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神への挑戦


 神殿内部は特に変わっている様子はなかった。


 グリゴリーは氷の中を歩き回りながら、以前、案内された氷神がいる部屋を探す。


 廊下は相変わらずどこを見ても氷だらけで、見ているだけで寒気がする。服を着直した筈なのに、鳥肌が止まらない。


 壁に体重を預けて移動をする。


 進んでいると、他に人はいないのか足音が反響する。


 反響音はとても歪な聞こえ方がした。

 雑音が入り混じり、元の音とは別物になって耳へ跳ね返ってくる。


 まるで自分はここにいてはならないと言われているような居心地の悪さを感じて耳を閉ざしていると、壁を超えてあの声が聞こえた。


「久しいな。魔女の子よ」


 氷神だ。相変わらず原理は不明。だがこの神は目の前にいなくてもグリゴリーの姿を近くしていて、はっきりと声を送れる。神秘とはこういうことを指すのだろう。

 

 氷神の言葉が届けられた途端、気温が一層下がった。

 雪原で日々暮らす獣たちでも、身を竦めてしまう寒さだ、


「よう。マーシャを返しに来させてもらった」


 白くなる息と一緒に、グリゴリーは軽々しい挨拶を吐いた。


「貴様……! 世界の異物の生み落としごときが! 貴様が生まれた時点で、我は捻り殺すことも出来たのだぞ! 恩を仇で返しおって!」


 それが頭にきたらしく口調を荒げる氷神。


 グリゴリーは小憎らしい笑顔になる。


「だったら今やってみろよ。今からでも遅くないぞ。ぶん殴られるのが怖いのならな」

「――後悔させてやろう」


 辺り一帯に吹雪が発生した。


 視界が真っ白に染まって、前が見えない。


 それでも進んでいると、グリゴリーは何かを踏んづけた。


 腕をずらして覗いてみると、氷の残骸が落ちていた。


 あまりの低温に、建物の一部だった氷が凍って砕けてしまったのだ。


 夢か幻としか考えられない出来事だ。


「どうだ異物の紛い物! 神の力に恐れ慄くがいいわ!」


 絶頂の笑いをあげる氷神。


 この環境を超えられる生物などこの世にいない。どんな生物であろうと、氷になり砕かれる運命にあった。


 そのはずだった。


 空間の中で、グリゴリーは一歩を踏んだ。そのまま止まることなく、前に進み始めた。


「何故だ!? 有り得ぬ!」


 思いもよらなかった事態に、氷神は狼狽える。


 しかし現実に、グリゴリーは吹雪の中を移動して迫ってきている。


「どうして歩ける!? そこで動くことが出来る!?」

「……今のあんたじゃ分からないよな」

「おのれ! 神を侮るな!」


 氷神は吹雪の勢いをさらに強くした。神殿全体が揺れる。神の力に耐えきれず、崩壊してきているの

だ。


 さすがにこれにはグリゴリーも膝を付いた。けれどすぐに立って、また雪の中を歩いていく。


「そこまでして、あの小娘を助けたいのか!? 惚れているのか」


 想像してもいなかった事態に動揺する氷神。


 尋ねられた言葉に、グリゴリーは頷きで返す。


「ああ」

「だがあの小娘は不老だぞ。たとえ添い遂げようとも、貴様だけが老いていく」


 ニッと嬉しそうに唇を吊り上げる。


「ずっと綺麗だってことだろ。いいことじゃねえか」

「奴はサンタクロースだ。貴様のことなど捨てて、志を優先するかもしれん」

「それでもマーシャが幸せならいい――それに俺自身がサンタクロースに救われた人間だぞ。応援しないわけないじゃないか」

「ぐうう」


 呻く氷神。


 吹雪にかき消されない大声で、グリゴリーは氷神に話しかける。


「くだらねえ問答は終わったか? じゃあ次はこっちの番だ」

「な、何だ?」


 質問されるとは思わず、氷神は少し言葉に詰まった。


 それがおかしそうに口元を歪めてから、グリゴリーは質問を始める。


「火神に聞いんだが、神が戦争に手出しをすれば相手の国の神も出張るって話は本当か? 五国条約とは別に、神の中での取り決めでそうなってるらしいな。もし本当ならてめえが言っていた犠牲よりも遥か多くの死人が出るぞ。最悪、てめえ自身が神から外されて国ごと消滅する」

