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16.ベルリンでの休暇⑦

 女性同士が「男性に向けるような愛情」を持ち、愛し合う夫婦のように共に生活すること。


 離れ離れになったとしても情熱的な手紙を送り合い、一緒のときは同じベッドで夜を過ごし、お互いのために人生を歩むこと。


 それは特に、経済的に男性に依存する必要のない、イングランドやフランスの中・上流階層の女性にまれに見られることだった。


 彼女達は周囲からの非難に耐え、そしてその多くは息の詰まるコルセットや動きにくいドレスを捨て去って、実用的な服装を着て、ただお互いのために人生を捧げ合っているのだという。


 その事実は、ソフィーの興味を引いた。


「男性を愛するように、女性を愛する……そのようなことが……」


 私の話を、授業の際の真剣さとはまた別の、驚きの混じった表情でソフィーは聞き入った。


 しかし驚くべき事実というものを、人は誇張して考えたがるものだ。そのような女性は、実際のところはごくごく少数だということを私は付け加えた。


 こういった事柄を知りすぎないこと。それは、アルトハウス様の望みであり、そしてソフィーの将来のためでもあった。


「とは言っても、ごく少数ですから、『そんな人もいるのだな』くらいに思ってくださいね」


「いつから……」


「はい?」


 ソフィーの探求心は止む様子がなかった。


 少しだけ頬を紅潮させて、今度は私の事を尋ねたのだった。


「いつから、レギーナは、その、あなたの『性質』を自覚なされたのでしょう」


 思えば、ソフィーが私自身の内面のことを知りたがるのは、これが初めてだった。


「そうですね。昔話になりますが、あれは━━」



◇◇◇◇



 あれは私がまだ十代で、今のソフィーの年齢よりも少しだけ年上だった頃。


 五つ年下の妹への愛情が、自分でも分かるほどに高ぶっていることに気が付いた。


 妹が他の子ども━━それが男児であっても、女児であっても━━と仲良くする様を見ると、心がチクリと痛んだ。嫉妬のような感情に悩まされた。


 それは妹も同じだった。私が学友と帰り道を一緒に歩いているところを見た日には、後になってから「姉さまは、わたくしよりもお友達が大事なのですね」と言って、拗ねた表情をするのだった。


 そうして私達は多くの時間を一緒に過ごした。『とても』仲のいい姉妹だと、周囲の評判だった。


 妹は、私と同じ栗色の髪を持った、鼻先のつんと伸びた、可愛く、正直者で、そして活動的な女の子だった。きれいな肌は日焼けでいつも赤みがかっていた。


 体を動かすことの苦手な私とは違って、妹は野原を駆け回るのが大好きだった。「姉さま、外に出ましょう」と眩しいきれいな笑顔を向けて、私の手を引っ張るのが常だった。


 妹が原っぱで蝶を追いかけたり、流れる川を眺めたりしている間、私はというと、木陰に腰を下ろして学校の授業で習った事柄の復習をした。


 別々の事をしていても、でも常にお互いのことを気にかけているのを、言わずとも知っていた。


 そうやって原っぱで過ごす時間があんまり長いので、地元の人達はその原っぱのことを私達の苗字から鹿の原(レーフェルド)と呼ぶほどだった。


 しかし、ある日のこと。


 妹は天然痘を患った。流行り病だった。幼い彼女は、病魔に抵抗するほどの力はなかった。


 みるみる衰弱して、届かないほど遠くへと行ってしまうその間際。熱であえいで疲れ切った彼女は、いつものように、私を外へと連れ出す時のように、私の手を強く握って、「愛しています、姉さま」と、そう言って、私を置いて旅立ってしまった。


 両親よりも泣いた。妹が亡くなったのだ。悲しいに決まっていた。でも、なんでこんなにも悲しいのか、自分でもわからなかった。


 その感情の正体を知ることができたのは、大学に通うために地元を離れ、ハレ市に住むようになってから。イングランド出身の女性作家が書いたという小説を、たまたま読んだのがきっかけだった。


 そこでは、二人の女性がまるで異性であるかのように愛し合っていた。女性同士が愛し合うこともあるのだと、私はその時初めて知った。


 あれは、私が妹に抱いていた言い表せない感情は。そしてきっと、妹が私に抱いていた感情も。あれは恋だったのだと。私達は、そうとは知らずに、あの鹿の原(レーフェルド)で逢瀬を重ねていたのだと、そして私は初恋の人を永遠に失ったのだと悟った。


 同時に私は、いつか家庭に入って一人の男性のために生きるのが不可能だということも確信した。


 そうして私は、学生時代に寄せられた多くの求婚を断って、自分の力で生きていくために、家庭教師の道を選んだのだった。



◇◇◇◇



 私の半生は、想像よりも少しだけ複雑だったのだろう。


 今日の読書会の事をなぐさめるつもりが、ソフィーに逆に気を使わせてしまったようだった。


「それは……すいません、つらいことを思い出させてしまって……」


「いいえ、ソフィー。もう、何年も前のことです」

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