④秘密......。バレちゃいました♡
灯りがひとつも灯らない厨房。
目の前は何も見えないし、物音ひとつすらしない。
そこで私は魔法で光の玉を発生させ、部屋の奧隅にその玉を設置する。
派手に使いたいがそうすると灯りが盛大に漏れてしまうので我慢だ。
そして机の上に置かれた食材と常時魔法が展開されている簡易的な冷蔵庫の中にある食材に目を向ける。
その中で目を付けたのは卵、パン、チーズ、植物油と、レモンといった食材。
本当はお米が食べたいところだが、今日はお米を仕入れていないようなのであきらめよう。
これらの食材から作る物をきめたら、手頃な調理器具を取り出し、音が出ないように最新の注意を払いながら調理を開始する。
まずは調味料づくりから。卵黄、酢、レモンを絞ったもの、塩、マスタードをいれて泡立てていく。この時にどうしても音がでてしまうので厨房の隅で、音がなるべく聞こえないようにそして迅速に行動する。
泡立ててたら油を入れて白っぽくとろみがつくまで泡立てたら簡易的なマヨネーズの完成だ。
味見として指で掬い舐めとると、酸っぱしょっぱさの中に卵のまろやかさが口に広がる。
これ、この味。前世の味覚の記憶をたどったものと比べると少々マスタードの匂いがキツイ気がするがこれもまたいい味を出している。
マヨネーズを作ったら、フライパンを熱し、油を敷いて熟していない目玉焼きを作る。
その後にフライパンでさらに1枚のパンを両面焼き、マヨネーズ、目玉焼き、チーズを乗せる。
そしてアクセントにこしょうを振ってふたをすること、体感で2分。
フライパンで作る目玉焼きトーストの完成だ。
パンの香ばしい匂い、チーズの独特な香りが鼻孔を擽る。
それらのせいで余計に食欲は掻き立てられ、胃の縮小は激しく、食道がきゅうっと締まり、唾液の量は格段に増える。
「できた、いただきます!」
もう我慢できない。はしたないが、この厨房でさっさと食べてしまおう。
パンの耳からかぶりつくと、トースターで焼いたものほどではないが、さくっともっちりとした触感。
チーズのとろみと卵の弾力、マヨネーズの酸味、しょっぱさ、そしてぴりっとするこしょうの香りが味の調和を取ってくれている。
「おいしい!これこれ、この味なのよ~!」
いつも食べている上品な味とは違い、下に残る油のこってりさ、とけたチーズやとろとろの卵の濃厚さはなんとも得難いものなのか。
ああ、深夜に摂取するカロリーのなんとも罪深いものか。
あっという間にひとつ、食べ終わってしまった。
パンはあと3つ。せめてもう一枚は食べたい......。いや、食べる。
なのでせっかくだし、もう一枚同じものを作ろう。
罪深きまよたまチーズトーストの2枚目を作り終え、いざもう一枚口の中に放り込もうとしたとき......。
「誰だね、そこにいるのは」
「......あ」
「......その声、まさか、ミリアーナ......か?」
「お父様、それにジョンも......」
料理に夢中で足音にすら気づかなかった。
厨房の入り口の前に立っていたのはこの屋敷の主である私の父と父の専属執事であり、幼いころ私の世話をしてくれていたジョンだった。
非常にまずい光景をみられてしまったので動揺が隠せない。
「今日はシレーヌ帝国へ出張で不在だったはずでは!?」
「会談が終わったので愛しの家族に会いたくて戻ってきたのだ。こんな時間になってしまったがな......それで、これはどういうことだ」
「お嬢様、はしたのうございます」
散らかった調理器具と、調理台の上に置かれているトーストを見て、複雑な表情を浮かべるお父様とジョン。
明らかに好意的な表情ではないことに、この場をどうやって逃げようかそれだけに意識が集中してしまう。
「あ、あの......これは」
「公爵令嬢ともあろうものが深夜に厨房に忍び込み、あまつさえ食材を勝手につかうなどと。......こんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ、ミリアーナ」
