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君と僕  作者: 春乃苑香
4/10

骨まで溶けるほどとろとろと煮込んだスープの中でまどろみ揺蕩う午後


第四話は山田サイドです。


僕は森君のことが好きだった。

森君はいつも人が考えないようなことを言う。

最初はそれが楽しかっただけのような気もする。



でも、いつの間にか、森君は僕の特別になっていた。


いつからなのか、分からない。

大学で一緒のサークルに入った時から、だったのかもしれない。

僕らのサークルは女子が多くて、10人に満たない男子とは全員、それなりに仲が良かったけど、森君だけは特別だった。



特別といえば、出会いからして特別だった。


「どうして、ここに入ったの?」

そう聞くと、森君は真面目な顔して「不思議な声がしたから。」


この人絶対まともじゃない、と僕はかなり焦った。でも、僕の動揺を無視して、森君は「ほら。人の声みたいじゃない?」と話し続ける。


それはマンドリンのトレモロの音だった。


単に、経験者で美人な先輩がいるという理由で、このマンドリン・サークルを選んだ僕は、森君が心からマンドリンの音に惚れて入部したんだと知って、なんだか感動した。



「マンドリンって、いい音だよね。」

「うん。弦と弦を弾く間に生ずる空気の音がいいね。同一音の反復によって、積み重なっていく切れ切れの空気が見えそうだ。」


ちょっと俯いて言う森君は頭のおかしい人なのではなく、極度の照れ屋なのだと知った。

知ったから、どうということもなく、森君の言うことはいつも、よく分からなかった。

人付き合いも悪い。

平気で問いに問いで返して、答えない。

ときどき、そんな森君の対応にいらいらした。



でも、僕はいつしか森君が本当は優しいことを知ってしまった。

そう。

両親が亡くなった時のことだ。

森君は僕に手紙をくれた。




  君のお母さんが作ったご飯は温かかった。

  温かいものの上昇運動を抑えるのは難しい。

  だとすれば、君も上昇するのだろうか。

  僕は思う、宇宙は冷たいけれど星は温かい。

  温かいものは心地いい。

  君のお父さんを知らないことは残念だけど、また知る時も来るかもしれない。

  お姉さんによろしく。



手紙が家に届いたのは、両親が死んでだいぶ経った頃のことだった。

僕は森君が両親の葬式に来たかどうかも知らない。

サークルの代表が何人か来たらしいけど。

事務的なことは全部、姉夫婦がやっていた。

僕はただ悲しくて、下を向いて泣いていた。


立ち直ってしばらくしてからもらった手紙の内容は分かるようで、やっぱり分からなかった。それでも、森君の気遣いが感じられて、僕は泣きそうになった。



そのとき、僕は森君が好きだとはっきり気づいた。



もちろん、黙っていたけど。


森君がゼミでは優秀で、凡人の僕とは全然違う天才だと知っていたから。


それに森君、モテたしね。


だから、ときどき会うだけで満足だった。


僕が近づけるのはここまでだと、ちゃんと心得ていた。





最近、森君の様子がおかしい。

素直に優しいんだ。


僕に分かる言葉でしゃべってくれる。

ご飯の後片付けを一緒にしてくれる。

洗濯物が畳んであったり、仕事から帰ってくるとお風呂が沸いていたりする。


だから、勘違いしそうになる。

森君も僕のこと……って。


そんなこと、思っちゃいけないのに。



森君にとって、ここは雨風を凌ぐテントとそう変わらないのに。





この間の休日。

僕らはいつものように、二人でごろごろしながら、過ごしてたんだけど。


僕はついに言っちゃった。


「君にそんなに優しくされると、僕、骨の髄までとろとろになっちゃうよ。」


森君は天井を見ながら答えた。

「そしたらさ、食べてあげるよ、僕が。とろとろになった君をスープにして。この間、本で読んだんだ。その本ではね、ラスト、好きな人を食べてしまうんだ。これこそ、純愛だ。」



やっぱり、森君は森君だった。


僕はちょっとホッとした。


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