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43.家庭教師①

プロローグ後から始まります。


 この村に来て、そして授業が始まってほぼ一年。


 最も陽が長い初夏のこの時期、朝の五時には外は明るくて、野鳥などは朝夜問わず高い鳴き声を披露している。


 下宿部屋の一人用ベッドは、今日は半人分のスペースしかない。一枚しかない毛布は、二人で分け合っているせいで窮屈だ。私の左腕は、こちらを向いて眠る彼女の首とベッドの間に挟まれて感覚がなくなりかけている。


 でも、それが嬉しかった。ソフィーと私は、短い夜をここで一緒に過ごしたのだ。


 アルトハウス様は、ソフィーが昨夜庭にいたことを知らない。外泊など許されるはずもない。早く彼女を屋敷へ返さなければと思うけれど、長く隣にいて欲しいとも思ってしまう。


 矛盾だ。私は矛盾の塊だ。


 自由のきく右腕で、私は未だすうすうと幸せそうな寝息を立てる彼女の背中に腕をまわした。彼女の体温と一緒に、じんわりとした幸せが、そして少しの不安が込み上げてくる。


 その不安を打ち消したくて、彼女の事を感じていたくて、つい強く抱き寄せてしまった。ゆっくりと、彼女は瞳を開いた。


「……レギーナ……?」


「すいません、起こしてしまいましたね」


「……ここは……昨日の事は……夢ではなかったのですね」


 寝起きの顔でにへらと微笑んで、彼女の方から私の胸に潜り込んできた。顔を埋めて、昨夜の甘い声で言った。


「……レギーナ、私はレギーナが大好きです」


「私も……私も、あなたの事が好きですよ。ソフィー」


 それを聞くと彼女はまた微笑んで、私の胸に顔をこすりつけた。そして不満げな、でも怒ってはいない、そんな口調で言った


「でも、レギーナ。あなたに言いたい事があります。わたくしの婚約の事です。ずっと知っていたのに、わたくしを騙していたのでしょう」


「……だ、騙していたのではありません。それがあなたの為だと思って……あなたの、教師としてですね……できる限りの事を……」


 言い訳だ。それは私自身がよくわかっていた。だからそれ以上は言葉が続かなくて。そこまで聞いたソフィーが私を抱きしめた。


「あなたは先生で、わたくしは生徒かもしれませんが……」


 こほん、と咳払いして、嬉しさと、恥ずかしさの混じった表情で彼女は言った。


「あなたはわたくしの大事な人なのですし、わたくしはあなたの大事な人なのです。だから、もう騙してはいけませんよ」


 そう言って、ソフィーは私の頭を優しく撫でた。立場が逆転したみたいだけれど、不思議と心地よかった。


「……でも、今回だけは許してあげますね。昨日はあなたの可愛いらしいところも見ることができたので、それで許してあげます」


「……なぁっ?」


 意地悪そうに微笑んて、そして一呼吸置いて、目の前の恋人はまた表情を変えた。甘い顔から、決意の固まった表情に変わった。


「だから、レギーナ。教えてください。どうすればこれからもあなたと一緒にいられるのか」


補足:

レギーナさんが大学を卒業して村に来たのは初夏の季節です。『あっちの大学は10月に始まるから、卒業は9月じゃないのか、では村に来たのは秋じゃないのか』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしも卒業は9月とは限りません。必要な単位を集めて卒業試験を受けて、それが担当教授と試験課に認められた時点で卒業証書が発行されます。彼女の場合はそれが初夏だったようです。

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