「それは!」


 その反応は、火神が話してくれた内容が真実だと教えてくれた。


 グリゴリーは溜息を吐いた。


「どうやらてめえ自分だけズルしようとしてたってことか。そんなの上手くいくわけねえだろ」

「だが人が死ぬんだぞ」

「てめえが関われば死ぬ必要もなかった人も死ぬぞ」

「だが……だが……」


 返答しようとする氷神だが、具体的な言葉が出ることがなかった。


 その内、グリゴリーは扉へ辿り着いた


 開くと、部屋には氷神と機械に入ったマーシャがいた。


「じゃあ返してもらうぞ」

「渡せぬ! これは民たちを救う希望だ!」


 氷神は己の力をこの部屋に集約させた。


 グリゴリーが氷に包まれる。


 本人が凍らねど、こうすれば封じることは出来る。氷神は、グリゴリーの周囲の空気を冷凍

させたのだ。


 今持っている自分の全力を注いだその氷塊を見て、氷神は安心する。


「生贄捧げて希望だなんて。随分とてめえに都合のいい言い草だな」


 暖かい。


 絶対零度の空間に、高熱が発生していた。熱源はあの氷塊。氷は徐々に溶け、中からグリゴリーは姿を現した。


 氷神は混乱する。


「どういうことだ?」

「一発殴って緩んだ頭冷やさせてこい。そう頼まれたんだよ火神に」


 グリゴリーの首元の()()()()が炎になった。炎はグリゴリーを包み込み、肉体を変化させていく――炎の巨人が、そこに生まれた。


「ギフトか! だがなぜそこまで強力なものを他国に所属している貴様に!?」

「まだ分からねえか馬鹿野郎! てめえが民を救いたいように、お前自身を救いたい奴もいるんだよ!」


 ――友を頼んだ。

 

 優しすぎるあまり人間が死んでいくのを見過ごすのに耐えきれず、あいつは狂ってしまった。私が手を出せば、殺し合いになる。奴を止められるのは、民であるおまえしかいない。

 

 火神の言葉を思い出し、グリゴリーはギフトを行使した。

 

 襲いかかる炎を前に、氷神もまた己の力を発動する。


「うぉおおおおお!」

「おぉおおおおお!」


 二つの世界が生まれた。


 一つは灼熱の世界、そこに住む者は全身が焼けただれ、炭になって分解されていく。大気中の水分すら失われ、渇きが永遠に続く。

 もう一つは氷結の世界。元々存在していた生物は動かなくなり、外からは誰も入れない。い

つまでも変わらない光景はまるで時が止まっているようだ。


 衝突する二つの世界だが、氷結の世界が灼熱の世界を侵食している。地力の差が出ている。所詮ギフトは神の力の一部を借りたに過ぎない。神本体にはそれだけでは適わないのも道理だろう。

 

 ここで押し勝つ、と氷神は全身の力を漲らせた――炎の巨拳が、氷結の世界を突き進む。


(あいつは――エヴァはこうしていた!)


 ギフトの使い方はもう学んでいた。持っている力を凝縮させて、全体まで自分の世界を広げようとす

る神を一点で超える。


 炎の巨拳は世界の中心に居る氷神へ向かっていく。


 しかし後一歩のところで、グリゴリーはギフトを使い尽くした。巨拳は消失する。


 勝った。


 そう確信した瞬間、氷神は目の前の光景に驚愕した。


 握った拳を振りかぶるグリゴリーがすぐそこまで来ていた。


「シィイイイ!」


 グリゴリーは氷神の頬を殴った。殴ったほうの腕が凍って砕けた。


 氷神は倒れる。


 倒れていく間に、氷神は思った。


人間(ひと)に殴られた?)

 

 確かに勇敢な戦士であった。他の神が手助けもした。そして自分も油断していた。だがそれだけで神である自分が一瞬でも上回らえるわけがないのだ。現に奴の拳は、我に触れただけで壊れた。神と人間にはそれほどの差があるはずなのだ。だが奴は、我を殴った。

 

 氷神は、自らを殴った相手へ目線を送った。

 

 真っすぐな瞳でこちらを見つめていた。


(思わず顔を背けそうになった――その理由は、我の今までの行為のせいか――我は今、民た

ちにこんな目を向けられて堂々と胸を張るようなことを行えていなかった)


 氷神は胸中で、自分がしてきたことを振り返った。






「やばい!」


 遙か下の地面を見下ろして、グリゴリーは青ざめる。


 空を飛んだはいいが、落ちた時のことを考えていなかった。受け身を取れば助かるだろうが、もうそんな力も残ってない。


 グリゴリーは絶望し、生か死は天に委ねることにして落下した。


 元の高さから半分ほど落ちたところで、積もった雪に身を投げた時の感触を思い出した。


「……」

「……ありがとう」


 グリゴリーは氷神が生み出した雪の上にいた。


 見上げると、氷神の声が響く。


「礼はこちらこそだ。すまなかった英雄と魔女の子よ……どうやら我は堕ちていた。目前の悲劇を回避しようとしたいがあまり、より多くの被害を出そうとしていた」


 氷神の姿が変わった。はっきりと知覚することは出来ないが、涼し気な雰囲気が漂っている。以前の災いの化身らしき風体はもうどこにもなかった。


 氷神は、目の前の人間が傷つかないよう優しく語りかけた。


「色々と詫びたいところだが……英雄と魔女の子よ、どうやらお前が望むことはたった一つのようだ。ならばそれに全力で答えよう――マーシャことサンタクロースを解放する。二度と手出しもしないことを誓おう」


 態度からその言葉が嘘ではないことが伝わる。


 全てをやり遂げたグリゴリーは、喜びを握りしめた拳を挙げた。


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