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女々しいドワーフ




「あたいは別におっちゃんが気に病むことじゃないと思うんだけどさ。ほんとドワーフの癖におっちゃんは女々しいっていうか、うじうじしてるっていうか。湿気の多い墓地なんかで暮らしてるからそうなるんじゃな~いの~?」


 抱えていた袋を床に降ろしながらポプラは良く回る舌で賑やかにまくしたてる。

 いつもは静かな小屋に子どものような高い声が響いて耳が痛い。


「うるさい。黙れ。墓守が墓地に住んでなにが悪い。それにこれは住んでいる場所が問題じゃなく俺の性格のせいだ」

「あれ?自覚があったのか。ならば仕方ない。ま、あたいは血の気が多くてなんでも力で解決しようっていうドワーフより、おっちゃんみたいな後ろ向きなドワーフの方がまだ話が通じて付き合いやすくていいと思うよ?どんまい」

「お前な」

「ご所望の品は干し肉とイモやなんかの適当な野菜類、パンとバターと玉ねぎと赤カブの酢漬けと蜂蜜だったよね?」


 反論も文句も受け付けませんという態度で斜め掛けしている鞄の中から注文された品目と金額を書きこんだ紙を取り出して読み上げる。

 いつものことながら自分のやりたいようにしかしない小人族の女は小さな手のひらをずいっと差し出して金銭を要求してきたので、腰を上げて戸棚の奥に置いている皮袋の中から銅貨を十枚ほど取り出し握らせた。


「まいどあり~」


 一応営業用の笑顔を浮かべポプラは巾着の中へ銅貨を落とす。

 紐をきっちりと閉めて鞄の中へしまうと、自分が配達してきた袋をごそごそと漁って蜂蜜の入った瓶とパンを抱えて机へと歩いてくる。


「おい。お前、また勝手に食おうとしてやがるな!?」

「だっておっちゃんお駄賃くれないからさ。こうやって現物搾取するしか方法がないわけ。孤独な独り暮らしのドワーフの話し相手までこなしてやってんだから細かいこといいっこなしだよ。あ、うまっ!」


 右腕で机の上に乗っている下絵の束を押しやってスペースを確保し、そこへ蜂蜜とパンを乗せ椅子の上にぴょんっと飛び乗ったと思ったら、さっさとフタを開けて琥珀色の液体を指先で掬い口に含む。


「全く油断も隙もない」


 丁度いいので作業の手を止めて自分も昼食にしようと向かいの席に座り、落ちそうになっていた紙の束をざっとまとめて邪魔にならないように横へと置く。


 大きな丸パンを半分に千切って更に半分にし、それをポプラに渡してやると「あんがと」と礼をいわれる。

 瓶を引き寄せて傾け、パンの上に蜂蜜をかけむしゃむしゃと黙って食べていると、小人は二つに分けて耳の上に結んだ茶色の髪をふわふわと左右に揺らして不満げに唇を尖らせた。


「おっちゃんさぁ。聞きたいくせになんで「あいつどうしてる」って聞かないんだよぉ」

「聞かなくても勝手に喋るだろうが、いつも」

「だっておっちゃん無口な方じゃないのにあいつのことになるととたんに消極的になるじゃんか。それがあたいおもしろくないっていうか、呑気に先輩らに小突かれてへらへらしてるあいつに腹立つっていうか」


 ぶつぶつと呟くポプラを苦笑いで眺めオリゴは短い顎髭を摘まんで捩じる。


「さっきいったけどおっちゃんが気に病む必要ないんだってば。あいつ全然こたえてないし、凹んでもないんだから」

「あいつがこたえて無いなんてことはないさ。ただ自分がどうしたいって自覚する前にファベット家に雇われ、従属することが当たり前の環境で育ったんだ。今更別の道があったなんて聞かされても生き方なんて簡単に変えられるわけねぇよ」


 表面上は変わりが無いように見えても内心では酷く動揺しているだろう。

 でなければあの時泣いたりはしないはずだ。


「俺がいらんこといわなけりゃ」

「だーかーらー!おっちゃんいったことを後悔するくらいならもっと積極的にあいつに働きかければいいんだよ!それをさぁ、あたい相手にぐちぐちねちねち鬱陶しいったらないってのぉ!」


