使う......かぁ
「うっ......うう......」
痛い、身体全体が打ち付けられるような痛みで目が覚めた。
天高く上った太陽も西へ沈み始め、太陽の下には無残に枝が折れ曲がった木が茂っていた。
後頭部に刺さる小石が痛く、川の水で湿った服の不快さで起き上がった。
......私は確か......。
マリアとの一件を思い出し、自分がしでかしたことを思い出す。
ああ、そうだ。私、マリアのことがどうしても許せなくて、つい本音が漏れちゃって……その後、崖に足を滑らせたんだっけ。
上から下を見ても地面までの距離は数十メートルもあろう高さから転落して無事とは私の運も尽きていない。
呑気に自分の身体の無事を確認するが、事態は変わらない。
どうやら崖から転落して、崖に栄えている木々がクッションになって崖したの川岸まで転落したようだ。死んでもおかしくない事故なのに、私はこうして生きていることに、命のありがたみを噛み締める。
寝ても仕方がないし、とりあえず立とうと足に力を入れる。
「――いっつ……」
だけど、どうやら足を怪我したようだ。打ち付けたようにふくらはぎからくるぶしにかけて打ち身のような痛みを感じる。
もしかして足折れた……とか?
立つことができないのならここから動くこともままならない。
荷物は私が背負っていたので無事なのが幸い。とりあえずリュックをクッション替わりしてこれからどうするのか考えるしかないだろう。
そういえば、通信用の札ってなかったっけ?
合宿始まる前に支給されたものがあるはずなので、リュックの中を探る。内ポケットの中にはいっていたのを取り出した。
けど、本当に使っていいものだろうか。
これを使えば出席日数には影響はないが、合宿中の単位はゼロだ。
単位がゼロになるならこの合宿に参加した意味はなんなのだろうか。
この危機的状況に使わなければいけないのだろうが、デメリットの大きさに札を使うのをためらうしかなかった。
私が成績にここまで固執する理由とは、単純で親に迷惑をかけたくないからだ。
勉強は苦手だし、できればやりたくないが、それとこれとは話が別なわけで......。
アーテル家は公爵の家系であり、お父様を含む歴代の当主たちはこの学園の卒業生であり、優秀な成績を収めてきた。
単純になるべくなら頑張れるときに頑張らないのは自分の性分に合わない。
そして、なるべくなら自分の家に心配かけたくないし、泥を塗りたくなかった。
私はこれでも公爵令嬢で、それなりの誇りはあった。
とりあえずは命には別条はないし、緊急札を使う選択肢はない。
「動かなきゃ、いつまでもここに座り込んでいるわけにはいかない」
手元やポケット、リュックから地図を探す。
だが、地図が見当たらない。
静寂の中に川の流れる音だけが聞こえる。
「......嘘、地図ないじゃん。もしかして崖から落ちたときにどこかに落としちゃった?」
それは本格的にピンチだ。
マリアといた場所の真下と考えればあとは地図を見て川を下っていくか上っていくかして人通りが比較的ある場所へ出ようと思ったが、地図がなければどう動いていいのかわからない。
とりあえず、今日の夜はここで過ごすしかないだろう。
一人っきりの、しかも自然で人も通らない場所で遭難して過ごすなど初めての体験で、心細くて少しだけ怖い。
だけど通信用の札があるという安心感が今の私を正気に保たせた。
もし、明日になってもだれも来なかったらこれを使うしかない。
足も明日には痛みもより増しになっているかもしれないし、ひとまず日が昇るまでは身辺に気を付けて休もう。
足を引きずりながら立ち膝で少しでもなけなしの距離を稼ぐ。
膝が小石に当たっていたいが泣き言は言ってられない。
少し遠くを見渡すとちょうどいい穴倉があったので今日はそこで眠ろう。
居住まいを整えて腰を落ち着け、冷静になると一つの懸念がふと浮かんだ。
......ちょっと待って。
「私が転落して、マリアが一人、しかも緊急の札をマリアが持っていないということは少なからず、マリアの身の危険も危ないことにならない......?もし、マリアの身になにかあったら私の責任になるんじゃ......」
今考えることでもないが、自分の保身を第一にミリアーナは更なる状況分析とその後に起こるパターンを想定する。
緊急用の札を使わないのは自分の単位のためだが、仮にそれを使わなかったとして、マリアが先生たちに変に報告したらどうしよう。
例えば、マリアを一人置いていって私を見失い、緊急の札が私が持っていて使わなかったとされれば私の立場はもっと危うくならないか。
あるいは緊急用の札を私が持っていたので伝えるに伝えられなかったといわれれば私の責任になる。
マリアが正直に先生に事の顛末を報告するとは考えにくいし、本人がそう思っていても歪曲した真実で伝えられてしまうような気がした。
それはそれで私の本意ではない。
単位と信用、どっちを取るかといわれれば信用の方だろう。
単位は一定の成績を収めればたやすく取れるが信用は容易には取れない。
そのことを考えてもう一度通信札を使うかどうか頭を抱える。
............。
きめた。
「使う......かぁ」
悩みに悩んで信用の方を選んだ私は緊急の通信札に魔力を込める。
ああ、さようなら。私の単位。
けれど今日は野宿せずに済みそうだなと楽観的に考えながら通信札が魔力で燃えるのを確認した。
通信札が燃えれば通信用の魔法が展開されて先生たちとの回線がつながる。
......つながるはず、なのだが。
「......あれ」
何十秒、何分経っても一向につながる気配がない。
あるのは燃え尽きた連絡用の札の灰が砂利の上に落ちた光景だけだった。
ここに来て緊急用の札の不具合!?
魔法に不具合なんてあるの??
ちょっと待って、連絡が取れなければ電話もない、通信魔法の心得もない私がどうやって居場所を伝えればいいの?
山の遭難は探すのにも一苦労なのに。しかも科学技術が発達していない世界だから遭難者を探すのにも人頼みだろうし、その分効率も下がってしまうのでは......。
私、これからどうすれば!?
突然の助かる手段がなくなってしまったことに現実逃避をしたくて陽が落ちた空を見上げる。
怪我をして身動きを取れるのに限界があるし、食料調達もままならない。
幸い川があるので飲み水は困らないが、一人で危機的状況を過ごさねばならない状況に恐怖が襲い掛かる。
私、一生このまま......?
「いや、冷静になれ、私。大丈夫よ。大丈夫.....明日になれば誰か見つけてくれるわよ......」
しばらくショックで動けなかったが、時間をかけることで再び冷静さを取り戻した、気力で恐怖を我慢して眠りについた。




