遭遇
――重い瞼を上げる。
微睡む意識の中で窓越しから見える淡い月夜を見上げた。今は何時なんだろうか。
月の光のみで照らされた部屋に小さなろうそくに魔法で火を灯して起き上がる。
見慣れない家具は配置された部屋に一瞬困惑するがすぐにここはシレーヌ帝国ではないことを思い出す。
「――ああ、そういえば俺は留学(嫁探し)に来たんだったか」
ようやく自分の本来の目的を思い出してふらつく足元に力を入れて立ち上がる。
時刻は夜。なにもすることもないのでぼうっとしているときゅるると唸る胃袋の音。
――腹が減った。
空腹の胃に何か詰めたいと思ったので使用人をよびつけようとするが人払いが済ませてある部屋には当然使用人もいない。
「しかたない。誰か見つけて用意してもらうか」
一国の王子としては無理くりにも誰かを呼んで食事まで用意させるのが当然であろうが、今の俺は王国に招かれた客人。そしてここは他人の屋敷だ。
しかもこんな時間に王子の世話をさせてしまっては迷惑であろうし、そもそも人を払っているので自分の部屋の周りには今夜使用人がいない。
夕刻、この家の娘であるミリアーナに教えてもらった記憶を頼りに使用人が常駐していそうな場所を探しに回る。
まずは広間からか。自信の空腹を満たすべく、重々しい扉を開いて小さい灯りが等間隔に灯る薄暗い廊下へ出た。
★
今日の夜食会はいつもとは少し趣向を変えた一品を仕上げた。
ももやイチゴはジャムにして長期保存もできるように砂糖で煮詰める。
バナナは生クリーム、ヨーグルトの味を用意して食べれるように。そして耳を切ったパンの上に乗せ、フルーツサンドイッチ風にする。
簡単に作ったサンドイッチたちを食卓に並べる。
この世界ではサンドイッチはなじみがない。フォークやスプーンといった食器がないことにお母様をはじめとした人たちが首を傾げたので料理の説明に入る。
「この料理はそのままかぶりつくのが作法なのですわ」
「――まぁ。そうだったのですね。……でも少しはしたない気がするわ。具材もたっぷりと詰められていて、噛めば挟んであるパンの横から漏れ出してしまいそうよ」
食べ方に躊躇するお母様に一言。
「それをうまく食べるのが淑女としての腕の見せどころではありませんか?」
「この子ったら口だけは達者なのだから」
「お母様が育ててくださった賜物ですわ」
サンドイッチを配ってそれを一口。ヨーグルトとバナナを混ぜたものだった。甘酸っぱいヨーグルトの味とバナナの濃厚な舌触りが絶妙にマッチしている。
様子見をしながらお母様もサンドイッチを一口噛む。
「......おいしいですね。ジャム味も生クリームのものも素朴ながらもフルーツの酸味や甘味がひき立ってます」
お母様もサンドイッチに満足いただたようで、使用人たちに取り分けてもらいながら胃袋におさめていく。
使用人たちもいつものように料理の感想を言いながら各々が好きな分取り分けて食していく。
あっというまに山盛りに作ったサンドイッチの量も残り少なくなってきた。
「お母様、おかわりどうですか?」
「もう結構よ。ありがとう。意外とパンはお腹に溜まるので小さいもの2つほどで十分。――それでよく太らないわねあなた」
「そうでしょうか、自分では気にしたことないのですが…...」
ハンカチで口元をぬぐいながら私のお腹に視線を移す。自分でいうのはなんだがくびれがあり程よい肉付きの腰。乱れた食生活を送っているようには見えないほどだ。
お母様の言葉に対して気の利いた言葉をかけたいところだが、それは思いつかず。お母様の言葉に素直にうなずくことはできない。
だってこの腰、コルセットのおかげで「細くみえてる」だけだもん。実際は下着の上に少しだけお肉が乗るくらいは太っている。夜に脂質、炭水化物中心の太りやすい食べ物をたべて太らない人間なんていないのだ。
だけどお母様にはその事実を言わない。いったら絶対鬼のように怒ってしまうから。
本当にそろそろこのお腹のお肉のことも含めて真剣に私の夜食会の参加を考えなければけないなぁ。このままだと横幅的に取返しのつかない大変なことになってしまう。
良い時間になってきたのでそろそろ私は部屋に戻ろうかな。椅子を引いて食器を片付けようとしたが、アンに断られてしまったので今回はその言葉に甘えよう。