 バンバンッと小さな拳が音を立てるたび、机の上に積まれた資料が少しずつ崩れていく。

 手を伸ばしてそれを阻止しているとポプラはぷくっと頬を膨らませる。


「俺がいくらあいつのこと気にかけても、ここから動けないんじゃどうにもならん」


 いつでも来ていいと別れ際にちゃんと伝えている。

 アルも笑顔で「また来ます」といったのだから、来たければそのうちくるだろう。


「おっちゃんがあいつのこと気にしてたからお屋敷の方にも最近出入りさせてもらってんだけどさ。ほんとの息子のシリカってやつ、部屋に引きこもってんじゃなくて魔女んとこに入り浸って全然帰って来ないって話。まだ十五だってのに色気づいてさぁ。まったく気色悪い」


 もう一度瓶の中へ指を突っ込んで蜂蜜を舐めながらポプラは半眼で毒づく。


「屋敷中の人間みんな知ってんのにあいつだけは部屋に閉じこもってるんだって思ってるんだ。どんだけ鈍いんだよ。むかつくぅ」


 じたばたと机の下で足をばたつかせるものだから正面にいるオリゴの膝に足先が当たる。

 痛くはないが気分はよくない。


「魔女ってのはあれか。もしかしてあの女のとこか?」

「そうだよ。この街のどこかにあるっていう古代遺跡を探し回ってる迷惑な魔女」


 拘泥こうでいのエレノア。


「だが相手がエレノアってことは、そのご子息ってのは色気づいたんじゃないんじゃないか?」

「どうだかぁ。あの魔女見せつけるみたいに胸元あいてる服着てるし、誘うような視線で男を見るし。経験薄い少年ならコロッと落ちて精魂果てるまで吸い取られる刺激的な日々にメロメロになっててもおかしくないんじゃないのぉ」


 さっきよりも勢いよく蹴り出された足がゴツゴツ膝やら脛やらを遠慮なくぶつけられるので椅子を後ろに引いて距離を取る。


「あの女の悪趣味な服は見られて興奮する性質だからだ。そもそもエレノアは研究に邪魔になるからと特定の男を囲うことは今までしなかったはず」

「宗旨替えしたのかもしれないじゃん」

「未だ見ぬ古代遺跡に魅入られてる女だぞ。あれがそう簡単に替えるようなタマか」


 必ずこの街のどこかに遺跡はあるのだと主張し私有地であろうが、敷地内だろうがお構いなしにずかずかと入り込み、他人の家へ不法侵入しては何度も捕まっているような女である。

 もちろん街外れにあるこの墓地へも足繁く通ってはオリゴや幽霊たちを不愉快にさせて帰って行く。

 特にエマは彼女を蛇蝎のように嫌い気配を感じようものならすぐさま姿を消して、エレノアの刻んだ足跡や痕跡が完全に無くなるまで出てこないくらいだ。


「ん?ということは、この間魔女が来た時に連れてたガキが例のご子息様ってことか」


 フードを被った嫣然と微笑む女の顔を思い出しているとその後ろに眼光の鋭い少年が浮かんだ。

 ひょろりとした体に長いコートを着た少年は俯き加減でこちらと視線も合わせようとしなかった。

 背中を猫のように丸めて不機嫌そうな表情で魔女の行先に黙ってついて行くその姿からはエレノアに対する情愛に類したものは一切なかったようだが。


「なに?この間っていつのこと?」

「ひと月くらい前だな。来るたびに一番古い霊と話をさせろってしつこい。非常に迷惑だ」


 お蔭で幽霊たちはしばらくピリピリしていたし、エマなどはアルが来た夜にようやく出てきたことを思い出す。


「まあ確かに古臭い文献やら言い伝えやら調べるよりその当時に生きてたかもしれないお化けに聞いた方が手っ取り早いっていうか、効率的だけどさ。研究者としてはどうなの?」

