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13/41

サニュ村襲撃


「いいか。もう一度言うがこいつが殺されたくなかったら、素直に俺様に従えよ」

「わ、分かりました」

「……みなさん。すみません」


 取り押さえられ、斧の下に首が置かれている人質が他の村人へ謝った。


 兵士の中でも立派な鎧を着たルバナという十人長がこの場を取り仕切っている。


 顔つきは美青年の類だが、下品としか思えない表情がそれを崩していた。

 気持ち悪い笑みで、ハアハアと口で息をしている。


 ルバナは少女を連れてきて、馬のような姿勢で目の前の地面に両膝と手を着かせた。


「かわいい顔をしているな。その体勢でいるとまるで男を誘う娼婦だ」

「……はい」

「いや畜生の類かな。人の地位を与えるのすら惜しい存在だ。おまえは雌豚だ。おまえ自身でもそう思うなら頷いてみろ」

「はい」


 村に住むものにとって、同じ村の住人は家族同然だった。


 そんな大事な人たちが人質に取られてうるため、どれほど悪意の籠った言葉でも少女は肯定するしかなかった。


 許されるのならば、今すぐ目の前の男を引っぱたいてやりたかった。


 少女の内心を見抜いているのか、ルバナは嬉しそうに顔を歪める。


「つまらん返事しか言えんな。これだから豚は困る。おまえ。名前はなんていうんだ?」

「アーニュです」

「気持ち悪い名前だ。親の教養の無さが知れる」


 ずっと無表情だったアーニュが、そこで顔を上げて睨みつけた。


「……この名前は父さんたちが必死に本を読んで考えた名前よ! 何も知らないあんたが馬鹿にしないで!」

「アーニュ! 止めなさい!」

「ほう」


 さすがに我慢がならなかったのか、怒る少女。


 初めて感情を見せたアーニュに、ルバナは興奮して舌で唇を舐めた。

 

 ベロリ。


 兵士に指示を出すルバナ。


 すると少女の前に、集まっていた村人たちから中年の男女二人が出てきた。

 

 二人はアーニュと同じ姿勢になってさらに頭を下げる。

 

 女のほうはどことなくアーニュと顔が似ていた。


「娘をお許しください! まだ若いから物事をよく分かっていなく……」

「止めてお父さんお母さん! あたし分かってるよ! それでもこの人が許せなかっただけで。だってお父さんとお母さん泣いて話してたじゃない!」

「アーニュ、おまえは黙っていなさい!」

「嫌よ! あたしはいいけどお父さんとお母さんを馬鹿にされるのは絶対に嫌!」


 喧嘩を始めるアーニュと両親。

 

 お互いを想い合ってるからこそ引けなかった。


 アーニュの脇から、ルバナが声をかける。


「まあまあ落ち着け。麗しい親子愛を見せてもらってこちらは感動させてもらったよ」


 その声色にさっきまでの醜悪さはなく、心の底からアーニュたちの関係に満足しているように思えた。

  

 ルバナは同じ声で次の言葉を告げる。


「それじゃ二人とも立て」


 両親を並んで広場の中央に立たせる。 

 

 遅れて、三人の兵士がアーニュの両親を囲んだ。

 

 メイス。棍棒。馬用の鞭。

 バラバラだが、兵士たちはそれぞれが何かを携えていた。

 

 ルバナは兵士へ命令を下した。


「てめえら。そいつらが倒れるまでぶっ叩け!」

 

 一気に、ルバナの表情も声色も豹変した。

 

 ドゴン! バキン! 


「いやぁあああ」

「おぁああああ」


 兵士たちはそれぞれの得物で両親を殴り始めた。

 

 両親は悲痛の声をあげる。

 

 メイスがみぞおちに入った父親はすぐ倒れようとした。


「おら。もしどちらか片方でも膝着いたら娘の腕を切るからな。二人とも着いたら両腕だ」

「あっ……あっ……」


 父親は足を伸ばしてなんとか耐えた。

 

 しかし息も絶え絶えで、すぐにでも倒れそうだった。

 

 そこで頭が叩かれる。

 流血が起きた。

 

 その上から、二人ともまた叩かれる。


 父親と母親。

 血が粉のように飛び、痛みを我慢している姿はまるで踊っているようだ。


 見ているだけでもあまりに辛そうな光景に、村人たちは次は自分の番かと戦々恐々とした。


「ハハハハハハ! 実に滑稽! あまりに醜く哀れだ!」


 その私刑は、特に二人を愛するアーニュからしてみれば、まるでこの世の地獄だった。


 ルバナに泣いて懇願する。


「止めてよ! わたし何でもするから! 娼婦にだって雌豚にだっていくらでもなるから! だからあの二人をもう傷つけないで!」

「おまえはこっちだ」


 ルバナはアーニュの尻の上に足を乗せた。


 白い布地を汚し、肉をこねるようにグリグリと靴を回す。


 アーニュの膝の皿が割れそうになるのも構わず、体重を思いっきり乗せる。


「ねえ! これを我慢すれば止めてくれる!? 受け入れれば止めてくれる!?」

「……」


 悦楽の表情だった。

 