ああ、どうしよう!完全犯罪を計画したはずが予定が狂ってしまった。
お父様はお怒りの様子だし、ジョンは普段表情を動かさないのに、今まで以上に悲しそうな顔でこちらをみている。
お父様の説教は止まらない、このままお母様に告げ口をされれば何をされるかわかったものではない。
なんとか脱出の糸口を見つけるべく、視線を動かす。
だが、あるのは一枚の出来立てのトーストだった。
「お父様!どうか、このパンを食べてみてください」
「......なに?」
冷静な判断ができない私はなにを血迷ったのか、そのトーストをお父様に突き出した。
「こんな時間に厨房に忍び込み、食材を勝手に使ってしまったのは悪いことですわ。公爵令嬢にあるまじき不躾な行動をしたのも事実。けれど!ここは私の家でもあるのに、厨房を使ってはいけないという決まりはだれが決められたのですか?」
「む......むぅ......」
適当なそれっぽい言葉を並べるとお父様は難しそうな顔をして考え込む。意外にも娘に甘い人なので、このままごり押しで説得すればいけると踏んだ。
ジョンが今にも父のフォローに入ろうと口を開くがそんなことはさせない。
「だからこそ、お父様!私が作ったこのパンを日々職務で疲れているお父様にぜひ食べてほしいのです。......だめ、ですか?」
出来立てのパンをもって上目遣いを意識してお父様に手渡す。お父様は目頭を押さえなにかをこらえながら言った。
「......!我が娘よ、その気持ちに応えないのは父親失格だな。......わかったいただこう」
「旦那様!?」
よっしゃー!案外ちょろい。このパンは絶対においしい自信がある。だって前世でもパンの上に乗っけて食べる上位食材のオンパレードを使ってるんだもん。
とくにお父様世代の人たちの味覚に合うのは間違いない。
お父様、パンチェッタをはじめとした塩漬けされた食材大好きなの、知ってるんだから。
「――こ、これは、うまい......」
ジョンは呆れた表情をしてお父様がトーストにかじりつくのをみていた。次の瞬間、お父様が大きく目を見開き、たしかにうまいと口にした。
――勝利。私はそう確信した。
「卵のまろやかさと下に敷いてる黄色いソースの酸味、塩味、そしてチーズとこしょうがよりこれらの食材のよさを引き立てている......。シンプルで繊細さとはかけ離れている食べ物なのに――」
「旦那様、しっかりしてくださいませ。あなたがしっかりしてくださらなければ、誰がミリアーナ様の間違いを正すというのですか」
「ジョン、黙りなさい」
「旦那様――」
ジョンの説得を遮るお父様、食べかけのトーストをジョンに渡し「食べてみなさい」とそれはもう真剣な顔をしてすすめた。
ジョンは主の命令ともあり、しぶしぶと受け取り一口かぶりついた。しかも黄身のところだ。
「――これは」
かじりつけばじゅわっと半熟の黄身がこぼれ落ちる。新鮮な卵をつかっているので、オレンジ色の濃厚な黄身がジョンの口端を汚す。
その端についた黄身を舐めとるジョンの姿は…...その、とてもよい(えっち)だ。
ジョンはそのまま無口でトーストを咀嚼する。
お父様は満足そうにうなずくがトーストがなくなっていく状況に気づき、急いで止めに入る。
「あ、ジョン!それはミリアーナが私にくれたものだ!全部食べてはいけないよ!」
「――申し訳ございません、旦那様。でも大変美味でした」
「お、おまえ~!」
お父様が声をかけたころには残り一口、その一口をしれっと口の中に放り込んだジョンに恨めしそうな顔で睨んだ。
「お父様、怒らないでください。材料はまだあります、よろしければお父様とジョンの分も作りますがいかがですか?」
「いいのかい?ぜひお願いするよ」
「お嬢様に料理をさせるなど、執事としてあるまじき行為です」
「じゃあ、ジョンの分は私がいただこう」
「......食べないとはいってません」
トーストの虜となってしまった二人。ジョンは厨房にある丸椅子をふたつ持ってくる。
私は心のなかでしたり顔を浮かべたい気分だ。
こうして齢15の私とお父様、ジョンの3人の秘密ができてしまった。