「あいつは遺跡さえ見つかりゃいいんだろ。そこんとこを幽霊どもは勘付いてるからか聞く耳持たんが」


 呆れつつもエレノアが霊たちに毛嫌いされていると聞いてポプラは嬉しそうに笑った。

 そして最後の一欠けらになったパンをぽいっと口に放り入れてもぐもぐと頬と顎を動かした後でゴクンと飲み込む。


「おっちゃんがこの街に来て何年だっけ?」

「まだ五年だ」

「五年」


 どこか不思議そうに繰り返し、ポプラはぴょんっと椅子から飛び降りる。


「前のドワーフはジジイすぎて話が合わなかったけど、おっちゃんは若いし、あたいのこと邪険にしないからできればずっといて欲しいんだけどさぁ」

「心配せんでも親父が親友と戻って来るのはまだまだ先だろう。残念だがお前との付き合いもまだまだ数年、十数年続きそうだ」

「お互い人より長生きする種族だからねぇ。十数年どころか数十年の仲になるかもだし」

「俺としては遠慮したい所だが」

「なら飢えて死ねばぁ?」


 痛い所を突かれてオリゴは黙る。

 クククッと笑うポプラはどこか勝ち誇った顔。


「だいじょうぶだよ。あたいおっちゃんのこと嫌いじゃないし、ここには優秀な墓守が必要だってのも分かってるし。おっちゃんがお金を払ってくれている間は見捨てたりしないからさ」


 安心してよといわれてもなんだか素直に返事をしにくい。


 口を開かぬままタタタッと軽い足取りでドアへと向かうポプラを見送っていると、茶色の髪がふわりと揺れて丸い顔がこちらを見た。


 ふっくらとした頬を幾分引き締めて、真っ直ぐな瞳がオリゴに注がれる。


「人間はあっという間に年を取っていなくなっちゃうから付き合い方はちゃんと決めておかないと後悔するよ。これは年上からの忠告としてありがたく聞いておくように!それじゃまた」


 毎度あり。


 そういって帰って行ったポプラの言葉はじわりじわりと沁みてくる。


 子どものような容姿のまま死ぬまで変わらない小人族は陽気な性質もあって侮られることも多いが、すばしっこく手先の器用な彼らはとても聡く生きていくことに貪欲だ。

 懐っこく入り込みその場に馴染みながらも引き際は弁えている。


 時にあっさりとしすぎているほどに。


 ここへ来て五年。

 オリゴが言葉を交わす相手は霊たちを覗けばポプラくらいのものだった。


 初めは寂しくもあったがじき慣れた。

 一緒に酒を呑み交わせなくとも死者たちは歌を唄ったり喋ったりと賑やかだったし、気が済むまで墓石を彫り仕事に集中できる日々は充実していたから。


 熱心に仕事に励み彼らを満足させ逝くべき所へと次々に送り出しても順番待ちしている者たちはまだたくさんいる。


 どんなに頑張っても墓石がひとつ出来上がるまで速くてひと月、遅くて半年ほどかかるのだ。


「他のことにかまけている場合じゃない――ってのは分かっちゃいるんだが」


 それでも気になるのだ。

 女々しいといわれようとも。


「あんな風に熱心に眺めて手放しで誉めてくれた奴は今までいなかったから」


 なのか。


 おそらくそうなのだろう。

 ほうっとため息をひとつ。


 あの日アルが帰る間際に振り返ってまで見ていた石板はとっくに出来上がり、それを求めている者の亡骸が眠る場所へと運ぶだけになっている。

 次の順番の奴から要望を聞いて墓石の案をテーブルで練っている間も部屋の隅に置いているのはあの少年に見せてやりたいと思っているオリゴの我儘でもあった。


「なにやってんだろうな」


 依頼人よりも自分の思いを優先するなど本来あってはならないことだがオリゴはアルのことが気になって届けられずにいるのだ。


「なぜ、来ない?」


 忙しいとか、仕事の邪魔になるからと色々と理由はあるだろう。

 騎士見習いとなれば騎士の身の回りの細々な手伝いをしたり、同期や先輩らと訓練や勉強をしたりと多忙を極めるらしいが休日がないわけではない。


 オリゴが会いに行ければいいのだが、契約上墓地(ここ)から出ることはできないのだ。


 仕方なく図案集を広げて眺めてみるが、どの絵柄もどこかピンと来ない。

 手当たり次第に紐を解いていくがオリゴの目を惹くものも心を浮き立たせることはできなかった。


「くそっ。こんな状況で良い着想が生まれる分けねえだろうが!」


 苛々して声を荒げたところで解決できるはずもなく。

 こんな時は体を動かして切り替えるしか方法を思いつかずにオリゴは立ち上がり外へと出た。


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