 ルバナは決して両親への加虐を中断させることなく、このままアーニュが絶望していく表情を見続けるだろう。


 それを分かっていても、アーニュは頼むことを止められなかった。


 苦痛と悲しみが少女の心を苛ませる。


 惨劇は引き続き行われていた。

 

 両親は二人とも顔中に腫れを作っていて、腕や胴体の骨にはひびが入っていた。

 

 最初の内はアーニュも涙を流しながら懇願をしていたがいつしか枯れ、瞳孔が安定しない瞳になっていた。 

 

 それでも止めるよう願い続けた。

 けれどルバナは変わりゆく彼女らの様子にただ心の底から笑っていただけだった。


 両親は同時に倒れそうになった。

 

 アーニュの隣の兵士たちが、剣を抜く。

   

 膝をつく寸前に、二人は空中で動きを停止した。

  

 いつのまにか現れた老年の男が、アーニュの両親を抱えていた。


「誰だ貴様は?」

「……通りすがりの老いぼれだよ」

  

 老年の男は答えた。


 老いを感じさせるしわと混じった白髪。

 岩のような顔つきと真面目な人格だということを感じさせるはっきりとした目つきが男の特徴だった。


 惨劇を邪魔されたことにルバナは腹を立てる。


「何だと貴様。ふざけがって! おいてめえら、斧を――」

「わたしが気に食わないならもっといい方法があるぞ」


 ルバナが指示を言い切る前に、老年の男は提案を出した。


 両親へ目線を向けながら、二本指を上げる。


「この二人と同じ目に私を合わせる。人数は倍でいい」

「ほう言ったな」

「だが今度は期限を設けさせてもらおう。今は丁度夕日だ。日が沈むまでわたしが耐えたら今日はもう村から去れ」

「よしいいだろう」


 ルバナは男の提案を素直に受け入れた。

  

 いくら男が怪しくても、確実な勝算があったからだ。

  

 アーニュの両親が倒れるまでに約十分。

  

 男の体つきは村の若者たちのように大きいが、いくら肉体が強かろうと精々一分か二分延びるだけだ。

 夕日が落ちるまであと三十分以上はある。

 どう考えてもそんな長時間を耐えられるわけがなかった。しかも今度は人数が倍に増えている。


 どこぞのいかれた馬鹿だか知らねえが、痛みってものを教えてやらねえとな。


 ルバナは老年の男を心の中で蔑むと、また兵士たちに囲ませて指示を出した。

 

 先ほどとは別の兵士たちによる暴行が始まる。

 

 特に疲れてもない彼らは、両親の時に見たものとほとんど変わらない速度で暴力を繰り返した。


 始まって十分後。


 老年の男はまるで石像のように一歩も動くことくそこに立ち続けていた。

 傷どころか、痛みすらある様子が見えない。

 顔を叩いても、胴を殴りつけても何もなかったのような表情でいる。

 

 それどころか逆に、兵士たちのほうが疲れて息を切らしていた。

  

 ある兵士が武器を手放した。


「おいてめえ。さぼってんじゃねえ!」

「す、すみません。で、でももう手が……こいつの体、叩くと逆にこっちが痛いんですよ」

「どういうことだ!」


 兵士からの返事に訳が分からなくなるルバナ。

  

 その前で次々に兵士が武器を手から落としていった。

 

 全員、嘘を吐いているとは考えられない。


 ルバナは元いた場所から離れ、メイスを拾って叩いた。


「ぐぅ!」


 衝撃が返ってきて、手が痺れる。


 確かにこれをずっと行っていれば、握力も尽きるだろう。


 手首を捻ったらしく、ルバナは自分の手で抑えながら、老年の男へ訊く。


「てめえ! いったい何をした?」

零天(ザミェルザーチ)。聞いたことないか?」

「あっ、何だそれ?」

「知らんのか。よほど下級の兵士なのか戦場での経験が少ないのか……肉体を硬質化させるナグボイジョンの技なのだが」

 

 ナグボイジョンと聞いて、ルバナはある噂を思い出した。 


 唯一占拠できない辺境の村。

 それは任務を行ったものの不運や油断ではなく、たった一人のナグボイジョンの使い手に阻まれたのだと。


 とうてい信じられず、ただの自分の失敗を棚上げしているようにしか思えなかったため、ルバナは手柄をあげようとその村に来てみたのだが。


 あの第三将軍でさえ失敗したと聞いて、やっと自分の時代が来たかと思えたのに。

 

 この老年の男との圧倒的な実力差に、ルバナはやっと気付いた。

  

 ギリッ。


 悔しくて、歯を噛み締めるルバナ。


 兵士たちに命令する。


「こうなったら、おまえらやっちま――熱いっ!」


 手の内に感じる高熱。


 思わす武器から手を離すと、まるで元から何も持っていなかったかのように物体が地面に落ちる音がしなかった。


 兵士たちを見回すと、彼らもまた武器を失くしていた。


 どうなっている?

