金髪美女、村長から真実を明かされる
帝都遠征を控えた前日。
その日の深夜、マーシャは村長に呼び出された。
「悪いのう。明日は早いのに時間を削ってもらって」
「別にいいけど。どうしたのおじいちゃん?」
「最後に、少し話がしたくてのう。よければそこに腰をかけてくれ」
村長の部屋には物書きするための机があった。
そこの椅子にマーシャは座った。
村長はベッドのほうに腰を置いていた。
「どうしたの?」
村長へ、マーシャは尋ねた。
合わさった手に隠れて村長の口元は見えない。
だが目や顔つきから、今まで見たこともないような複雑な感情を秘めた表情をしているのが伝わってきた。
ここまで心情を表に出す村長は、マーシャにとって初めてだった。
目の端に雪が映った。
屋根の上に雪が積もり、その下に溶けた水が氷柱を作る。
珍しくもないここ五か月の内に見慣れたいつもの風景だ。
沈黙していた村長から、ようやく声が聞こえてきた。
「実は、あやつの――グリゴリーの両親の件じゃ」
「それならもう知ってるよ。死んじゃったんでしょう二人とも」
マーシャは悲しかった。
寝袋の中で聞いたっきりだが、それでもグリゴリーが彼らをとても愛していたのは伝わってきたから。
村長は否定する。
「違う。両親がどんな存在だという話じゃ」
「どういうこと?」
「あやつの両親――父は帝都で開かれるナグボイジョンの大会の優勝者で、弱小国である氷国を次の戦争で勝たせてくれる将来の英雄と国から有望視されていた」
「そんなにすごい人だったんだー」
「ああ凄かった。わしより歳がかなり下のはずなのに、まるで少年のように純粋に憧れていた。わしだけじゃなく国民たちみんながそうだったと思う」
村長の話を聞いていると、マーシャは疑問が浮かぶ。
そんな人の息子なのに、何でグリゴリーはあんなところでお金も無しに孤独に住んでいたのだろう。
村長は、話を続ける。
「母は枯死の魔女と国から蔑まれた魔女じゃ。町や村を滅ぼし、多くの人間の命を奪った憎い女……対称の二人が恋をして、生まれたのがあやつなのじゃ」
ふたりの結婚は、最悪の愛と呼ばれた出来事だった。
その関係はグリゴリーの父親から約束された全ての富と栄光を奪い、故郷からも追放された。
それからは人里離れた小屋に住み、そこで生まれ育ったのがグリゴリーだそうだ。
マーシャの知らない魔女という単語があったので、説明される。
「魔女とは、特別なコンティスションを持って生まれる女のことじゃ。通常、コンティスションの能力は国によってあらかじめ決まっておる。その法則から外れるのが魔女じゃ。彼女たちのほとんどは周囲とは全く違う優秀な能力を有しておる」
「だからグリゴリーは!」
影の正体を探る際、火国の生まれだからと氷のコンティスションだと思い込んでいたマーシャ。
例外。しかもそれが死んだ母親ともなると、聞くたびに苦い顔の一つや二つはする。
むしろよく怒らなかったものだ。
魔女の説明はまだあった。
「魔女たちのコンティスションは絶大な力を持っている分、周囲への影響が大きく、周囲の人間たちのほとんどは最終的に魔女を産んだことを後悔するほどの不幸に落ちてしまうと言われるくらいじゃ。もちろん例外もあり、その多大な力で人々に貢献した魔女もおる。じゃが、あの女は典型的な例からさらに突き抜けていた。国全体に不幸を撒き散らす災厄じゃった」
「何があったの?」
グリゴリーの母について知りたいマーシャ。
彼女の前で、村長に異変が起きた。
村長の表に出ていた複雑に混じっていた感情が全て憎しみに染まっていた。
今までにない様子に、村長自身に彼が言った不幸が訪れたことを悟らせた。
歯を噛みしめ、体を震わせながら村長は言った。
「友人と家族が殺された。唯一の息子も、村を守るためにあの女へ挑んで死んでいった」
マーシャは絶句した。
同時に、あることを尋ねてみたくもなった。
じゃあ何であんなことをしたの?
昔、グリープからグリゴリーを助けたのは他の誰でもない村長だった。
村長はマーシャの考えを見抜いたのか、それともこうなると分かっていたのか、過去の話について本音を語った。
「わしがあのとき迷ったのは、薬の保管量や異物を村に入れる不快感のためではない。本当は殺していたいと思うほどグリゴリーを憎悪したからじゃ」
恨んでも恨んでも、いつまでも胸の内の憎しみの炎が消えない存在。
その分身のようなものであり、最もあの女が奪われたくない奴が目の前にいた。
放置するどころか、自ら手にかけようとさえしようとした。
村長はかつての心情を今度は偽りなく語る。
時間によって憎悪が消えたわけではない。あの女自身があそこに同じ状態でいたならば確実に引き金を引いていた。
ついに顔を完全に伏せる村長。
そのままもうひとつの本心を、マーシャヘ話す。
「マーシャさん。どうか記憶が戻ってもあの子と一緒にいてほしい。村の生き残りには、当然あの子を憎んでいるものも少なくはない。過去に直接被害にあってない若者たちはまた違うが、彼らは彼らで親の気持ちを考えて踏み込めないところがある。あの子と何もなく純粋に共にいることが出来るのはあなただけなんじゃ」
「おじいちゃん……」
「わしにも妻にも無理じゃった。あの子自身は、とてもいい子じゃ。村を何度も救ってもらった。とっくに恩返しなど済んで、こっちが一方的に助けてもらっている状態じゃ……でも、もう駄目じゃよ。表面上は友好関係を築けても、一線を引いてしまっている。可哀想に罪も無く拒絶されているのに、何もしないどころか、その待遇を当然だと思ってしまっている自分がいる」
「……大丈夫ですよ」
今まで抱え込んでいた暗黒面を晒す村長。
彼に、マーシャは答えた。
孤独なグリゴリーを村長の憎しみを包み込むような優しく温かい声で言う。
「ぼくとグリゴリーはもう家族ですから。村の人たちがどうだろうと、元の自分が何だろうと関係ありません。ずっと一緒にいます」
「……ありがとう……ありがとう」
感謝する村長。
顔を隠しているが、嗚咽混じりに話すことから見なくてもどんな表情をしているのかは分かった。
マーシャは部屋から出ようとしる。
立ち上がったときに、村長の声が聞こえた。
「二人とも元気に帰ってくるのじゃぞ」
「うん……」
マーシャは廊下に立って、村長を部屋に独りにする。
扉を閉じかけた時、隙間から涙の落ちる音と謝罪の言葉が聞こえてきた。
マーシャはこれ以上何も言うことなく、扉を完全に閉じた。
雪が見える廊下の窓を通り過ぎていく。
「明日は積もるな……」
出発の時間帯を少し遅らせて、日である程度溶けてから行ったほうがいいのではないかと考える。
「……グリゴリーに相談してみよう」
マーシャはグリゴリーの部屋に向かった。
翌日、いつのまにかマーシャが一緒のベッドで眠っていたことに驚くグリゴリーだった。




