プロローグ
オリゴ――と名を呼んだ父の視線は轟々と燃え盛る炉の方を向いている。
炎の赤が互いの体を照らし、濃く、深く、影を落とす。
もう一度「オリゴ」と呼びかけられ父の横顔を見上げて続く言葉を待った。
おれには夢がある
父は右手に持っている金槌を更にぐっと手のひらに握り込んで。
唸るようにそういった。
あいつと一緒に旅をしたいんだ
『あいつ』ってだれ?などと聞けるような雰囲気じゃなかったので、ひたすら父の声に耳を傾ける。
ただ鍛冶屋として熱心に仕事をしていた父の夢が、後世に語り継がれるような優れた武器を作り上げることではなかったことに驚きつつ。
なあ、オリゴ
おれのわがままを聞いてくれるか?
父の願いを、夢を叶えるために力を貸してもらえやしないかと請われて束の間ぽかんと呆けてしまう。
生活に必要な鍋や刃物の修理も快く受け入れ、優秀な職人の工具や道具の手入れもひっきりなしに頼まれるドワーフの里でも指折りの鍛冶屋の父がオリゴに頼みごとをするとは。
もちろん無理にとはいわん
今すぐ返事をする必要もない
父の固く厚い手が肩に乗り、そしてぐっと引き寄せられる。
誰にでも救いっていうのは必要だろう?
かすれた声にオリゴはこくんと頷いた。
どんなに幼くても父がその誰かを救いたいと思っているのは分かったから。
ねえ、父さん
その『あいつ』ってだれなの?
父の目はここではない遠くを見つめていたのでこの里にはいないのだろう。
ではどこにいる?
なにをしている?
父とどういう関係なのか――
気になることは多くて。
でもいっぺんに聞くことはすこし怖かった。
そうだな
あいつのことを知らずに協力してもらおうなどとは公平ではないか
いいだろう
教えよう
父はようやくこちらを向いて目と口を和らげてほほえんだ。
オリゴを木の箱の上へと座らせて、自分は椅子に腰かけて。
あいつはおれの友で墓守をしている
浮かばれぬ孤独な魂に寄り添い
声を聞き
荒ぶらぬよう宥めて
彼らの望むままに墓石を作り未練を断ち切って送り出す
そんな尊い仕事をしている男なのだと
日々墓の管理と安寧のために独り尽くす男はかの墓地から片時も離れることはできない
だからこそ
「いつか」と父は瞳に強い光りを宿した。
それを見た後オリゴはぱちりとまぶたを下ろして息を吐き。
ちゃんと考えさせて
と答えると父は嬉しそうに相好を崩してもちろんだと返した。