2.アルトハウス家①
約一年前。
十九世紀初頭。プロイセン・ザクセン地方、ハレ市。
「卒業、そして文無し、か……」
私、レギーナ・レーフェルドは、欧州でも先進的かつ解放的な教育で知られるハレ大学の哲学部を卒業する。卒業後は、自分で自分のパンを稼がなければならない。
両親の経済的援助はもはや望めない。これまで援助してくれたことに百の感謝こそあれ、これ以上を望むなどできるはずもなかった。
誰か男の人と結婚して従順な妻を演じるなんて、私にはどうしてもできない相談だった。
野垂れ死にはしたくはない。物乞いをするには、私は若すぎる。
そういう訳で、私はこれから家庭教師の道へと進む。生活の糧を得るために。
といっても私の場合、少々事情が込み入っている。
他の多くのマギステル殿は、将来大学の講師や教授として招聘されたり、政府の高官としての職を得るまでの時間稼ぎとしてしかたがなく家庭教師になる。
でも、女の私がエリートコースを歩むチャンスはゼロに等しい。そもそも大学で勉強させてもらっただけでも特別待遇だったのだ。
私に許される数少ない知的な職業、それが家庭教師だった。
そうせざるを得なかったと言えるかもしれない。でも、最終的には自分で決めた。
そうして私は家庭教師を自分の天職と定め、宗教、ラテン語、ギリシャ語、フランス語、文学、歴史、地理、科学、その他の芸事を修めるべく、限られた時間を有効に使ってきた。
大学卒業を目前に控えた頃。私に一つの求人が舞い込んだ。
『病弱で、国民学校へ通うことのできない不幸な娘のため、家庭教師求む。俸給年四百ターラー。アニオール村、アルトハウス家』
「(アニオール村、アルトハウス家……)」
アルトハウスという名は、最近台頭してきた市民階級の商人として知られている。
その村には行ったことがないけれど、知らない村で家庭教師として働くということは、都市での人間関係に疲れていた私には魅力的に映った。
女の子一人が相手なら家庭教師としての初めの一歩としてもハードルは高くないかも知れない。もしかしたら、今はもういない妹のように、暖かな関係も築くことができるかも知れない。
生活のため。そして、政治や宗教のお誘い、それから後を絶たない求婚の申し込みから逃げるため。私はこの求人を受けることにした。
「(村へ行けば、気楽に暮らせるだろう。私にとって、それが幸せというものだろう)」
補足:ドイツ語圏の大学に一般公募から女性が入学することができるようになるのは19世紀終わりからなのですが、18世紀中から女性の学生も存在してはいました(Niemeyer. 1996. 参考文献中)。この物語の主人公、レギーナ・レーフェルド女史は、そのような幸運な女性の一人という設定です。