お母様も紅茶を飲んで一息してから出るそうなので、私一人で部屋に戻るべく、食堂を出る。
――だが。
「「あ」」
予想外の出来事が起こってしまった。
食堂を出てて目の前の扉の前になんと、クリフォード様が立っていた。なんで、寝ていたのではないのか......。
「こんな時間に人様の屋敷を歩き回る無礼許してほしい。......少々腹が減っていてな。人払いをしてしまった手前、無理に呼び出すこともできなかった」
「あっ......。そう、ですね。申し訳ございません。ただいま夜勤中の使用人は少々手が離せない状態でして......」
「そうか。困ったな......」
クリフォード様は気まずそうに頭を軽く掻いた。
「よろしければ後で部屋に伺うように申し付けておきますが、いかがなさいますか?」
「そうだな。お願いしたいところだが手が離せないんだろう?それに今すぐに何か胃袋に欲しいだけだ。丸かじりできる果実などでもいい。なにか用意できないか?」
その果実、今さっきサンドイッチに使っちゃいました......。
そんな事実を告げることもできず。しかしお客様に「ない」とも言えずに返答に困る。一瞬でも気を紛らわしたくて窓から差し込む淡い月灯に視線を映した。
「――どうした。ないならないとはっきりいってくれ」
「も、申し訳ありません。あるかとは思うのですがどこにあるのかは把握しておらず......」
返答に困り適当な言葉を選び答えようとしたが、その言葉の先は紡がれることはなかった。
食堂のドアが静かに開き、アンがサンドイッチが乗った小皿をもって顔をのぞかせたからだ。
「お嬢様!この余ったサンドイッチというもの、いただいてもよろしいですか?」
「あ......アン!」
アンの近い距離感を感じる言動、声音、行動に驚いたのか、クリフォード様の切れ長な瞳が丸くなる。アンも気まずそうに声を上げ、しずしずと頭を下げた。
「――っ、王子殿下。これは失礼しました。いかがなさいましたかこんなところまで足を運ぶなど......」
「あ、ああ。腹が減ってしまってな。なにか食せるものはないかとここに来たのだ。その手にある物はなんだ?」
「は…...はい?これはお嬢様が作ったサンドイッチなるものでございますね」
クリフォード様の視線がサンドイッチが乗った小皿に映った。すぅっと目が細くなると口角も上がる。
「ほう、ミリアーナ様が作ったのか」
「左様でございます。よろしければ賞味されますか?」
アン、なんてこというのか。一国の王子様に形式的な料理ではなくてB級グルメを食べさすなんて......。個人的にはとてもおいしいものだが、王子様の口に合うかどうかわからないのに。そんな恐ろしいこと私にはできない。
「アン、およしなさい」行動を止めようと思ったが王子の返答の方が速かった。
「いいのか?それはおまえの取り分なのだろう?」
「私はもういただいたのでよろしいですよ。それにドリーも今夜は随分酔っていて食事も作れない状態ですし。これはお腹を空かせた王子様に召し上がっていただくのがよろしいかと存じます」
アンは「温かい飲み物と一緒にお持ちします」とだけ伝えると厨房がある方角消えていく。
クリフォード様とともに取り残される結果となり、この二人の空間に居心地の悪さを感じた。
「意外とプライドが高い御仁なのかと思ったら庶民的な趣味をお持ちなのだな」
クリフォード様の言葉に返す言葉も見当たらず。
自分がついた下手な嘘の恥ずかしさと自分が作ったものを食べていただく謎の罪悪感が混じる。さっさとここから消え去りたい。そんな衝動を抑えるために顔を両手で覆う。
「クリフォード様、夜も更けてまいりましたので私はこの辺で失礼します」
「まぁ、待て。実はここまで足を運んだのはいいのだが自分にあてがわれた部屋への戻り方がわからなくてな。案内してくれないか」
さっさと立ち去るに限る。挨拶を済ませて自分の部屋に戻ろうとしたときクリフォード様に肩を掴まれた。反動的に後ろを振り返ると子供がおもちゃを手にしたような
それはもう楽しそうにニヤニヤとした表情を浮かべていた。なぜこんな表情を浮かべるのか見当がつかない。
私はさっさと部屋に戻りたいのに......。けれど客人の要望を断ることはできず、最低限の返事だけしてクリフォード様を部屋に案内する。これだけしか今の私の行動の選択肢がなかった。




