早朝の逢瀬2
「おや、そこにいるのはアーテル家のご息女じゃないか」
「おはようございますラーゼン侯爵。こんな姿で失礼しますわ」
後ろに視線を動かした先にたのは、ラフな茶色系のシンプルな衣装を身にまとう夜会にも来てくれたラーゼン侯爵その人だった。
早朝でも相変わらず綺麗にあごひげが整えられ、スキンヘッドには木々から見え隠れする日の光が淡く反射している。
隣の屈強な体躯をした若い男性は私に会釈をしてくれたので、それを返事する形で「おはようございます」と返す。
「ご令嬢ともあろう方がこんなところで何をしてるのかと思えば一人で釣りですかい?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが趣味のひとつでして......」
「ここは釣り通の中でも知る人ぞ知られる上級者向けの釣りスポットじゃ。......ご令嬢もなかなか渋い趣味をお持ちの様で。よろしければ孫と一緒に同伴しいても?女子が一人でも危ないじゃろう」
「ぜひ」
ラーゼン侯爵の申し出を受ける。侯爵は「ほれ」と顎で男性に向けてしゃくると小さな小箱を取り出し、そこにはイキがいい釣り餌、つまりミミズが数十匹うごめいていた。
「まぁ、生きのいい餌ですわね」
「これを見てなんとも思わないのですか......?」
「......?いえ。釣りをしていれば触る、見る機会もありますし活きがよければ魚も食いつきがいいですもの」
「ほんとうにおもしろいご令嬢じゃな!こんなミミズの大群普通の女子ならば卒倒するぞ」
なにが面白いのがわからないがラーゼン侯爵は静かに、しかし愉快そうに高らかに声を上げる。魚が逃げてしまうので最低限の声量だがそれでもあたりに響き渡るくらいはおおきな声だった。
「そういえば紹介がまだだった。こやつは孫のヨシュア、おまえさんが通っている学園に今度入学するぞ」
「名乗りが遅れて申し訳ございません。ご紹介にあずかりましたヨシュアと申します。よろしく......」
「よろしくお願いします。ヨシュアさん、同じ学年なのですね?私てっきり年上かと思いましたわ。雰囲気が大人びているのですもの」
私より頭二つ分ほどある高身長。仏頂面な印象だが高圧的な雰囲気はなく、逆に柔らかさを感じる。屈強で鍛え抜かれている体ではあるがてきどにほっそりとしている。
セミロングの白髪と長い髪の毛で隠れている青い瞳はラーゼン侯爵の孫だといわれても「そうか」と思えるほど色味の配色が似ている。
「よく言われます。......それよりミリアーナ様。糸引いてますが」
「え、......あ!本当ですわ!少し失礼します!」
話に夢中で気づかなかったが釣り竿がしなり、糸は川中に引いている。急いで釣り竿を引き上げるがこれがまた重い。
これと運動をしていなかったせいだろう。だけど狙った獲物は逃がしたくないので全体重を込めて思いっきり釣り竿を逆の方向へ引っ張る。
「ふんぬぬぬ......!」
「これ、ヨシュア!なにをしておる、手伝ってやらんか」
「は…...はい!ミリアーナ様、失礼します」
ヨシュア様は背後から私に被さるように立ち、釣り竿を握る。
一緒に引っぱること5分、水面から魚の姿が見えてきた。
「おじいさま!網!!」
「わかっておる......!ほれ」
侯爵が用意していた網で針に引っかかった魚をひき上げる。
川魚にしては大きい1メートルを超えた大きな魚がその体を動かした。
「――大物じゃな」
「スターフィッシュですね。鱗に星のようなマークがついていることからそう呼ばれています。見た目に比べて淡泊な味ですから塩焼きや煮込みなんでも使えますよ」
ヨシュア様のレシピ本ばりの丁寧な説明に関心しつつ、このあとこんな大きな魚どうやって持ち帰ろうか、調理法など頭に巡らした。
