24.帰省⑤
「「「Guten Rutsch!」」」
年が明け、両親と新年のお祝いを言い合った後。ベッドに入ったはいいものの、母親の言葉が頭を巡り、私は寝付くことができないでいた。
『そんなこと言って、いつまでも独りで生きるつもりなのですか?』
母の愛から出た言葉は、鋭い矢となって私の心に突き刺さったのだった。ベッドの中で、もう一度自分に問わずにはいられなかった。
「(そもそも、なんで私は家庭教師をしていたのだっけ……?)」
私が家庭教師を志した理由。
それは男性と結婚せずに生きていくためだ。男性を愛せないからだ。
家庭に入り、従順な妻を一生涯演じること。そんなことは、私には到底できそうもない。
自分で生活するためのお金を、自分で稼がなければならない。そうして私は、明日のパンを得るために家庭教師になったのだった。そうして私は結婚への重圧から逃れたはずだった。
女としての自分の人生を犠牲にした、と周りからは見えるかもしれない。でも割り切ってしまえば、誰かに気に入られようとか、誰かに尽くそうとか、そんなことで思い悩むこともない。
『村へ行けば、気楽に暮らせるだろう。私にとって、それが幸せというものだろう』
そう考えて、私はアニオール村へ来たのだった。
村での半年間は楽しかった。
雇い主のアルトハウス様は少し話の通じないところがあるけれど、村は長閑で、女中のアウグステさんは優しく、そして何よりソフィーがいる。穏やかで、幸福な。それは私が理想としていた生活だったはずだ。
でも、果たしてそれでよかったのだろうか。自分の力で生きる代わりに、大事なものも失ったのではないか。
『人はパンのみによって生きるのではない、神から発せられる言葉によって生きるのだ』
お金を稼ぐだけでは十分ではない。愛のある人生を送らなければならない。そんなことが、もう二千年も前から言われているのだ。
信仰を同じくする者万人に向けられる崇高な隣人愛など、私は初めから持ち合わせてなどいないけれど、でも家族と、それからもう一人、愛情を向けられたなら、それはどんなにいいことだろう。
アニオール村で得た平和は、実は不安定なものだった。狼によって簡単に吹き飛ばされてしまう藁の家のようなものだ。
三年の任期が終われば、孤独の悲しみを心の奥底にしまって、私はまたどこか別の場所へと旅立たねばならないのだ。
いつも隣にいて欲しいなんて、そんなことは、産みの苦しみを避けた私には大きすぎる望みかもしれない。
でも、こんな私を受け入れてくれる『誰か』、孤独を消してくれる『誰か』、私が愛情を捧げることのできる『誰か』、心を通わすことのできる『誰か』。
ほんとうを言えば、私はそんな『誰か』が欲しかった。
誰かとは、誰のことか。
頭に浮かぶのは、一人だけ。
控えめで、はにかみ屋だけど、思慮深く、深い愛情の持ち主。
私は、彼女に教えること、彼女の透き通った声を聞くこと、彼女と一緒にいることが好きだ。
もし許されるなら、期限付きの家庭教師としてではなく、一人の人間として、ずっと彼女と繋がっていられたら。
「(あの子は、私の事をどう思っているだろう……)」
私は初めて、はっきりとそう意識した。一回り年下の彼女のことを想い、寂しさで枕を濡らした。




