46.家庭教師④
「執筆活動というのは、本を書くお仕事ですか?」
と、ソフィーは聞いた。
女性に許される知的な職業というのは、正直限られている。十分に活躍の場が確保されているのは、音楽や芸術、それから文学の分野。
ソフィーが興味を示したそれは、その中で最も実現する可能性の高い━━といってもその門は狭いのだけれど━━選択肢だった。
彼女には、読み書きに関して秀でた才能がある。それを活かすしか道はない。私はそう考えていた。
「その通りです。ソフィー。原稿を書いて、それを印刷所に持ち込み、本にして売るのです」
はあ、と実感の湧かない様子でソフィーは呟いた。『本を売る』ということを思い描くことのできない彼女ため、私は付け加えた。
「去年、ベルリンで訪れた本屋のことを覚えていますか?」
「……ええ、あれは、感動的な光景でした……壁一面の本棚に、隙間なく本が並べられていて……」
「あの光景は、いずれ大都市だけのものではなくなります。本を読みたいと願う人がどんどん増えて、どの街の本屋も、あれほどの品揃えになるでしょう。あなたの本がそこに並ぶことだって、夢ではないのですよ」
本を日常的に読む人の数は増えて、だからこそ出版社は新しい作家を、新しい物語を探している。本が求められるようになる。
そこにチャンスはあるはずだ、と思う。
「でも、簡単ではないのでしょう?いきなり本を書くだなんて……どんな事を書けばいいのか……」
不安そうに、ソフィーは聞いた。
「もちろん、私も一緒です。あなたの傍で支えます。それにあなたはもう、そのための第一を踏み出しているのですよ?」
「……わたくしが、ですか?」
「冬休みの間、あなたが私に送ってくださったお手紙は、『その可能性』があることを十分に示しています。つまり、あなたと私にとって一番可能性があるのは……」
私自身、どきどきしながら続けた。『それ』を書くということは、私からソフィーへの、ソフィーから私への、そして私達から社会への告白でもあったから。
「書簡体小説です。それも、実話を元にしたロマンスです。手紙のやり取りという形をとって、私達の事を綴るのです」
私の言葉に、ソフィーは目を見開いた。
この体裁を取るのは、長文の小説を書くことが今のソフィーにとって厳しいからでもあるけれど、でも利点もある。それも大きな。
書簡体小説は、人気がある。ゲーテやラロッシュ夫人がこの分野を切り開いた。ソフィーに贈った英国の小説『ユーフェミア』もこの形式で書かれている。手紙を通じて登場人物の内面を描いた書簡体小説が、リアリティがあると評判なのだ。
加えて、『家庭教師とその生徒』というモチーフは、疾風怒濤のラインホルト・レンツが扱っていて、親しまれてもいる。
「家庭教師とその生徒の友情を。あなたと私のこれまでと、思い描くこれからを。その過程を手紙のやり取りで綴るのです」
言いながら、私の胸は高鳴った。
もしも、もしもこの計画が成功したならば。それは私達の事だけでなく、家庭教師と女性の地位向上という、もっと広い社会の問題にもつながるかもしれない。
それはすばらしいことだと、ソフィーは言った。