「こんなに大きな魚が釣れるなんて想像しませんでした。釣れても手ごろなサイズが1匹、2匹。ここで姿焼きにでもして食べてから帰ろうと思ってましたのに......」
「ほっほっほ。釣りで誤算はつきものじゃ。それにスターフィッシュが釣れること自体珍しい。しかもこんな大きな体のものなど釣れると誰が想像するのじゃ」
ラーゼン侯爵は愉快に声をあげながらスターフィッシュの身体をぺちぺちと叩く。
「......!そうじゃ、もしよければ今からうちに来んかね?馬で来ているから早くうちにも帰れるぞ?」
「私は構いませんがよろしいのですか?いきなり侯爵の家にお邪魔をするなんて......」
「よいよい。それにおまえさん一人でこんなでかい魚持ち帰れんじゃろう。......それにま
たおまえさんの料理を味わうよい機会じゃしのぅ」
最後になにをいったのか聞こえなかったが、私自身はラーゼン侯爵の家に行くのは別に構わない。このスターフィッシュの処理にも困っていたところだし。
思っていた矢先、ヨシュア様が端正な貌をしかめた。
「おじいさま、格上の家柄。しかも年頃の女子であるミリアーナ様を家の者の許可なく招くなど無礼です。招くのであれば形式を踏んでですね......」
「むぅ。では両親の許可を得られればいいんじゃろう。まだ朝は早いし、もう少しここで釣りを楽しんだあとに使いの者を送ろう」
「いいえ!そうではなく安易に女性を屋敷に招くなと申しているのです。それがまだ交流がない女性であればなおさらです」
侯爵は考えるそぶりで顎の髭を触り、私に問う。
「ミリアーナ嬢、儂とおまえさんはあの時の夜会で初めて出会った。交わした言葉も少なければ顔を合わせた回数も一度きり。しかし、我らは偶然にもこうしてこの場で出会い、趣味を共有した。......これはもう、友人といいう関係ではないかね!」
深刻そうな侯爵は表情込みで私に訴えかける。勢いが強く若干引き気味になってしまったが、頷ける部分が大半で、同じ趣味を共有するのに年齢なんて関係ない。
私的には友人は長い年月をかけて作り上げるものだとは思っているが、友達になる境なんて案外ないようなものだし、その人が友達といえば友達関係なのだろう。
それに侯爵は面白い人だ。交流をしても心地よい相手だし、彼の申し出を断る理由なんて一ミリもなかったので......
「はい、ラーゼン侯爵と私、年は孫ほどおじいさまほど離れてはおりますがお友達......です」
いざ口にすると恥ずかしい。語尾が消えるように小さくなったのは許してほしい。
恥ずかしさで頬が熱くなる。侯爵はといえば勝利後のような余裕な表情をなぜか浮かべており、ヨシュア様を見ていた。
「ほれ、これで文句はないじゃろう?ほれほれ!さっさと使いの者を送らんかい」
「ミリアーナ様!こんな強欲ジジイと友人関係になると後悔しますよ!......ではなく。よろしいのですか?後悔しますよ」
「......?なにが後悔するのかはよくわかりませんが、後悔はしませんよきっと。今したことに関して悔いる要素などひとつもありませんもの」
「ヨシュア!おまえは儂の孫であるのに常識に囚われすぎなんじゃ!田舎で両親と狭い社会で過ごしていた分、今新しい時代で感性を養うがよい!」
「意味がわかりません!俺は常識的なことを口にだしたまでですよ!......まぁ、ミリアーナ様がよろしければこのまま手配しますけど」
こうしてしばらく釣りを楽しんだ頃、馬に乗ってから侯爵邸に招かれる。
本来は十分に身綺麗にして足を運ぶものだが、お忍び用の木綿でできた庶民衣装に戦利品(魚)を携えて来訪する令嬢は世界中どの貴族を探しても私くらいだろう。
......お母様にばれたら絶対殺される。それだけは少し後悔が残った。




