13.ベルリンでの休暇④
「あっ……」
私達が読書室に足を踏み入れると、すでに席についていた参加者達が好奇や驚きの視線をこちらに向けた。
急な視線に当てられたソフィーは小さな声をもらし、足を止めて部屋の入口で固まってしまうのだった。
ソフィーでなくとも、可愛いドレスの似合う女の子がここにいきなり放り込まれ、視線を集めてしまったなら、強張ってしまうだろう。
巷で流行している読書会には多種多様な参加者が集まり、自由で活発な議論がなされるはずなのだけれど、ここはそうではないことは明らかだった。
参加者同士が顔を向き合わせることのない部屋の造りは、教会の会堂を思わせた。長い机と椅子が数列にわたって設置され、最前列のその前には聖書台が置かれている。
そして参加者を見ると、そこには女性や子どもはおらず、平均年齢が高めの男性の参加者達が、会話もなく静かに座っていた。
ソフィーのためにも、場を乱さないためにも、ひとまず視線から逃れなければ。私はソフィーの肩に手を置いて、小声で囁いた。
「……ソフィー、一番後ろの席に座りましょうか」
「そ、そうですね、レギーナ」
席について少し落ち着いたソフィーは、少しの間周りをキョロキョロとして、それから私の耳に顔を近づけて、そっとささめいた。
「……ここが、読書会、というものなのですか。厳格な雰囲気ですね……」
私もまた、彼女の耳に口を近づけ、小声で囁く。
「……いえ、ソフィー、ここは少々『伝統的な』場のようです」
課外授業の場としてこの読書会を指定したのは、アルトハウス様だった。おそらく、村の牧師様の協力の下、ソフィーに宗教教育を施すことが目的なのだろう。
そんなことを考えながらソフィーと二人で部屋の隅に身を置いていると、まもなく主催者と見られる、黒い牧師服に身を包んだ男性が聖書台の前に立った。
「みなさま、お集り頂き、ありがとうございます。ではこれから、クロイツベルク・パウルス教区定例読書会を始めたいと思います」
男が挨拶と一礼を済ませると、数人の参加者から拍手が挙がった。
「テーマとなっている『女性のための教理問答』。筆者のシュライアーマッハー氏は、自由な個人が助け合うことでこそ、真の社会が実現されると、そうおっしゃっております。そのような理想を実現するためには、男性の力のみでは足りないことは明らかです。氏は、社会の参加者たる女性の、そのあるべき姿についてもこの論文の中で語っておられます。論文は長いものではありませんから、まだお読みになっておられない方のためにも、今一度、ここで内容を確認したいと思います」
そう言うと、主催の男はゆっくりと、低い、響く声で、語り掛けるように朗読した。
◇◇◇◇
『品位のある女性のための理性的な教理問答(要約)』、フリードリヒ・シュライアーマッハー著、1798年。
一。あなたは、夫以外の男性を愛してはいけません。しかし、よこしまな考えがなければ、他の男性とも、いい友人でいることは許されます。
二。空想や小説に、理想の夫を見出してはいけません。あなたは、夫のあるがままを愛するべきなのです。
三。あなたは、神に誓って、どんなに小さなことでも、夫を欺いてはいけません。もし一度でも不義に及べば、あなたの繊細な感情は永遠に失われるでしょう。
四。あなたの心の安息とともに、夫を祝福しなさい。
五。あなたの子が、すこやかに育つよう、その身を捧げなさい。
六。望んで子をなしてはいけません。あなたの子は、天からの授かりものなのです。
七。婚姻を破棄してはいけません。
八。あなたが愛さない者から愛されようとしてはいけません。
九。夫に嘘をついてはいけません。あなたの罪をごまかしてはなりません。
十。男性のことをよく聞いてから、あなたの知性と名誉を育てましょう。
◇◇◇◇
論文は実在のものです。翻訳の際には、原文の他にJakobi (2000, 参考文献中) を参考にしました。内容は、ご覧の通り現代の常識から見れば化石と言えます。この論文はともかく、彼の著作の多くは現代でも真面目に読まれており、シュライアーマッハーは超一流の神学者・哲学者であることをここに記しておきます。
クロイツベルク・パウルス教区は実在しません。