 

 ルバナが状況に疑問を感じた時、腹へ拳が打ち込まれた。


「あっ……がっ……」

「別にこうする必要はなかったが、少しは自分のやったことを後悔したまえ」

 

 老年の男の周りを、灰色の風が吹いた。


「貴様。よくも隊長を! おいやるぞ!」

 

 兵士が、人質へ斧を下ろそうとした。

 

 息を呑む村人たち。

  

 さすがに間に合わないのか、老年の男は立ち止まっていた。


「させるかよ!」


 グリゴリーが物陰から飛び出てきた。

 斧を振りかぶったままの兵士を勢いで蹴り倒し、次々に近くの兵士の仲間にも向かっていく。


 隊長がいなくなり、混乱した兵士たちは次々と無力化されていく。

  

 夕日が沈んだ頃には、全員、広場で転がっていた。


 人質は解放され、村は無事救われた。

  

 立役者だったグリゴリーと老年の男へ村人たちは集まる。

 

 グリゴリーの周囲には若者が、老年の男にはそれ以外の村人たちが。


「すごかったぜあんた!」

「あんなに武器で殴られても倒れないなんて素敵!」

「あんたどこの人だい? 知らない顔だけど、この村を救ってくれてありがとう」

「どういたしまして」



「やっぱり強えなグリゴリー!」

「ほんといなかったらどうしようと思ってたよ」

「そうか。ありがとう」

「ありがとうはこっちの台詞だぜ」

「そうそう。お前は礼なんか言わなくてもいいんだよ」

「じゃあ何言えばいいんだよ……」

「何も言わなくても、ドーンと胸張ってればいいんだよ」

  

 グリゴリーを褒める若者たち。 

 

 少し遠くで老年の男を囲んでいた村人たちから、一人の老人が出てきた。

 

 そしてグリゴリーたちに近づくと、


「おいおまえら、そんな奴はどうでもいいから、あの方へお礼を伝えろ。村の恩人だぞ」

  

 老年の男を指しながら、若者たちへ言う老人。

 

 グリゴリーの存在自体が疎ましいような刺々しい物言いだった。

 

 若者たちは反発の声をあげる。


「どうでもいいって……グリゴリーだって頑張ってみんなを助けてくれたじゃないか」

 

 それを聞くと、馬鹿にするように老人は鼻で笑った。 


「はっ。その男は最後にほんの少し出ただけではないか。あんなことしてもらわなくても、みんな助かってたわい」

「だったら、てめえが助ければよかったじゃねえか。腰抜かして、黙って見てたのは誰だよ!」

「それはおまえたちも同じだろうが! 若いのにだらしない! わしがおまえたちの歳の頃だったら、あんな奴らに捕まる前に全員倒してやったわい! そんな奴に頼るのが悪いんじゃ!」

 

 若者たちと老人は言い争い始める。

 

 他の村人たちは、遠巻きに見守りながら、グリゴリーへ白い目を向ける。

 

 まるで老人の言ってることが正しいと、暗に示しているようだった。


 激化する口論。

 

 ついに殴りかかろうとする若者。


 その拳を、グリゴリーが止めた。


「どうして止める!?」

「……あの老人の言ってることも正しい……確かに俺はほんの少しだけ手を貸しただけで、今回、一番体を張ったのはあの人だ。礼をするならあっちにしたほうがいい」

「……お前がそう言うなら」

「ほれ。行くぞ」


 若者たちへ来いと手招きする老人。

 

 それに従って、若者たちはグリゴリーから離れた。

 

 最後に残った老人。

 

 他に誰もいないことを確認すると、グリゴリーへボソっと呟いた。


「二度と村へ来るな。この悪魔」

「はい」

 

 グリゴリーの返事を聞くと、老人は笑って村人が集まるところへ戻っていった。

 

 独りになったグリゴリーは村の出入り口へ向かう。


「先程の活躍、素晴らしかったですねえ。有名なご武人だとみうけましたが」

「いえいえ、そんな大層なものでは。ただの年寄りですよわたしは」

「どうやって兵士たちの武器を消したんです!?」

「おっちゃんすげえ! なんで叩かれても平気なんだ!?」


 村人たちの楽しそうな声が、後方から聞こえてきた。


 ああは言ったが、実際、これからマーシャを医者へ診せには行かないとな。


 今後の予定をグリゴリーは考える。

 

 思考の最中、村長の言葉が何度か頭をよぎった

 

『お前さんももうこの村の住民じゃな……』


 胸が痛む。

 治りかけていたカサブタを、強引に剥がされたようだ。


 振り返ることもなく、グリゴリーは村人たちから見えないところまで戻ってきた。

 

 そのまま門まで帰ろうとする。


「久しぶりだな」

「うおっ!」


 突然、真横にあの老年の男が現れた。


 素っ頓狂な反応をするグリゴリー。


 広場のほうでは、男がどこへ行ったかと騒ぎになっている。


 老年の男とグリゴリーは目を合わせる。

 

 グリゴリーは拳を伸ばした。


「三年ぶりだな叔父貴」

「グリゴリー、また大きくなったな」


 老年の男も手を上げ、拳を作った。


 コツン。

 と軽い音を立てて、互いの拳がぶつかる。


 両者とも嬉しそうにはにかんだ。


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