グリゴリーVS盗賊
「その声は……」
女性が唯一、聞き覚えのある若々しくも低い声だった。反応すると、水が浴びせられた。
消火した体の前に、彼が現れた。
「他に怪我はないか? 今の状態はどうだ?」
「うん。大丈夫」
質問するグリゴリーに女性はそう返事をした。
グリゴリーの顔が安心したものへと変わる。
「良かった」
「おいてめえ! 急に現れてなに人の獲物を横取りしてやがる!」
「こちとら今、最高潮の気分だったんだぜ!」
「なのにいきなり現れて何だてめえは!?」
盗賊の三人が叫んだ。グリゴリーは目を向ける。
「その口調だと、どうやらこれをやったのはおまえらのようだな」
「そうだぜ。いやーその女が苦しむ姿は実に見ごたえがあったな」
「今からでもいいからおまえさんも楽しむか?」
「ウヒヒヒ。そりゃいい。そうしたらおまえさんだけは何もせずに見逃がしてやるよ」
「――黙れよ」
からかうように話す盗賊たちを、グリゴリーは睨みつけた。
衰弱した女性を横にさせて、立ち上がる。
「他人の家に忍び込むどころか、女を悪趣味なものに巻き込ませやがって。ふざけんじゃねえ」
闘志を目に焼き付け、手の平を拳にする。
グリゴリーから生じる威圧感に盗賊たちはひるんでいた。
肉体の分厚さがより一層増した気がした。もはや山だ。山が自分たちに向かって移動してきている。
背自体は大柄の盗賊のほうが高いのに、グリゴリーのほうが巨大に見える。
グリゴリーと比べると、盗賊たちの肉体の密度がすっからかんの空洞のように感じてしまう。
盗賊たちは自分を奮い立たせるため、大声をあげる。
「う、うるせえ! 盗賊にそんなこと言ってんじゃねえよ! こうなったらてめえをぶっ殺して全部もらっていってやるよ! いくぞおれたち!」
「おう!」
三人は指を立てて口元へ手を置いた。
息を吸い込み、そして同時に吐く。
指先から出現した火が伸びていく。
三本の火は合わさると部屋の一面を埋め尽くす巨大な炎と化した。
触れずとも熱さを感じてしまうほどの熱気。
炎はグリゴリーたちへ進んでいく。
勝った。
獲物が炎で見えなくなったところで三人は勝利を確信した。
雪玉が炎を突き抜けた。
風を切って盗賊たちの元へ飛んでいく。熱で溶ける前に炎を抜けるほど速い雪玉は回避の動作を取らせることもなく直撃した。
苦悶をあげる三人。その前で炎が消えていった。
消滅した炎の後ろにグリゴリーは立っていた。女性も無事だった。
グリゴリーの手には脱がれたシウーバがあった。
これを扇いで風を起こし、炎を散らしたのだ。散った火の粉は温度差に耐えられず消滅していった。
盗賊たちは倒れそうになるも、なんとか体勢を整えて声をもらす。
「痛え。それに何だ今のは」
「信じらんねえ。今まで負けたことなかったおれたちの技が」
「この雪玉何だよ!? 石みてえに硬え!」
ナグボイジョンで、鏃と呼ばれる技だ。
圧縮された雪玉が当たった部位はまるで槌で叩かれたかのような強烈な痛みを訴え、動けなくなる。
グリゴリーは上着を着直し、盗賊たちの元へ歩きはじめる。三人とも顔面を真っ青にする。
「来るんじゃねえよ」
「くそったれ。おいおまえら同時にかかるぞ。別々の方向からいけばさすがにこいつでも」
「よ、よし」
盗賊は三人バラバラになってグリゴリーを囲むと、駆けだす。
密着した。
全員の手にナイフが包まれていた。
刺した。
それぞれが同じような思考をした後、盗賊たちの表情が一変した。
「通らねえ」
「何だよ!? どれだけ力を込めても刃先が皮膚の上で止まっちまってる!」
服を切り裂いて肌に触れているナイフは、そこから先へ進むことはなかった。
「おら!」
大柄の盗賊が離し、目を突こうとする。
腕が掴まれ、攻撃は中断させられた。
グリゴリーは腕ごと体を持ち上げ、まるで物干し竿のように振り回す。
回転する一人に残りの男たちも引っ掛けられ、三人ごと窓を壊して外へ飛ばされていった。
「ひぃいいい」
「化け物だ。逃げるぞ」
「も、もうここには二度と来ねえ」
悪あがきなのか火の粉をあちらこちらの様々な方向へ放ちながら盗賊たちは逃げていった。
グリゴリーは彼らが去ったのを確認すると、女性に近づく。
手袋を脱いで、背中に触れる。
「ふぇ! な、何!?」
「火傷の症状を確かめてる。あいつらが詫びいれるまで殴ってやりたかったが、あんたの体のほうが優先だ。悪いな」
「い、いいよ別にそこまでしなくて。もう大丈夫」
「……そうか」
「うん。ひぅ!」
触れられた個所が痛くて、女性は悲鳴をあげた。
グリゴリーの手の位置が変わるたびに女性は何らかの反応を示した。
女性から離れると、グリゴリーは話し始める。
「怪我の範囲は広いが、痣にはならなそうだな。幸い、髪も焼けていない」
「髪? これってそんな重要なの?」
女性は自身の頭についている金髪を無造作に持ち上げる。
