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火国の第三将軍アレクサンダー


「来てたのか?」

「ああ。マクシム、お前はもう休んどけ」

「すまん……」


 立てないマクシムに肩を貸して立たせ、柵まで運んでいく。


 火国の戦士たちはその背を見つめる。


 目鼻立ちから、年頃は成人を少し超えた十八から二十歳丁度ぐらいと分かった。その容姿は若者たちに交じると目立たないほど普遍的で特に優れたものなどない。おそらく日常で出会えば、会った次の日にはすぐに忘れてしまうくらいだ。

 だが、その体つきは平凡な顔の形とは違い、この場にいる人間の中でもずば抜けていた。

 その身長は他の氷国(こおりのくに)のものたちよりも頭一つ、いや二つ分は高い。村で最も高身長のマクシムが胸までしか届いていない。そしてその幅は背に負けず劣らず太かった。


 マクシムを休ませると、グリゴリーは兵士たちの前に移動した。


「それで……いいのか?」

「意地の悪い奴らめ。まあいい。敗北者には勝利者の強さを徹底的に叩きこんでやらねばな。お前は下がっていろ」

「はっ」


 隊長の言葉に従い、兵士はすぐに走って後列へ戻った。


「ありがとさん」


 礼を言いながら、戦士から十歩ほどの距離にグリゴリーは立った。足を前後に広げ、両拳を顔の辺りへ置く。力を入れ、グローブの雪を落とした。


 自らも構えてから、戦士は尋ねる。


「リオートストープはやらぬのか?」

「畑仕事していたうえ、村の外から走らされてきたんだ。もうそれなりに体は温まっているさ」

「畑。貴様、もしかして()()か?」

「そうだけど。どうした?」


 聞いた戦士の表情が変わった。張り詰めていた緊張が失くなり、口元が歪む。棍棒を持つ手が震える。


 そして最後には喉を鳴らすように笑い、


「クックックックックッ…………舐められたものだな!」


 怒張の声を上げた。


「火国第三章軍アレクサンダーの相手に百姓を出すとは! どうやら氷国の民はしつけが足りてないようだな!」

「なら百姓如きさっさと倒してみろ」

「言われずとも!」


 応じたアレクサンダー。

 すぐさま飛ぶように間を詰め、猛速度で棍を放った。


 顔面への攻めをグリゴリーは間一髪で首をそらして躱す。すると下には伸ばしきったはずの棍の先があった。


「ははは! 二段突き!」


 若者たち全員がこの二段突きによって敗北していた。上下によるほぼ同時攻撃は分かっていても防御不可能だった。アレクサンダーは勝利を確信した。


 迫る棍棒を見極め、先端をグリゴリーは拳で殴りつけた。


 伸びていく棍棒の横で踏み込み、捻った体を逆回転させて右拳を叩きこむ。


 アレクサンダーは急いで短く持ち直し、棍棒の横で拳を防いだ。


「あー惜しい!」

「アレクサンダー様が防御した!?」


 観衆からドっと声が湧いた。


 当人であるグリゴリーとアレクサンダーはどちらも気にすることない。


 メキメキと曲がる棍棒を前に、睨み合う。


「いい打撃だ。何の武術だ?」

「ナグボイションと呼ばれているものだが、分かるか?」

「氷国での軍式格闘術だな。これほどの使い手がこんな辺境にいたとは。馬鹿にしていた評価を訂正しよう……本気でいくぞ!」


 棍を回転させる。

 

 摩擦による痛みにグリゴリーは拳を引かざるをおえなかった。離れたところで、天からアレクサンダーの棍が下ろされる。


 肩ごと避けるが、棍の軌道が変化してすかさず横殴りにする。

 腕でブロックして反撃されると、鼻先すれすれまで退きながら今度は逆から叩きつけられた。


 赤棒がしなり、唸り、革拳とぶつかり合う。


 アレクサンダーの動きのキレが増している。様々な攻撃方法に加え、突きの速度が先ほどとは断然違っていた。本気という言葉は嘘や虚勢ではないということがすぐに分かった。


 しかしグリゴリーも決して劣ることなくついていく。


 二人とも互いに譲ることなく一歩も引くことなく戦い続ける。


「もしこれが試合ならばこのまま続けたいが、これは戦。負けることは出来ぬ。勝ちにいかせてもらうぞ」


 アレクサンダーは棍棒を投げるとともに後方へ飛び退いた。グリゴリーは追撃しようとするが、棍棒に邪魔されて出来なかった。


 体中に力を漲らせ、アレクサンダーは空中へ放つように掌を掲げた。


 突如、巨大な影が現れて、辺り一帯を埋め尽くした。


 山のような氷塊が、上空に出現していた。


「なんというコンスティション」


 真下の小さな少年と相まって、より大きく映る氷塊を村長は見上げた。


 巨大なだけではない。長年この地帯で氷を見てきた彼からすれば、あの氷の硬度は鋼鉄を超えていた。兵士たちが持つ槍や槌でさえおそらく傷つけることさえ出来ないだろう。


 そんなものを、アレクサンダーはたった一人で創造したのだ。


「さらばぁああああ!」


 腕を振り下ろすアレクサンダー。

 

 すると氷塊が地面へ振ってきた。このままでは当たる、と村人たちはギリギリ逃げたが、中心にいるグリゴリーには無理であった。


 グリゴリーがいくら大柄でも、あの氷塊が空から落ちてきてしまえば足で踏んだ雪玉のようにペシャンコにされてしまう。


 顎を上げ、グリゴリーは近づいてくる氷塊を見つめた。


「若干温まりが足りなかったが、あんたのおかげで完全に熱が入ったよ。いくぞ――」


 グリゴリーは足を踏み下ろした。

 

 地面の雪が圧縮されて固まる。


 それを台にして、逆の足を雪から勢いを付けて離した。上がった足は加速し、風を切り裂き、触れた雪を消滅させる。観衆から見るとその光景はまるで空間そのものを斬っているようだった。


 回し蹴りは氷塊を捉え、そのまま打ち砕いた。


「あの氷を受け止めるどころか壊しただと!? そんなものがいたのか!?」

「これで終わりだ」


 迫るグリゴリー。アレクサンダーの手元に武器はもうない。疾走の勢いをそのままぶつけるため肩を突きだす。


 二人が激突しようとしたその瞬間、村のほうから騒ぎが起こった。


「あ、あの煙は何だ!?」

「味方からの狼煙だ! あの狼煙は――将軍、奇襲です! 氷国軍からの奇襲です! すぐに戻らねば!」


 煙に気付き、火国の兵士たちも声を大きくする。


 肌が触れ合うほど接近している二人。グリゴリーの声が初めに聞こえた。


「どうする? 続けるか?」

「いや。悪いが、戻らせてもらおう」


 持ち上げていた氷の棍棒をその場に捨て、密着状態からアレクサンダーは飛び去った。


「この勝負、しばらく預からせてもらおう! 次に会える日が楽しみだ!」


 アレクサンダーの元へ、待機していた火国の兵士たちが一斉に駆け寄る。


「い、いいんですか将軍!?」

「ちょっと油断しただけで、あんなやつ将軍ならものの数秒で終わりますよ」

「そうですよ。だから逃げるなんてことしなくても」

「いいし、終わらんし、逃げも戦略の一手だ。分かったのならば、早く基地へ戻るぞ。あまり時間はない」


 アレクサンダーがそう言うと、兵士たちは命令に従って、退却していった。


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