1日目の夜ごはん
陽は完全に沈み、頼りとなる灯りが月明りと光の魔法で使った小さい玉の光だけになった頃。
3匹しか釣れなかった魚を一端座っていた岩場に置いたままヨシュア様が釣りをしている場所まで向かった。
「すごいですわ、ヨシュア様。1時間の間に大漁に釣れましたわね……」
「それほどでもありません。釣れそうな場所に移動した結果ですので……。ミリアーナ様だって場所を移動すればこれくらい容易に釣れたでしょう」
ヨシュア様の脇に山積みなった魚たち。上に積まれた新鮮な魚が活きよく跳ねる。
「いえ、私の場合は一点の場所で釣れるまで待ってしまう性分なので……、ヨシュア様の臨機応変な場所変えには頭が下がる思いです」
「ははは、……それにしてもつい調子に乗って20匹釣ってしまったのですが、今日中に消費できますかね……」
心配そうに見る魚の山。その中には鮎やヤマメなどの魚や見たことのない魚も置かれていた。
鮎やヤマメが釣れるなんて川が綺麗な証拠だ。しかもこれらの魚は焼いたら美味しい。
余ったら一夜干しにして明日のご飯にしてもいいかも......。
「今日消費できなくても明日の朝やお昼用に長持ちするように調理すればですわ」
「そんなことまでできるのですか……?ミリアーナ様は博識なのですね。魚にご興味があって料理ができるだけでなく、保存方法までご存じとは」
「お......おほほほ、淑女の嗜みですわ。とりあえずこれらの魚を一度火元までもっていきましょう」
つい出しゃばったことをいってしまったので、話をそらしつつ20匹ある魚、そして自分が釣った魚3匹を3往復して拠点としている場所までもっていく。
そこにはすでに野草を採集し終わったクリフォード様と、今までイチャイチャしていたのか、近い距離でマリア、アシュリーのふたりが座っていた。
「大漁だな」
「つい釣りすぎてしまいました。いつになく魚が群がっていたので」
「釣ってしまったものはしょうがないが、釣りすぎてしまえばその川の環境も壊しかねないので注意しろよ」
「そうですよね……つい、いいところを見せたくて」
「……おまえ、まさか」
ヨシュア様の最後の方の言葉がもごもごとしていたので聞き取りができなく、その言葉を聞いていたであろうクリフォード様はなにやら言いたげに口を動かした。
ヨシュア様は「なんでもありません。失礼しました」というと魚を1匹ずつ地面に並べていく。自分の荷物の中からナイフを取り出した。
「少し遅くなりましたがごはんの準備をしましょう。とりあえず魚を締めて処理をした方がよろしいですか?」
私に聞いてきたのでお願いすると慣れた手つきでナイフで魚をさばいていく。
「内臓処理したものこちらに数匹もらってもいいですか?開いてから塩水に漬けて干しておくので」
「干物を作るのか?あれは時間がかかるし、今の季節には適さないのでは」
「干物といっても一夜干しなので明日の朝くらいには出来上がっているでしょう。森の気温は都市部よりも低いですし、肉厚な魚は今日調理して、身が薄い魚を干し魚にするのです。今は日中気温が高いのでそんなには持ちませんが明日の朝までは持つでしょう。こんなに人数がいれば消費できますし」
まぁ、干し魚なんて作るの初めてだし、素人知識だから確実なことは言えないけど。今日食べきれない分は明日食べれる用に調理しておいて損はないだろう。
それにしても干し魚かぁ……。ノエル王国では魚を干すといった文化がないので、明日の朝が楽しみだ。
魚をさばいて、今日食べる分と一夜干し用でわけながら考えていると、すぐに魚は捌き終わる。
「クリフォード様、野草を取りに行ってらしてなにか収穫はありましたか?」
「香味草やワサビ、あとは食べられそうな草が生えて来たからとってきた。これらで足りるか?」
と傍らに置いてあった小さい入れ物の中にはぎっしりと野草が入っていた。野草は詳しくないので、よくわからないが、ハーブ系やワサビはなんとなくわかる。
「ありがとうございます!随分と採れましたね。香味草とワサビをいただいてもよろしいですか?あと他の野草はどうやって調理したらよろしいでしょうか」
「おまえの好きにしろ。他の草はわからなければ俺が調理するがどうする?」
「本当ですか!ご無礼でなければお願いします。……まさかクリフォード様が調理したものを食べられるとは......」
「おまえの料理よりは劣るがな。作るものによるが茹でて塩和えするかスープにするかだな。味噌も持ってきているし......」
竹筒の中に入っている味噌をちらつかせる。蓋をあけるとふんわりと香る香ばしい大豆の匂いの優しさに心が和らいだ。
魚の出汁をとった味噌汁って美味しいんだよなぁ…...。と思いを巡らせていると、目の前にした処理を済ませたヤマメが映った。
......そうだ。
「味噌汁でしたらヤマメが多く釣れたので何匹か使って出汁をとりましょう。きれいな川で釣れたヤマメは鯉やふなと違って臭みがありませんから」
「わかった。ありがたく使わせてもらおう。手間をかけるのはいいのだが......そもそも味は保証しないからな」