盗賊たちに向けていた怒りの形相とはうって変わって、穏やかな表情でグリゴリーは答えた。
「母が言うには、女性にとっては命と等しいほど大事なものらしい。母の黒髪は父も綺麗だと褒めていた」
「へえ」
女性は関心するような声を出した。
そのまま顔を背けながら、尋ねる。
「君も綺麗なほうが好きかな?」
「ああ。好きだな」
「そうなんだ。じゃあ今のぼくの髪って綺麗?」
「綺麗だな」
「そうなの!?」
「ああ。正直言って、あんたの髪はすごく好きだ。だから焼けてなくて嬉しかった……怪我した女にわざわざ言う言葉じゃないな。これじゃ体のほうは焼けちまってもいいみたいだ。訂正する。今度からは絶対にこんな目に遭わせない」
「そ、そうなんだ……」
グリゴリーの話の途中で、女性は膝へ顔をうずめた。
よく見ると、炎の熱はひいたはずなのに耳が赤一色になっていた。
「ここにあったのか。これで傷が治せる」
火傷を治療する薬を探していたグリゴリー。
薬を見つけ、女性の元へ行こうとしたところで足が止まった。
ゴゴゴゴゴ。
「この音は……」
集中して耳を傾けた。
ゴゴゴゴゴゴゴ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
その場に数秒止まった後、走りだした。先ほどまで争っていた場所へ駆けつける。
「どうしたの?」
「もし来るのならば、ここらへんのはず」
女性からの質問にも答えず、グリゴリーは壊れた窓の風景へ目を送り続けた。
目下のわずかな変化に気付くと、背後へ飛びずさった。
女性を抱きかかえると再度反復に飛び上がる。
「い、一体何があったの!?」
「雪崩だ! 勢いが強くてこちらへ昇ってきてる!」
地上から舞い上がった雪の粉。
当たったとしてもせいぜいズボンの裾を汚すくらいのもので、そのまま気にせずに日常を過ごすことも出来た。
その雪の粉が、刹那の間に丘を覆うほど広大な雪の津波へと変わった。
いつも聞くような目にも見えないような小さな粒を砕く音じゃない。
大きな塊が潰れ、大地を叩いている音が脳まで響く。
雪崩は遠くの枯れ木を頂点から折り、岩を転がらせる。
想像すら不可能な質量が視界に収まらないほどの範囲で高速に襲いかかってきている。
グリゴリーは女性と一緒に屋根まで跳躍した。
渡した服を自分の背に広げ、女性に巻いて、雪崩から背を向けた。
「あ、あんなのどうするばいいの?」
「耐えるしかない。いいか絶対に動こうとするなよ。下手に耐えようとすると勢いに殴られてしまう。流されるんだ。潰されないように重さからは逃げて、勢いには逆らわず流される」
喋っている内に波は丘を登ってきていた。
その高さは今の時点で頂点にある家を超えていた。
グリゴリーを通して、雪崩が迫ってくるのを女性は目に捉えた。
逃げたかった。
今すぐ屋根から降りて、走って逆側へ逃げたかった。
無理なのは分かっていたが、そうしたかった。
女性は怯えていた。
震える手は明らかに寒さが原因ではなかった。
頂上近くまでくると、雪は塔のように高く昇っていた。
そのまま地面から天まで繋がっているようだった。
女性の意識は体から離れていきそうになった。
重なっていたグリゴリーの手が、強く女性の手を握りしめた。
潤んでいた瞳が元に戻った。
女性もまた強く握り返す。
二人の姿が雪崩に飲み込まれた。
一面、真っ白となった。
残っていた足跡が消え、雪以外に何もないその空間はまるで白い絨毯のようであった。
空は薄い灰色だ。
雪崩が起きている間も続いていた降雪は特に終わることなくまだ上空を染めている。
今の自然しかないその光景はずっと変化がないものと思われた。
地面の一部が膨れた。
ザクザクと音が聞こえる。その音は次第に大きくなっていく。
やがて穴が出来ると、そこからグリゴリーと女性が一緒に顔を出した。
グリゴリーから先に雪上へ上がる。
次に握っていた手から女性を引っ張り上げた。
地面に立つと、女性は深呼吸を始めた。
「すーはー。やっと息できた」
「まさかあそこまで深く埋まっていたとは。あと五分経ってたら死んでたぞ」
「そんな危険な状態だったの!?」
グリゴリーの推測に、女性は心底から驚いた。
しだいに息が整い、落ち着いた女性はあることを確認した。
「なにあれ?」
「あれは……」
V M X
盗賊たちが、雪の下から下半身だけポーズを決めて出していた。
思わず、吹き出してしまう二人。
「あはははは。雪崩に巻き込まれたんだな」
「ふふふ……ちょっと無理。耐えきれない。ふふふふふ」
ひとしきり笑うと、グリゴリーは盗賊たちの元へ行く。
「とりあえず色々訊いてから、謝るまで痛めつけるか」
「あんまりひどいことはしないでね」
「あんたほんとお人よしだな……」
「だってこんなに体は元気――いつつつ」
「おい! 大丈夫か!?」
金と白が混ざり合い、地面にマーブル模様が浮かび上がる。
痛みを訴えながら、女性は倒れた。




