2日目(昼)
配布された地図を元に時間内にゴールを目指す。そのためには計画的に進まなければ到底無理だ。足の裏は小石を踏む感覚がダイレクトに伝わるし、いくら外に出るのが好きといってもこの世界に生まれた時から貴族なので体力はたかが知られている。
2日目になって疲労が蓄積される体。疲れを我慢して一歩一歩着実にゴールへ近づく。
本来なら2日の中間の時点では半分は進んでおきたかったのだがまだ及ばず。
後ろで荒い息を漏らすマリアをBGMにただ必死に足を動かす。
「はぁ…...、はぁっ、はぁ…...。ミリアーナ様、お待ちください。少し、少し休ませて......」
「予定より大分遅れているので、休んでいる暇はありません。休むとしてもこのペースでは後30分は歩かないと」
怠さをにじませながら言ったマリアの申し出に真っ向から否定する。
マリアのペースに合わせていればゴールにたどり着くなど夢のまた夢だし、私はなにがなんでもゴールを目指したい。ここで躓くことは出来ない。
私はアーテルの令嬢としていい成績を残さなければいけない。ただでさえいい噂が流れていないのだ。ここで少しでも株を上げておかないとお父様やお母様にまで迷惑をかけてしまう。
私はアーテルの家が。家族が使用人たちが大切だ。そんな大切な人達に恥じない自分でありたい。そのためにはいい成績で卒業を迎えたい。
それが栄えあるアーテル家の傷をつけない方法で、お父様やお母様が望んでいること。
私は私のためにこのイベントを頑張らなければいけない。
これからも家族団らんで美味しい料理を囲むために......。
「あ......歩けません!どうしてたかだか学園行事の為にそこまで必死になるのです?図太いミリアーナ様ならともかく、私、運動能力に自信がありませんの。せめて体力が回復するまでは休ませていただきます」
マリアは大きなリュックサックを傾斜になっている山坂、その脇にある大木な岩の上に置いて腰を下ろす。
どうしてこの女はいっつも自分本位なのだ。
なにかと付ければ文句しか垂れない。
反論すれば自分がいい方向にしか納得せず、聞く耳も持たない。耳障りのいい言葉ばかりを並べる。
今回のルートだってこういうことを考慮して事前にマリアに伝えおり、「これくらい楽勝ですわ」と言っておきながらこの有様だ。
......そろそろいい加減にしてほしい。
私は何故この女のために頑張ってきた単位を落とさなければいけない。
こいつのレベルに合わせてやらねばいけない。
全て、すべてが私が悪者扱いだ。そろそろ......限界だ。
「いい加減にしてよ!人が下手に出てればいい気になって!貴方ってばいつもそう。気に入らないことがあれば自分の言い様に耳障りのいい言葉を並べて他人を自分の意のように操って、自分の手は汚さない。この行事を経てあなた一人になった途端、その本性があらわになったものね!男がいなければ怠けることしかしない。男がいればその自分を隠すように言葉巧みに回りを丸め込む。......もういや!その被害に遭っているこっちの身にもなってほしいわ!特に今あなたという大きい赤ん坊のおもりをさせられていることにね」
「きゃっ、どうされたのですか、どうか落ち着いて下さいませ、ミリアーナ様」
腹の底に力が入り、声が喉を突き抜けて森林にこだまする。
私が今まで押さえつけていた感情のほとんどがマリアにぶつかるように、力強く言葉が放たれる。
今まで必至に隠し続けてきたのに、物分かりがいいミリアーナ(公爵令嬢)としてふるまってきたのに。
アーテル家の、この国の宰相たる家にふさわしく生きようと今までずっと嫌なことも我慢してきたのに。
全てが水の泡だ。
我に返り、理性と共に現実に引き戻される膝から脱力するように少し湿った土面に座り込むしか私には選択肢がなかった。
マリアと向かい合う形でいた私は脱力して座り込み、立ち上がろうとしてついマリアとの距離感が近くなる。ドレスのスカートの裾は鼻先に近い。
マリアはそれをどうしたら攻撃的なことだと受け取ったのだろうか。
「――いやッ」
マリアは私の肩を反射的に後ろへ押した。
立ち上がろうとした私の重心が後ろに反れ、瞬間、異様な浮遊感に襲われた。
「――あっ」
「嘘ッ......」
マリアの小さい口からあっけからん声が漏れる。
反応した時にはすでに遅い。
「きゃああああああああああああああああああ」
私はすぐ後ろのあった崖になす術なく、重力に従って身を落とすしか選択肢がなかった。
ああ、私はついにここで死んでしまうのか。
何十メートルともある崖穴に落ちる今、この瞬間、私の中には「死」という一択しか存在しなかった。




