金髪美女と一緒に過ごす
屋根の下から氷柱がぶら下がる朝。
太陽をいくら浴びても落ちない極太の氷柱は、輝きを反射して水晶のように輝いていた。
グリゴリーはカブのスープを作っていた。
銀杏切りにした実と焼いた葉。
それらを雪を溶かして精製した水で煮込んで、少量のスメタナを入れてから、塩で味を調節する。
薪がもったいないため、朝は暖炉を使わない。寒風を遮断するのは木の壁一枚。
家の中は、ほとんど外と気温が変わらないほど冷え切っていた。
鍋から立ち上る湯気だけが、体を温めてくれた。
出来上がったスープを器に注ぐ。
テーブルに持っていこうとしたところで、まだやってないことがるのにグリゴリーは気付いた。
「そういえば、あの人のも作らなきゃいけなかったんだ……」
女性のことをすっかり忘れていた。
昨日は気を付けられたのに。
習慣というのは恐ろしいものだ。
もう一杯分作るのも時間がかかってしまうため、このスープは彼女に食べさせることにした。
(腹減ったな。まあ自分で泊めたのに忘れた俺が悪い。怪我人の食事を抜くわけにもいかないしな)
常時訪れる空腹感に耐えながら、女性のいる部屋までグリゴリーは朝食を運ぶ。
「……」
扉を開くと、金髪の美女がベッドに伏せていた。
何度見ても見慣れない美貌に、つい見惚れてしまう。
グリゴリーに気付いた女性は、目をかきながら体を起こした。
「……おはよう」
「お、おはよう」
つっかえながら挨拶を返した後、顔を真っ赤にして目を反らすグリゴリー。
(馬鹿。自分で挨拶しろって教えといて何で俺から出来ないんだよ。しかも無言で他人の――そのうえ女の人の部屋に入るなんて)
今までの生活習慣に急に入ってきた新たな要素に慣れない。
心の中で自分を叱っていると、
「ごめん。ぼく何かしたかな?」
「いや、してないけど。何でそんなこと訊いた?」
「だって困った顔してるから」
歩くことも不可能なほど重傷負ってる人に心配させてんじゃねえよ!
ますます自分を叱るグリゴリーだった。
女性はスープを指さした。
「それごはん?」
「あっ、うん」
「またカブ?」
「またカブ。カブしかなくてこの家……客人にずっと出すものじゃないよな……」
自嘲するグリゴリーだったが、女性は首を横へ振った。
「いいよ。ずっとカブでも」
「……気、遣わせちまったみたいだな」
「ううん。ここのカブ美味しいから、ぼく大好き!」
「そ、そうか。ならよかった」
子供のような笑顔で、好きと言う女性。
グリゴリーはニヤケそうになる口元を抑えながら、スープを渡した。
食べ始める女性。
ガッ。ガッ。ガッ。
皿から中身がこぼれるほど、がっついて食べる。
「こら。急いで食べない。あとスプーンの持ち方、違うだろ」
女性の手を止めさせて、掴み方から教えていく。
(こうして見るとまるで小さな子供で、さっきまでいた美人はどこに行ってしまったのやら)
顔は同じなのに、仕草一つでこうも受け取り方が変わるとは。
グリゴリーは不思議に感じながらも、女性が間違った食べ方をすると叱って、ちゃんとしたやり方を教える。
朝食が終わると、グリゴリーは外へ出ようとした。
「もし傷が痛くなったら、この窓から俺を呼ぶ。暖炉に異常があったら、同じく俺を呼ぶ」
「うん」
「じゃあ行くわ」
「あっ、待って」
女性から呼び止められる。
「まだ何かあったかな?」
「ううん」
「じゃあ何?」
「その……今日は、君についていきたいかなって」
恥ずかしかったのか、布団で目から下を隠す女性。
「歩ける?」
「……ちょっとなら」
「……」
「ぎゃああああ!」
グリゴリーが足を突くと。絶叫が響いた。
