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42.復活祭と⑫

 結局、婚約の話は秋まで持ち越しとなり、屋敷の授業も一時休止。これからの事はソフィーの容体次第になった。


 ビュルガー親子の見送りのためにアルトハウス夫妻が村の馬車乗り場へと行っている間、私とアウグステさんは教会に残ってソフィーを見守っている。


 今日は昇天祭の日だけれど、説教の時間以外、教会はずいぶんと空いている。ソフィーの堅信礼の後、ベルナデットも帰ったようだった。今ここにいるのは、アウグステさんと私、そして目をつむったままのソフィーだけ。


 応急処置を終えて一息ついたアウグステさんは恰幅のいい身体を椅子に預け、ふうと息を吐いた。


 アウグステさんがいなければどうなっていたか、という私の思いとは裏腹に、彼女は涙を浮かべて謝ったのだった。


「……ごめんなさいね。私が悪かったの。あなたを連れてきたのは、私。ジニィちゃんならこの子を落ち着かせられると思って、それであなたを連れてきたの……」


「謝らないでください。こうなった責任は、私にもあるのですから……」


 そう。ソフィーがこうなった責任は私にもあるのだ。むしろ『責任は私にある』と、そう思わずにはいられない。


 婚約の話も何もかも知っていながら、私はソフィーには話さなかった。それは旦那様の指示だったけれど、ソフィーにショックを与えたその片棒を私は担いでいたのだ。


 加えて、今日。


 大人になる今日この日。初めてコルセットを巻いたというソフィーは、朝から馬車乗り場で私の事を待っていた。身体の自由の利くゆるやかなコルセットが流行しているとはいっても、それはソフィーの身体にとっては大きな負担になったに違いなかった。


 精神的にも、肉体的にも、ソフィーに負担をかけたのは私なのだ……


 ソフィーの肌は未だ冷たく、血の気を失っている。苦しみを知らないまま深い眠りについた戯曲の登場人物のような、そんなソフィーの頬を私は撫でた。


「ん……」


 すると、ソフィーが少しの反応を見せた。安堵の感情がお腹の底から沸き上がるのを感じた。


「ソフィー?大丈夫ですか?私が分かりますか?」


 声をかけると、ソフィーはゆっくりと目を開いた。焦点の合わない目を私に向けた。


「レギーナ……ですか?」


「はい、私です」


「ここは……」


 そう言って、首を動かす。そのまま起き上がろうとしたけれど、力が入らないのだろう。起き上がれないまま、アウグステさんが再び寝かしつけた。私は、ソフィーの髪を撫でながら言った。


「ここは教会です。ここで、あなたは倒れたのですよ」


「そうでしたか……そうでしたね……」


 天井の方を見て、ソフィーは続けた。


「堅信礼は……上手に運びました……ベルナデットも来てくれて、お祝いをしてくださいましたし……でもその後、わたくし、驚いてしまって……」


「ええ、奥様から聞きました……今は落ち着いて、ゆっくり休んでください」


 私の言葉を聞いているのかどうか、それは分からない。ソフィーには届いていないよう見えた。彼女は続けた。


「レギーナは、最近様子が変でした。……その理由がわかった気がします。わたくしが婚約してしまうから、それだから元気がなかったのでしょう?そうでしょう?そうしたら、わたくしは……」


「……ソフィー?」


「……」


 そのままソフィーは寝入ってしまい、戻ってきた旦那様がおんぶをして屋敷へと連れ帰ったのだった。



◇◇◇◇



 それから、数日後。


 再び下宿部屋のドアを叩いたのは、アウグステさんだった。


「こんにちは、アウグステさん。ソフィーの調子はどうですか?」


「こんにちは、ジニィちゃん……」


 アウグステさんの手には、紅い封筒。ソフィーからだった。中の手紙には、次のように書かれていた。




◇◇◇◇


 愛するレギーナ、

 突然のお手紙、お許しください。どうしても、どうしても伝えたいことがございます。今伝えないと、わたくし、もうお勉強もお祈りも、なにもかも手がつかなくなってしまいます。

 正直に申します。わたくし、もう貴女をせんせいとして見ることができません。お許し頂けるのでしたら、命を懸けて貴女の物になります。明日の夜、屋敷の庭で貴女を待ちます。愛しています。

 あなたのアンネソフィー・アルトハウス


◇◇◇◇

そしてプロローグへ。

次話から最終章です。


よいお年を。

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