金髪美女、想う
グリゴリーの家に女性が現れてから、半月が過ぎた。
慣れたようにベッドで座っている女性へ、朝食が渡される。
「コオリカブの塩煮だ」
「ありがとう。今日も美味しいそうだねー!」
女性は笑顔のまま、お礼を言った。
「それで状態はどうだ?」
「良くなったと思うよ。もう村に行けるくら――痛っ!」
足を上下させて回復したことをアピールしたが、途中で痛み出したようだ。
目の前でグリゴリーは溜息を吐いた。
「まだ無理っぽいな」
「いつつ。そうだね」
「それじゃ俺は畑に行くから、何かあったら呼んでくれ」
「うん。いってらっしゃい。元気になったらまた連れてってね」
いってきます、とグリゴリーは部屋から去った。
じきに遠くから扉の開く音がした。
家から出たようだ。
窓から外を覗きながら、女性はスプーンで味の付いたカブと湯を掬った。
「ふーふー、熱っ!」
予想以上の温度の高さに、女性は驚く。
こぼしそうになったお皿を持ち直してから、もう一度口元で冷まして口内へ入れた。
スプーンの動作に淀みがない。
食事のたびにグリゴリーが教えた成果が出ていた。
「カブがシャクシャク甘い。スープがピリッと塩辛い……温まるなあ」
女性は食べながら、自分が覚えたことを確認するように心の中で唱える。
彼女がいるこの場所の名前は氷国。
一年のほとんどが雪で、大地が白く染まってないときはないとさえ言われているくらいらしい。気温も常に零度以下で、国民は毎日厚着をしている。
そんな国を治めているのは、大陸を司る五神の一柱――氷神という存在だ。五神は人間ではとても及ばない知識や能力を持っており、大陸に統率者のいなかった古代の時代にそれらを行使して人間たちを配下に置いた。その関係を今もなお続けているというわけだ。
現在の氷国は、火神が率いているという隣の火国と戦争中。
戦果はあまり芳しくなく、徐々に火国に支配されていっている。
(場所に関してはこのくらいかな。ここから見える雪はいつも綺麗だけど、下手すれば家の中でも震えるほど寒いのはまだ苦手。あと気になるのは……)
既に空っぽになった皿。その上で指を立ててうーん、うーん、と女性は唸った。
「やっぱり出ないな」
コンスティション。
この世界の人間に備えられた能力らしい。素質によるが遅くても十歳を超える頃には芽生えるため、どう見てもその年齢を過ぎた容姿をしている女性ならばもう使えるばずであった。
「そんなこと言われても分かんないよー。やり方なんてすっぽり抜けちゃってるしー」
またコンスティションは、自分たちが生活する環境に適した能力になることが多い。
火国ならば猛暑を過ごすために水を生み出し、周囲を冷やすものが生まれる。
そして氷国では、火や熱を発する力を持つ人物が大半だ。
「じゃあ次これだ」
先程までのやり方を諦めた女性は、掌を突きだした。
逆手で腕を持って安定させ、空中を睨みつける。
最後に、右手に力を込めた。
「……何も起きない。教わったやり方どっちもぼくのとは違っていたのかな」
その後、何度も試すがコンスティションが発動することはなかった。
「駄目か。まあ発現させる最初が一番難しいって彼も言ってたから、しょうがないんだろうけどね」
諦める女性。ふと次は、窓へ目を向けた。
「そろそろのはず……あっ、いた。頑張ってるなー」
外にグリゴリーが見えた。ふかふかの紺色のシウーバを真っ白に染めつつ、土に肥料を撒いている。ここ数日見るいつもの光景だった。
女性は外に出ない時はこうやって遠くからグリゴリーの観察をしている。
外に出た時は、間近でグリゴリーの観察をする。
「……」
物静かな表情だった。
出された料理に喜ぶ。今持っている知識を整理し、未知に悩みながら挑戦する。失敗して落ち込む。決して安定せず様々な形相へ慌ただしく変わっていたものが、今やすっかり落ち着いたものへとなっていた。そしてその様子はとても美しかった。
際立った女性の容姿はある意味人間離れしていて、もしここに芸術家がいたとしたならば生涯尽きるまでその姿を作品にしようとし、最後まで納得せずに命の炎を消していただろう。
それほどまでに今の女性は神秘的で、決して真似できるものでもなかった。
「あっ……」
美貌が壊れた。
グリゴリーの姿が景色から失われていた。足りなくなった肥料を取りに行ったのだ。過去に一度あったからそれは分かっていた。
女性は布団をあげ、体へ巻く。
顔だけを出し、じっと窓の外を覗く。
雪だけの背景がずっと続く。
白い粒が土を埋め、小さな山と谷を作る。丘の下にある地面が一層膨れた気がした。
しばらく時間が経っても、グリゴリーは帰ってこなかった。
「早く戻ってこないかな……大丈夫かな。外ってすごい寒いし、もし怪我でもしちゃったてたら……」
女性は心配の声を呟き続ける。
時間も忘れるくらい目を凝らすが、グリゴリーは決して現れない。
外に出ようとするも、自分だけでは体がベッドから離れただけで限界を迎えてしまう。
「……つまんない……もういいもん……あんな熊男どっか行っちゃえ」
ぶすっと頬を膨らませる。
やがて女性は、退屈まぎれに今日まであったことを思い出す。
『君のやってる運動って何なの?』
『ナグボイジョン。うちの国に昔からあるやつさ』
『へー』
『氷壁や氷塊を砕くために生み出された技術だから打撃技が主なんだ。後は雪の中での戦いも想定してるから移動方法も特殊で……』
『うん。うん』
すごい楽しそうに話してたな。
ナグボイジョンとカブの話の時だけ饒舌になるグリゴリー。そんな彼を見てると、自分もつい嬉しくなってしまう。
(この感情は何て名前なんだろうか? 今度訊いてみよう)
戸惑うのか。いつも通りぶっきらぼうにしてるのか。それとも赤面してしまうのか。
返事をする時のグリゴリーの様子を想像して、いたずらをしようとする年端もいかぬ子のように女性は唇の端を上へ曲げた。
そんなこんなで待ち続けている内に、玄関のドアが開いた。
女性は音がした方向へ顔を向ける。
「あっ、来た。こっちに取りに来ることもあるんだ。それとも忘れ物かな?」
話せないかな?
女性は足音に耳を傾け、この部屋の方へ向かってくることを期待する。
一歩一歩の間隔が妙に短い。
急いでいる?
足音はリビングの端から端まで移動したりして、広範囲に渡っている。そのうえ一度も同じところへは行かない。足音の行動は忘れ物を探しているというよりはまるで未知の場所を調査しているようだった。
いつもと違う様子に、不安を感じた女性は自室の扉をじっと見た。
蹴破るように扉は開かれた。
入ってきたのは、知らない数人の男たちだった。