「嘘分かりやすいなあんた。感情が顔にもろに出る」
「ごめんね。無理言っちゃって」
謝りながらも、シュンとする女性。
そもそもこれほどの怪我を負ってるのに、わざわざ言い出すということは、よほど外に行きたいのだろう。
グリゴリーは一旦部屋から出ると、厚めの上着を持ってきた。
「いいよ」
「ほんとに!?」
「ただし少しでも体に異常があった場合は、すぐに帰ってもらうからな」
「うん!」
女性を畑まで連れていくグリゴリー。
木箱を椅子にして、座らせる。
「さ、寒い」
シーツを巻いた下で、女性はガタガタと震えていた。
「無茶すんなよ」
「分かってるー!」
グリゴリーは用意した道具で、作業を始める。
広い畑だ。あんなに体が大きいグリゴリーでも比べてしまえばアリンコのように見えてしまう。
雪をどかして、晒された土へクワを下ろす。
「何してるの?」
「土を耕してんだよ。こうしないとカブが大きくならない」
雪の下で固まった土を解して、空気を含ませる。
グシャッ。グシャッ。
淡々と何時間も振り下ろす。
女性は時々何をしてるのかと訊く以外は、じっとその光景を眺め続けた。
正午が過ぎた頃。
グリゴリーはクワを畑の脇に置いて、女性のところへ戻ってくる。
「どうしたの?」
「休憩」
地べたに座るグリゴリー。
お尻、冷たくないのかな?
女性がそう思って眺めていると、グリゴリーは腕を十字にして動かす。
「それは何?」
「スピールト。運動前と後に筋肉と関節を解す行為」
座りながら、色々な動きをする。
両足を真横に開いて上半身を地面へ張り付けると、女性は驚く。
「どうやってるのそれ!?」
「慣れれば誰でも出来るよ」
次々と軟体動物のように体をあらゆる角度へ曲げていく。
スピールトを終えたグリゴリーは、その場で逆立ちをした。
最初は手の平を着けたまま、腕立て伏せ。
指を一本ずつ握っていって、親指だけで上下に動く。
それから人差し指、中指、薬指、小指とそれぞれ支えにする指を変えていく。
それも終わったグリゴリーは次にスクワットをする。
ゆっくりとはやく。二段階の速度を、複数回ごとに切り替えていく。
顔が汗まみれになっている。
体から熱が放たれてるのを女性が感じる。
「終わった?」
「いやまだ……」
「どこ行くの?」
「すぐ戻ってくる」
グリゴリーは走り出した。
すぐに消える背中。
畑に残された女性。
最初はグリゴリーを待っていたが、退屈混じりに周囲を見回す。
見渡す限り、雪で覆いつくされた地面。
畑とグリゴリーの家以外、他には何もない場所だ。
どうして、こんな寂しいところに住んでいるんだろう?
疑問を思い浮かべるが、答えは返ってこなかった。
グリゴリーが消えた坂を見る。
見ていると、外套を纏った人物が現れた。
グリゴリーではない。
人物はグリゴリーの足跡に自分の足を重ねながら、女性の元まで歩いてきた。
女性は人物を見上げる。近くにくると分かるが、グリゴリー並みの長身だ。
フードを被っているため、どんな顔をしてるかは分からない。
人物は、女性へ話しかけた。
「ここに男はいなかったかね?」
「男? グリゴリーですか?」
「そう」
「今はいませんよ。走ってどっか行っちゃって」
「貴女を置いて?」
「はい」
「……相変わらず無神経な男だ」
呆れたような口調。
女性は、人物へ尋ねた。
「お知合いですか?」
「……当たらずとも遠からずってところだな。それより貴女は?」
「ぼくは、彼に拾ってもらったものです」
「拾った?」
女性はいきさつを話す。
「そうか。そういうことか……」
納得する人物。
雰囲気が少し変わった気がした。
それを感じた女性は、人物の顔色を伺う。
ビクッ!
