45.家庭教師③
彼女と一度別れて、一人になるための時間がどうしても必要だった。
舞い上がっているのは自分が一番わかっている。まだ夢を見ているのではないか、とも思ってしまう。心を落ち着かせるために村道を歩いても、どうしても胸が高まって、彼女の事を考えてしまう。
触れた肌の感触を思うのを、彼女の力になりたいと、必要とされたいと思うのを止められない。これからも彼女と二人で生きていたい。心からそう思った。
そのための考えをまとめた後。お昼頃になって、私は再びソフィーを訪れた。
◇◇◇◇
「……あなたと私の未来には、大きくて高い壁があります。それを二人で乗り越えなければなりません」
私の言葉に、ソフィーは真剣な表情で頷いた。
「ビュルガー様とのお話をどう断るか、お父さまにどう理解していただくか、ということですね」
「……ええ、その通りです」
正式な婚約書類はないけれど、理由もなく約束を破棄するなどできるはずもない。これは法ではなく、信用と、そして道徳の問題でもあった。
そしてもっと大事なのは、今回の婚約の話だけでなく、これからの婚約の話をも断るに足る理由だった。
「その為に……」
一呼吸置いて、私はソフィーのその後を決定づける言葉を、懇願にも似た私の願いを続けた。
「ソフィー、どうか私のために、男性と結婚をする必要のない、一人前の、自律した人になってください……」
それは、私が家庭教師への道を進んだ理由と同じだった。
そして彼女の場合、事情は異なっている。
私は運よく大学に通わせてもらって、自由に勉強する時間があった。家庭教師になる準備期間があった。
でも、でも彼女の場合は……
私よりも苦しい人生を歩ませてしまうかもしれない。『市民の妻』としての明るい未来を殺してしまうことは確実だ。そのことに躊躇がないわけがなかった。
「一人前、というと……」
私の一世一代の懇願に、ソフィーは優しい顔をして答えたのだった。
「……つまり、わたくしが、あなたのために働けばいいのでしょう?」
「……はい、その通りです。情けない話ですが、私の、家庭教師としてのお給金では……」
その後の『あなたを養うことはできない』という言葉は、私の口から続くことはなかった。ソフィーが指で私の唇に触れて、その言葉を遮った。彼女は言った。
「レギーナ、わたくしにはあなたのような素敵なお仕事はできませんが、あなたと一緒にいられるのでしたら、なんだって……落穂拾いだって……」
ソフィーはそう言ったけれど、彼女の身体のためにも、そして彼女の人生の向きを変えてしまう私の責任にかけて、つらく苦しい農作業はさせられない。彼女の手を取って、私は言った。
「体を悪くする仕事は、私がさせたくありません。これは私の我儘ですが……できれば、あなたのこれからを一緒に選んでいけたら、と思います。でも一般に、女性に許される職業というものも限られています。家政婦、歌や踊り、それから執筆活動など……」
執筆活動、と聞いたソフィーの目が輝いた。




