める。
風を身体全体で受け止めるので、ちょっと風圧で苦しいけど、バイクに乗っているようでちょっと楽しくなってきた。
この調子だったらすぐに皆の元に戻れるだろうか。
レタは人一人と荷物を乗せているというのに息切れひとつせずに涼しい顔で山道を駆け上がっていった。