睨まれた気がした。
萎縮する女性。
人物は、女性から一歩離れた。
「ところで貴女は、どれくらいあいつといた?」
「み、三日です」
「あいつのことをどう思ってる?」
「どうって……」
考えようとする女性だったが、その前に坂の上からグリゴリーが走ってきた。
ここに来るまでいくつも坂があって、出現と消失を繰り返してる。
人物は立ち去る。
「来ましたけど、いいんですか?」
「いいさ。今日は旅の途中に寄ってみただけだから……それに、別の用事が出来た」
人物はグリゴリーがいる方向とは真逆の道へ進んでいった。
戻ってきたグリゴリーへ、女性は刺すように言う。
「遅い」
「遅いって……待ってたのか?」
「そうだけどそうじゃなくて……相変わらず無神経な男!」
「よく言われる」
怒られているはずなのに、なぜか嬉しそうなグリゴリーだった。
「そういえば誰か来てた?」
「うん。旅の途中だって」
「ふーん。珍しいなそんな目的でこんなところに来る人なんて。どんな人? 俺からだと、坂で隠れて全然見えなくて」
「あっちにいるよ」
「……いないぞ。どこにも」
「あれ?」
人物が歩いていったはずの方向を見ると、誰もいなかった。
足跡もない。
視界には、白銀の光景が広がっているだけだ。
「え、うそ。さっきまでそこにいたのに」
「幽霊かねー?」
「幽霊って?」
「……長くなりそうだから、仕事しながら説明するよ」
グリゴリーはクワを持って、畑へ入った。
「もうやるの?」
「ああ」
「休憩は?」
「さっきまでしてたろ?」
当然のように言うグリゴリー。
そうか。これが休憩なのか。
休憩って大変なんだな。
女性は、いずれ自分もあんなことをしなければらない時が来るのかと心配になった。
それからのグリゴリーの行動も、畑仕事と休憩の繰り返しだった。
二回目の休憩は、拳と脚を虚空へ動かしたり、木材を手刀で切って薪を作っていた。
夜になると、家に帰るグリゴリーたち。
火を点けた暖炉の前で、二人で夕飯を食べる。
「美味しいね」
「よかった」
二人とも上着を脱いで、セーター姿になっている。
燃える薪。
炭になってポロポロと床に落ちる。
そこでさらに崩れて、最後は灰になった。
「外はどうだった?」
「寒かった!」
「まあそうだろうな」
「もう二度と行きたくないってくらい寒かった」
「だろ? だからこれから怪我が治るまでは家に――」
「でも、また行きたいな」
「――何で?」
尋ねると、女性は悩みだす。
「んー。何でだろうね?」
「自分で言ったんだろ」
「窓越しよりも景色が綺麗だからかな? 壁がないぶん、息が詰まった思いしないからかな?」
あっ、分かった。
答えに行きついた女性は、嬉しそうに言った。
「君と一緒にいわれるからだ!」
「は?」
「大きなものが色々と動くし、お喋りできる、帰ってきたときに安心した」
「そ、そうか」
「独りは駄目だものね?」
「……そうだな」
問答中とんちんかんな顔つきをしていたグリゴリーだったが、最後の言葉にはしみじみと頷いていた。
やがて夜もいっそう深くなり、眠る時間となった。
また体を動かしていたらしく、汗まみれになった体を拭くグリゴリー。
暖炉の火を始末をすると、寝室へ女性を連れていく。
ベッドに着いたら、グリゴリーは部屋から出ていく。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
「また明日ね」
明日。
そうか。明日も自分じゃない誰かがこの家にいるんだな。
言い表すことの出来ない妙な気持になるグリゴリー。
けれどそれは決して嫌なものじゃなかった。
ベッドに入ってから、いつもより早く眠れたグリゴリーだった。
明日の朝、今度は朝食を多く作り過ぎたため、二人ともしばらく同じメニューを食べた。




