プロローグ
話数はまだ決まっていませんが、もう完結していますのでそれを分けて投稿していきます。
文字数は約11万文字ですが、なにぶん昔に書いたものですので、分割する際に加筆や修正を行うため多少増えると思います。
静かな夜だった。
虫、魚、鳥、獣、人。あらゆる声が無く、足音や寝息などの生活しているのならば聞こえる音も無く、そこには生物の気配がなかった。
風は唸ることなく流れ続け、落ちる雪は音を立てず地面を高くしていく。
いつまで経っても誰一人通ることはなかった。景色だけでなく、まるで時さえも凍ってしまっているようだ。
そんな静寂な場所に、一軒の小屋があった。
小屋に明かりはない。取り付けられた窓全てが闇に染まっていた。
外と同じく生気を感じさせないその建造物。
しかしその闇の中に、一人の人間の姿があった。
小さな部屋で、子供が泣いていた。
「うぅ……うぅ……」
窓付近に置かれたベッドの上で、布団に包まって音を殺して泣いている。
この子供に何があったのかは分からない。
ただ彼は、静かに泣いていた。
大声で喚く。
周囲に当たり散らす。
愚痴を吐く。
この年頃ならば誰もが他にやってしまうことを何一つすることもなく、この子供は小屋の外には聞こえないほど小さな声ですすり泣いていた。
誰もがそれに気づかぬまま、子供は独りで涙を流し続けた。
やがて泣き疲れたのか、子供の意識が遠のき始めた。
視界がぼんやりとなった。
「……次は、ここかな……子供は……」
子供は声が聞こえた気がした。
自分以外には誰もいないはずなので、夢の前触れか幻聴だろう。
子供はそのまま眠りにつこうとした。
「あっ、いた。プレゼントは何がいいんだろ? 靴下どこかな、靴下」
部屋の中を歩き回る音が聞こえる。
うそ靴下なーい。と声は言った。
その次は、じゃあこれかな。と声は言った。
足を摘まむ感触を覚えた。
「うわー!」
子供は驚き、ベッドから跳ね上がった。
すぐさま左足を見ると、きっちり指先まで履いたはずなのに靴下が半分脱げた状態になっていた。
ベッドから床を覗く。そこには自分と同じように驚いて、倒れていた人物の姿があった。
「うそ。起きちゃったー! こういうときはどうすればいいんだっけ?」
子供の顔を見ると、人物は頭を抱えた。
怯えた様子で子供は尋ねる。
「だ、誰?」
「えーとそのー。大丈夫、泥棒じゃないよー。だからそんな目で見なくても大丈夫だよー」
笑顔で言われても、子供からすれば誰だか知らない人が自分の寝ている横に前触れもなく現れたのだ。いざというときは窓を壊して逃げようと身構える。
警戒を崩さない子供へ、人物は笑みを崩さないまま言った。
「ところで君。欲しいものは何?」
「欲しいもの?」
「うん。何でもいいよ。玩具にお菓子、洋服やアクセサリー。言ってくれれば一つだけ何でもあげるよ」
「ない」
「うそーん。あーどうしようどうしよう」
人物はまた頭を抱え始めた。
「……あなた、誰ですか?」
真剣に悩む人物の様子に、どうやら子供の警戒心は解れたようだ。部屋で人物と話すことを決めた子供は名前を尋ねた。
質問を聞くと、人物は表情を変え、笑顔で会話に応じる。
「よくぞ聞いてくれた。極寒の空を駆け抜け、幼き少年少女たちに笑顔を提供するもの――吾輩の名前は、サンタクロースである!」
「……誰ですか?」
「そっかー。まだまだ知名度低いんだねー」
自分の名前を知らないことに、ガクッと人物は落ち込んだ。
「それでどんな人なんですか?」
「気を使って聞いてくれてありがとう。サンタクロースはクリスマスの日に、子供にプレゼントをあげる人だよ」
「そうなんですか。だからさっき欲しいものを訊いたんですか」
「そうそう。別にお金取ろうってわけじゃないから、素直に欲しいものを言ってもらいたいな……ところで君は本当に何もないのかな? 枯れたお年寄りってわけじゃないんだし、あまり物欲がない性格でも一つや二つくらいはあると思うんだけど」
人物は喋り続けた後、子供の様子を伺った。
子供は、一度は止まった涙を流していた。
「もう戻ってこないから」
「え……」
心配させない為か、周りから見えないように子供は顔を手で覆う。
だが涙は手の平に収まらず零れていく。
とても小さな嗚咽が聞こえる。唇を噛みしめているのだろう。隠そうともしても隠しきれない涙を流す少年がそこにいた。
子供は目蓋を思い切り閉じ、泣くな泣くな、男ならば泣くなと自分に言い聞かせる。
それでも涙は隙間から落ちて、鼻から鼻水は垂れ、唇から声が漏れていった。
ベッドが崩れた気がした。
子供は横を覗く。
目の前にいたはずの人物が、隣に座っていた。
「なに?」
「サンタクロースの仕事は、プレゼントで子供を笑顔にすること」
見ているだけで気持ちが落ち着く柔らかな笑みだった。
笑ったまま、人物は囁くように話し始める。
「何でもあげる。君が笑顔になるためだったら何でもする。だから君が今、欲しいものを教えてくれない?」
表情とは反対に、人物の纏っている雰囲気は真剣で、とても嘘やおふざけでそう言っているようには見えなかった。
人物へ、子供は今自分が抱えているものを吐き出してみたくなった。
「分かった。ぼくが欲しいものは――」