③迫りくる欲
――遡ること数日前
あー。今日も憂鬱だ。
私の婚約者であるノエル王国第一王子のアシュリー・カプリスは、私たちが通っている学園の同級生、マリア・クライゼルという令嬢に一目置いている。
そこまではいいのだが、アシュリーは少し頭がお花畑なのかマリアの言うことなすことすべて信用してしまう節がある。
例えば、ある日の学園の一日。
私は授業の準備をしていた時、アシュリーが鬼の形相で私のクラスまで乗り込んできた。
理由を聞くと、その前の日の放課後、廊下を歩いていたマリアを私が睨んでいた......らしい。
いやいや、確かに廊下はすれ違ったけど話してもなければ、目線すら合わせていない。
あるいはある日の休暇日。
家で優雅に一日を過ごしているとなぜか私の家にマリアがやってきた。
そもそもそんなに仲良くないので追い返すと、なぜかアシュリーが怒号とともに乗り込んできた。
マリアの好意をないがしろにするなと。
おいおい。私の意見は無視か?嫌がらせ以外のなにものでもないでしょ?
その時のお父様、お母様の表情おまえ冷静に見えてるか??
今にも理性の糸がぷちんと切れそうななんともいえない怖い表情してたからな?
......と、脳内回想を繰り返し、嫌になるくらい記憶に焼き付いているアシュリーのイケメンでいやらしく、今にも蹴り飛ばしたくなる挑発的な顔を思い出し、むかっ腹がたつ。
あー!精神的に苦痛だな!
しかも、とくに苛立った時はなにか口に入れたくなる。
それがおいしいもの......前世で焼き付いている懐かしき食べ物の数々を思い出すと食欲がより強くなる。
私、苛立つと食べ物で発散するタイプなのだ。
部屋に備え付けているドレッサーの鏡、そこに自分の顔が映され視界に入る。
黒髪にルビーのような赤い瞳。どこか日本人ぽさが残る反面、すらっと通る鼻筋や切れ長な目じりは外国の人のようなきりっとした顔立ち。
自分でいうのもどうかと思うがなかなかの美貌だ......。
記憶が戻るまで意識することなくこの細身をキープしてきたが、ストレスのまま過食すると間違いなく太ってしまう。
......でも、食べて日々のストレスを発散したい。いつもはヘルシーなもの食べてるし、今日くらい日々の自分にご褒美をあげてもいいのではないのか?
それにだ。国の料理ってフルコースで順序よく少量ででてくるから量より質。私が好きな胃にがつんときて、口の中がこってりとして、量を意識した料理が少ない。
もしかしたらあるかもしれないが、公爵家が口に入れる料理にそんな下町の料理のようなものなどでてくるはずがない。
もし食べるのではあれば久々に前世でなじみのある料理が食べたい。
今日は1週の始まりの日。厨房に食材が仕入れされたばっかりだ。今なら種類多くの食材が取り揃えられているだろう。
料理はできる方だし、食べる理由があれば、作らない理由はない。
――よし、なにか作って食べようっと。
私は思い立ち、ハンガーにかけた上着を羽織り、部屋を後にする。
時刻は午後11時を回っている。お抱えのシェフは使用人棟に帰って休んでいるだろうし、お父様もお母様も寝室にいる頃だろう。
今なら夜勤をしている数人のメイドや執事しかいない。
その人達の目をかいくぐり無事厨房までたどりつく。