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28.年明け②

「明けましておめでとうございます。アルトハウス様」


 ノックをして書斎に入ると、旦那様は誰かに宛てた手紙を書いていた手を止め、朗らかな笑顔を向けた。


「ああ、レーフェルド君。今年もよろしく頼むよ」


 机の上にはワインの瓶、飲みかけのグラスが置かれている。


 今日は、珍しく上機嫌なようだ。水や薪の調達など、冬の間の村の生活についての必要な事柄を手短に伝えた後は、お世辞めいたことまで。


「君には感謝しているのだ。実際、私はアンネソフィーのことを案じていてね。それがどうやら読み書きには困らなくなったようだし、これで彼女の未来も開かれるかな……」


「ええ、きっと。そうに違いありませんとも」


 ソフィーの成長はもちろん、私の仕事が評価されているということが、素直に嬉しかった。


 半年前に初めて村を訪れた時、旦那様の値踏みをするような視線にさらされ、夫人からは身なりの注意を受けたことを思えば、大きな変化ではないだろうか。


「村の人間も、君の事をよく思っているようだよ。かわいい……というわけではないが、きれいで感じのよい、魅力的な女性だとね」


 いや、かわいくない、というのは余計だけれど。


 それでも最大限のお世辞によって雇用主としての寛大さを十分に示した旦那様は、パイプをふかして、ふうと一息をついて、最も重要な事柄に取り掛かった。


「それでだ。今後のことなのだが」


「ええ、旦那様」


「英語など教えて、果たして意味はあるのだろうか。それにあの子は小説などを読みたがっているようだが……」


 そう言って、旦那様は心配そうに目を細めた。


 ソフィーの熱意に押されて英語教育を施すことが決まったのは、昨年のベルリン旅行の時。しかし、その詳細を私達はまだ話し合ってはいなかった。アルトハウス様の心配も、もっともだった。


「確かに、外国語教育のスタンダードはフランス語ですが、英語の重要性はこれから増していきます。決して悪い選択ではありませんよ」


「そうだろうか……?」


「ええ、私でよければ、そのことは保証します」


 それは、ソフィーの気持ちを尊重したい気持ちから出た方便とも言えたのだけれど、期せずして私の言葉は現実のものとなった。


 その後━━といっても今から二十年も後のことになるのだけれど━━プロイセンは英語教育に力を入れ始め、そして他国もそれに続いたのだ。


「それから小説についてですが……」


 世の中では、ふしだらな小説、自殺を喚起させるような小説が流行している。旦那様が心配しているのは、ソフィーがそれらによって要らない考えを身に着けてしまうことだった。


「どうかご心配なさらず。ソフィーが手にしている本はそのような類のものではありません。女性の結婚生活が描かれますから、彼女にとっても、自分の将来を想像するいい教材と思います」


 その小説、実際には強欲で軽率な男性と結婚させられた女性の不幸、辛い結婚生活の中で精神的な支えとなった女性との親密で深い友情が描かれるのだけれども、それは黙っておくことにした。


「そうか、そうか……結婚生活が……」


 私の言葉に、旦那様は満足そうに頷いたのだった。


 今年の授業もうまくいくことが予感させられた。


 頑張ろうと、そう思った。

レギーナさんがソフィーに送った本はシャルロット・レノックス『ユーフェミア』です。現代の読者からは、コロニアル文学(ポスト・コロニアルではなくコロニアル。参考文献中、Howard. 2005) 、レズ小説の先駆けとなった小説群の一つ (Fadermann. 1985) 、といった評価が下っているようです。

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