「料理は味だけじゃなくて、作った人の思いも味が美味しくなる要素なんですよ?」
クリフォード様は肩をすくめて「わかった」と返事をすると、私とは別に野草の調理を始めた。野草に関してはあまり詳しくないのだが、こごみっぽいものやふきっぽいものなどが並べられていた。
一国の王子であるクリフォード様の料理をお手並み拝見といきたいところだが、生憎魚を調理しなければいけないので、横目でちらりとこまめに様子を観察しながら魚の調理に入った。
魚たちはハーブやワサビを使った簡単な姿焼きにしよう。
ひとつは切り込みを入れた魚の中にハーブを入れこむ。ひとつはオーソドックスな塩で。もうひとつはワサビを刻み、味噌をあえたワサビみそで味をつける。
味付けした魚を枝に刺し、火元の方へ立てかけてあとは様子を見ながら魚を焼けば、アウトドアでしか食べられないスペシャル3種類の魚の姿焼きの出来上がりだ。
魚は種類によって味が違うので、ハーブをヤマメ、塩を鮎、イワナをワサビ味噌にしてみた。そのほかの魚はそれぞれ合いそうな味付けにしてある。
魚を焼くまでに結構時間がかかる中で、味噌汁の方は姿焼きができる数分ほど前のグッドタイミングで出来上がった。
「......おいしそうな匂いですね」
すんすんと匂いと共に空気を吸い込みながらヨシュア様は言った。
たしかに魚の焼けた皮の香ばしい匂い、味噌汁の湯気に混じるあっさりとした優しい味噌の匂い。空腹だった胃袋を刺激する匂いに思わずよだれが零れそうになる。
そういえば、お米少しもってきてたから炊くんだったと今更になって後悔をする。
「姿焼きとは味気ないなとは思ったが中々見たことがないものばかりだ。普通な塩を振って簡単に焼くだけなのだがな」
「ハーブやわさびといったものは魚の臭みを緩和させてくれたり、味にアクセントがつけられるので。それに、ただ姿焼きを作るのもつまらないなって思いまして」
受け皿兼取り皿になる笹の葉を水で簡易的にあらって人数分配る。
......あれ?
「料理に夢中で気づかなかったのですけれど、マリアさんとアシュリー様はどこに行かれたのでしょうか」
「忘れていた。あの馬鹿二人はどこにいった?」
クリフォード様も気づいたようであたりを見回す。
けれど目の届く範囲に二人の姿はなかった。
「ミリアーナ様が魚に味をつけているくらいに二人で川のほとりの方に向かったようですよ」
しれっと状況を説明するヨシュア様。その淡々とした物言いについ面白くて笑ってしまう。
「ふふ......。味をつけている時ってほんのちょっと前じゃないですか。お止めして差し上げればよかったのに」
「恋路を邪魔するものは馬に蹴られてなんとやら、です。余計なトラブルには巻き込まれたくありませんので」
「まぁ、あいつらは何もしてないからそもそも飯を与える義理もないがな。帰ってこないならすべて平らげてしまおう」
「ですね。二人の時間を邪魔をしてはいけませんし。......いただきます」
焼けた魚を手にもってほくほくの身に口をつける。
私のはハーブ。クリフォード様のはワサビ味噌、ヨシュア様のは塩だ。
身を噛むとほろりと口に身がひろがり、魚のいい脂とハーブの香り塩味が広がる。
「ワサビの鼻を突き抜ける辛さと味噌の柔らかい味付けがいいな。それに味噌は外に味噌がぬってあるもの、中に入れ込んでいるものでそれぞれの風味に違いがあるのがまた面白い」
「塩もシンプルでおいしいです。きちんと外に塗り込まれているだけでなく魚本来の味が生かされているのがいいですね。こちらのハーブも、新鮮でおいしいです」
談笑と味の評価をそれぞれがしながら腹を満たしていく。クリフォード様が作った野草の味噌汁を合間に啜ると、野草の素朴で自然な味わいが広がる。
「あら、お味噌汁もおいしいですよ!魚の出汁も短時間ながらも取れていますし、くたっとなった具である野草たちが味噌の味わいとマッチしてて......私、こういう優しい味大好きです」
「――っ!!」
本当に優しい味のお味噌汁に感動する。外で食べる温かいものほどおいしくて楽しいことはこの世にあるのだろうか。
しかもクリフォード様のような高貴な人が作ったものならなおさらだ。
こんなある意味貴重な食べ物そうそう口にできまいと味をかみしめていると、クリフォード様は目を丸くさせた。
「ど、どうかしたのですか、そんなに驚いた顔をして。......魚の小骨が喉などに刺さったとか?心なしか顔も赤いような……」
「な......なんでもない。いいから。食事を続けてくれ......」
「クリフォード様にはワサビの味付けが少々刺激が強すぎたようですよ?ハーブもおいしいので食べてみてください」
「あ、ああ。ありがとうヨシュア」
たしかにワサビのつんとした辛さは食べなれないと、食べにくいのかもしれない。
いつもは自分が食べたいものや思い付きで作ることがほとんどだったので、今度からは相手が食べやすいものを意識して作ってみよう。
美味しいごはんに舌鼓をしながら今後の食事の改善策も練っていこう。
こうして沢山あった魚の姿焼きやみそ汁はすべて私たちの胃袋の中に収まった。




